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新IT大捜査線 特命捜査 第28号 ITが実現した“顔の見える”農産物直売所「消費者と生産者へ向け、直売所から情報発信!」
 
  機械に不慣れな高齢者でも簡単に使えるシステムを
 
建物外観

クレール平田の外観。場所は名神高速道路岐阜羽島ICから約10km。

岐阜県の最南端に位置する海津市。市東部を南北に流れる長良川の堤防沿いに、「道の駅 クレール平田」はある。外観はちょっとおしゃれなペンション風。緑豊かな周囲の風景によく似合っている。中に入ると、建物の中央にお目当ての農産物直売所があった。案内してくれたのは駅長の堀文雄さん。駅長になって丸6年だという。
「クレール平田がオープンしたのは2000年1月。地域振興施設としてレストランと農産物直売所が、情報交流館として道路情報提供室と休憩室があります。直売所の広さは約85平方メートルで、売っているのは野菜がほとんど。ご覧のように毎日賑わっています」

クレール平田ができた時から農産物直売所は同駅の目玉施設だったが、オープンにこぎ着けるまでには大変な苦労があったという。「その辺りは会長さんが詳しいんで」と紹介されたのが、農産物直売所運営協議会会長の吉田香さん。吉田さんによると、この直売所に野菜を出荷している生産者のほとんどが、農業経験のない退職者たちだとか。

店内

店内の様子。販売されている農産物はほとんどが野菜だが、果物や切り花などもある。

「意外でしょう。農家だった私が生産者の代表になったんですが、県からここに農産物直売所を作ると聞いた時は、生産者を集められるかどうか不安でした。農家の人たちはここで野菜が売れるとは思っていなかったんですよ。そこで、退職者を中心に平田町に住むやる気のある30人を集めて運営協議会を作り、農業普及指導員に野菜の作り方を教わったんです」

堀駅長

駅長の堀文雄さん。

吉田さん

農産物直売所運営協議会会長の吉田香さん。

集まったのは、ほとんどが60歳以上の高齢者。1年前からじっくり野菜作りを学び、オープン時は各自が思い思いの野菜を作って出荷した。誰がどんな野菜を作るかは全くの自由。生産者はその日採れた新鮮な野菜を適当な数だけ持ち込み、好きな値段を付けて陳列台に並べた。
「何が売れるのか分からないから、とにかく何でも置いてみようと。最初はそんな気持ちでしたが、オープンしてみるとこれが予想以上に売れましてね(笑)。朝採れたばかりの新鮮な地場野菜ですし、なにせ値段がスーパーの約半値ですから」
クレール平田はオープンしてすぐ、岐阜や愛知の近隣住民にとって欠かせない農産物供給地となった。現在、平日の来客数は平均650人ほどで、休日には約1000人にまで増えるという。そのうち県外からの来客が約4割。生産者の数も、今では134人にまで増えた。

ところが、売れるに従って徐々に問題が表面化してきた。売れる野菜はすぐに売り切れてしまうが、生産者は店頭在庫の状況が分からないので補充ができず、売り切れたまま。また通年を通した販売状況も分からないので、今何が売れているのかという消費者ニーズをつかむことができない。そのため、生産計画も勘に頼るしかなかった。
「これではいけないと思い、オープン1年後に役所の人と一緒に愛媛県内子町の『フレッシュパークからり』に行って勉強したんです」と吉田さん。フレッシュパークからりの農産物直売所では、既にITを導入した効率的な出荷販売システムを構築していた。
「凄いことをやっているなあと感心しました。うちの会員は高齢者が多いから難しい機械は操作できません。でもこのシステムなら、数字さえ打てれば何とかなりそうだった。それで、導入を決めたんです」
クレール平田にも、ほぼ同じIT活用型支援システムが導入されている。システムが稼働したのは2002年7月から。一体どんなシステムなのか? また、導入によって何がどう変わったのか?

 
 
 
  販売状況を1時間毎に集計し、データベースサーバで管理
 
IT活用型支援システム、中くらい

モニタの下にあるパソコンがデータベースサーバ。市販のパソコンが使われている。

出荷予約

クレール平田の事務所内にある出荷予約システム。ラベルシールもプリントできる。

クレール平田のIT活用型支援システムは、生産者・農産物直売所・消費者の3者間をインターネットまたは電話網でつなぐ形になっている。情報の流れを追ってみよう。
まず生産者は、朝収穫した農産物を袋詰めして品目毎の出荷数を割り出す。生産者の自宅に置かれているのは、LモードFAXかパソコン。生産者は機械にIDとパスワードを打ち込んでシステム内に入り、出荷に必要なデータ(農産物の品目、出荷量、価格)を入力する。農産物は品目毎にコード番号が振られているので、わざわざ文字入力する必要はない。この作業は出荷予約と呼ばれている。
「134人のうち約半数はLモードFAXを使っています。数字キーを押すだけで出荷予約できるんですが、最初のうちは皆、手順が分からなくてね。何度も講習会を行いました。パソコンを使っているのは私を含めて10人ほど。携帯電話からも出荷予約できますので、若い人は畑で操作してますよ」と吉田さんは言う。ちなみにクレール平田内のパソコンから出荷予約することもできるので、自宅には何も置いていない生産者もいるらしい。

各生産者が入力した出荷予約データは、クレール平田内にあるデータベースサーバへと送られる。この段階で、その日の店頭に並ぶ全ての農産物が判明するわけだ。一方、各生産者の自宅では、LモードFAXやプリンタから、出荷する農産物に貼るラベルシールが自動的に印刷される仕組みになっている。シールに記載されているのは商品名、生産者名、電話番号、価格、出荷日、バーコードの6項目。それぞれの商品にシールを貼り終わったら、生産者は商品をクレール平田へ持ち込み、早い者順に陳列台に並べていく。
「入荷受付は7時45分から9時まで。私は遅く行くので置き場所がなく、いつも台の下の籠に入れてますけどね(笑)」と吉田さんが言うように、朝のクレール平田はかなりごった返している。事務所のパソコンで追加の出荷予約をする人もいれば、商品に貼ったシールの価格を間違えて、あわてて作り直す人もいるとか。それでも導入から6年が経過した今では、70歳以上の生産者も迷うことなくパソコンを操作して出荷予約し、シールを打ち出しているという。

バーコード

生産者名、電話番号等のデータが表示されているラベルシール。

商品は全てPOS(Point of sale)によって単品管理されている。「どんな野菜が、どれくらいの量、何時に売れたのか」という販売情報はリアルタイムにPOSサーバに蓄積され、1時間毎に集計されてデータベースサーバへと転送される仕組みだ。POSそのものはIT活用型支援システムを導入する前から使っていたが、あくまでも商品と生産者をひも付けするためのもので、詳細な販売データを収集する仕組みにはなっていなかった。
今、生産者はいつでも好きな時にLモードFAX、パソコン、携帯電話からデータベースにアクセスし、自分が出荷した農産物の販売量や販売金額、在庫量などを確認することができる(閲覧できる情報は機械によって異なる)。他の会員のデータは見られないが、生産者全体のデータは閲覧可能。出荷量と販売量を管理するこのデータベースが、生産者の生産意欲、出荷意欲を大いに高めることになった。

 
 
 
  自宅から店頭在庫を確認し、追加の出荷にも即座に対応
 
ライブカメラ画面

クレール平田のホームページ内にあるライブカメラ。5分間操作可能。

カメラ本体

カメラは農産物直売所の片隅に設置されている。

バーコード貼り替え

売れ行きが悪いと思ったら、生産者自身が随時値段を下げる。

IT活用型支援システムが導入される以前、生産者が自分から商品の在庫量を知る手だてはなかった。クレール平田のスタッフが「売り切れたから○○を持ってきて下さい」と電話しても、生産者はたいてい畑に出ているから、本人をつかまえる事自体が難しい(高齢者が多いため、携帯電話を持っている生産者も少ない)。仮に連絡がついて生産者が商品を届けても、その間に大事な客は帰ってしまっていたのである。
今は、多くの生産者が自宅から(携帯電話の場合は屋外からも)積極的にデータベースにアクセスし、自分が出荷した農産物が売り切れていないかをチェックしている。売り切れた場合は追加で出荷予約し、すぐにトラックで運び込む。実際、取材している最中にも何人かの生産者がやって来て、ナスやカボチャを運び込んでいた。反対に思ったほど売れてない場合も、生産者がクレール平田まで行って、値段を下げた新しいシールに貼り替える。値下げが行われるのはたいてい夕方。スーパーのタイムセールと同じ事が、農産物直売所でも行われているのである。

もう一つ、クレール平田には在庫を確認するユニークな手段がある。それが、直売所の片隅に設置されているライブカメラ。カメラの映像はクレール平田のホームページを通してインターネットでライブ中継されており、24時間いつでも店内の様子を見ることができるようになっている。カメラの向きやズームアップも自由自在。このカメラを使えば、消費者は「今日買いたい野菜があるかどうか」を直売所に行く前に確認することができる。また、このカメラは生産者にとっても役に立っていると吉田さんは言う。
「販売データの更新は1時間単位ですけど、こっちは今現在の様子が分かります。パソコンを使える生産者だけになりますが、素早い対応ができるのが嬉しいですね」
ちなみにその日売れ残った野菜は、ジャガイモのように日持ちするものを除いて、原則的に夜、出荷者が引き取ることになっている。

販売データは、時々刻々と変化する販売状況を知るだけでなく、生産者が長期的な生産計画を立てる上でも役に立っている。季節性がある野菜でも、毎年同じ野菜ばかりが売れるとは限らない。細かく見れば、消費者の好みは毎年のように変化しているのである。長期的なデータを比較参照すれば、そうした消費者ニーズの変化を早い段階で捉えることができるようになる。吉田さんによると、現在出荷されている野菜はシステム導入当時に比べるとかなり違っているという。
「売れる売れないが数字ではっきり分かりますからね。ゴーヤが売れると分かったら、では自分も作ろうとなる。運営協議会の基本的なルールは、平田町で作った農産物である事と、どんな方法で作ったのかをちゃんと報告する事。それが守られていればどんなものを作ってもかまいません」

欠品を減らして売れ筋商品を潤沢に提供する──IT活用型支援システムの導入は、それ以前には不可能だった効率的な出荷と戦略的な生産を可能にした。
また、生産者のモチベーションが上がったことも見逃せない。販売数や販売金額がほぼリアルタイムの数字で示されることによって、朝採れた野菜を漠然と直売所へ持って行くのではなく、「先週は思ったほど売れなかったから今週は頑張ろう」「今月は売り上げ○○円を目指そう」といったように、多くの生産者がそれぞれ目標を立てて生産・出荷するようになったのである。ITの導入が実務面以外にも良い影響を与えているわけだ。その結果、実際の売り上げもシステム導入前より大幅にアップした。
もちろん、課題もないわけではない。今の吉田さんの悩みは、「客が多い時でも生産者がお値打ち価格で売ろうとしない」事だという。売れる時に安くたくさん売れば、利益を確保しながら次の来客にもつながる。「でも、それがなかなかできないんです。値段を下げるのは商品が売れなくなってから。商売についての意識はまだまだ足りません」
しかしながら、ITを導入して生産と出荷に対する生産者の意識は明確に変わった。これからは販売面の効率化を進めるために、ITをうまく活用する段階なのかもしれない。

 
 
 
  消費者向けの商品情報で“安心・安全”をアピールする
 
今日出荷画面

クレール平田のホームページから閲覧できる「今日出荷された商品一覧」。

生産者画面

「生産者のご紹介」にはプロフィールが書かれていることも。

ID商品画面

アクセスIDを入力すれば、詳細情報を入手できる農産物もある。

ここまでは生産者と農産物直売所の関係を見てきたが、クレール平田は農産物直売所と消費者の関係も非常に興味深い。最大の特徴は、直売所から消費者に向け、ホームページ(http://www.clairhirata.com/)上で多彩な情報が発信されていることだろう。その目的は、買い物の利便性を高めるためと、商品の安全性を担保し、消費者の安心感を高めるためだ。
例えば「消費者の方はこちらへ」というボタンを押してウインドウを開けば、誰でも自由に「今日出荷された商品」と「現在店頭にある商品」を調べる事ができる。画面上に表示されるのは、商品名、単価、数量、生産者名の4項目。また商品名と生産者名で検索をかけ、双方から在庫や価格を確認することもできる。これを見れば、消費者はクレール平田に出かける前から買い物の計画を立てられるわけだ。こうした情報の一部は、携帯電話からもアクセスできるようになっている。またこうした商品情報の提供以外にも、メール会員を対象にした特売情報、イベント情報などの告知サービスを行っている。

注目すべきは、情報提供によって「誰がいつこの野菜を出荷したのか」というトレーサビリティ(追跡可能性)を実現している点だろう。一部のスーパーやインターネットによる野菜の直販サイトほど詳細な生産者情報、商品情報は公開されていないが、買う前から出荷日、商品名、生産者名が分かっているだけでも、消費者が抱く安心感は随分違う。
まだ数は少ないが、商品の中にはラベルシールに「アクセスID」が記載されたものもある。購入後、ホームページの検索ウインドウにこのIDを入力すると、生産過程や薬剤使用状況、生産者プロフィールなど、更に詳細なデータを見ることができる仕組みだ。ここまで詳細なトレーサビリティを実現するためには、生産者側にも相当な負担が要求される。運営協議会の個人会員がアクセスIDに対応するのは難しいだろうが、もしすべての農産物で詳細なトレーサビリティを実現できるようになったら、クレール平田の評判は一段と高まるに違いない。

食の分野におけるIT化への取り組みが始まったのは、2001年の「e-Japan戦略」から。トレーサビリティシステムの構築まで視野に入れられたのは、03年の「e-Japan戦略U」からである。昨今の食品偽装問題もあり、流通の各過程でトレーサビリティシステムの構築は進みつつあるが、大本にあたる農業経営のIT化はまだこれからという状況だ。
クレール平田のIT活用型農産物直売所は、今後の農業経営支援のあり方を考える上でも大いに参考になるだろう。高齢者が多い農業従事者が操作できるシステムはどうあるべきか。多額な費用をかけず、汎用の機材を使って構築できるシステムはどのようなものか。また生産者だけでなく、消費者にとっても有益なシステムをどう作ればいいのか。
そもそも農産物直売所の特徴は、生産者と消費者双方の間で“お互いの顔が見えること”。生産者は消費者が求めるものを作って売り、消費者は誰が作ったものか分かるから、安心して買うことができる。対面販売でこそないが、クレール平田の農産物直売所では、確かにお互いの顔が見えているのである。

 
 
加藤 三郎 0005 D.O.B 1956.6.18
特命捜査 第28号 ITが実現した“顔の見える”農産物直売所「消費者と生産者へ向け、直売所から情報発信!」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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