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新IT大捜査線 特命捜査 第10号 空間情報とIT「空間情報でインターネットが変わる」
 
  情報が複合的になったWeb上の地図
 

Webによる地図情報が普及している。インターネットで検索をしてプリントアウトを持ち歩くという使い方が多いが、必要な地図をその都度買わずに済むことに加えて、最新の地図情報が得られるというメリットもある。地図を買っても、実際に利用するのは年にせいぜい数回、必要な地域もごく限られている上、数年経てば内容も古くなる。しかし地図情報サイトを利用すれば、必要な時に必要な地域の最新地図が無料で手に入る。地図情報サイトの人気が高いのは当然だ。

少し前まで地図情報サイトは、従来、紙で提供されていた地図情報をそのままWebに載せたというものがほとんどで、検索機能などデジタルならではの使いやすさはあるものの、基本的なデータはほぼ同じだった。
しかし最近になって、地図情報にさまざまな情報をリンクして利用できるサイトが増えてきた。調べたい地域をクリックすると、ショッピングや飲食など、その地域に関連するさまざまな情報が入手できるという仕組みで、地図情報の付加価値として各社が力を入れている。このようにITの力を地図に応用することによって、紙の地図にはない新たな機能を付加する手法は、地理情報システム(GIS:Geographic Information System)と呼ばれている。緯度・経度をベースとした地図上に、目的に応じてさまざまな情報を重ね合わせることによって、これらの情報を地図情報と関連して利用することができるというものだ。ショッピング以外にも、企業のマーケティングや、都市開発から災害対策に至るまで、GISはすでに私達の生活と深く関わっている。

現在、インターネットは、ハイパーテキストによるWWW(ワールドワイドウェブ)が主流だが、文書や画像などの情報に比して、私達が実際に生活する空間を情報としてインターネットに取り込むことは極めて難しかった。現在のGISにしても、基となるのはあくまで紙の地図情報であり、実空間の取り込みには程遠い。
現実の空間情報をそのままインターネットに取り込むことができれば、自分が本当に必要とする空間をインターネット上で自由に利用することが可能になる。たとえば駅まで歩いて行くとして、正確にたどり着くのに必要な地図は人によって微妙に違うはずだが、この微妙な違いを組み込んだ最適な地図が利用できるようになる。また現実の空間には時間がつきものだが、時間と空間とを自由に組み合わせることによって、自分が住んでいる場所の100年前の様子を見たり、あるいは地震や津波などの災害の際にも、災害直前の様子を比較したりすることができるようになる。

 
 
 
  空間を取り込む「GLOBALBASE」
 

問題は、実際の空間をインターネットの世界に取り込むための方法だ。
この問題について「文字や画像情報についてはWWWが大成功を納めているのだから、同じ方法を空間にも応用すればどうか」と考えたのが大阪市立大学都市研究プラザの森洋久助教授だ。空間を難しく考えず、地図や写真、文献その他、私達が生きる空間のさまざまな要素を片端から取り込んでいくことによって、インターネットに空間的な奥行きを持たせるというプロジェクトは「GLOBALBASE」と呼ばれ、まだ研究者が中心ながら、ユーザ層は世界的な広がりを見せている。

では「実際の空間をインターネットに取り込む」にはどうすればよいのかというと、実は極めて簡単だ。「GLOBALBASE」で用意したツールを使って自分の周りの空間情報をただ入力していくだけでよい。他の空間情報との関わりを意識することなく、そのまま放り込んでいけばよい。自分の住む家の間取りをそのまま入力したり、自分の家の周りを写真にとってこれを入力すれば、これらが空間情報となる。素材の位置関係など難しいことは一切意識する必要はない。余力があれば、好みの地図情報や古地図など、どんどん入力していくことによって空間情報は更に奥深いものになる。

「空間情報の取り込み」そのものは簡単だが、「まず個人の生活範囲を空間情報の原点として、これにさまざな空間情報を随時組み合わせることで、望む空間を構築することができます」。とは森助教授。地図帳でもWeb地図でも、私達が地図を利用する際には必ず縮尺があり、この縮尺率が低いほどより詳しい地図になる。しかしいくら詳しい地図であっても、自宅の入り口や裏庭など個人レベルの空間情報が入る余地はないし、部屋の中や個人の机の中などの個人的な情報など言わずもがな。自分の机の引き出しの中は確かに空間情報であっても、一般人の感覚では地図情報ではない。
しかしこのような常識を破って、手のひらの上の小さな空間から、地球レベルを超えて太陽系、更には銀河系へと空間を広げていくのが空間情報システム「GLOBALBASE」だ。各人が入力して公開した空間のすべての要素がいつでも自由に利用できるので、「自分の引き出しの中からスタートして次第に空間を広げ、やがて日本列島が見え、地球が見え、宇宙が見えることになります」というのは決して誇張ではない。


左から時計回りに、身近な生活空間がそのまま地図情報につながっていくGLOBALBASE

個人宅レベルから全地球レベルまで柔軟に拡大・縮小して空間を楽しむという意味では、Googleが2005年6月からサービスを開始したバーチャル地球儀「GoogleEarth」と表現的には極めて近い。しかし「GoogleEarth」のコンテンツがあくまでもGoogleという主催者によって提供される一方通行であるのに対して、「GLOBALBASE」のコンテンツはユーザによって提供されることが基本だ。つまり、ユーザが増えるほどコンテンツが充実し利用価値が高まる。これが、何十億という個人空間をカバーする唯一の方法であり、頻繁に情報を更新する唯一の方法でもあるように見える。

GLOBALBASEネットワークは日本から世界に広がる

GLOBALBASEネットワークは日本から世界に広がる

このように一見、夢を語るような「GLOBALBASE」が、現実的なプロジェクトとして注目を集めるのは、「今後のインターネット活用で最も期待される分野」であるからだ。現在のWeb地図は紙の地図をデジタル化したものだけに、いくらGIS機能を付加してもその情報量にはおのずと限界がある。WWWによって世界中が結ばれている時代に、広さと高さと時間を持つ空間情報だけはなかなか結びつけることは難しかった。しかし「GLOBALBASE」を利用することによってそれが可能になる。空間情報の一つである地図情報一つをとっても、世界のあらゆる場所に散在している情報が一つに結ばれるという意味は大きい。

 
 
 
  世界中の個人空間を結ぶ
 
パソコンのログインも指静脈認証で利便性アップ(FANCL)

さまざまな座標を結び合わせる機能がポイント

地図には緯度・経度がつきものだが、普通の人が自分の居る場所の緯度・経度を意識することはあまりない。普段の生活には緯度・経度などを知る必要がないからだが、「緯度・経度という地理学的な座標よりも、まわりの景色など自分が無意識のうちに使っている座標の方がはるかに実用的で便利なので、人は自然に自分の座標を持つようになっているのです」と森洋久助教授。これは世界の人々に共通することで、世界の人口が65億人とすれば65億個の個人座標が考えられるが、これをカバーできる地図などあり得ない。自分の座標で空間を入力していくことによって、世界中の個人空間が結ばれることになる。
そして時間軸を加えると空間は更に広がる。例えば江戸時代の漁村を考えると、その土地の人々は恐らく西暦とは無縁で暮らしていた。つまり時間座標としては和暦に限られていたはずだが、ペリーが黒船で来航した途端に西暦という別の時間座標が入ってくる。ここで新たな座標と従来座標とが関わりを持ってくるので、「自分の座標を原点としながら、必要な時にはいつでも他の座標との接点を持てるような仕組み」が必要になる。

イラスト地図と地勢図が重なり合うことで新たな世界が

「世界中の空間をあるがままに、地域も時間も関係なく、ともかくどんどん取り込んで」いけることが「GLOBALBASE」の実用面での大きなメリットだ。そして、地域も縮尺も時間もバラバラなデータを関連付ける仕組みを確立したことが技術面での最大のポイントであり、これによって実用化の目途が立ったことになる。
しかし注意すべきは「バラバラなデータを無理に整理しようとしない」姿勢だという。データをきちんと整理しようとすると、どうしても中央集中型の発想になる。データを一箇所に集めて整理するのではなく、誰もがいつでも自由に参加でき、利用できる分散スタイルを徹底するのが「GLOBALBASE」の基本的な考え方だ。決め事の殆どない自由な活用環境はインターネットの発想そのものでもある。

 
 
 
  緯度・経度は一つの座標に過ぎない
 

古地図と現在の地図を重ねることで新たな発見も

「GLOBALBASE」では、京都に住む人が、自分の住居付近の現在の地図の上に、江戸時代の手書きの絵地図や、当時を記した事件簿を重ねることなども簡単で、縮尺や輪郭の精度を厳密に合わせなくとも充分に利用できる。当時の古文書がどのように書かれていたのかも一目瞭然に理解することができ、地図や古地図、写真、家系図、古文書、更には当時の人々の日常生活を細かに記した生活メモに至るまで、その空間に関連するすべての情報を引き出すことができる。一つの空間を異なる座標系で見ることによって新たな発見もあるとのことで、最近は考古学者などの間でも活発に利用されるようになった。

また自治体などから大きな期待を集めているのが災害対策だ。地震などで地形が大きく変化した場合、過去の地形との比較対照を行うが、比較する複数の空間情報の座標や大きさが揃っていることは珍しい。比較する空間情報の数がまず足りない上に、座標も大きさも違う。このような場合に「GLOBALBASE」は威力を発揮する。まず空間情報の入力の簡単さが、刻一刻と変化する土地の情報を記録する重要な資料になる。そして現在では利用することが難しい古地図や写真や登記簿情報などを重ねることによって、変化の度合いを判断したり、今後の変化を予想することもできる。さまざまな歴史資料を重ね合わせることによって、災害の歴史や時代的な背景も理解できる。

イラストがそのまま地図情報につながる

企業のホームページなどでは、アクセス方法として簡単なイラストマップを見かけることが多い。イラストマップは、一般の地図のような緯度・経度の表記はないが、その会社への道案内としては使いやすい。「イラストマップは一般の地図より情報が少ないのではなく、目的に合った情報に絞り込んだ空間情報」ということだ。測量図とイラストマップの違いは、目的に応じてどの情報を重視するかということに過ぎない。更に、緯度・経度は絶対的な座標ではあっても、土地そのものが動くと当然のことながら緯度・経度も変化する。「結局のところ、絶対と信じられている緯度・経度だけでは判断ができないことが多いのです」と森氏は語る。

例えば、明治時代の外国人接待所として知られる鹿鳴館は現在の帝国ホテルの敷地にあったという話は本当か否かという有名な話がある。実は緯度・経度から正確に判断すると、鹿鳴館の跡地はすでに数十メートルも移動しているので、世界座標系で判断すると明らかに違う。しかし、地面は周辺一帯を含めて全体的に移動しているので、登記簿として地面に固定された杭から判断すると、間違いなく一致しているということになる。つまり座標が違えば空間情報も違ってくる。
ちなみに、現在の国土交通省国土地理院は世界測地系による緯度・経度を基準にして土地を表しているが、個人の土地財産の基本となる登記簿は、地面に打ち込んだ杭を基準に土地を表している。つまり同じ日本の行政機関でありながら、異なる座標で土地を表していることになる。「土地を表すのにさまざまな座標があることは周知の事実であり、これを一つの基準で統一しようとするには無理があります」というのが森氏の指摘だ。私達が生活する空間は想像以上に奥が深い。

 

 

取材協力:

大阪市立大学都市研究プラザ(http://www.ur-plaza.osaka-cu.ac.jp
GLOBALBASE(http://www.globalbase.org

 
 
神山恭子 0012 D.O.B 1966.7.3
調査報告書 ファイルナンバー010 空間情報とIT「空間情報でインターネットが変わる」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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