ナビゲーションを読み飛ばすにはここでエンターキーを押してください。
一覧に戻る
COMZINE BACK NUMBER
新IT大捜査線 特命捜査 第31号 外来患者案内システムで患者と医師とのより良い関係を「待ち時間のストレスを減らし、より快適な診察を実現」
 
  信頼感のある良い病院ほど、待ち時間は長い
 
東大病院外観

1994年に診療を開始した東大病院の新外来診療棟。

朝待つ人

8時10分の受付開始を待つ人たち。毎朝の光景だ。

鈴木浩之さん

東大病院医事課外来係長の鈴木浩之さん。

自分の健康や命にかかわることだけに、病気のときには、できるだけ良いお医者さんにかかりたいと思うのは人情だ。それだけに信頼のおける大病院では、どうしても待ち時間が長くなる…。それは仕方がないこととあきらめるしかないのだろうか? いや、そうでもなさそうだ。患者の待ち時間の苦痛を緩和すべく、身近なITの一つであるPHSを使った「外来患者案内システム」を、14年も前から導入している東京大学医学部附属病院を取材した。
創立150年を迎えた東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)。東京大学医学部と東大病院の創立は、明治維新を迎える少し前の安政5年(1858年)、神田・お玉ヶ池に設置された種痘所に始まったという。日本の近代医学導入の窓口であるととともに、常に最先端の医学を研究し、患者に提供してきたのが東大病院だ。全国から、エリート中のエリートが集まることでも有名であり、日本の医学界への貢献では、特別な存在といって良いだろう。
現在の東大病院は、高度医療に重点を置いた病院であり、全国からガンなどの難病を抱えた多くの患者が訪ねてくる。平成19年の年間の外来患者数は、延べ79万人。一日平均3200人というから、日本の大学病院ではトップクラスの外来患者数を誇る。当然のことながら、診察を受けるための待ち時間も相当な時間になるだろうと想像してしまう。
ところが「この外来患者案内システムを導入する前は、長時間待つ患者さんもおられました。現在でも待ち時間がなくなったというわけではありませんが、待ち時間の苦痛は減ったと思います」というのは、同病院医事課外来係長鈴木浩之さん。 現在は「多い日には4000人を超えることもある」という大人数の外来患者を、順番に診察室へ案内してくれるのが、各外来患者に渡される呼出受信機(PHSカード)を使った「外来患者案内システム」だ。
「待ち時間のストレスは、このシステムによって、軽減されたと思います」と鈴木さんはいう。

 
 
 
  患者がリラックスする「外来患者案内システム」
 
再来受付機

東大病院では7台の再来受付機が導入されている。

診察券を入れる

診察券を入れると、呼出受信機と受診票が発行される。

呼出受信機

日本語の文字が表示される呼出受信機。メロディと振動でお知らせ。

受診票

受診票には、予約時間や診察科などが表示されている。

東大病院が導入している「外来患者案内システム」とは、どういうものだろうか? 簡単にいうと、東大病院は予約制なので患者はあらかじめ、診察時間を予約する。来院すると、外来受付でワイヤレスの呼出受信機が渡される。その受信機には、文字情報が表示され、外来患者はその文字情報に従って、診察室の外待合いや中待合いに移動するというものだ。

具体的には、次のようになる。

1)外来患者は予約時間に来院し、再来受付機に診察券を入れて受付を行い、呼出受信機と受診票を受け取る(初診の患者は、電話で予約し、初診窓口で受付時に、呼出受信機を受け取る)。

2)患者は、病院内のアンテナの範囲内であれば、自由に動き回ることができるので、東大病院内にあるレストランやコンビニ、カフェ、中庭、ベンチなどで待っていることができる。従来のように、満員の待合室にいる必要がないし、空いている場所に移動して、自由に待っていることができる。

3)患者は、自分の順番が来るまで、院内で自由に時間を使うか、外待合で待つ。

4)順番が近づくと診察室の医師が端末を操作する事により、呼出受信機に通知され、予約の順番に従って、該当の患者さんに「該当する診察科の中待合への誘導」を行う。

5)該当する外来患者の呼出受信機は、メロディが鳴るほか、振動することで案内・お知らせをする。

6)続いて、中待合から診察室への患者の誘導は、医師が行う。患者は、診察を受け、各階受付へ呼出受信機を返却。

7)医師の診察後、医師が患者の希望を聞き、次回の診察時間を端末から入力し、次回の予約を行う。

(参考)東大病院「外来受診の流れ」
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/op_07.html

このようなシステムによって、外来患者は待合室で、自分の順番が来るまで「じっと待つ」という束縛から解放される。待合室が満員で座れないこともあるだろうし、そうでなくても窮屈な思いをすることがある。そんなストレスから解放され、カフェやレストランなどでリラックスしながら、自由に時間を過ごせるのだ。結果的に快適な状態で診察を受けることができる。
「しかし現実は、予約した時間通りに、受診できることはほとんどなく、どちらかと言えば、遅れ気味になってしまうのが実情です」
医師としては、わざわざ来てくれる患者さんの話をできる限り聞きたい。かといって、余裕をもったスケジュールにして無駄な時間も作りたくない。となれば、スケジュールが遅れ気味になるのは、仕方がないことだ。むしろ良心的な診察をすればこそ、スケジュール通りにはならないのではないだろうか。
こうした状況は、誰が悪いわけでもなく、患者も理解しなければいけないが、予約時間に遅れが生じると、どうしても苦情が言いたくなるもの。そうした、患者とスケジュールのバッファになるのが、この「外来患者案内システム」なのだ。それは病院からの「多少遅れが生じることもありますが、ゆっくりとリラックスしてお待ちください」というメッセージでもあるだろう。
なお、予約の時間設定は、各診療科によって30分間隔のところもあれば、5分間隔のところもあるなど、さまざまだ。これは、診療科の内容がそれぞれ異なるためだという。

 
 
 
  「外来患者案内システム」導入の経緯
 
ボランティア

困ったときには、青いエプロンを着けたボランティアがサポートしてくれる。

東大病院は、1994年に新しい外来診療棟を建設するにあたって、このシステムを導入した。それまでは、受付順に診察する、いわゆる「早いもの順」に診察するスタイルで、長時間待つのは当たり前だったという。当時の外来患者数は、一日2000人前後。診療する医師の数も現在よりは少なかった。それが現在では医師の数も増え、一日平均3200人もの外来患者を診察するまでになった。
これは、大学の法人化により、収益を上げる必要が生じたことも要因の一つだ。また、医療現場の役割分担が加速し、大学病院により高度な医療を期待する風潮と、高齢化にともなって患者数が増加したということも関係しているだろう。
今後益々、増える可能性のある外来患者数に対応するために、また増加した患者の負担をできるだけ減らし、少しでも快適に待ち時間を過ごしてもらうために、このシステムは導入されたのだ。
最初に導入したのは、数字や英語だけが表示されるタイプで、現在のものに比べると、わかりにくいものだったようだ。そこで2年前に、日本語が表示されるタイプに変更。非常にわかりやすいと好評だという。
とは言え、なかなか理解できない人は必ずいるし、高齢者や身体の不自由な患者さんもいる。そのような人をサポートするために、東大病院の入り口には青いエプロンを着けたボランティアが待機している。
ボランティアは、再来受付機の前で戸惑っている外来患者などに声をかけ、使い方を説明したり、荷物を持ってくれたり、診察室まで案内してくれたりする。
このボランティアの人たちは、94年の外来診療棟の完成とともに、運営に参加してくれるようになった人たちだという。「当初は、デパート関係者に多くご参加いただきましたが、今は様々な方々にご参加いただいています。また、現役の東大生も参加しています」。
システムだけに頼らず、人の手の温もりを感じさせる、こうしたフォローが、このシステムを更に使いやすいものにしている。
なお、このボランティアの人たちは、「外来患者案内システム」のためだけに活動しているのではない。院内のルールで決められた範囲内でさまざまな場面で活躍されていることを、付記しておく。

 
 
 
  「外来患者案内システム」の拡張性
 
支払い

「外来患者案内システム」は、支払いに応用することもできる。

東大病院での「外来患者案内システム」は、主に受付から診察までの外来患者の誘導に使用されている(CTやMRIなど、一部の検査の予約や案内では使用されていない)。
「このシステム自体は、拡張が可能で、会計などのお知らせも使用することができます。アンテナを増やすなどすれば、いつでも行うことはできます」
だが、東大病院では、当分の間はシステムを拡張する予定はない。
なぜなら東大病院の場合、採血やレントゲン撮影などは受付順に、行った方が効率が良いからだ。また、会計の計算待ち時間の緩和についても「ゆーとむカード」(クレジットカードによる支払い)を導入しており、診療内容により診察後、すぐ帰ることができるサービスを行なっている。
これらを総合して考えると「外来患者案内システム」が、会計にも導入できるからといって、それが必ずしも患者にとって有益でないという場合がある。病院の事情や患者数、対応するスタッフの数によっても異なってくるのだろう。
「患者さんの負担、スタッフの対応、ボランティアの方の協力など、さまざまなことを考慮しながら、このシステムを今後とも活用していきたいと考えています」

 
 
 
  東大病院が取り組む「おもてなし」
 
くつろぎのテーブル
コンビニ

東大病院内には、レストランが7軒あるほか、座って飲食のできるスペースが豊富に用意されている。

2006年、東大病院は「接遇向上センター」を発足させた。これは患者との接し方を改善するための組織で、患者に気持ち良く受診してもらうためにはどうすれば良いのかを検討する組織だ。マナーを始め、言葉遣いや身だしなみまで指導したり改善を求めたりするという。
正に「おもてなし」の精神だ。「外来患者案内システム」が、システムとしての患者への対応だとすれば、こちらは患者に対するソフト面での対応を改善していく。
外来患者はお客さまだという姿勢を持ち「お待たせして申し訳ありません」という一言が、患者のストレスを大幅に緩和する。こうしたハードとソフトの充実によって「医療水準は高いが、敷居の高い病院」といったイメージが改善されていく。東大病院は、医療水準の高さはもちろんのこと、ストレスの少ない先進の病院を目指しているという。
「外来患者案内システム」は、その入り口の部分で活躍する、簡単だが、非常に実用性のある便利なITシステムと言える。
「患者さんにリラックスしながら待ち時間を過ごしていただくことで、患者さんと医師との、より良いコミュニケーションが図れるのではないかと思います。それが治療成績を上げ、多くの患者さんにおいでいただき、結果的によりハイレベルの医療を提供することや高度な研究につながっていけば良いですね」
東大病院は、大病院における患者と医師のより良い関係作りに、ITが一助を担っているという好例と言えるだろう。

 

取材協力:東京大学医学部附属病院(http://www.h.u-tokyo.ac.jp/

 
 
坂本 剛 0007 D.O.B 1971.10.28
特命捜査 第31号 外来患者案内システムで患者と医師とのより良い関係を「待ち時間のストレスを減らし、より快適な診察を実現」
イラスト/小湊好治 Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]