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新IT大捜査線 特命捜査 第16号 電子ペーパー「本格的商用化は近い? 見えてきた未来の紙の姿」
 
  電子ペーパー=超薄型のディスプレイ?
 
ソニーの電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」

ソニーの電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」。内蔵メモリとメモリースティックにコンテンツを収納する仕組みだった。生産完了品。

セイコーの腕時計「スペクトラム」

セイコーの腕時計「スペクトラム」。26万2500円という高価格だったが、国内販売分の200個は完売した。今年4月には女性版も発表された。

檀上さん

お話を伺った凸版印刷 新事業推進センター パーソナルサービス事業推進部の檀上英利さん。

「何となくイメージできるけど、実際には一度も見たことない」──電子ペーパーの話を周りにすると、大抵こんな反応が返ってくる。
そのイメージも、大体共通している。紙のように薄いディスプレイの上に文字や画像が表示され、ページをめくるように次々と表示が変わっていく。本や雑誌の形をしていたり、壁に貼ってあるポスターだったり、公共の場所の案内板だったり…。
そのイメージは、実際、実物とさほど離れていない。聞けば、映画の影響が大きいらしい。そういえばハリウッドのSF映画で見たことがある。

だが「もう製品になってる物もある」というと、意外な顔をされる。
例えばソニーが2004年に発売した電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」。例えばセイコーが去年発売した腕時計「スペクトラム」。例えばレキサー・メディア社の残量表示付きUSBメモリ“JumpDrive Mercury”(アメリカのメーカーだが)。
見たことない? では、これなら目にしたことがあるかもしれない。「2005年と2006年の全日本大学駅伝に使われた公式時計」。そう、計時車両の屋根に付いている大きなデジタル時計。シチズンが作ったあの時計には、実は電子ペーパーが試験的に使われていたのだ。

「デジタル時計が電子ペーパー? 液晶じゃないの?」そんな疑問はごもっとも。確かに、電子ペーパーと液晶ディスプレイの違いは分かりにくい。電気的に文字や画像、更には動画まで表示できるとしたら、液晶やプラズマのような薄型ディスプレイとどう違うのだろう? もしかしたら、もの凄く薄いペラペラのディスプレイが電子ペーパーなのだろうか? それとも、今までにあるような表示媒体とは全く違う、新しい仕組みの何か?

「簡単に言うと、電子ペーパーはただのディスプレイ技術の一種です」そう答えてくれたのは、凸版印刷株式会社新事業推進センターの檀上英利さん。
印刷会社だから電子ペーパーもやらなきゃ、ということではなく、凸版印刷は昔からディスプレイ向けの高性能部材を数多く製造している。 ちなみに、液晶ディスプレイに使うカラーフィルタの世界シェアではNo.1。他にもリアプロジェクションTV用の前面スクリーンや、反射防止・低反射フィルムなどを作っている。
その凸版印刷のディスプレイ関連事業の一つが、電子ペーパー。いったいどんなものなのか、檀上さんにお話を伺った。

 
 
 
  マイクロカプセルの中を白黒の顔料が移動する!
 
E Ink技術の概要

E Ink技術の概要。仕組みは極めてシンプルだが、ミクロンレベルのコントロール技術は驚異的。

話を進める前に、今なぜ電子ペーパーが求められているのかを考えてみよう。
昔も今も、私たちの生活には紙、そして紙メディアが欠かせない。情報のIT化が進んでコンピュータや携帯電話がこれほど普及しても、メモや手帳は紙の方が便利だし、会社ではいまだに書類をコピーして回覧している。新聞や雑誌も電子化の話はとんと聞こえてこない。2004年の主要国の国民一人当たりの紙・板紙消費量を見ると、日本は247キロで世界第4位(日本製紙連合会調べ)。世界的にみれば経済の発展に伴って紙の消費量が増えている国もあり、限りある森林資源が心配になってくる。
考えてみれば、私たちが必要としているのは紙そのものではなく、そこに表示されている情報だ。紙を使わずに情報だけを伝達できれば、それで充分のはず。少なくとも資源を無駄に消費することは避けられるだろう。電子ペーパーが求められる理由はここにある。

「紙と同じレベルの読みやすさで、表示内容を電気的に書き換えることができるディスプレイ」──檀上さんは電子ペーパーをそう説明してくれた。複数のメーカーが独自の技術を開発しているので細部に違いはあるが、ほぼ共通して以下の特徴があるという。
●自らは発光しない反射型表示。
●反射型なので消費電力が少なくて済む。
●書き込みエネルギーが小さく、電源を切っても表示内容が維持される。
●薄く、折り曲げることもできる(ようになる)。
ポイントは、紙と同じ反射型表示であること。だから炎天下でもはっきり見えるし、コピーも取れる。一方、液晶やプラズマは広い意味で自らが発光する表示で、明るい屋外や斜め方向からだと見にくくなってしまう。

凸版印刷は2001年にアメリカのE Ink社と提携し、電子ペーパーの主要部材である前面板(プラスチック基材+透明電極+マイクロカプセル)の開発を進めてきた。このE Ink社は、電子ペーパーの表示技術を研究開発しているメーカーの一つ。同社が表示材料の製造を行い、凸版印刷はこの材料をフィルムにコーティングした表示部材である前面板を作っている。その前面板をディスプレイメーカー(例:フィリップス)が電子ペーパーの形にし、その電子ペーパーを電機メーカー(例:ソニー)が電子書籍端末などの最終製品にするわけだ。
これが製品化までの一般的な流れ。メーカーによっては、表示材料から最終製品まで一貫して作るところもあるようだ。

さて、最も知りたいのは、文字や画像が表示されるその仕組み。E Ink社が開発したのは、「マイクロカプセル型電気泳動方式」という表示技術だ。檀上さんに解説してもらった。
「プラスチックの基材面に、表示材料の透明なマイクロカプセルが単層にコーティングされています。カプセルの中にはオイルが充填されていて、正に帯電した白い顔料と負に帯電した黒い顔料が入っています。顔料はカプセルの中を浮遊しているので、自由に動けます。で、カプセル層を挟んでいる上下の電極に電圧をかけると、+方向には黒い顔料が、−方向には白い顔料が移動するという仕組みです」
ということは磁石と同じ?
「タカラトミーに、磁石で砂鉄を動かす『せんせい』というお絵かき玩具がありますね。あれを電気仕掛けにしたようなものだと考えてください」
なるほど。一つ一つの電極にかける電圧を細かくコントロールすることで、白と黒を表示しているわけだ。想像していたよりずっとシンプル。解像度は電極の細かさで決まり、グレーの中間調も表示できるという。

E Ink電子ペーパーの特徴は、第一に紙のように見やすいこと。実際、白と黒の差を示すコントラストは新聞紙より高く、水平に近い角度からも文字が読めるほど視野角が広い。次に、消費電力が極めて少ないこと。電力を消費するのは表示を変えるときだけに限られる。三番目は、薄型、軽量にできること。前面板の厚さは0.3mmもない。

 
 
 
  海外メーカーの方が商品化に積極的?
 
Sony Reader

Sony Reader。LIBRIeより少し重くなったがサイズは小型化。改良されて、PDFとSDカードが読めるようになった。

iLiad

知る人ぞ知る最先端端末、iLiad。読めて、書けるのが特徴。コンテンツを無線で入手するという発想が斬新だ。

MOTOFONE

電子ペーパーの存在を一挙に世界に広めそうなMOTOFONE。ガラス製品が使われていないため、壊れにくい。

では、実際の商品化はどの程度進んでいるのだろう?
冒頭で商品例をいくつか挙げたが、なかでも最も注目を集めたのが、ソニーの電子書籍端末「LIBRIe」だった。これは、E Ink電子ペーパーディスプレイを世界で初めて搭載した製品。画面の大きさは6インチ、モノクロで4階調を表示できた。単4乾電池4本で1万ページめくりを実現するなど、電子ペーパーならではの省電力性もしっかり活かされていた。ところが、残念ながら思った程には売れなかった。
檀上さんは、「機能や価格、ビジネス面など様々な理由が関係していると思います。個人的には、表示の書き換えスピードが遅いために、優れた電子辞書機能が活かされなかったのが残念です」と語る。当時のE Ink電子ペーパーは“2.0世代”。画面の書き換えに1.5秒かかっていた。このスピードではページを繰るには充分でも、タイプやスクロールには対応できない。

ソフトとハードの両面で、LIBRIeは登場するのがちょっと早過ぎた。しかしソニーは昨年、アメリカ市場に「Sony Reader」という新型の電子書籍端末を投入し、健闘しているという。使用するE Ink電子ペーパーは“2.1世代”。画面の書き換え時間は1秒を切り、画面の見やすさも更にアップした。LIBRIeと違うのは、最初から専用サイトで約1万タイトルものコンテンツを用意していること。日本での苦い経験をうまく活かしている。

海外では、他にも魅力的な製品が実用化されている。例えば、オランダのベンチャー企業iRex Technologies社が2006年に発売した「iLiad」。“2.1世代”のE Ink電子ペーパーはSony Readerと同じだが、こちらは画面が8.1インチとやや大きく、何とペンタブレット機能が付いている。なるほど、電子「ペーパー」なら書けて当然という考え方もあるわけだ。
しかもこのiLiad、無線LAN機能を備えており、ヨーロッパでは無線を通じて電子新聞を配布する実験が行われている。また、アメリカではパイロット向けの情報端末としても使われている。2万枚もの空港の地図データをストックでき、太陽光が差し込むコクピットでも画面がはっきり見えるという点が評価されているのだ。これは単なる電子書籍端末というより、電子ペーパーを使った新時代のモバイルコンピュータといったほうが良いかもしれない。

「知らない間にここまで普及しているのか」と驚かされたのが、モトローラが世界中で発売している携帯電話「MOTOFONE」。ディスプレイに使われているのは“2.5世代”のE Ink電子ペーパー。白黒画面の書き換え時間を0.3秒にまで短縮している。しかもこの電子ペーパーはガラスではなくプラスチックで作られているので、丈夫で壊れにくい。表示部の性能も電話としての機能も極めてシンプルだが、それがコスト低減につながっているという。このMOTOFONE、インドでは5000円以下で売られており、RRICs諸国を中心に今年は1000万台の販売が予想されている。

電子ペーパーの普及は、今のところ海外の方が先行しているようだ。世界トップクラスの技術開発力がありながら、商品化で海外メーカーに遅れをとっている日本。ちょっと悔しい。

 
 
 
  カラー化、フレキシブル化も実用段階へ
 
4096色のカラー電子ペーパーディスプレイ

凸版印刷とE Ink社が共同開発したカラー化電子ペーパー。サイズは6インチで、“2.5世代”のE Ink電子ペーパーを使っている。

日本における電子ペーパーは、やっと商用化の第一段階が終わったところ。これから本格的な商用化の時代を迎えるにあたって、課題はどこにあるのだろう?
「まず第一に、安く、安定して作ること。次に、電子ペーパーが持つ特徴を活かした用途への展開。そして、性能を改善して用途を広げること。この3点ですね」と檀上さん。確かに、技術だけが先行しても需要が見込めなければ商用化は難しいし、需要があっても技術が追いつかなければ普及は望めない。新技術が必ず直面する問題に、電子ペーパーもそろそろさしかかっているのだ。

技術面の進化は着実に進んでいる。画面表示の応答速度が徐々に速くなってきたのは先述した通り。もちろん、液晶やプラズマ並とはいかないので今のところ動画再生には向かないが、今年の学会では研究室レベルの新材料で動画表示がデモされた。

凸版印刷が2002年に作ったシステム手帳型のコンセプトモデル

凸版印刷が2002年に作ったシステム手帳型のフレキシブル電子ペーパー。電子ペーパーの新しい使い方を提案している。

JR飯田橋駅の電子看板

JR飯田橋駅の電子看板。凸版印刷とNECネッツアイが共同開発した。

愛知万博の超巨大壁新聞

読売新聞社と共同で愛知万博に展示した巨大壁新聞。消費電力はわずか16W。同じサイズのLEDなら2800W以上になる。

近年の大きなテーマは、カラー化とフレキシブル化。凸版印刷とE Ink社は、2005年にカラー化電子ペーパーを共同開発した。専用のカラーフィルタに赤、緑、青、白の画素を配置し、反射率の高いインクを使用。16階調/4096色を実現した。電子ペーパーは自分で発光しないのでカラーフィルタを使うと画面が暗くなってしまうが、これは材料のマイクロカプセルを明るく改良することが解決の道だという。

カラー化よりも先に商品が出そうなのがフレキシブル化だ。凸版印刷は曲げられる電子ペーパーを試作している。今は背面板と呼ばれる駆動部の研究開発を進めており、低コストで、印刷物のように曲げられるカラー電子ペーパーを作る研究をしているという。
電子ペーパーのカラー化とフレキシブル化は、世界中のメーカーが取り組んでいる共通テーマ。実際の商品に採用される日は、すぐそこまできている。

もう一つの課題、電子ペーパーの特徴を生かした用途については、凸版印刷が進めている事業モデルがヒントになる。「それは電子看板です。電子ペーパーにすれば、西日が当たっても見やすい看板を作ることができます。しかも超低消費電力、そして色々な大きさで」と檀上さん。
電子看板について、凸版印刷は2004年にJR飯田橋駅で1年間のフィールドテストを実施し、2005年の愛知万博では読売新聞社と共同で、133インチという世界最大級の超大型壁新聞を展示した。「カラーでもないしスクロールもしませんが、情報を伝えるには充分です。しかも既存のLED看板に比べると、消費電力は100分の1以下と圧倒的に小さくて済む。電子看板は環境に優しいのです」
公共表示としての用途は他にもありそうだ。凸版印刷は去年、千葉大学の防災訓練に参加し、誘導表示の実験を行った。また、他のメーカーも駅構内の時刻表やサインボードなど、日頃私たちが目にする場所で電子看板の実験を行っており、この分野はデジタルサイネージとして注目されている。

檀上さんは言う。「電子ペーパーは一定のレベルに達したので、商品が出始めました。これからはコスト競争力を付け、他のディスプレイにはない特性を活かした商品を作る段階です。あらゆる分野でメインに使われている液晶に置き換わる事は、将来もないでしょう。でも来るべきユビキタス・コンピュータ時代を考えれば、エネルギー効率が良い反射型ディスプレイにこそ、大きな可能性があるはずです」
なかなか実際の商品を目にする機会がなかった電子ペーパーだが、そんな状況もそろそろ終わりつつある。今は本格的な商用化が始まる前夜。夜が明けたら紙もディスプレイも、大きく変わっているかもしれない。

 

取材協力:

凸版印刷株式会社(http://www.toppan.co.jp/

 
 
田島洋一 0010 D.O.B 1976.2.3
調査報告書 ファイルナンバー016 電子ペーパー「本格的商用化は近い? 見えてきた未来の紙の姿」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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