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新IT大捜査線 特命捜査 第1号 電子マネー ポケットから小銭がなくなる日
おーい、安田くん…あ、間違えた。 安田くんは、異動になって海外赴任になったんだったな。 新しいメンバーは、敏腕揃いと聞いたが、果てさて…。 「大山課長、お早うございます。この度、特命捜査本部に配属されました、 坂本と申します。よろしくお願いします」  「ああ、よろしく。早速なんだが、君、小銭を持っていないかね。 ちょっと出かけるんだが、いつもとルートが違うんで乗り越し精算が必要なんだよ」  「すみません。最近はもっぱらこのカードを使っているので小銭がないんですよ」  「なんだそれは? クレジットカードかな?見せてごらん」  「そのカードで、自動販売機でも駅でも小銭いらずなんですよ。電子マネーはどんどん便利に普及していますからね」  「ほっほぉー、じゃあ、特命捜査本部再結成の記念すべき第1回の調査は、それに決まりだな!」
 
  交通系カードが牽引する電子マネー市場
 

商品を買ってカードで支払うのはすでに一般的な光景だが、小額の商品をクレジットカードで支払うのは気がひけるという人は少なくない。店舗側が手数料を負担することに加えて、センターとの交信に10数秒の時間がかかることから、混雑している店舗などでの小額支払いにはなかなか使いにくい。この小額の決済を迅速かつスマートに行うのが電子マネーだが、話題性の割には実際に使っているところを見ることはあまりなかった。
しかし今年に入って大きな変化が生じてきた。JR東日本の「Suica」や関西の鉄道グループによる「PiTaPa」など、もともと乗車券として利用するためのカードが、駅のコンビニの支払いなどで結構見かけるようになった。
なかなか普及が進まなかった電子マネーが今新たな展開を見せ始めたのはなぜだろう。後払い方式を日本で初めて採用した交通系カード「PiTaPa」を具体例として取り上げながら、電子マネーの行方を探ってみた。

 
 
 
  ICカードの進化が普及を促進
 
電子マネーサービスの運営主体とその支払い方式
一般店舗系で増えている後払い方式だが、 交通系の電子マネーは前払い方式がほとんどで、その点でもPiTaPaの後払い導入は画期的な試みだ。

デジタル技術を応用して小銭代わりに日常で気軽に使用できる小口決済を目指す電子マネーは、インターネットでの支払いなどに利用する仮想マネーとしてのWebタイプと、ICを埋め込んだカードを日常の買い物に利用するICカードタイプがあるのは周知の通りだ。

「ビットキャッシュ」や「WebMoney」、「ちょコム」などに代表される仮想マネーは、それぞれプリペイドカードやシートを購入して、ここに印刷された十数桁の文字をパソコン画面上から入力することによりWebマネーとして利用する仕組みで、仮想のカードやシートをネット上から購入することも可能だ。オンラインゲームの課金など、クレジットカードを持てない若年ユーザーにも重宝されている。

もう一つは、カードをデジタル小銭入れとして利用するICカードタイプの電子マネーで、その実用化は、「FeliCa」という非接触型ICカードをソニーが開発したことが大きなきっかけとなった。
記憶機能と通信機能を内臓するFeliCaチップを搭載した樹脂製のFeliCaカードは、10cm程度の近距離で端末との高速データ通信が可能だ。FeliCaチップではデータをそれぞれ独立して管理することが可能で、個別のアクセス権が設定できるので、複数サービスを安全に相互運用ができ、カードの偽造防止にも大きな効果を発揮する。つまり1枚のカードで複数のサービスが利用できてセキュリティ機能も高いということで、電子マネーの標準カードとして普及が進んでいるのである。 電子マネーのパイオニア的存在である「Edy」も、「Suica」、「ICOCA」 、「PiTaPa」などの交通系カードも、すべてFeliCaを利用している。

そしてユーザー層の幅が広い交通系カードが電子マネーに参入したことによ って、ICカード型電子マネーがいよいよ本格的な普及を見せ始める。決済方法についても、従来の前払い方式(プリペイド)に加えて後払い方式(ポストペイ)が実用化されるなど、利便性の面でも電子マネーは大きく進化してきた。

 
 
 
  3種のキラーコンテンツをカバーする交通系カード
 

Webマネーがパソコンや携帯電話などネットワークユーザーを前提とする決済手段であるのに対して、ICカードタイプの電子マネーは実店舗で使用できることが特徴だ。つまり実店舗での決済手段として多用されることから、社会への影響が大きい。ICカード型電子マネーが話題性を集めるゆえんだ。
ではなぜ交通系のICカードが電子マネーの趨勢に大きな影響を与えるのか。この謎を解く大きな鍵が、ICカードにおける「キラーコンテンツ」だ。つまり消費者にカードを使いたいと思わせるような、決め手となるコンテンツをどれだけ持てるのか。
交通系ICカードのキラーコンテンツは、交通、決済、ポイント特典の3つであると言われる。交通系ICカードはこれら3つのキラーコンテンツをすべてカバーすることが大きなポイントだ。

2001(平成13)年にJR東日本がスタートした「Suica」の普及は周知の通りで、今年4月末時点での発行枚数は1630万枚とされる。JR東日本の1日の輸送人員が約1600万人であることを考え合わせると普及率の高さがわかるが、この普及率は、公共交通機関であることに加えて、誰でも簡単に入手できるプリペイドカードであることも大きな要因だ。申し込み手続の必要なポストペイ(後払い)カードでは、プリペイドカードのような普及は難しい。
しかしこれを承知であえてポストペイ方式による交通系カード「PiTaPa」をスタートしたのが、関西の鉄道企業連合による「スルッとKANSAI」で、10数年に及ぶプリペイドカード運用の経験から「ユーザーの利便性を最優先に考えるならポストペイ方式が最適」(スルッとKANSAI協議会・松田圭史プロジェクトリーダー)という結論に達した。

 
 
 
  「スルッとKANSAI」がスタート
 

ここで「PiTaPa」実現に至るまでの交通系カードの流れを見てみよう。
日本で切符に代わるプリペイドカードとして乗車カードが登場したのは、1989(平成1)年の阪急電鉄による「ラガールカード」が最初だ。そして同社は92(平成4)年、このカードを切符の代わりに利用する料金自動引落し方式(ストアードフェア)を開始する。カードを改札機に直接通すことにより、乗車料金をその都度カードから自動的に引き落としていくという、今では全国の鉄道各社でごく一般的になったスタイルだ。
導入の前提となったのは、カードを読み書きするための端末(自動改札機)の全駅配備だ。交通系のカードは、こうした、カードで自由に乗り降りできる料金自動引落しのインフラが整ってから、サービスをスタートさせたことで、普及にはずみがついた。
そして料金自動引落しを実現した4年後の96(平成8)年、阪急電鉄や大阪市交通局など関西の鉄道5社が連合して共通カード「スルッとKANSAI」をスタートした。ちなみに現在の参加企業は鉄道・バスなど49社に及ぶ。 関西の交通機関が料金自動引落しカードの共通化で関東に先行したのは、「関西の鉄道主力各社が自動改札というインフラ整備で先行していた」ことが大きな理由とされている。

松田圭史氏
今回お話を伺ったスルッとKANSAI協議会プロジェクトマネージャー・松田圭史氏
PiTaPaベーシックカード
PiTaPaベーシックカード
 
 
 
  プリペイド方式の限界を痛感
 

さて「スルッとKANSAI」カードが共通で使えるようになり、消費者から大きな評価を得たものの、普及につれてさまざまな問題点が見えてきた。
例えば、鉄道法の関係で、残額に最低運賃がないと改札を通過できなかったという点については、その法解釈を柔軟に行うことが可能になり、10円の残高でも改札を通過できるようになった。また改札を出る時点で2枚のカードを同時投入すればその合計をカード残額として自動判断するなど「ユーザーの意見を反映した修正の繰り返し」によってシステムは進化を遂げていく。
しかし「料金を前払いで支払っているのに何の特典もない」ことや「残額不足の場合など下車駅での清算処理でかえって手間がかかる」など、システム的な修正ではカバーし切れない要素の多くは、プリペイド方式の限界によるものであった。
そこで「スルッとKANSAI」がスタートして3年後の99(平成11)年、スルッとKANSAI協議会は、ICカードによる後払い(ポストペイ)方式の実現に向けて動き始める。

 
 
 
  鉄道事業の根底に関わるポストペイ
 

プリペイドかポストペイかは、料金先払いか後払いかの問題にとどまらず、実は鉄道事業を根底に関わる大きな問題だった。
鉄道事業における最大のメリットとは「現金商売」と「料金前受け」に尽きるという。「すべての利用客が不満を抱くことなく前払いで現金を支払うという慣習は、他の事業では考えられないことです。鉄道事業は公共的性格が強いとはいえ、電話や電気、水道、ガスといったその他の公共サービスの料金はすべて後払いです。鉄道事業ほど運用側を優先した決済慣習を持つ業種は珍しいのです」と松田氏は述べる。
つまりポストペイカードによる後払いの実現は、これら鉄道事業のメリットを自ら放棄することに他ならない。いくら乗客重視と言っても、事業が存続できなければ企業の明日はない。つまり鉄道事業におけるポストペイの実現は、鉄道事業の存亡に関わる大きな賭けであった。
「現金商売も、料金前受けも、あくまでサービス提供側のメリットに過ぎない。顧客が喜ぶサービスを推進しないで自分達のメリットを押し付けても今後は通用しない」との危機感を共有する関西の鉄道グループが「利便性の高い交通サービスを提供するという基本に返り、今後を見据えた施策として企画、開発した」のが「PiTaPa」で、2004年8月1日に本サービスを開始した。

 
 
 
  FeliCaカードによる高速・安全処理
 

スルッとKANSAIカードでの長年の経験から、「PiTaPa」は企画された時点で後払い方式の採用が必須の条件であった。これが、同じFeliCaを採用した交通系カードながら、JR東日本の「Suica」や「ICOCA」などとの大きな違いだ。
後払い方式を実現するには、金融機関の口座が必要となるため、申し込み手続きが必須となる。どこでも簡単に入手できるプリペイド方式に比較すると、カードを入手するまでに時間と手間が必要という点で、「PiTaPa」がクレジットカードに極めて近いことは確かだ。
指定した金融機関から預金を引き出して支払いに当てるという意味では、一般のクレジットカードもポストペイカード(PiTaPa)も同じだ。しかし、カードを利用する度にセンターとの交信による確認処理を行うクレジットカードに対して、「PiTaPa」はあくまでオフラインで端末とカード間のデータ交換を行う。つまり支払い時におけるセンターとの交信によるリアルタイム処理がないことから、処理に要する時間はクレジットカードに比較して圧倒的に速く、カードを端末機にかざした瞬間に処理は完了する。このスピードはFeliCaの能力によるところも大きい。
ただ、センターとのリアルタイムな確認処理を行わないだけに、小額の決済に限定して使用するという制約がある。「PiTaPa」の場合は、1ヶ月につき交通の限度額が15万円、ショッピング利用の限度額が1日につき3万円で1ヶ月につき5万円となっている。

PiTaPaにおける情報の流れ
 
 
 
  PiTaPaが提供する多様なサービス
 

「PiTaPa」が提供するサービスは、交通、決済、ポイント特典だ。しかしその多機能性ゆえに、チャージした金額を使うという単純明快なプリペイド方式に比較すると、やや複雑な印象を与えることは事実だ。
まずポストペイサービスでは、鉄道やバスの利用時や店舗でのショッピングに対する代金支払いに利用できる。鉄道やバスについては、利用データを1ヶ月集計したうえで、月次利用額をユーザー指定の金融機関から引き落とす。通勤など同じ区間を定期的に利用する場合、定期券か回数券のいずれがコスト的に低いかをシステムが自動判断し、低い方の価格で引き落としが行われる。これはユーザーへのサービスであると同時に、公共交通機関の利用を促進する狙いもある。
ショッピングでは、店舗での決済金額に応じてポイントが付加され、このポイントが一定(50円相当)に達すると自動的に鉄道・バスの運賃支払いに充当する。提携するクレジットカードのポイントや、航空会社のマイレージポイントを、鉄道・バスの運賃支払いに充当することも可能だ。
更に「Suica」や「ICOCA」との相互利用を実現するため、プリペイド機能を付加している。「PiTaPa」へのプリペイド入金については、残額が少なくなると一定金額が自動的にカードに補填されるオートチャージ(自動入金)機能を持つことが特徴だ。これは、「PiTaPa」導入社局の改札機等にタッチした際、読取部でカード内の残額が千円以下であることを検知すると、自動的に2千円をカード内に入金されるという仕組みだ。これならJRとの相互利用の際にもプリペイド残額を意識する必要がないのだ。
交通、決済、ポイント特典以外では、情報(PiTaPaグーパス)や安心(あんしんグーパス)を提供するサービスがある。「PiTaPa」で改札機を通過する際、ユーザー指定の携帯電話に情報やクーポンを配信するサービスが「PiTaPaグーパス」で、会員の10%が利用している。「あんしんグーパス」は、有料(月額315円)で自動の改札機通過情報を保護者の携帯電話にメール配信するサービスで、今年1月10日からスタートした。

PiTaPa改札機
PiTaPaで改札を通過
PiTaPa専用端末
加盟店でのPiTaPa端末
 
 
 
  プリペイド方式とポストペイ方式の併用
 

カードのケータイ版とも言える「おサイフケータイ」は、EdyやSuicaを採用しており、プリペイド方式による電子マネーとして利用できる。この「おサイフケータイ」に、JR東日本のクレジットカード「ビューカード」による決済機能を付加したサービスが「モバイルSuica」で、プリペイドとポストペイの両方式が併用できることが特徴となっている。また来年3月の運用を予定している首都圏の交通系ICカード「PASMO」もプリペイド方式が基本だが、クレジットカード決済によるオートチャージ機能の付加を予定している。

スルッとKANSAI協議会が後払い方式にこだわるのは「高齢者や身障者などITに無縁な情報弱者にとって利用しやすい支払い手段であるから」だという。「カードへの入金操作や残高の確認など、一般のビジネスマンにとってはさしたる手間ではありませんが、実はこの操作に不安を持つ高齢の乗客が意外に多いということがアンケートで明らかになりました。またカードの残額を気にするくらいなら、現金の方がマシとの声も少なくありません。そこで最初の申し込み手続きは必要ですが、その後のカード活用においては入金操作も残高確認も一切必要なく、カードを端末にかざす以外には何の操作も必要ない簡便性を実現するのがポストペイ」というのが松田氏の主張だ。「最初の申し込みの手間を除けば、利便性・安全性・割安性のすべてで現金に優る」というPiTaPaのアピールが果たして誇大広告か否か、その判断を下すのはユーザーだ。

 
 
坂本剛 0007 D.O.B 1971.10.28
調査報告書 ファイルナンバー001 FeliCaによる電子マネーが目覚しい勢いで伸びています。PiTaPaの取材後も、カード型、ケータイ型含めて電子マネーに関する新たな発表が相次いでおり、端末を共通化する動きも活発です。非接触型ICカードであるFeliCaを共通して使用しているだけに、技術的には問題がないとのことで、クレジットカードと同じく端末が共通化される日も近そうです。 四半世紀に及ぶ紆余曲折を経て、電子マネーはようやく市民権を得てきた様子です。端末の共有化によって電子マネーの普及が加速することは間違いなく、普及によって新たな使い方も見えてきます。交通、決済、ポイントという3種のキラー用途コンテンツに加えた、第4の用途コンテンツとは何か。ユーザーの利便性向上にとどまらない新たなビジネス台頭への予感が、電子マネーの魅力でもあるようです。
イラスト/小湊好治 Top of the page

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