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新IT大捜査線 特命捜査 第7号 スポーツとIT「ITで子どもの体力を復活」
 
  日本の子どもの体力は20年間低下し続けている
 
子どもの身長と基礎的運動能力の比較
  男 子 女 子
  親の世代 今の子ども達 親の世代 今の子ども達
身長(cm) 141.8 145.3(+3.5) 144.4 147.2(+2.8)
50m走(秒) 8.8 9.0(-0.2) 9.1 9.2(-0.1)
ソフトボール投げ(m) 34.0 29.8(-4.2) 19.9 17.8(-2.1)
(親の世代は1975年の11歳、今の子ども達は2005年の11歳)
出典・文部科学省「体力・運動能力調査」

日本の子どもの体力低下が指摘されて久しい。文部科学省が行っている「体力・運動能力調査」によると、子どもの体力や運動能力は、1985(昭和60)年頃から現在まで低下傾向が続いている。現在の子どもの体力の調査結果を、その親の世代である30年前と比較すると、ほとんどのテスト項目で子どもの世代が親の世代を下回っている。しかし体格となると子どものほうが親の世代を上回っており、体格が向上しているにもかかわらず体力・運動能力は低下しているということになる。これは身体能力の低下が深刻な状況であることを示している。

子どもの体力低下についてははさまざまな要因が指摘されているが、社会環境の変化や意識の変化の中で、外遊びやスポーツの重要性を学力と比べて軽視する傾向が進んだことが大きいと言われている。
この問題を解決するには、子ども達に運動をさせれば良い。そのためには、子ども達が積極的に外で運動ができる環境をつくることが先決だが、これがなかなかに難しい。物理的な場所という面でも、積極的に参加し継続するためのモチベーションという面でも、更には時間という面においても、もはや親達の世代とは環境が違う。遊ぶための空き地もなければ、遊ぶ相手にも不足する。ましてや事件の多発する最近の世相においては、外で遊ぶことそのものが危険視されているのが現状だ。

えひめ子どもスポーツITスタジアム

えひめ子どもスポーツITスタジアム

そこで子どもが毎日、安全に運動ができる場所は学校に限られてくる。しかし学校なら安全とは言っても、運動に対して消極的な子ども達に運動させるように仕向けるにはどうすれば良いのか。
その手段として注目されているのが、ITを活用して、県下全域の小学校間でグループ同士、お互いに運動の成果を競い、運動へのモチベーションを高めるという試みだ。運動した結果をパソコンに入力してその数値をネット上で公開することによって、地域の離れたグループ同士が競い合い楽しみながら運動を続けることができる。運動した後には、自分達のグループが全体のどのレベルにあるのかがすぐに分かるので、自然に次のチャレンジへと意欲が高まっていくという。だが、運動の結果をパソコンに入力してインターネットに流すという、単純な仕組みで、本当に子どもの運動意欲が高まるものだろうか。

ITを活用して子どもの体力を向上させる仕組みは、静岡県、岐阜県、鳥取県、愛媛県などですでに実用化されている。これらバーチャルITスタジアムに共通しているのは、入力した結果が数値として比較できるように運動種目が工夫されていること、個人の記録ではなくあくまでグループ単位での記録であること、入力した記録はリアルタイムにネット上に反映されること、の3点だ。そこで今年から運用を開始した愛媛県の「えひめ子どもスポーツITスタジアム」に伺って、バーチャルITスタジアムについて考えてみよう。

 
 
 
  個人ではなくグループ全体で楽しむ
 
お話をお伺いした愛媛県教育委員会文化スポーツ部保健スポーツ課学校体育係長・小野誠一氏)

お話をお伺いした愛媛県教育委員会文化スポーツ部保健スポーツ課学校体育係長・小野誠一氏

「えひめ子どもスポーツITスタジアム」は2005年に企画され、今年4月からのテスト運用を経て9月から本格運用を開始した。チャレンジ部門4種目、創作部門2種目を用意し、ホームページ上で詳しいルールと使い方、県下のグループ成績一覧など、コンテンツはなかなかに豊富だ。静岡、岐阜、鳥取などバーチャルITスタジアム先進県に比較して後発組だけに、先進諸県のITスタジアムを参考にして内容を充実させた。
「えひめスポーツITスタジアム」の目的は、「子ども達がクラスやグループで協力しながら自主的に運動して体力を高めるための支援を行うこと」(愛媛県教育委員会・文化スポーツ部保健スポーツ課学校体育係長・小野誠一氏)だ。

具体的には、子ども達がITスタジアムのメニューに従ってグループ単位で運動場や体育館で運動を行い、その記録を先生がホームページから入力すると、それががすぐに表示されて県下のさまざまな小学校の記録と比較できるという仕組みだ。
「えひめ子どもスポーツITスタジアム」を企画するに当たって最も重視したことは「あくまで子ども達全体の体力アップを目指す」ということだ。これはごく当たり前のようでありながら、ややもすると個人の記録を追求しがちなスポーツ界においては、常に注意しておくべき事柄であるという。最近の小学生を見ても、野球のリトルリーグなど小学生時代からスポーツの英才教育を施す施設が増える一方で、スポーツとは無縁の子どもが増えている。
「能力に秀でた特定個人の記録向上はさて置き、問題はその他大勢の子どもの体力低下をどのように回復するのかということであり、これを解決するための一つの解がえひめ子どもスポーツITスタジアムなのです。愛媛県の子ども達全体の体力アップを図るためには、個人の記録ではなくあくまでグループの記録を登録することが前提となりますので、個人種目はなく、個人の記録も収録しません」。基本単位はあくまでもグループ。これが第一の大きな特徴だ。ここで問題となるのが、種目の選定だ。

えひめ子どもスポーツITスタジアムで行われる種目

■チャレンジ部門
種目 種別 内容

スローアンドキャッチラリー

各学年
単位

3分間、1つのボールを使ってキャッチボールを行い、何回捕球できたかを競う。

チームジャンプ連続

連続回旋跳びで、なわを何回跳べたかを競う。

チームジャンプ5
(ファイブ)

5分間、連続回旋跳びを行い、なわを合計何回跳べたかを競う。

チームリレー

1人が半周(約50m)を走る学級全員のリレーで、1人あたりの平均タイムを競う。

*けがや疾病等の理由で、やむを得ず参加することができない児童は、学級の人数に含めなくてよい。
*複式学級の場合は、最も上の児童が在籍する学年として申請する。
 
■ 創作部門

種目

審査基準

レッツリズムダンス

学年、学級やグループ等で創作したリズムダンスのコンテスト。

体力アップエクササイズ

学校、学年や学級等で行っている体力つくりの運動のコンテスト。

「個人の記録を採らずにグループ全体として確実な数値が取れる種目であり、なおかつどのような小学校でも特別の準備が不要で簡単に実施できる種目」でなくてはならない。このグループとは通常10人前後で、30人の学級なら3グループが作れる程度を想定しているが、「現実には過疎地の小学校など全学年合わせて生徒数が10数名という小学校も珍しくありません。そこで、3〜4人でも充分にグループとして楽しめるような」種目であることも必要条件となる。
えひめ子どもスポーツITスタジアムの成功を左右するこの種目決定については、愛媛県も大いに悩んだようだ。そして最終的に、先進他県で成功している種目なども参考にしながら、チャレンジ部門として「スローアンドキャッチラリー」「チームジャンプ連続」「チームジャンプ5」「チームリレー」の4種目を、創作部門として「レッツリズムダンス」「体力アップエクササイズ」の2種目を選定した。

 
 
 
  リアルタイム性が子どもの意欲を高める
 

各グループがほぼ半数となるように2つに分かれ、投球ライン後方に縦1列で向かい合って並ぶ。

時計の「はじめ」の合図で始め3分間経った時点で計時が「おわり」の合図をする。「おわり」の合図をした時点で、捕球した回数を記録とする。

ファンブル後ボールを保持した場合も捕球とする。ただし、ファンブルした場合は、その人だけが取りに行き、ラインまで戻って続ける。

投球ライン内で捕球及び投球はしてはならない。ただし、ファンブルしたボールが投球ライン内に入った場合は、中に入ってボールを取りに行ってよい。また、投球ラインを踏んだり、投球ラインの中に入ったりしてボールを投げた場合は、相手が捕球しても捕球回数には入れない。

投球はノーバウンドで相手に届くように投げることが望ましいが、バウンドしても、投球ライン後方でボールを捕球すれば捕球回数に入れることができる。

投球フォーム、助走及びステップの距離は自由とする。

投球後は投球ラインの前方に入ってもよい。

キャッチボールをする2人以外は、ボールに触れてはいけない。

投球後は、同じ列の後ろに並ぶ。

スローアンドキャッチラリーのルール

現在実施している種目の中、最も人気があるのが「スローアンドキャッチラリー」で、これはドッジボールを使ったキャッチボールだ。各グループがほぼ半数になるように2組に分かれ、それぞれ投球ラインに縦1列で向かい合って並ぶ。低学年は5m間隔、中学年は7m間隔、高学年は9m間隔、特殊学級は5m間隔で投球ラインを示す2本の直線を引き、この間隔でキャッチボールを3分間繰り返し、何回捕球できたかを競う。投球はノーバウンドで相手に届くように投げることが望ましいが、バウンドしても、自分のラインより後ろでボールを捕球すれば捕球回数に入れることができる。投球フォーム、助走及びステップの距離は自由で、投球後は同じ列の後ろに並ぶ。このスローアンドキャッチラリーは、誰もが手軽にできて、しかも個人の記録ではなくグループ全体としての記録を録るには最適ということで、静岡県や岐阜県でも人気種目となっている。

どの小学校でも手軽にできてチームとしての記録が録りやすいこと以外に、もう一つの大きな条件となるのが「結果が簡単な数値となりパソコンから入力しやすいこと」である。「どちらが優勢」といったアナログ的な要素を記録として入力することは難しい。そこで、スローアンドキャッチラリーなどのように何回投げたといった数を数える種目であれば、入力も簡単になる。
パソコンに入力しやすいということは、単なる操作性の問題を超えて「子ども達のモチベーション向上につながる重要な要素」であり、ITスタジアム成功の大きなポイントであるというのが、小野氏の意見だ。
「せいぜい3桁の簡単な数字なら、どの先生でも簡単に入力できます。えひめ子どもスポーツITスタジアムの運用においては、その場で入力するということが極めて重要です。それによってこそ、子ども達は自分達が運動した結果をすぐに他の小学校と比較することができるのです。もし結果が他の小学校と大きく違っている場合などは、再チャレンジすることもできますし、明日またがんばろうというように、子ども達の意欲も高まります。チャレンジした翌日に結果が分かるようでは、子ども達の興味は半分失せていますからね。ましてや1週間後に結果が出るようでは、子ども達のヤル気を再び引き出すことは至難の技です。子ども達のモチベーションを高めるにはタイミングが極めて重要です。タイミングをはずさないという意味で、ITの活用には予想以上の効果を感じています」。

 
 
 
  パソコンを体力強化のツールとして
 
 
性別 種目(しゅもく) 1981年
2005年
男子
握力(あくりょく) 17.5kg 16.7kg
(全国平均17.5kg)
50m走 9秒16 9秒31
(全国平均:9秒33)
ボール投げ 30.05m 24.72m
(全国平均:25.62m)
女子
握力(あくりょく) 16.2kg 15.7kg
(全国平均:17.0kg)
50m走 9秒44 9秒68
(全国平均:9秒54)
ボール投げ 16.81m 14.04m
(全国平均:15.04m)

小学生の体力の現状

記録を入力するのに必要なIDとパスワードは、愛媛県下の小学校全361校に対して発行されている。このIDとパスワードが必要なのは記録を入力する時だけで、それ以外の閲覧処理には必要ない。つまり、運動の成果を誰でもいつでも見ることができるので、子どもグループの体力の増強状況が把握できる。
子ども達の生活環境を変化させた要因の一つとしてゲーム機やパソコンの急速な普及が指摘されるが、このパソコンを逆に体力強化のツールとして利用しようというのがITスタジアム発想の原点となっている。愛媛県では「えひめ子どもスポーツITスタジアム」を開始するに当たって、「なぜITスタジアムが必要なのか」を理解してもらうために、愛媛県の小学生の体力の現状を公開(平成17年度児童生徒の体力・運動能力・生活実態調査報告)した。それによると、今の小学生の保護者世代が小学生であった1981(昭和56)年と2005(平成17)年を比較すると、小学5年生の男子の場合、握力は17.5kgから16.7kg、50m走は9.16秒から9.31秒、ボール投げは30.05mから24.72m、女子の場合はそれぞれ16.2kgから15.7kg、9.44秒から9.68秒、16.81mから14.04mとすべての運動能力において着実に低下している。これは多少の誤差はあるが全国平均と共通した数値となっている。

坊っちゃんスタジアム

坊っちゃんスタジアム

 
世界の武道家が集まる愛媛県武道館

世界の武道家が集まる愛媛県武道館

えひめ子どもスポーツITスタジアムのスタートによってこれらの数字がすぐに向上するものでないことは承知の上で、「スポーツ立県」を目指す愛媛県は、長期に及ぶ子どもの体力回復作戦に本腰を入れた取り組みを開始した。ITスタジアムが本格運用を開始して数ヶ月、その具体的な効果についてはまだまだ見えない部分が多い。しかし県下の各小学校からITスタジアムに対する関心は急速に高まっている。「来年2月には表彰その他さまざまな成果が発表できる予定」とされているが、本当の成果は来年4月から翌々年3月にかけての1年間を経た後にようやく明らかになり始めるだろう。

正岡子規の野球を持ち出すまでもなく、愛媛県は伝統的にスポーツが盛んな地域である。松山駅から各駅停車で一駅の市坪地区にある松山中央公園には、日本を代表する最新のスポーツ施設群が建ち並び、四国随一の本格的野球場「坊っちゃんスタジアム」をはじめ、機能・規模ともに日本を代表する「愛媛県武道館」など、「スポーツ立県」に向けた施設整備を進めている。これらスポーツ施設の整備は、「愛媛県民の健康づくり」を目的としたものだが、スポーツ施設というハード整備に加えて、運動するための意欲を高めるためのソフト整備にも力点を置くことが愛媛県のスポーツ振興の大きな特徴といえる。その一環としての「えひめ子どもスポーツITスタジアム」についても、今後何十年というスパンでの継続が求められることになり、施設以上に県民に対して重要な役割を担う可能性が強い。

取材協力:愛媛県教育委員会(http://ehime-c.esnet.ed.jp/

 
 
田島洋一 0010 D.O.B 1976.2.3
調査報告書 ファイルナンバー007 スポーツとIT「ITで子どもの体力を復活」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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