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新IT大捜査線 特命捜査 第20号 最新テレマティクス・カーナビ 自分の車が渋滞情報を集めるセンサーになる?」
 
  プローブカーシステムの導入で、カーナビは新しいステージへ
 
「AVIC-VH099G」

スマートループを実現したパイオニアの「サイバーナビ AVIC-VH099G」(38万8500円)。

「最近、車での移動がずいぶん楽になったなあ」「駐車違反する車が減ったし、車の流れも良くなったような気がする」「事故渋滞はともかく、自然渋滞は少なくなったようだ」──そんな感想を持つ読者も多いのではないだろうか。
その大きな理由のひとつに、カーナビの普及がある。国土交通省道路局ITS推進室のデータによると、2007年6月末現在のカーナビ出荷台数は累計で約2700万台。一方、同じ国土交通省の統計による07年の自動車(軽を含む乗用車)保有車両数は、約5700万台。細かい条件を無視して単純計算すると、日本のカーナビ普及率は約47%になる。
この数字、ほぼ実数に近いのではないだろうか。新車を買う際、最初に選ぶオプションはカーナビというユーザは多い。最近はタクシーや宅配便のトラックにも、ごく普通にカーナビが装着されている。18年前に日本で世界初のGPSカーナビが発売された時、誰がこんな状況を予想しただろう?

最近のカーナビは驚くほど高性能だ。全国の膨大な量の地図データはDVDかHDD(ハードディスクドライブ)に収録。コンピュータの性能は一頃のデスクトップパソコン並みだから、目的地までのルート探索は瞬時に行われる。しかもそのルート探索も、初期のカーナビのように単に距離が短いルートを選ぶのではなく、ちゃんと渋滞を避けた道を案内してくれる。
なぜそんなことが可能なのかというと、ルート探索の際、カーナビがVICS(道路交通情報通信システム)から逐次送信されてくる、渋滞や規制などの様々な交通情報を参照しているから。それだけでは不充分なので、ここ数年の新しいカーナビはDVDやHDDの中に過去の渋滞情報をデータベースとして収録し、それも併せて参照している。今現在の渋滞ではなく、これから行く先々で発生するだろう渋滞を予測して、最適なルートを案内してくれるわけだ。

「AVIC-HRZ009G」

価格をおさえた「楽ナビ」もスマートループに参加。「AVIC-HRZ009G」(26万2500円)。

「そんなに凄いカーナビなら、もう不満はないのでは?」と思われるかもしれない。ところが、使ってみるとよく分かるが、カーナビのルート探索には依然として問題が残っている。
比較的新しいカーナビを使っていて、こんな経験をした事がないだろうか?「カーナビが、渋滞している高速道路を降りて一般道を走れと指示したけれど、一般道も込んでいた」──このケースが起こった理由はVICSにある。VICSが対象にしているのは、全国の高速道路と主要な幹線道路のみ。多くの一般道や裏道の渋滞情報はカーナビに送られてこない。恐らくこのカーナビは、「高速道路は込んでいる。VICS情報はないけれど、過去のデータベースから推測すると一般道は空いているはず。では一般道を案内しよう」と判断したのだろう。しかし実際にはその一般道も込んでいた。
こんなケースもある。「いつも走っている裏道。普段はガラガラなのに、今日に限って込んでいた」──この場合、頼りになるのは最初から渋滞データベースだけだ。たいていの場合はデータどおり空いているが、この日は何らかの突発的な出来事が起きたのだろう。そうなるとカーナビは対応できない。

ここに、現在のカーナビの弱点がある。残念ながらVICS情報と過去のデータから作った渋滞データベースだけでは「今そこで起こっている渋滞」を正確に把握できないのだ。では、何があればそれが可能になるのか?
答えは簡単。「今そこを走っている車の情報」である。スイスイ快適に走っているか、ノロノロ走行しているか、あるいは完全に渋滞に巻き込まれているか。つまり、全国の道路を走っている数千万台という車の走行状況を「リアルタイムに」把握し、そのデータから渋滞情報を生成すれば、理想的なルート案内を行うカーナビを作る事ができる。

これを実現しようというのが、最新カーナビのキーワードとなっている「プローブカーシステム」だ。「プローブ」とは、「探針」「触覚」という意味。ベースにあるのはテレマティクス(自動車向けの情報通信サービス)で、一台一台の車が周囲の情報を探るセンサーとなって全国の道路を走り、カーナビが携帯電話経由でリアルタイムに走行履歴(一定区間を走った日時や走行に要した時間など)をメーカーのサーバに送る。同時にカーナビはサーバからリアルタイムの渋滞情報を入手し、巧妙に渋滞を避けたルートをドライバーに案内する──そんなイメージだ。
このプローブカーシステム、既に自動車メーカー3社(ホンダ、日産、トヨタ)が自社のカーナビユーザ向けに実用化し、サービスを提供している。2007年5月からはパイオニアが市販カーナビメーカーとして初めて参入し、高機能カーナビ「サイバーナビ」に搭載した。同社が「スマートループ」と名付けたこのプローブカーシステム、最先端を行くテレマティクスとしても大いに注目されているという。

 
 
 
  登録ユーザが増えれば増えるほど、情報の質と量が向上する
 
リアルタイムプローブの仕組み

リアルタイムプローブの仕組み。一台一台の車が携帯電話を使って走行履歴をサーバに送信し、同時にサーバが最適化した渋滞情報を受信する。

スマートループがユニークなのは、単に携帯電話を使ったリアルタイム渋滞情報の通信にとどまらない点にある。「既に自動車メーカー3社が先行していましたから、どこかで差別化する必要がありました。そこで導入したのが、ハイブリッドプローブという考え方なのです」と語るのは、同社コーポレートコミュニケーション部広報グループ主事・並木徹さん。エンジニアとして、黎明期のカーナビ開発に携わった事もあるという。

ブレインユニット脱着

サイバーナビのブレインユニット。40GBのHDDとコンピュータ部からなり、カーナビ本体から外して使用できる。

リビングキット挿入

カーナビから外したブレインユニットはこのリビングキットに挿入。ブロードバンド経由で、様々な情報をサーバとやりとりできる。

スマートループは「リアルタイムプローブ」と「蓄積型プローブ」の2つで構成される。
リアルタイムプローブは基本的には他社と同じ仕組みで、登録ユーザが自分の車で走りながら、走行履歴と走行速度のデータをスマートループのサーバに携帯電話経由で送信。サーバは収集したデータから各道路の走行時間を算出し、渋滞情報を生成する。データ送信と同時に、登録ユーザは携帯電話経由でサーバから最新の渋滞情報を入手し、それをカーナビに反映させる。
受け取る渋滞情報は、登録ユーザの走行地点を中心とした30km四方のもの。サーバ内の渋滞情報は平均約6分おきに生成され、約10分毎に登録ユーザへ配信される。
データの送受信タイミングは、自動(約10分に1回)または手動の切り替えが可能。ここで気になるのは通信料金だろう。並木さんも、「お客様からの問い合わせの多くが、携帯電話の通信料金についてです」と語る。実際はパケット通信である事と、データそのものが圧縮されているため、比較的低料金で済む。データ量等に左右されるが、例えばNTTドコモのパケ・ホーダイフルで1回あたりの情報取得にかかる費用は約1.9円、最大でも約12円だ。毎週末約3時間のドライブをし、渋滞情報を自動取得したケースのシミュレーションでも、1ヶ月あたり約135円しかからない。

では、スマートループで提供される渋滞情報はどれほど正確なのか? 既存のカーナビを使っているドライバーにとっては、ここが最大の関心事だ。通常、渋滞情報は参照する元データの量が多いほど信頼性が上がる。
スマートループのサーバで生成される渋滞情報の元データは、第1に登録ユーザから収集したリアルタイムの走行データ。2番目は、全国から集めたVICS情報。従来のカーナビでは地域単位でしか受信できないVICS情報をサーバが全国から収集し、広範囲の交通情報として参照しているのだ。だがここまでは、先行する自動車メーカーのプローブカーサービスでもやっていること。スマートループの大きな特徴は、この2つの元データに、もうひとつの情報を統合している点にある。

VICSとスマートループの配信エリア比較

VICSとスマートループの配信エリアを比較した図。スマートループのカバー範囲はVICSを大きく凌駕する。

それが、先に挙げた蓄積型プローブだ。サイバーナビのHDDは、あらゆる道における走行状態を、日時とともに自動的に記録している。そこにあるのは突発的に遭遇した短時間の渋滞や、普段込んでいる道がたまたま空いていたといった、ありとあらゆる内容の走行データ。リアルタイムプローブで10分毎にサーバにアップされる情報に比べると、そのデータ量は圧倒的に多い。これらのデータはどのように処理されるのか?
「2004年のモデルから、サイバーナビはHDDだけを取り外して自宅のパソコンと接続できるようになっています。昨年発売したモデルからは、家庭のブロードバンド環境を使ってHDD内の様々なデータをサーバへアップできるようにしました。登録ユーザが任意の時間に情報を提供する形になりますが、ブロードバンド回線を使うので通信料金を気にする必要はありません」と並木さんは説明する。
ブロードバンド経由でサーバに集められたこれらの情報もまた、渋滞情報生成のための元データとなる。データは登録ユーザ間でリアルタイムに利用されるわけではないが、従来のカーナビに収録されている、1、2年に1度しか更新されない「過去の渋滞情報データベース」とは全く違う。車に乗るたびに書き換えられているわけだから、情報の鮮度は比較にならないほど高いのだ。

渋滞予測マップ表示例

渋滞予測表示の一例。赤の実線は従来からあるVICSによる渋滞情報。オレンジ色の破線がスマートループによる渋滞情報で、既存のカーナビにはなかったものだ。

プローブカーシステムはその仕組み上、登録ユーザが増えれば増えるほど情報量が増え、精度が向上し、利用範囲が広くなる。リアルタイムプローブと蓄積型プローブを統合することによって、スマートループは広範囲にわたる渋滞情報の収集を可能にした。登録ユーザ数は非公開だが、蓄積型プローブの情報は去年から収集されており、既に膨大な渋滞情報の蓄積がある。しかもこの情報は、リアルタイムプローブを通じて毎日約6分ごとに更新されているのだ。通常のVICSでルート探索に必要な情報が配信されるエリアは、全国で約7万km。対するスマートループは、その5倍近い約33万kmにわたる渋滞情報を配信することができる。この差は極めて大きい。
スマートループに対応したサイバーナビなら、画面上の一般道や裏道にも渋滞情報が破線で表示される。VICS対応の従来型カーナビの画面には、幹線道路の渋滞情報しか表示されない。幹線道路の渋滞を嫌って一か八かで裏道を選ぶケースはよくあるが、サイバーナビならそんな無茶をする必要もなくなりそうだ。

 
 
 
  省エネの観点からも期待されるプローブカーシステム
 
スマートループによる真のドアtoドア

赤い車は従来からの駐車場入口。蓄積型プローブでは、登録ユーザから寄せられた新たな駐車場入口(黄色い車の位置)が蓄積されてゆく。

カーナビの新しい潮流ともいえるプローブカーシステム。ドライバーにとっての直接的なメリットは、最も効率の良いルート探索を実現するための正確な渋滞情報にある。が、並木さんは「もっと大きな視点で見れば、プローブカーの普及は省エネにつながる重要な交通インフラになる」と言う。確かに、一台一台の車が常に渋滞をうまく避けてスムーズに走ることができれば、渋滞時のノロノロ運転やアイドリングなどで無駄なガソリンを使わなくて済む。トータルとしてのガソリン消費量は減少するはずだ。これが何十万台、何百万だという規模になると、そのメリットは一挙に拡大するだろう。
エネルギーロスの低減は、二酸化炭素の排出削減にもつながる。また、渋滞が減ることによって経済活動上の時間ロスも低減される。ETCの導入による料金所付近の渋滞解消だけでも、経済効果は年間3000億円以上にのぼると言われているのだ。仮に日本中にある登録車約5700万台がすべてプローブカーになったとしたら…その経済効果は計り知れない。

先にも書いたように、プローブカーはスケールメリットが働くサービスだ。リアルタイムの渋滞情報を送受信する車が増えれば増えるほど、全体としての渋滞は緩和され、省エネが進み、環境も守られる。となれば、現在自動車メーカー3社とパイオニアがそれぞれ別個にシステムを構築していることが、いささか残念に思えてくる。基本システムを統一し、各社が集めたプローブカーの情報を共有できるようになれば、情報の精度は更に高まり、カバーエリアもますます拡大するはずだ。そうなれば自分も使いたいという人が増え、カーナビ自体の価格が下がるかもしれない。普及へ向けた好循環が生まれるのではないだろうか。
「確かにそうなのですが、メーカーはプローブカーシステムの開発に膨大な投資を行っています。自動車メーカーのサービスの場合、それが自社の車を買う購入動機にもなるので、システムや情報を他社と共有するのは難しいでしょう」と、この点に関しては並木さんもやや悲観的だ。

スマートループ ドットログ

スマートループ ドットログの画面例。カーナビとブログサービスの連動は世界でも初めての試みだ。

しかしながらパイオニアのスマートループには、そんな現状を打開するような可能性が秘められている。スマートループがテーマに掲げているのは、単なる渋滞情報の共有にとどまらない、「知の共有」というコンセプトだ。
例えば蓄積型プローブでは、登録ユーザは自分が作った地点データ(目的地や立ち寄り地、登録地、検索履歴)をサーバにアップすることができる。地図には載っていないできたばかりのレジャー施設や、地元の人しか知らない隠れた名店の情報を、いち早く登録ユーザ同士で共有することができるのだ。また、オートパーキングメモリデータ(駐車場入口の位置情報)をアップすれば、分かりにくい駐車場の入口情報を登録ユーザ同士で共有することも可能になる。仲間同士で困っている人を助けてあげるようなイメージだろうか。
更には、登録ユーザだけが閲覧できる無料のブログサービス「スマートループ ドットログ」もある。ブログ上に自分が経験したドライブの感想や評価を書くだけでなく、同時に地点情報を添付する事も可能。その場所が気に入ったら、閲覧者は地点情報をダウンロードして自分のサイバーナビに取り込む事ができる。

ここにあるのは、情報の送り手が同時に情報の受け手になり、複数の間で個人の情報を共有するという、集合知の世界だ。これまでは個人だけのものだった情報が、参加者全員で共有され、精度がアップし、更に有用な情報へと姿を変えてゆく。ブログやSNSに代表されるインターネットの新しいフェーズ「Web2.0」が、カーナビの世界にも導入されつつあるのだ。
家の中にあるパソコンは既にインターネットに接続され、その先には途方もないサイズの集合知が築かれつつある。そこでは個人の利益やメリットよりも、情報を増殖させ、その価値を高める事こそが重視される。
考えてみれば、カーナビは車の中に置かれたコンピュータそのものだ。カーナビが家庭のパソコンと同じ進化の道を辿るなら、今はバラバラに存在するプローブカーの情報も、いつかは統合される日がやって来るかもしれない。その時、日本の交通インフラは大きく変わっている事だろう。

 

取材協力:パイオニア株式会社(http://pioneer.jp/

 
 
田島洋一 0010 D.O.B 1976.2.3
調査報告書 ファイルナンバー020 最新テレマティクス・カーナビ 自分の車が渋滞情報を集めるセンサーになる?」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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