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新IT大捜査線 特命捜査 第27号 タクシー業界のIT導入例「オペレータを介さないスピーディな配車システム」
 
  デジタル無線システムの導入で、配車効率が大幅にアップ
 

タクシーのIT化はどこまで進んでいるのだろう? 昔のタクシーは乗務員がマイクを使ってオペレータ(配車係)と頻繁に無線でやりとりしていたけれど、そんな光景はもう遠い過去の話。最近のタクシーは、無線で会話をしている様子すらほとんど見られない。その代わり、乗務員はダッシュボードに据え付けられたカーナビを見たり、小さな機械のボタンを押して何やら操作している。恐らく、背後ではかなりのITが導入されているに違いない。一体どんな仕組みになっているのだろう?

社屋と黒タク

日本交通本社前。この車両は有資格者のみが乗務する「黒タク」。

今回の調査対象は、首都圏で約1800台、グループ会社を合わせると約3000台ものタクシーを運行している日本交通株式会社。首都圏在住の読者の皆さんなら、黄色に赤い帯の一般タクシーと、黒一色の「黒タク」でお馴染みだろう。同社はグループ売上高日本一を誇るだけでなく、ハード面で新しいシステムを積極的に導入する事でもよく知られている。最新のIT事情を優しくレクチャーしてくれたのは、総合営業部営業統括課課長の金田隆司さん。そもそも、なぜ乗務員が無線を使っているように見えないのだろう? まずはその疑問をぶつけてみた。
「無線は使っていますよ(笑)。ただ、今はもう乗務員とオペレータが会話することはほとんどありません。その必要がないんです。最大の理由は、当社が2005年1月から稼働させている、デジタル無線を利用したGPS-AVMシステムにあります」


金田さん顔写真

日本交通株式会社 総合営業部営業統括課課長 金田隆司さん。

ここで、タクシー無線と配車システムについて少し説明しておこう。日本で初めてタクシー無線(アナログ方式)が運用されたのは、1953(昭和28)年。タクシーの配車システムはこの無線をベースに、効率向上を目指して年々進化してきた。昔は顧客からコールセンターへ電話がかかってきたら、オペレータが無線で全タクシーへ一斉に呼びかけ、顧客に一番近い場所にいると思われるタクシーを現場に向かわせていた。そのためには、オペレータは地図を見ながら「お客様は○○という店の前でお待ちだが、その前の道路は一方通行だから△△道路を右折してから目的地へ向かえ」といった指示を乗務員に出さなければならない。だからオペレータは地理に明るくなければ務まらなかったのである。もちろん、今はそんなやり方はしない。
効率良く配車するためには、全タクシーがどこを走っているかを正確に知る必要がある。そこで1970年代に登場したのが、AVM(Automatic Vehicle Monitoring=車両位置自動表示)システム。当初は車の位置を割り出すため道路上にサインポストという機器を設置していたが、90年代に入ると、カーナビでお馴染みのGPS(Global Positioning System)で車の位置を正確に割り出すGPS-AVMシステムへと進化した。

日本交通が2005年1月まで稼働させていたのは、アナログ無線+GPS-AVMという形の配車システム。コールセンターに顧客から電話がかかってくると、オペレータはモニタを見ながらGPS-AVMが自動的にピックアップした車両を確認。それから乗務員と音声通話を行い、口頭で顧客情報や行き先などの指示を伝えるという仕組み。実はここに効率改善の余地があった。
「音声通話を行うと、どうしても時間的なロスが避けられません。情報伝達をアナログ無線のデータ通信で行う方法もありましたが、秘匿性や通信効率の点で問題が残る。この問題を解決したのがデジタル無線だったんです」

無線機

デジタル無線機は車内ではなくトランクに設置されている。

2003年末に、タクシー無線のデジタル化が制度化された。デジタル化の理由は、限りある電波の周波数を有効利用するため。タクシー無線がデジタル化すると、伝送速度が高速化するだけでなく、秘匿性が高くなり、データ通信量もアナログの約4倍に拡大する。地上デジタル放送によってテレビが高画質化・多チャンネル化したのと同じ理屈だ。
日本交通は2005年1月から、デジタル無線・GPS-AVM・カーナビからなる配車システムを全車に導入。現在、オペレータから乗務員への音声通話は、基本的には一切行っていないという。
「お客様のお迎え場所情報は、コールセンターから乗務員へデータ送信しています。タクシー内ではAVM操作表示ユニットに文字で表示すると共に、カーナビ画面にも自動的に旗が立って場所が分かるようになっています。結果的に、音声なら20〜30秒かかっていた情報を、1秒もかからず送信できるようになりました」

今、都市部を走るほとんどのタクシーにはカーナビが設置され、GPS-AVMユニットが接続されている。日本交通のように必要情報の伝達をデータ通信で行っている会社もあれば、デジタル無線を使いながら音声通話を併用している会社もある。タクシーの台数がそれほど多くなければ、音声通話による時間のロスはそれほど問題にならないようだ。

 
 
 
  受付業務時間を半減!驚きの「IVR全自動受付システム」
 
タクシー車内

カーナビの真下に見えるのがAVM操作表示ユニット。顧客情報や行き先はこの液晶画面に文字で表示される。

配車センター

コールセンターでは約40人のオペレータが受付業務をこなしている。顧客情報やタクシー情報はそれぞれのモニタ上で確認する仕組み。

サーバルーム

奥に見えるのがサーバルーム。温度や湿度は厳重に管理され、顧客データベースはしっかり守られている。

デジタル無線を利用したGPS-AVMシステムにより、オペレータと乗務員間の配車効率は大きくアップした。だが配車効率を更に改善するためには、もう一つ見逃せないポイントがある。それは受付業務時間の短縮化。顧客からの配車依頼は電話を通して入ってくる。オペレータは電話口で相手の名前・住所・行き先などを細かく聞いてからモニタ上で車両を特定するわけだが、オペレータからタクシーへ指示を出す時と同様、音声通話ではどうしても時間的なロスが発生してしまう。データ通信とはいわないまでも、この部分をなんとかできないかというのがタクシー業界長年の課題だったのである。

実は、この課題を解決する準備はほぼできている。タクシー会社には必ず顧客データベースが存在するが、ここにCTI(Computer Telephony Integration)と呼ばれるコンピュータと電話を統合する技術が導入されているのだ。顧客から(番号通知で)電話がかかってきたら、膨大なデータベースから、その番号にひも付けされた顧客情報がモニタ上に瞬時にピックアップされる。オペレータはそれを見ながら電話口で確認するだけで良いわけだ。日本交通でも、CTIを導入した効果はかなり大きかったという。
「当社が導入したのは、まだアナログ無線時代の2000年からです。利用頻度の高いお客様ならお名前やお声で分かりますが、そうでないお客様の場合は毎回、お名前やご住所を尋ねていました。CTIによる効率アップは目覚ましかったですね。受付業務にかかる時間は導入前の1/3にまで短縮できました」と金田さんは語る。

ただしCTIには弱点もある。電話番号情報を利用しているので、番号非通知の顧客には対応できない。また最近は携帯電話からの配車依頼が非常に多く、データベースで顧客を特定できても、配車場所の特定が難しい。この点に関して、日本交通では既に対策を打ってある。
「1つの電話番号に対し、8ヵ所までの配車先が登録できるようになっています。お客様が『今日は会社』とおっしゃれば、オペレータは配車先候補を見て確認するわけですね。行きつけの飲み屋を登録されている方もいらっしゃいます」
データベースの配車先が増えたとしても、いちいち電話口で尋ねるよりはずっと効率が良い。日本交通の場合、配車依頼の電話とデータベースのヒット率は、CTI導入後、携帯電話の利用が増えて一時的に約50%にまで下がったが、今は約85%にまで回復しているという。
「データベースがあってもヒットしなければ意味はありません。CTIのメリットは、ヒット率が高くなって初めて活きてくるんです」と金田さんは言う。

CTIの話を聞きながら、こんな疑問がわいてきた。配車依頼の電話番号と顧客情報がひも付けされているなら、オペレータは不要ではないか? 宅配便の再配達依頼のように、IVR(Interactive Voice Response=音声自動応答装置)を使えば自動的な配車システムができるような気がする。
「ええ、実はもう稼働しているんです(笑)。2007年8月から導入した『IVR全自動受付システム』がそれで、お客様は会員登録をしたうえでIVR専用の受付番号に電話すれば、後は音声案内に従うだけで配車が完了します」
登録できる配車先は1ヵ所だけだが、操作は至って簡単だ。音声案内が聞こえたら、電話ボタンの1を押すだけで登録先への配車依頼が完了。別の場所へ配車してほしいときは0を押せば、オペレータ通話に切り替わる。IVR受付番号を電話機に登録しておけば、なんとボタンを二つ押すだけで配車依頼が完了してしまうのである。配車が決まると、車番と到着までの時間が自動音声で流れる。
「実は、お客様の約5割の方が同じ場所への配車を依頼されるんです。ほとんどはご自宅か会社。であればIVRが実用になるだろうと判断したわけです」

電話依頼ならオペレータの受付から配車完了まで約70秒かかっていたが、「IVR全自動受付システム」を使った場合、その時間が約半分に短縮されるという。まだ会員は少なく、月間配車件数も全配車件数約15万件中の1500件ほどにすぎないが、時間効率だけを考えると、このシステムは配車の切り札になりそうだ。実際、同様のシステムが日本交通以外のタクシー会社にも導入されつつある。ただ、金田さんはオペレータが完全に不要になることはないという。
「配車先でお客様とお会いできないといった不測の事態はいつでも起こり得ます。効率改善の余地はありますが、オペレータがいなくなることはあり得ません」
また、タクシー会社にとって配車システムは、時間効率だけを考えれば良いものでもないらしい。次は同社が導入したもう一つの配車システムを見てみよう。

 
 
 
  利用者にもタクシー会社にもメリットがある 「モバイル配車」
 
受付完了メール

「モバイル配車」の受付完了メール。広告スペースもあるところが商用メールらしい。

配車決定メール

受付完了メールの後に来る配車決定メール。キャンセルする場合は電話対応となる。

携帯電話からの配車依頼が増えていることは先述したとおり。携帯電話を使うなら、音声だけでなくインターネット経由でも配車依頼できる──そんな発想から、日本交通は「IVR全自動受付システム」と同じタイミングで「モバイル配車」を導入した。つまり携帯のメール機能を使って行う配車依頼である。同社がこのシステムを導入した目的は2つあるという。
「まず第一に、お客様の利便性を高めるためです。例えば会議の場、電車の中、飲食店の中といったように、通話できない場所からタクシーを呼びたい時がありますよね。そういうニーズにお応えできるだろうと。もう一つの理由は、通話以外の受注ルートを確保するため。急に雨が降ったり電車が止まったりすると、コールセンターの回線だけでは対応しきれなくなるんです」
電話回線に依存しない「モバイル配車」は、理論的には何件依頼が来ても受注できる。突発的な事態が生じても、チャンスロスを減らせるのだ。

「モバイル配車」も、利用するにあたっては事前の会員登録が必要になる。配車の手順は、まず専用番号にワンコールしてすぐに切る(ワン切り)。間もなく配車依頼用URL(一度しか使えないワンタイムURL)が送られてくるので、そこにアクセスして必要事項(台数・車色・配車場所)を記入して送信。するとセンターから受付完了メールと車両決定メールが順に送られてくる。
最初にワン切りが必要な理由は、「かかってきた電話番号がアクティブかどうかを判断するため」らしい。「タクシーがお客様と落ち合えなかった場合、電話が使えないと配車が完了できず困ります。ただ、お客様の利便性を考えるとまだ工夫の余地はありますね。空メールやダイレクトにURLへアクセスする方法も検討しています」

考えてみれば、データ通信を行っている「モバイル配車」は、利用者が直接日本交通の配車システムの中に入ってきているようなもの。オペレータを介さず利用者が直接配車依頼できるという点では、「IVR全自動受付システム」と同じコンセプトで作られている。月間配車件数はまだ1000件ほどだが、認知が進めばもっと利用者は増えるのだろうか?
「配車場所をGPS画面から選んだり、一度配車した場所をブックマークできるなど、操作性は優れていると自負しています。ただ、携帯を使った利便性という点では通話にはかないません。今のところはアナザールートとしての安心感が大きいですね」と金田さん。
個人的には、手順がもう少し簡略化されれば積極的に使いたくなるシステムだと思った。あるいは、メールのヘビーユーザーなら最初からこちらの方を選ぶかもしれない。

IVRを使った自動受付システムはどの会社でも比較的導入しやすいが、携帯を使った配車システムは簡単ではないらしい。そもそもGPS-AVMにしろCTIにしろ、タクシー業界が導入している配車システムは、基本的には専門メーカーが開発している汎用製品である。それを自社用にカスタマイズして使っているわけだが、「モバイル配車」は日本交通が携帯用ソフトの会社と一から協同で開発したのだという。少なくとも首都圏では、他社はまだ導入していない。

 
 
 
  「GPSコード」に電子決済システム、タクシーのIT化はこれからが本番
 
GPSコードのレシート

領収証上のGPSコード。10桁の数字とアルファベット1文字からなる。

GPSコードのカード

GPSコード記入用カードの裏面。1枚に1番号なのは乗務員の誤操作を防ぐため。

もう一つ、日本交通は配車に絡む部分でユニークな取り組みを行っている。それが、2005年8月から導入している「GPSコード」。タクシーをよく利用する読者なら、領収書の下の方に11桁の数字とアルファベットが記載されているのを見たことがあるだろう。あれがGPSコードで、コードナンバーが地図上の特定の場所を示している。
顧客が乗務員にコードナンバーを伝えると、乗務員はそれを操作機に入力。カーナビ画面上の目的地に旗が立ち、経路が案内されるという仕組み。顧客はどこから乗車してもその目的地に到着できるから、「このコードまで」と最初に頼めば、タクシーの中でぐっすり眠ることもできる。このGPSコード、実はあるカーナビメーカーが作った10桁のマップコードがヒントになっているという。
「最初はマップコードをそのまま使おうと思ったのですが、コストがかさむし、タクシーが使うには精度的に不充分だったんです。マップコードが特定できるのは30m四方のエリアなんですが、もっとピンポイントでなければ実用になりません。そこで、カーナビメーカーさんと協同でオリジナルのGPSコードを作ったんです。こちらは3m四方のエリアですから、目的地をほぼピンポイントで特定できます」
GPSコードは、利用者がタクシーの車内に用意してある記入用カードに書き込み、常に持ち歩いて使うと便利だ。よく利用する顧客は行き先別に何枚も持ち歩いているという。

配車システムと関係のない部分でも、タクシーのIT化は着々と進んでいる。最近の大きなトピックは、決済システムに電子マネーを使えるようになったことだろう。
タクシーへの電子マネー導入では、一部の会社がEdyやQUICPay、iDの利用をスタートさせていたが、日本交通は2007年3月からSuicaの利用を開始。Suicaを選んだのは、利用者数の多さを考えてのことだという。
「決済方法が多ければ多いほど、お客様の利便性は高まります。従来はサービス会社さんが電子マネーを普及させるために、個別にタクシー会社と契約していました。でもそれではお客様にとって使い勝手が悪い。そこで当社は国際自動車さんと協同で、今年3月以降、お互いのタクシー約5800台への共用決済端末導入を進めています。今使えるのはSuicaだけですが、秋以降はQUICPayやiDにも対応させる予定です」

共用端末

今年3月から導入されつつある共用決済端末。現金が足りない時にも役立ちそう。

電子マネーはアプリケーション形式だから、対応カードだけでなく、アプリケーションがのった携帯電話がそのまま決済に使えるようになる。
つまり今の段階でも、日本交通を利用するなら、携帯電話だけで配車から決済までが可能になるのだ。もっと言えば、「モバイル配車」とGPSコードを使えば、オペレータや乗務員とひと言も口をきくことなくタクシーを利用することすらできる。それはそれで淋しい気もするが、タクシーのIT化はもはやここまで進んでいるのである。

「それでも」と金田さんは言う。「確かに運行面でITの導入は進みました。でもタクシー業界は、他の業種に比べるとサービス面でのIT導入が遅れています。例えば、当社からお客様の携帯宛に新サービスの告知を行ったり、年齢別や嗜好別に最適なタクシーをご案内したり。まだまだできる事は沢山あるはずです」
ビジネスの世界では、顧客の属性をしっかり把握し、それぞれに適したサービスを提供するターゲットマーケティングが重要視されている。日本交通が持つ顧客データとITをうまく活用すれば、業界初の斬新なサービスが生まれるかもしれない。

金田さんは、最後にもう一つ大切なことを教えてくれた。「タクシーは、結局は人のサービス。どんなにITでお客様の利便性が高まっても、最終的には乗務員がどれだけお客様に喜んでいただけるサービスを提供できるか。そこにかかっているんです」
ITと人のサービスが一緒になって進化していくタクシー業界。これからももっと身近に、もっと使いやすくなっていくことだろう。

 

取材協力:日本交通株式会社(http://www.nihon-kotsu.co.jp

 
 
加藤 三郎 0005 D.O.B 1956.6.18
特命捜査 第27号 タクシー業界のIT導入例「オペレータを介さないスピーディな配車システム」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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