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新IT大捜査線 特命捜査 第30号 ITを導入したミュージアムの未来形「リアルとバーチャルを融合し、まちの誇りを次世代へ」
 
  IT先進都市・岡山に相応しい新時代のミュージアムとは?
 
建物外観

岡山市デジタルミュージアムが入居するリットシティビル。JR岡山駅とは連絡通路でつながっている。

デジタルミュージアムというと、一般的には博物資料や美術品などの文化財をデータ化し、インターネット上で公開するバーチャルミュージアムを指すことが多い。主な運営母体は大学や民間企業だが、最近は行政が運営するケースも増えてきた。試しに“デジタルミュージアム”でネット検索をかけてみてほしい。おそらくかなり上位に、今回取材した「岡山市デジタルミュージアム」がピックアップされてくるはずだ。
だが、岡山市デジタルミュージアムはバーチャルなミュージアムではない。JR岡山駅の目の前に建つ「リットシティビル」南棟の4階と5階にある、“リアルな”ミュージアムなのである。

2005年8月にオープンしたリットシティビルは、ホテルやオフィス、放送局などが一体化したインテリジェントな複合ビル。「リットシティ」とは「光ファイバーによるネットワークが整備された情報都市」の意味で、このビルは地域の活性化や産業振興を目指して、岡山市が2000年度から進めてきた情報基盤整備の象徴的な存在となっている。もちろん、岡山市デジタルミュージアムがここに置かれているのも偶然ではない。ただ、頭に残るのは「バーチャルではない、リアルなデジタルミュージアムとはどんなものなのだろう?」という素朴な疑問。デジタル技術やITは、どのような形で導入されているのだろうか?

森館長

森隆恭館長。2005年から在籍。

笑顔で出迎えてくれたのは、館長の森隆恭さん。まずは設立の背景を尋ねてみた。
「岡山市には長い間、市が運営する博物館がなかったんです。平成になって総合歴史博物館の構想が持ち上がったんですが、当時の市長がIT施策に熱心だったこともあって、2000年に総合歴史博物館とデジタルミュージアムの融合が提案されました。それが岡山市デジタルミュージアム構想へと発展していったわけです」
ここから、IT先進都市・岡山に相応しい新時代のミュージアムの姿が具体化していった。構想の出発点がリアルな総合歴史博物館だから、バーチャルミュージアムではあり得ない。検討の結果、施設の目的は「岡山の歴史と今をデジタル技術の活用・実証を通して記録・保存・展示・発信し、市民の営みやまちの誇りを次世代に伝え、それを学校教育やまちづくりに活かす」事に決まった。つまりデジタル技術やITは、展示のための手段・方法という位置付けだ。

今から8年前といえば、バーチャルミュージアムもまだほとんどない頃。リアルなミュージアムにデジタル技術やITを導入するという岡山市の試みは、全国的にみても極めて斬新だった。
「日本初のリアルなデジタルミュージアムとして、開館当時は結構話題になりました。ビルのオープンと同時に4階フロアをオープンし、2ヶ月後に5階もオープン。2006年の1月に5階の全機能が稼働しました。駅の目の前という立地の良さもあって、来客数は年平均で約20万人。規模の割には良い数字だと思います」と語る森館長。
リアルなデジタルミュージアムの中身は一体どうなっているのだろう? 森館長に館内を案内してもらった。

 
 
 
  常設展示のキーワードは“ICタグ”と“サーバ管理”
 
鐘撞堂

「まちのシンボル鐘撞堂」の1/5模型。一般的な博物館と違い、パネルでの解説は少ない。

ICカードタッチ

展示解説端末にICカードをかざすと、サーバ側で自動的に個人が認証される。

CDを焼くパソコン

お気に入り登録が終わったら、館内のパソコンで自分だけのCD-ROMを作成可能。

サーバ

膨大登録情報をストックするため、館内にはサーバルームが置かれている。

PDAを使用

PDAを使った宝探し的な情報検索。子供たちに人気があるという。

まずは数多くの常設展示がある5階へ。このフロアには、「まちのシンボル鐘撞堂」「岡山情報宝庫」「岡山の自然」など、多くの見どころがある。インフォメーションで、長いひもが付いたカードを渡された。はて、これは? 「それは入館の際、皆さんにお渡ししているICカードです。カード自体にICタグが埋め込まれていて、それぞれに個別の識別番号が記録されています。使い方は中に入ってからご説明しましょう。それと、PDA(携帯情報端末)もお持ちください。こちらは希望者の方に利用料金300円でお貸ししているものです。ちょっとした仕掛けがありますので、お楽しみに」と森館長。入る前からITの存在を意識させられるところがデジタルミュージアムらしい。ちなみに、ICカードは正確な入館者数を把握するためにも利用されているという。

入ってすぐの場所にあるのが、まちのシンボルでもある鐘撞堂(かねつきどう)の大型模型。一般的な博物館なら模型のそばに詳細な解説が書かれたプレートがあるが、ここにあるのはごく簡単なものだけ。詳しい情報を得るためにはどうしたらいいのだろう? と思って辺りを見回すと、近くに展示解説端末らしきものがあった。「モニタ画面の下に読み取りセンサーがありますので、ICカードをかざしてみてください」と森館長。言われたとおりにすると、カード内のICタグで個人が認証された。
ここからが面白い。画面を操作して端末内の情報をお気に入り登録することができるのだ。例えば鐘撞堂に関する情報は約170もあるが、小中学生の学習にはそんなに必要ないかもしれない。そこで、自分が必要だと思った情報だけをお気に入り登録しておく。この段階でICタグと登録情報がひも付けされ、館内のサーバにそのデータが記録される。お気に入り登録した情報は、最後にまとめて館内のコンピュータでCD-ROMに焼き、持ち帰ることができる(記録用CD-ROMは持参または1枚100円で販売)。

このシステム、例えてみれば展示解説端末はパソコンのモニタ、サーバが離れたところにあるパソコン本体のようなイメージだろうか。自作のCD-ROMは自分専用の資料ファイルということになる。
各コーナーに置かれた展示解説端末は全部で19台。全ての端末でお気に入り登録できるわけではないが、この試みはなかなか興味深い。サーバで管理しているので展示物に関する膨大な情報を漏れなくストックしておくことができるし、来館者は受け身の状態で情報を得るのではなく、能動的に情報を取りに行く事が求められる。「そんなの面倒」と感じる人もいるだろうが、ここに新しさを感じる人も少なくないはず。岡山市デジタルミュージアムは、情報に対するアプローチの仕方が従来の博物館とは大きく異なっているのである。

では、PDAはどのように使うのだろう? 身近な自然を再発見し、環境について考える「岡山の自然」コーナーで、森館長がその使い方を教えてくれた。「展示室の壁にたくさんの箱がありますね。その中に、蓋に小さなカードが貼られた箱があるでしょう。カードにPDAのアンテナ部分をかざしてみてください」
すると、中に入っている昆虫についての詳細なデータがPDAの画面に表示された。カードに埋め込まれたICタグが、PDA内の情報とひも付けされているのである。箱の蓋を開けると、中にはその昆虫の標本が入っていた。仕組みは単純だが、ここにはICタグそのものを探して中に入っているものを想像するという、宝探しのようなドキドキ感がある。好奇心に満ちた子供には喜ばれそうだ。
「こちらはPDAの中の情報を利用者の操作に応じて自動的に表示するシステムです。子供の利用を想定しているので、生き物をテーマにしたゲームを楽しむこともできますよ」と森館長。実際、岡山市デジタルミュージアムは、地元小学校の社会科見学の人気コースとなっているという。確かに今の子供たちにとって、テレビゲームや携帯電話、パソコンはあって当たり前の存在。ここではデジタルツールを通して、岡山市の文化や自然、伝統に触れることができる。子供にとっては、実物展示が中心の既存の博物館より親しみやすいのかもしれない。

 
 
 
  移動式情報端末を動かして岡山の情報を探索!
 
岡山情報宝庫

「岡山情報宝庫」の全景。航空写真の上に並んでいるのが「ころっと」。奥に見えるのは16面のマルチディスプレイだ。

ころっと
ころっと画面

スタンドアロン型のパソコンでもある「ころっと」。真下にICタグリーダを備えている。

タッチ操作できる「ころっと」のモニタ画面。登録情報は写真と短いコメントが基本だ。

他の情報端末
パノラマビュー

移動せずに地域情報を検索できる端末。内部のシステムは「ころっと」と同じ。

操作レバーでCG立体映像を操作する「パノラマビュー」。

5階常設展示室の中心を占めるのが、岡山市デジタルミュージアムの目玉施設ともなっている「岡山情報宝庫」だろう。パンフレットによると、ここは「機器を自由に操作し、体を動かして岡山の情報(宝)を探すことができる。楽しみながら様々な情報を発見できる空間」との事。中に入ってみて驚いた。なんと、床一面に詳細な航空写真が貼られている。具体的には、岡山市域とその周辺の1/5000の航空写真と、中心市街地の1/1000の航空写真。写真の上に置かれている不思議な形の機械が、どうやら情報端末機器らしい。ここで一体何をするのだろう?
「この航空写真には、全部で約7000個のICタグが埋め込まれています。それぞれのICタグに記録されているのは位置情報。来館者が移動式情報端末『ころっと』を押して自分の興味のある場所で立ち止まると、『ころっと』が位置情報を読み取り、その場所の詳細な情報をモニタ上に表示するという仕組みです」と森館長の説明。

実際に動かしてみた。「ころっと」の下部にはアンテナが付いており、本体内部には膨大な地域情報を収めたパソコンが入っている。アンテナが床に埋められているICタグの位置情報を拾い続けるため、「ころっと」を移動すると画面上の地図もそれに合わせて動く。
表示画面をタッチ操作し、特定の場所の情報を選択して見る。再び驚いた。例えば岡山駅周辺だけでも、乗り場の写真だけでなく、周辺の鳥瞰写真もあれば昭和初期の駅の写真などもある。写真だけの情報もあるが、短いコメントが付いているものも多い。最大の特徴は、名所旧跡のような有名地域の情報だけでなく、路地の様子や個性的な建物といった街角情報が多い点だろう。ここまで詳細な情報だと、地元の人でも知らない場所が見つかるのではないだろうか。
「ころっと」を動かしていると、まるで自分が鳥になって大空から地上の様子を眺めているような気分になる。ほとんどの来館者はまず自分の家を探し、そこから自宅近くの地域情報を見つけようとするらしい。確かにこれは岡山の「情報宝庫」だ。

ITを駆使した「ころっと」自体のアイデアもユニークだが、何より驚くのはここに集められた情報量。オープン当初は2000件くらいだったらしいが、今は3000件を越えているという。これだけの情報を当館だけで作成するのはとても無理。そもそも岡山市デジタルミュージアムは「情報が貝塚のように集積され深化し続けるミュージアム」「岡山のまちと市民が主役」というコンセプトを打ち出している。デジタルITを積極的に導入する未来型ミュージアムであると同時に、市民参加型の開かれたミュージアムでもあるのだ。森館長は言う。
「当館作成のものもありますが、『ころっと』内の情報の多くは市民ボランティアの提供によるものです。貴重な古写真を提供してくれる方もいれば、小学生が学校教育の一環としてデジタル写真を送ってくれる事もある。ここまで市民が積極的に情報発信できるミュージアムは珍しいはずです」

現在稼働している「ころっと」の数は18台。端末内部の地域情報は週に1回の頻度で更新し、今も少しずつ増え続けているという。ちなみに「岡山情報宝庫」には、「ころっと」と同じシステムを別の方法で楽しむ仕組みも用意されている。「ころっと」を転がすのが面倒なら椅子に座ったまま地域情報を発見することもできるし、インターネット上で一般公開している「WEBころっと」の利用も可能。情報は同じでも、ニーズに応じて複数の提供方法を用意しているのである。

 
 
 
  先行オープンしたネット上の「The Lit City Museum」
 
The Lit City Museumトップ頁

バーチャルミュージアム「The Lit City Museum」のトップページ。

The Lit City Museum岡山城

歴史やサイエンスなど多彩なジャンルを網羅する。内容の充実度は特筆もの。

岡山市デジタルミュージアム自体はバーチャルなミュージアムではないが、実は岡山市には、ほぼ同様のコンセプトを持つバーチャルミュージアムが存在する。それが、2001年11月から本格運用されている「The Lit City Museum」。岡山市の公式ホームページ内の1コンテンツだが、毎年内容を充実させ、今は岡山の文化を全国に向けて発信する岡山市デジタルミュージアムの姉妹館的な存在となっている。このホームページを作ったのが、かつての森館長なのだ。
「新市長の下でデジタルミュージアム構想が発表された当時、私は岡山市の企画室に在籍し、情報担当の仕事をしていました。リアルな博物館は造るまでに時間がかかりますが、それまでに何かできることはないかと考えて作ったのがThe Lit City Museumです。ほとんど誰にも相談せずに企画を進めていきました(笑)」

The Lit City Museumを見ると、その完成度の高さに驚かされる。分類ジャンルは城下町・歴史館・自然館・サイエンス・アート館・来館記念の6つ。現在、約150ものコンテンツが収められている。それぞれに写真や動画、テキストを駆使した異なる切り口のページが展開し、見ていて飽きることがない。というより、全部見て回ると大変な時間がかかりそうだ。これだけのデータをよく集めたものだと感心するが、実はここにも市民パワーが働いていたのである。
「コンテンツを作るにあたっては、文化施設やマスコミの協力はもちろんですが、個人の写真家や研究者、更には市民ボランティアによる写真や原稿も収録されています。『岡山のまちと市民が主役』というコンセプトはこちらも同じ。このような市民参加型のアプローチは、The Lit City Museum以前に市が作った『おかやま彩時記』がヒントになっています。これもまた、市民ボランティアによって作成された出版物でした。メディアは変わっても根本的な考え方は変わっていないのです」

The Lit City Museumは岡山市デジタルミュージアムのホームページからもリンクが貼られているが、同館がリアルとバーチャルの融合を積極的にうたっているわけではない。岡山市デジタルミュージアムはあくまでもリアルな体験を通して岡山の文化や伝統を学ぶ場であり、そのための表現手段としてデジタル技術やITが使われているのである。
実際に取材してみると、様々な仕掛けに満ちた岡山市デジタルミュージアムは、確かに従来の博物館よりも接しやすく親しみやすい。市民にとっても、ここでの経験をきっかけに岡山市の文化や伝統に対する興味を抱き、家へ帰ったらThe Lit City Museumで更に深い知識を得る、という学びのスタイルが理想的ではないだろうか。こういう形でリアルとバーチャルが融合しているミュージアムは、日本広しといえども岡山市デジタルミュージアムしかない。

「それでも…」と森館長は言う。
「課題がないわけではありません。博物館として見れば、当館の展示物はやはり数が少ない。ミュージアムと名が付いているため、実際の展示物を期待して来られる方も多いわけですよ。また当館が導入したテクノロジーは最先端のものですが、利用者のデジタル環境も凄いスピードで進化しています。時間の経過と共に新鮮さが失われるかもしれません。そうしたことを踏まえつつ、市民に支持されるリアルなデジタルミュージアムをどう作っていくべきか。今はデジタルと実際の展示物がもっと自然体で融合できないか試行錯誤しているところです」
岡山市デジタルミュージアムの4階には、広い企画展示室と講義室がある。展示室には国宝や重要文化財も展示できる設備が整っており、継続的に多種多様な企画展が開かれている。企画展にもデジタルを取り込んだアイデアが持ち込まれたら、この空間は更に魅力的になるかもしれない。日本唯一のデジタルミュージアムは、これからも進化を続けることだろう。

 

取材協力:岡山市デジタルミュージアム(http://www.okayama-digital-museum.jp/

 
 
田島 洋一 0010 D.O.B 1976.2.3
特命捜査 第30号 ITを導入したミュージアムの未来形「リアルとバーチャルを融合し、まちの誇りを次世代へ」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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