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新IT大捜査線 特命捜査 第23号 図書館に見るIT導入例 「電子図書をインターネット経由で借りられる!」
 
  知識・情報提供のツールとしてITを活用
 
外観
満尾さん

千代田図書館が入っている千代田区役所本庁舎。9階にある図書館まではエレベーターでノンストップだ。

企画・システムプロデュースを担当する満尾哲広さん。コンサルティング会社の社員でもある。

一般開架ゾーン

“区民の書斎”をイメージした一般開架ゾーン。利用者の目的に応じた多様な空間を用意している。

セカンドオフィス
コンシェルジュ

セカンドオフィス的な空間を提供する調査研究ゾーン。キャレル席では持参のノートパソコンを使える。

コンシェルジュの常駐は図書館では初の試み。館内の総合的な案内だけでなく、近隣の観光スポットや神保町の古書店も案内してくれるという。

千代田図書館は千代田区役所本庁舎の9階と10階にある。以前は道路を隔てた旧庁舎内にあったのだが、区役所と一緒に新庁舎へ移転し、2007年5月7日にリニューアルオープンした。新庁舎は23階建ての高層ビルで、上層階からは北の丸公園のお堀や緑を間近に眺めることができる。桜の季節はさぞ美しいことだろう。
エレベーターを使って9階へ直行する。降りた場所は、フロアの中央から少し外れたあたり。エレベーターホールを取り囲むように、図書館の各スペースが置かれている。
書架のあるスペースへ入ると、明るく開放的な空間が目の前に広がる。落ち着いたトーンで統一されたインテリア、通路を広く取った余裕のある空間設計。今までの図書館とはどこか違う印象を受ける。何より驚いたのは、平日の午後2時だというのに大勢の利用者がいたことだ。キャレル席(個人用ブース席)は満席だし、オープンスペースのソファも空きが少ない。

「一日の平均来館者は3000人くらいですね。リニューアル前は800人くらいでした」と語るのは、取材を受けて下さった満尾哲広さん。名刺には「企画・システムプロデューサー」とある。千代田図書館はリニューアルにあたり、公的施設の管理に民間の能力を活用する指定管理者制度を導入した。図書館サービス、広報、企画・システムの各業務は、専門の民間企業が分担して運営している。満尾さんは公募段階の提案書から実際の運営に至るまで、千代田図書館の全てに深く関わっているという。

リニューアルオープン時、千代田図書館はマスコミに大きく採り上げられた。図書館を拠点に千代田区全体の情報を発信する「千代田ゲートウェイ」構想、ビジネスを多面的に支援するセカンドオフィスとしての提案、千代田区内の観光スポットや古書店なども案内してくれるコンシェルジュ、平日夜10時までの開館時間など、従来の図書館とは全く違ったコンセプトやサービスを打ち出していたからだ。
「千代田区には、今までの図書館を変えたいという熱い思いがあったんです。利用者に本を提供するだけの場ではなく、統合的な情報提供の場を作りたいと。目指しているのは、千代田区らしいブランド形成と、地域性を活かした図書館作りです」
千代田区には、神保町という世界有数の本の街がある。神保町に集積する様々な情報を利用者に提供し、書店や出版社との連携を通じて地域振興を図ることも、千代田図書館の大きな役割なのだ。

統合的な情報提供の場となるために、千代田図書館には積極的にITが導入された。例えば、電源やLAN端子を完備したキャレル席(16席)と閲覧席(82席)、パソコンを設置したインターネット利用席(4席)、無線LAN利用可能ゾーンの設置、インターネットを利用した図書利用状況の照会等々。ただ、これらの設備やサービスは他の図書館にも導入されつつあり、さほど目新しさはない。
注目すべきは、他の図書館では類例がない、ITを駆使した2つの利用者サービスだ。まずは、2007年11月26日からスタートした「千代田Web図書館」を見てみよう。

 
 
 
  公共図書館では初の試みとなる「千代田Web図書館」
 
千代田Web図書館トップページ

千代田Web図書館サイトのトップページ。ログインするためには図書館の利用者登録が必要。

千代田Web図書館は、電子図書をインターネット上で貸出・返却する新しい利用者サービス。公共図書館としては初の試みだという。サービスを利用するには、まず千代田図書館にて利用者登録を行う(登録済みの場合は不要)。次に、メールで千代田Web図書館のID発行を申し込み、発行されたIDとパスワードで千代田Web図書館のサイトにログインする。
電子図書の貸出・返却は、すべてこのサイトを通じて行う。サービスは24時間365日利用できるが、貸出は一人につき5冊、貸出期間も14日までとなっている。また、電子図書だからといって同時に多数の利用者が借りられるわけではない。実際の本と同じように、図書館が3冊分の権利を購入していたら、4人目は貸出予約することになる。つまり千代田Web図書館は、リアルな千代田図書館の別館のような存在。利便性はともかく、利用ルールはリアルな図書館と変わらないのである。

現在用意されている電子図書は、16社が発行する約3000タイトル。英語検定の問題集、ビジネス書、児童書、調査資料など、今のところは実用的な書籍が多い。
電子図書を借りて読むには、インターネットに接続できるWindowsパソコンが必要になる。千代田Web図書館の電子図書には、テキストやマルチメディアに対応したXMLタイプ、本のレイアウトをそのまま保持するPDFタイプ、動画やサウンドなどで構成されたFlashタイプがある。読むためには、専用の閲覧ソフトをサイトからダウンロードして自分のパソコンにインストールしておく。
目的の電子図書を見つけたら、後は「貸出」ボタンを押すだけ。貸出中の場合は「予約」ボタンと「取扱先へ」ボタンが表示される。「取扱先へ」を選んだら、注意書きが表示された上で、その本を発売している出版社のサイトなどへつながる。もちろん、購入するかどうかは利用者次第。
間接的ではあるが、公立図書館がここまでの情報提供を行っていることに驚かされた。満尾さんによると、外部サイトへの接続は「賛否両論はあるけれど、利用者の利便性を考えて判断した」とのこと。このあたりも民間運営の成果といえるだろう。

貸出中の電子図書は、厳重な著作権管理システムによって保護されている。運用上も、利用者のパソコンに電子図書のデータがダウンロードされるわけではなく、あくまでもメモリ上で展開されるだけ。出版社側で許可した物を除いてコピーや印刷もできないが、読んでいる間はコンテンツの全文検索、参照、付箋・メモ機能など、多彩な機能を利用することができる(電子図書の形態による)。なお、貸出期限が過ぎた場合は自動的に閲覧できなくなる。

 

 
 
 
  出版社との協力関係をどう築いていくかが課題
 

電子図書自体はもはや珍しくもないし、コンテンツのダウンロード販売や専用端末の販売も随分前から行われている。また、民間の図書館が行うサービスだったらこれほど注目を集めていなかったかもしれない。千代田図書館はなぜこのサービスを始めたのだろう?
満尾さんはその理由をこう説明する。「リニューアル前から考えてはいたのですが、なかなか手を付けられなかったのです。導入した一番大きな理由は、図書館そのもののキャパシティ。千代田図書館の面積は約3700平米で、公立図書館の中でもかなり小さい部類に入ります。現在の蔵書数は開架約11万冊、閉架約4万冊ですが、ここから大きく増やすことはできません。電子図書ならそれが可能になります。当然ですが、破損・紛失・盗難・ 延滞といった問題も発生しません。もう一つの大きな理由は利用者支援です。図書館を利用したくても、様々な事情で来館が難しい区民の方は大勢いらっしゃいます。そうした方にも図書館を利用する手段を提供したかったのです」

導入に当たっては、難しい問題がいくつかあったという。例えば利用者制限について。リアルな千代田図書館は在住・在勤・在学に関係なく誰でも利用登録できるが、千代田Web図書館は千代田区在住者に限定されている(2008年7月1日からは千代田区在勤・在学者も使用可能になる予定)。賛否両論あるところだが、「千代田区の施設であることを考えたらどうしても制限せざるを得ない」ようだ。
実は、リアルな千代田図書館は、利用者の半分が昼間区民(=在勤・在学者)、4分の1が千代田区民、残りの4分の1が区外からの利用者だという。千代田区外からの利用者数が多いのだ。人気がある証拠でもあるのだが、区民の一部からは不満の声も上がっている。図書館が区民の税金で運営されている以上、「千代田区在住者・在勤者のためのサービスを第一に考える」のは当然かもしれない。

もう一つの問題は、「出版社の協力を得るのが難しい」こと。出版不況が続くなか、「新刊本の売れ行きに影響を与えている」と、現在の図書館のあり方を問題視する出版社や作家は少なくない。一方で、出版社自らが電子図書を販売する動きも進んでいる。こうした状況下で出版社の理解を求めるのは相当難しかったはずだ。
「その通りです。地縁があり、最も理解を示して下さった小学館さんでも、社内ではかなりの議論を重ねたと聞きました。協力を仰ぐには、出版社側にもメリットがないと難しいのです」
そこで千代田図書館は、このサービスが出版社にとってマーケティングの場になるよう、個人情報を守った上で貸出状況などのデータを提供しているという。また、トップページにPRの場を設けるなどしてビジネス支援を行っている。
そもそも新刊本の電子図書は、図書館への提供以前にデータ化することからして難しい。著作権の問題が絡んでくるからだ。スタート時の約3000というタイトル数は少ないように思われるかも知れないが、むしろ評価すべき数字だろう。ちなみに、4月からは著作権が消滅した文学作品を電子化している「青空文庫」の協力の下、小説を中心とした電子図書100タイトルが新たに収蔵されるという。

 
 
 
  本を置くだけで関連情報を検索する「新書マップ」
 
新書マップコーナー

新書マップコーナー。館内のシステムはマッキントッシュ上で動いている。

ITを活用したもう1つの利用者サービスが、新書を対象にした全く新しい情報検索システム「新書マップ」だ。メインカウンターの傍らにあるドーナツ型の大きな円卓の周辺が、新書マップコーナーになっている。千代田図書館には約3500冊の新書(2008年4月には5500冊になる予定)があり、気になる新書を選んで専用の書見台に置くと、その新書に近い内容の情報がコンピュータの画面に一覧表示される仕組みになっている。
なぜ書見台の上に置くだけで検索が始まるのか?答えは新書一冊一冊に付けられたICタグにある。ICタグとは、固有の情報を記録した小型情報チップのこと。書見台の中にICタグリーダーが組み込まれており、読み取った新書の情報をコンピュータに送っているのだ。
試しに一冊置いてみる。瞬時に検索が始まり、キーボードに触れることもなくディスプレイ上に検索結果が表示された。画面を見ると、GoogleやYahooといった一般的な検索エンジンの表示方法とは随分違う。横方向に検索対象となるデータベースが複数並び、それぞれの検索結果を同時に表示している。書棚に並んだ新書の背表紙や、表紙の写真まである。

新書マップ操作中

操作は書見台の上に新書を置くだけ。コンピュータに不慣れでも問題なく扱える。

従来の検索システムとの違いは、検索される情報の質にある。ネット全体から情報を検索するGoogleのようなロボット型の検索エンジンでは、プロが書いた新聞記事も個人のブログも同列に扱われるのが普通。その内容が価値あるものと判断されれば、個人のブログが新聞記事より先に表示されることも珍しくない。対して新書マップは「新書マップ・テーマ」「新書マップ・本」「千代田区立図書館」「Webcast Plus」「Book Townじんぼう」のように、プロの手が入ったデータベースのみを検索対象にしている。例えば「新書マップ」のデータベースは、1万冊以上の新書を約1000のテーマに分類し、テーマ毎に新聞記者や研究者が解説文を書いている。「千代田区立図書館」のデータベースは、それ自体が図書情報の基準になるようなものだ。

検索エンジンとしての新書マップはインターネット上に公開されているので(http://shinshomap.info/)、誰でも自由に使える。千代田図書館に導入された新書マップもこれと同じで、テキストの入力部分を自動化したものと考えれば良いだろう。もちろんキーボードやマウスもあるので、最初の検索結果から更なる絞り込み検索をかけていくこともできる。ちなみに館内で調べ物をする時の事を考えて、千代田図書館の新書マップには、検索対象に新聞記事のデータベースと百科事典が含まれている。ネット上で公開されている新書マップにはない機能だが、公的機関ということで、出版社などから特別に提供されているものだ。

千代田区らしさが現れているのは、神保町の古書店にある在庫を検索できる「Book Townじんぼう」のデータベースを利用できる点だろう。古書店85店、約35万冊の古書から目的の本を探し出すことができる。
例えば、新書マップで興味のある古書を見つけた場合、ボタンを押せばどの店で売っているかがすぐに分かる。店の場所は「Book Townじんぼう」内のマップデータから検索しても良いし、それが面倒ならレファレンスカウンターのスタッフやコンシェルジェに聞けば教えてもらえる。実際、こういう使い方をしている利用者も少なくないらしい。

新書マップ画面

新書マップの検索画面。信頼性の高い複数のデータベースが最大の特徴だ。

新書マップのシステムは、専用コーナーに12セット用意されている。書見台には数冊同時に置くことができ、その場合は「or 検索」が働く。新書だけでなく全ての蔵書で検索できるようになればとも思うが、そうなるとデータベースを構築するのは至難の業。コスト的な面から見ても、国家レベルで取り組まなければ不可能だろう。ここまで実現できているだけでも利用価値はかなり高い。実用的な側面はもちろんだが、何より“知の広がり”を実感できる点が、本好きにはたまらない魅力だ。

 
 
 
  ICタグの導入で効率的な図書流通を目指す
 

千代田図書館のIT導入はこれからも進むのだろうか?満尾さんはこう語る。
「実は来年1月を目処に、千代田図書館の開架に配架されている図書を中心にICタグ添付を予定しています。全国の図書館では分館を含めた図書館全体で図書が頻繁に移動しており、その管理が大きな負担になっているのが現状です。この視点で見れば、図書館運営は物流の仕事と言ってもいいでしょう。現在、多くの図書館はセキュリティのためにICタグを使っていますが、それだけでなく、物流の効率化を図るための切り札になると考えています」

満尾さんは、この仕事を始めるまで図書館とは全く関わりがなかったという。だからこそ新鮮な目で図書館の運営を見つめ直すことができたのだろう。ただ、ここまでIT化が進んだ千代田図書館の事例は、図書館関係者からはかなり特殊なケースだと見られているようだ。なかには「これはもう公立図書館じゃない」「真似できないから駄目ですね」という声もあるという。「それはほめ言葉だと捉えています。今までにない、独自の図書館を作ることが目標だったんですから。ただ、千代田図書館は都心型図書館のひとつのモデルに過ぎません。決して、これが図書館の全てではないと思っています」
ITを駆使した新しい図書館は、この1年で確かな成果を残した。以前の4倍にも増えた来館者の数が、何よりもそれを物語っている。

 

取材協力:千代田区立図書館(http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/

 
 
神山恭子 0012 D.O.B 1966.7.3
特命捜査 第23号 図書館に見るIT導入例 「電子図書をインターネット経由で借りられる!」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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