|
スペースフィッシュが入っている函館市臨海研究所。旧函館西警察署庁舎を再整備した建物で、開館中はガラス越しに研究の様子を見ることができる。
|
|
水産学博士・技術士(応用理学)の肩書きを持つ齊藤誠一教授。トレダスのデータ解析・分析技術の開発を担当した。
|
あらゆる産業分野でITが導入されている現代。だが一次産業での応用例は、一般にはあまり知られていない。特に漁業となると、思い浮かぶのは魚群探知機ぐらいではないだろうか。だが実際には、漁業の現場では、意外なほどITの導入が進んでいる。今回はその分かりやすい例として、水産海洋情報サービスに目を向けてみよう。
訪問したのは、北海道函館市にある「有限責任事業組合スペースフィッシュ」。お話を伺った齊藤誠一教授は、北海道大学大学院水産科学研究院に籍を置く、海洋資源計測学の第一人者だ。
スペースフィッシュが行っているのは、漁業関係者に向けた水産海洋情報サービス「トレダス」の提供。運用を開始したのは2006年の6月から。ちょっと不思議なこの名称は、TOREDAS(Traceable
and Operational Resource and Environment Data Acquisition
System=トレーサビリティ機能をもつ海洋の資源と環境に関するオペレーショナルなデータ収集システム)をカタカナ読みしたもので、「魚が捕れ出す」という語呂合わせにもなっている。
トレダスを簡単に説明すると「現在の海がどのような状況にあり、どの辺りに目的の魚がいる可能性が高いかを知らせる有料の情報サービス」ということになる。齊藤教授始め、富士通株式会社など、数社が協力して全体のシステムを開発した。
「トレダスのポイントは、提供情報の作成にあたって人工衛星(地球観測衛星)から送られてくる観測データを利用している点です。具体的には、NASAが打ち上げた2基の衛星(『アクア』と『テラ』)から送られてくる観測データを、同じ函館市内にある北大水産科学研究院の屋上に設置した、直径2.4mの球形アンテナで受信しています」と齊藤教授。
地球上空には、アメリカや日本が打ち上げた地球観測衛星が複数飛んでいる。天気予報に欠かせない気象衛星も地球観測衛星の一つだ。この地球観測衛星で使われているのが、リモートセンシング(遠隔探査)という技術。全ての物体は、その性質に応じた反射光や放射光(共に電磁波)を放出しており、これを人工衛星に搭載したセンサーで受信することにより、遠く離れた場所から対象物の形状や性質を調べることができるのだという。文章にすると難しいが、人工衛星が地球の周りをぐるぐる回りながら、表面の形や中身の状態を手探りで調べ上げているイメージに近い。
「電磁波の強度は対象物によって違うので、海の状況を知る手掛かりになるのです。ただし、衛星から送られてくるデータはそのままでは使えないので、内容を解析し、契約者である漁業関係者が利用しやすい画像情報に加工しなければなりません。スペースフィッシュでは、1日に8〜10回送られてくる観測データから必要な画像情報を作り出し、1日2回、契約者に配信しています」
齊藤教授によると、漁業関係者が最も必要としているのは、海況(海の状態変化)に関する情報と、いつ、どこで、どんな魚が捕れるのかという漁場予測情報だという。トレダスは、海面水温、植物プランクトン濃度、海面高度、潮目、海流など、全部で9種類の海況情報を利用者に提供している。また、スルメイカ、サンマ、ビンナガマグロ、カツオの4種類の魚種については漁場予測も行っている。
あまり知られていないが、こうした情報サービスそのものは水産庁の外郭団体が70年代から行っており、今では民間の気象情報サービス会社も地球観測衛星のデータを元にした情報サービスを提供している。確かに、漁船が何の情報も持たずに変化の激しい海に出ていくことは考えられない。少なくとも海況情報がなければ、安全な航海や確実な操業は望めないだろう。大きな市場ではないが、水産海洋情報サービスには確かな需要があるのだ。 |