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新IT大捜査線 特命捜査 第26号 水族館の新しい楽しみ方「リアルとバーチャルが交わる水族館!」
 
  連休の人出で賑わう水族館で行なわれたユニークな試み
 
iPod touch貸し出し受付窓口

年間でも1、2位を争う数の来場者が訪れるゴールデンウィークとあって、多くの来場者がiPod touchの貸し出しを希望して受付窓口に集まった。

豊かな自然に恵まれた相模湾に面し、右手に富士山、左手には江の島を臨む絶好のロケーションにある新江ノ島水族館。「えのすい」の愛称で知られ、2004年4月のグランドオープン以来、約4年で来場者600万人を達成するなど高い人気を誇っている。相模湾の環境を可能な限りありのままに再現した「相模湾大水槽」や、海洋研究開発機構(JAMSTEC)と共に行っている、日本初となる深海生物の長期飼育方法に関する共同研究「深海コーナー」、世界的にも有名なクラゲの飼育研究成果と展示手法を活用した「クラゲファンタジーホール」といったユニークな展示施設を備えており、遊び、楽しみながら海洋生物の生態について学べる点が特徴だ。
その新江ノ島水族館で、2008年5月3日〜6日というゴールデンウィークの真っ只中に、これからの新しい水族館の楽しみ方を提案するイベントが行なわれた。「iPod touchで“えのすい”を楽しもう!」と題されたそのイベントは、携帯情報端末としてマルチな使い方が可能な「iPod touch」を持って館内を回りながら、新江ノ島水族館が所有する生物の貴重な姿や行動を写した映像が楽しめるという内容だ。新江ノ島水族館と慶應義塾大学環境情報学部、同大学大学院政策・メディア研究科(湘南藤沢キャンパス)の学生たちが協力することで実現した。期間中はiPod touchが30台用意され、入場口付近に設置された専用受付窓口で希望する来場者に貸し出された。
このイベントでは、館内の主要な5カ所にサーバと無線LANのアクセスポイントが設置され、利用者が持つiPod touchにはWebによるナビゲーションツール「えのすいナビ」が配信された。サーバ上には映像コンテンツが置かれており、利用者はえのすいナビを操作して無線LAN経由でサーバにアクセス。映像コンテンツが観られるという仕組みになっている。

 
 
 
  どこでも映像が楽しめ、操作もわかりやすいというメリット
 

今回のシステムの特長の一つとして挙げられるのは、利用者が映像を観る場所を限定されないということだろう。アクセスポイントからの電波が届く範囲内であれば、どこで映像を楽しむ事もできるので、人混みができた水槽の近辺で最前列まで進むのを待つ間に映像で予習をしたり、次にどんな生物が観られるのか予習をしたりといった利用方法が可能だ。休憩場所で一息ついた時に映像を眺めているうちに、面白い生き物が見つかることもある。もちろん、水槽の前で実際の生物と見比べながらでも楽しいだろう。
水族館で映像を観るというと、水槽の前に設置されたモニタという従来からある設備を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかしこの場合、当然ながら水槽の前でしか映像が観られない。来場者がモニタの前で立ち止まる時間も長くなるため、水槽の前の混雑につながる事も考えられる。また、モニタに映された映像ばかりに気を取られ、肝心の生き物はあまり観察していないとなれば、本末転倒というものだろう。
iPod touchの操作性の良さも、大きなメリットと言えるだろう。タッチスクリーンが搭載されたiPod touchは、画面上を指先でなぞったりすることで操作が可能だ。これは、携帯電話など他の携帯情報端末に比べて直感的でわかりやすい。小さな子供や年配者など、必ずしもITに精通しているわけではない来場者が多く訪れる水族館だけに、これは非常に重要なポイントだ。
更に今回のシステムでは、無線LANを使ってネットワーク経由で映像やその他さまざまな情報が観られるようになっている点も重要なポイントのひとつだ。iPod touchが高機能な携帯情報端末であるとはいっても、単体ではコンテンツの利用に制限が生まれる事もある。今回のようにサーバ上にコンテンツを置いて配信するという形を取れば、その利用のためにより高度なプログラムを組むことが可能となる。システムの部分は恐らく利用者から意識されることはないのだが、コンテンツの自由度が高まることは見逃せないメリットだと言えるだろう。

 
 
 
  生き物の面白さを伝えるために、コツコツと撮りためられた映像
 
タカアシガニの脱皮映像

タカアシガニの水槽の前で、その脱皮映像を確認。この映像は撮影成功までに2年もかかったとのことで、世界的に見ても貴重な映像だ。

ところで、いくらシステムが優秀なものであったとしても、それを使って観られる映像がつまらないというのではまるで意味がない。今回のイベントで観ることができた映像は20本にも上るのだが、そのどれもが生き物の興味深い姿や行動を写したものであり、映像を観る事でその生き物への興味がわいてくるものばかりだ。「不思議な姿!」とか「面白い行動!」という感想から、「どうしてこんな姿に?」とか「なぜこんな行動を?」という気持ちにつながるのだ。子供の興味を高めるのに役立つことはもちろん、大人の知的好奇心をも満たしてくれることは間違いない。
「生き物が日常的に見せてくれている姿・行動というのは、それぞれに面白いものなんです。私たちはそれをお客様に見ていただいて、生き物への関心を高めていただきたいと思っているのですが、残念ながらお客様が面白い場面に出会える機会は限られてしまっています。

新江ノ島水族館 企画・広報グループ 広報チームの三縄和彦さん

新江ノ島水族館 企画・広報グループ 広報チームの三縄和彦さん。これまでに数多くの貴重な映像の撮影に成功している人物だ。

それを何とかしたいという思いが、今回の試みのきっかけのひとつなんです。生物の貴重な姿や行動を写した映像で知識を得た上で、更に実際の生き物を間近で見て確かめてもらえれば嬉しいですね」(新江ノ島水族館企画・広報グループ 広報チーム 三縄和彦さん)
生き物の行動が面白いといっても、それが水族館に行けば常に観られるとは限らない。一日のうちの深夜にしか観られない行動もあるだろうし、半年に1回とか数年に1回というようなものもあるからだ。例えば、今回のイベントで使われた中にある「タカアシガニの脱皮する様子」の映像というのは、撮影に成功するまでに2年もの月日が費やされている。また、同じくイベントで観ることのできた「瓶に閉じ込められたマダコがフタを開けて脱出する様子」というのは、 来場者が常に観られる生態ではない。生態展示は難しく、マダコはフタも開けず瓶に入ったままでじっとしている、ということもあるからだ。
ちなみに、新江ノ島水族館が所有する生物の貴重な姿や行動を写した映像の全ては、三縄さんがさまざまなスタッフの協力を得て撮影したものだ。広報の撮影業務のなかでコツコツと撮りためたもので、現在、その総数は編集したもので60本以上。そのような映像を撮影する専門のスタッフがいるのは日本の水族館では珍しいことだそうで、世界的に見ても貴重な映像もあるとのことだ。これらは新江ノ島水族館のウェブサイトでも公開されている。

 「えのすいショートムービー」

新江ノ島水族館のウェブサイトでは、これまでに撮影された生物の映像が「えのすいショートムービー」として公開されている。

 
 
 
  楽しみながら参加する学生たちが生み出した大きなパワー
 
大橋裕太郎さん(写真右)と横江宗太さん(同左)。

「クラゲラボ」のリーダー的存在である大橋裕太郎さん(写真右)と、今回のイベントのためのシステム開発を担当した横江宗太さん(同左)。

今回の試みが実現するまでには、重要な役割を果たした人物がもう一人いる。慶應義塾大学有澤誠研究室大学院生の大橋裕太郎さんだ。
大橋さんは同大学の大学院でITを活用した学習支援について研究しており、学生たちが参加するプロジェクト「クラゲラボ」のリーダーだ。そもそも今回のイベントは同プロジェクトが提案して実現したものであり、えのすいナビなどのシステムも彼らが開発したもの。またイベント当日には10数名の学生たちが参加し、新江ノ島水族館と協力して運営を行なっている。
「クラゲラボのきっかけとなったのは、2007年4月に井の頭自然文化園で開催された『Being いきていること展』です。動物園の中で、子供たちが作成した音声ガイドや動物たちの鼓動の音といったコンテンツを、iPodを使って楽しむという試みだったのですが、僕はこれに中心メンバーとして参加していました。この経験を活かして新たなメンバーで立ち上げたのがクラゲラボで、今回は日本人にとって身近な存在である『魚』をキーワードにしています。このプロジェクトは新しい学習支援のあり方を研究する目的で行っているのですが、僕自身もメンバーも、楽しみながら活動を続けていきたいと考えています」(大橋さん)
実際に、イベント当日の運営を手伝ったメンバーの中には、自宅やキャンパスから江の島が近いとか新江ノ島水族館に思い入れがあるというような理由で、自分の勉強とは関係なく自発的に参加した人もいたそうだ。おそろいのTシャツを身にまとい、運営のあれこれを相談し合う彼らの様子からも、和気あいあいとした楽しそうな雰囲気が伝わってきていた。

「クラゲラボ」

今回のイベント実現に大きな役割を果たしたプロジェクト「クラゲラボ」のウェブサイト

もちろん、自分たちも楽しんでとはいっても、いい加減なプロジェクトではない。新江ノ島水族館にイベントの提案をするため、新江ノ島水族館に直接電話したという大橋さんの行動力にも感心すれば、受付窓口で働くメンバーたちの姿も一生懸命そのもの。また、大学院の政策・メディア研究科で学ぶ横江宗太さんが開発を担当したえのすいナビやサーバのプログラムなどは、「あれもこれもと機能を盛り込むのではなく、なるべくシンプルで使いやすいものになるように心がけました」(横江さん)というように、しっかりしたコンセプトに基づいて作られている。真面目に取り組むべきことは真面目にやって、しかし堅苦しくはならないようにというポジティブな意味合いなのだ。

 
 
 
  楽しみながら学ぶエデュテインメントを更に進化させるには?
 
新江ノ島水族館内

新江ノ島水族館の館内には、水槽の前にモニタが設置されたコーナーもある。

さて、今回の試みは体験した来場者からも非常に評判が良かったということだが、今後はこのような仕組みが水族館のスタンダードになっていくのだろうか。
「新江ノ島水族館は、遊びながら学ぶことができる『エデュテインメント型水族館』です。その具体的な取り組みは今までにもいくつも行なっており、今回のイベントもその流れで実現したものです。お客様からの反応が良かったことは収穫ですが、だからといって今後もこの仕組みがお客さまに受け入れていただけるものになるのかは検討の余地があります。例えば、館内には水槽の前に据置きモニタが設置されたコーナーもあります。エデュテインメントを実現させるための仕組みは一つだけだとは思っていません。もっと進化させようと試行錯誤を繰り返している状況なのです」(三縄さん)
「エデュテインメント(Edutainment)」というのは、英語の「エデュケーション(Education)」と「エンターテインメント(Entertainment)」を組み合わせた合成語。楽しみながら学習する手法を指す意味で、水族館以外に博物館や美術館など展示物がある施設でも、最近になって意識され始めた用語だ。新江ノ島水族館ではグランドオープン以来、この分野には非常に力を入れており、オリジナリティの高い展示解説の構築やさまざまな体験学習プログラムの開発、水槽に潜って至近距離からイルカを観察する「シーウォーカー in 新江ノ島水族館」などのプログラムも実施している。
そして、今回のiPod touchを使ったイベントで課題となったことの一つは、「実際の生き物の姿」と「映像コンテンツ」との間にある序列をいかにしてキープするかという点だった。例えば、せっかく家族で水族館まで出かけてきたのに子供はiPod touchの画面ばかりを見ていて、水槽の中にいる生き物の動きはまるで覚えていないというのでは困る。言うまでもなく、水族館でのメインコンテンツは実際の生き物の姿であり行動なのだ。
つまり水族館におけるエデュテインメントの核となるのは、実際の生き物の姿という「現実に目の前にある(リアルな)情報」だ。それを自分の目で見て確かめることが最も大切なことなのであり、iPod touchの画面からもたらされる「時間や空間を超越した(バーチャルな)情報」によってそれが妨げられてしまうのであれば、それは間違った手法ということになる。これは、システム自体が優れているかどうかということとはまた別の問題だ。
リアルとバーチャルがぶつかり合うような関係でなく、お互いを補完するようなものにはならないものか。そんな問題意識を抱えながら、水族館におけるエデュテインメントは今後も進化していくことだろう。

 

取材協力:新江ノ島水族館(http://www.enosui.com

 
 
坂本 剛 0007 D.O.B 1971.10.28
特命捜査 第26号 水族館の新しい楽しみ方「リアルとバーチャルが交わる水族館!」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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