|
開発者の高田直人先生。専門はマイコンを使った制御技術教材の開発。安富先生の考え方に共感し、開発がスタートした。
|
|
試行錯誤の末に完成した試作品。手作り感にあふれるが、背景には確かな理論と実証データがある。
|
|
試作品のマイコン及び表示部。ケースに収納しているのは、子供の使用が前提だから。
|
|
正確なスイッチ位置はカット&トライと厳密な測定データから見つけ出した。
|
「まだ世の中にない装置だから興味がわいた、というのが主な理由ですが、安富先生の熱意に打たれたというのも大きいですね」
高田先生は、「かみかみマシーン」の開発を引き受けた経緯をそう語る。ただ、耳栓式の装置を見せられた時、これは無理だとすぐに分かったらしい。「耳栓に仕込んだマイクで音を拾い、それを増幅してカウンターに直接送り込む仕組みでした。これでは咀嚼運動だけじゃなく、会話や周囲の雑音まで拾ってしまいます。とはいえ、私も自信があったわけじゃないんですけどね(笑)」
では、何をどうすればいいのか。高田先生は子供のあごの動きに注目した。会話と咀嚼では、あごの動きに明らかな違いがある。咀嚼時のあごの動きを検証すれば、そこから何かヒントが得られるかもしれない。高田先生はテスターとなった自分の子供のあごに加速度センサーを付け、あごの動きを三次元的に計測してみた。
「あごの左右の動きをX軸、前後の動きをY軸、上下の動きをZ軸とします。データを見ると、X軸はほとんど動いていません。Y軸には振幅がありますが、幅が小さくて動きをメカニカルに捉えるのは難しい。最も大きな振幅を示すのはZ軸です。一度大きくマイナス方向(つまり下方)に振れ、プラス方向に戻ってから小さな上下の動きがしばらく続く。データから、大人も子供も1秒間に約2回、あごを動かしていることが分かりました。では、会話時にZ軸はどうなるか。咀嚼よりも小さな振幅の連続になるんです。喋る時、私たちは小刻みにあごを動かしているんですよ」
このZ軸の動きに着目し、一定以上の振幅だけを抽出してあごがセンサースイッチに触れるようにすれば、咀嚼回数を正確にカウントできる。試作品の形が見えてきた。デジタル信号処理を駆使すれば咀嚼音だけを抽出できるかもしれないが、開発が長期化する恐れがあるし、コストもかかりすぎる。低予算で作ることは安富先生と決めた開発の前提条件だった。
試作品を作るにあたってまず高田先生が用意したのは、動作圧力0.16N(ニュートン)、ストローク12ミリで動作する市販の小型リミットスイッチとヘアバンド。「スイッチは300円くらい。ヘアバンドは100円ショップで買いました(笑)」
カウントの際にはスイッチが誤動作し、咀嚼ではない小刻みなあごの振動を感知する可能性もある。それを切り分けるためにはマイクロコンピュータが必要だった。「マイコンのプログラムで咀嚼とそれ以外の動きを区別しています。ハードは一晩で設計できましたが、ソフトのプログラミングは思いのほか大変でした」
噛む度にLEDが点滅し、回数に応じて電子音やメロディーが流れるようにしたのも高田先生のアイデア。「子供たちが積極的に使いたいと思うような動機付けが必要でした。光や音のアクションは楽しいですからね」
1チップマイコンと小さな液晶表示部、そして電源を用意して、「かみかみマシーン」の原型が完成した。製作原価は約4000円。早速、安富先生の学校へ持ち込んで実装テストを行った。
ところが、ここからが試行錯誤の連続だったという。まず、逆さにしたヘアバンドをこめかみに挟む方式では、子供の顔が小さいため、使っているうちにずり落ちてしまう。ならばとゴムバンドで頭の上から保持する方式を考えたが、今度はスイッチがずり上がって機能しなくなった。三度の改良でヘッドホン式に改めたが、子供の髪は滑るため、装置が後方へとずれてしまった。
「装着方法にはかなり手こずりました。でもそうこうするうちに、会話と咀嚼を鋭く切り分けるスイッチのベストポイントを見つけたんです。あごの先端から約2センチ後方。あごの先端だと咀嚼の度にスイッチはどんどん押し下げられますが、この位置だとスイッチは喉側へ押されるだけで、すぐ元の位置へと戻るんですよ。スイッチ位置をここに固定するため、新たにヘアバンドの内側にストッパーを付けました。部品はエアコンの排水ホース(笑)。同時にヘアバンドの代わりに園芸用の針金を使って、本体を耳掛け式に変えました」
この段階で試作品はほぼ完成。だが、サイズの問題は最後まで残った。「子供は年齢で顔の大きさが全然違います。スイッチを正しい位置にキープするためにはフレキシブルな調節機能が必要ですが、試作品では対応できませんでした。それで、幼児用・低学年用・高学年用の3種類を作ったんです」
製品化された「かみかみセンサー」は、一見すると玩具のようにも見える。だが開発者である高田先生の話を聞くと、この製品が科学的な裏付けやさまざまな実証データに基づいて作られた電子機器であることがよく分かる。発想は自由でも、科学的なアプローチを経なければ世に出せる形にはなり得ない。それにしても驚くのは、安富先生と高田先生のこの装置にかける情熱だ。二人とも公務員だから、開発は無償の行為。「子供の健康を守るため、役に立ちたい」という教師としての高い志がなければ、なかなかできることではない。
|
加速度センサーから得られた咀嚼波形データ。特にZ軸のあごの動きに注目。
|
|