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新IT大捜査線 特命捜査 第45号 IT活用で弁護士を育てる 「ITと地域連携で取り組む弁護士育成の現場」
 
  ITを活用した4大学連携「遠隔授業システム」
 
九州大学法科大学院長・西山教授
九州大学法科大学院長 西山芳喜教授。自らも弁護士として登録し、市民向けの法律相談などにもボランティアとして参加している。
4大学教育連携
遠隔授業システムのほか、エクスターンシップ(現場での実習)や単位互換などでも協力している。
遠隔授業システム
3つの大きなスクリーンに授業の様子が映し出され、離れていてもリアルタイムに臨場感のある授業が受けられる。

「法科大学院」という存在をご存じだろうか。弁護士、裁判官、検察官など法曹になるための学識と能力を養う大学院として、2004年に全国の68大学に設置されたばかりの専門職大学院だ。そのスタートと同時に、九州にある国立3大学の法科大学院に導入されたのが、テレビ会議システムを応用した「遠隔授業システム」だ。その後、沖縄の琉球大学が加わって、現在は九州大学、熊本大学、鹿児島大学、琉球大学の4大学の法科大学院を高速ネットワークで結んで、共同で授業が行われている。この画期的な取り組みと、法科大学院でのIT活用の可能性について、九州大学法科大学院長・西山芳喜教授にお話を聞いた。

「遠隔授業システムは、新司法試験制度の開始と同時に設立された法科大学院で、授業の多様化と充実を図るために導入されたものです」

4大学の教室には、それぞれ3つの大型スクリーンと6台のカメラが設置され、教授がカメラを操作しながら授業を進める。他大学の教室のスクリーンにも、同じ時間に九州大学と同じ画面が表示され、音声も全く遅れることなく再生される。
3つの大型スクリーンには、それぞれ教授の顔、資料、学生の顔や教室の様子などが表示され、離れた場所にいる他大学の学生も臨場感を感じながら授業を受けることができるという。

「昔の国際電話のように、こちらが話してから相手が聞くまでにタイムラグがあると臨場感は薄れてしまうのですが、この遠隔授業システムでは光ファイバーによるリアルタイムの双方向通信を行うことができるので、相手の顔を見ながら普通に会話することができます。法科大学院の授業は教師と学生が対話しながら進行するソクラテスメソッドによる授業が中心なので、このようなシステムが力を発揮するわけです」

光ケーブルによって、送信できる情報量が格段に増え、リアルタイムで会話が成立することで、このような授業が可能になったと西山教授は強調する。

「こちらの大学から他大学のカメラを操作することもできるので、学生の顔やノートにズームするといったことも可能です。学生は遠隔地にいても緊張感を持って授業に参加しているようです」

バーチャルでありながらリアルに同時進行する、この独自の授業システムは、開講科目の多様性と充実を目指しており、それぞれの大学が不足する分野を補完し合い、また特色のある科目の授業を共同で進められるという効果を生み出している。

だが大学の法人化以降、一般的には大学同士は競い合って、それぞれの特徴を出すようになっている。九州、沖縄の4大学のように協力しようと考えた背景を理解するには、この地域の法曹界が置かれた状況を知っておく必要がある。最初に理解すべきは、九州・沖縄エリアの弁護士数が関東や関西よりも少なく、司法試験合格者数も関東や関西の大学に及ばないということだ。

「こうした状況を打破するためには、このエリアの大学がお互いに協力して魅力的な学修環境を作り、基礎学力の高い地元の学生が地域の大学に通い、同時に学生たちの学力を効率的に高め、このエリアから司法試験合格者を増やしていくことが必要なのです。そのために最先端のITを最大限に活用し、4大学で協力していこうとなったのです」

この取り組みを理解するために、次章では法科大学院と司法試験の仕組みについて理解しておこう。

 
 
 
  大きく変わった「新司法試験制度」
 
司法試験の流れ
新司法試験 旧司法試験
大学法学部
法学部以外
大学2年
一般教養修了
第一次試験
法科大学院

新司法試験(短答式・論文式
(法科大学院修了後5年以内3回まで)

司法修習(1年)

法曹(弁護士・裁判官・検察官)
第二次試験 短答式

第二次試験 論文式

口述試験

司法修習(1年4ヶ月〜)

法曹(弁護士・裁判官・検察官)
新司法試験では、法科大学院を修了することが義務づけられた。
2009年度 大学別司法試験合格者数 2009/09/10
法科大学院名 受験者数 合格者数 合格率 一学年定員
東京大学法科大学院
389
216
55.5%
300
中央大学法科大学院
373
162
43.4%
300
慶應義塾大学法科大学院
317
147
46.4%
260
京都大学法科大学院
288
145
50.3%
200
早稲田大学法科大学院
380
124
32.6%
300
明治大学法科大学院
310
96
31.0%
200
一橋大学法科大学院
132
83
62.9%
100
神戸大学法科大学院
149
73
49.0%
100
北海道大学法科大学院
156
63
40.4%
100
立命館大学法科大学院
243
60
24.7%
150
大阪大学法科大学院
155
52
33.5%
100
九州大学法科大学院
174
46
26.4%
100
         
熊本大学法科大学院
32
5
15.6%
30
鹿児島大学法科大学院
35
2
5.7%
30
琉球大学法科大学院
40
4
10.0%
30
※黄色は国立
九州大学は全国的にも上位の成績だ。

2009年5月から裁判員制度が始まったことは記憶に新しい。一般国民が刑事事件の裁判に参加し、裁判官とともに有罪無罪、量刑について決めるという制度だが、こうした司法改革は、実は刑事事件に限ったものだけではない。1999年以来、日本ではさまざまな司法制度改革が行われているのだ。主なものとして次のようなものが挙げられる。

(1)裁判の迅速化
(2)知的財産権や労働事件への対応の強化
(3)法的トラブルの身近な相談窓口「法テラス」の設置
(4)裁判外紛争解決手段の拡充
(5)被告人への公的弁護制度の整備
(6)被害者の保護

こうした改革の一つとして、一般の人が気軽に弁護士にアクセスできるよう「弁護士の数を増やす」施策として、2006年から新しい司法試験制度(以下、新司法試験)が導入された。

司法試験は、裁判官、検察官(検事)、弁護士などの法曹になるための資格を取得する国家試験だが、従来の司法試験(以下、旧司法試験)では合格率は2%前後で、日本で最も難しい試験と言われていた。

新司法試験では、新たに設置される法科大学院を修了することが必須条件とされたが、合格率は当初、70〜80%になると想定されていた。これは旧司法試験では、大学の一般教養を修了していれば誰でも何度でも受験できたが、新司法試験の受験には、法科大学院を修了していなければならず、受験回数も制限されたため、従来の試験に比べて受験者数が減るからだ。ところが実際の試験の合格者は毎年約2,000人程度に増えたものの、合格率は約20〜30%前後と、当初の予想を大幅に下回った。合格率が当初の想定と大きく異なった理由は、法科大学院の定員が想定よりも多かったことだ。

「過去の司法試験合格者数や、大学の法学部の定員を元にそれぞれの法科大学院が募集人数を決めたのですが、法科大学院の経営を考えると、ある程度の学生数を確保したいわけです」

国立大学では、東京大学が300人、京都大学が200人、他の地域の中心大学では100人という定員を定めた。九州大学も定員を100名としたが、同じ九州エリアにある熊本大学や鹿児島大学では100人もの定員を設定するのは難しく、30名でスタートせざるを得なかった。こうなると法科大学院を維持するためには教員数を抑えるしかなく、授業の質の低下を招いてしまう。そこでこうした問題を解決する方策として、学生数や教員数の恵まれている九州大学と連携し、最新のITを活用した「遠隔授業システム」を導入することになったのだ。

「基礎学力の高い学生はどうしても首都圏の有名大学に行きたがります。ところがそういう学生は司法試験に合格してもこのエリアに戻ってこないことが多い。それでは困るんです。九州・沖縄で良い学修環境を整え、多くの法曹を輩出したい。それがこのエリアのリーガルサービスを高めることになるのです」

法科大学院の数は、現在では74校に増えたが、一方で弁護士の質の低下を懸念し、合格者数を2,000人以下に減らすという話も出始めている。法科大学院の「乱立」と更に厳しさを増す環境に対応するために、ITを利用した取り組みはますます重要度を増すことだろう。

 
 
 
  リーガルサービスの必要性と魅力ある法科大学院
 
法科大学院
九州大学法科大学院。法科大学院専用の建物として建設された。
法科大学院自修室
全員分の専用デスクが用意され、24時間使用できる。すべてのデスクにLANポートが設置されている。

西山教授は県、市役所庁などで行われる無料法律相談に弁護士として参加することがあるが、そういう際に感じるのは「一般の人が本当に法律を知らない」ということだ。
「法律を知っていれば、こんなトラブルに巻き込まれないのにと思うことがしばしばです。それだけ日本というのは、法律を知らなくとも生活できる、安全な国だと言うこともできるのですが、法律が社会で活かされるようにならなくてはいけません」
そのためには、もっと弁護士の数が増え、一般の人が弁護士に気軽にアクセスできる環境を作る必要がある。

他の先進国の弁護士数を見てみると、米国では人口10万人当たり350人以上、ドイツ、イギリス150人以上、フランス約80人以上の弁護士がいるが、日本の弁護士数は約21人で、他の先進諸国に比べて極端に少ない。こうした状況を変えるために、司法制度改革が行われ、そのために司法試験制度も変更されたのだが、日本には更に地方の問題がある。

「日本の司法制度の問題点の一つとして、法曹の数が少ないだけでなく、法曹が都市部に集中し、地方では弁護士がいないという法曹の過疎化、弁護士の偏在の問題があります」と西山教授は指摘する。

日弁連日本弁護士連合会(日弁連)によれば、2009年3月現在弁護士総数は26,977人(人口10万人あたり約21人)だが、東京に約13,000人(同約95人)が集中しており、福岡県は820人(同約15人)、熊本175人(同約10人)、鹿児島県114人(同約7人)などとなっている。九州エリアで最も多くの弁護士がいる福岡県でも、全国平均よりも少ないのが現状だ。

「司法制度改革や新司法試験の意図に沿うならば、日本全体の法曹の数を増やすことはもちろん大事ですが、それ以上に大事なのは弁護士過疎地ともいえる地方の弁護士数を増やすことなのです」

九州大学法科大学院が設立されたときに、西山教授たちが目指したのは、こうした問題点の解決だ。
「基礎学力の高い優秀な学生に地元で勉強してもらい、司法試験に合格したら、地元の弁護士事務所に入って、地元で活躍してもらいたい。そのために、九州の国立大学で協力して、未来の法曹を育てていこうということです」

遠隔授業システムの導入は、いわばその象徴とも言えるものだ。だが、同大学院が画期的なのはそれだけではない。

(1)24時間使用できる「自修室」に全員分の専用デスクを用意。すべてのデスクにLANポートを設置。
(2)「マイデスクトップポータル」というイントラネットシステム。
(3)法律事務所の現場で実務を学ぶ「エクスターンシップ制度」。
(4)鹿児島大学法科大学院と教育連携協定を結び、滞在型の特別聴講学生の相互受け入れ。

(1)の学生全員分の専用デスクや(3)のエクスターンシップは、首都圏の大規模法科大学院からすれば、夢のような環境で、小規模ならではの逆転の発想ともいえる。エクスターンシップについては、法律事務所の協力なくしては実現できないため、正に九州エリアの法曹界全体で、法曹人口を増やしていこうという決意の表れでもある。
また(4)の鹿児島大学法科大学院との教育連携協定は、2009年7月に結ばれたもので、3年生前期の1学期間、相手方の法科大学院に滞在し、相手校の学生と同一の学修環境で学ぶことができるという日本初の試みだ。遠隔授業システムではカバーしきれない、直接の対話や肌で感じる雰囲気などが経験できると同時に、一緒に切磋琢磨することで、相乗効果も期待できる。(2)の「マイデスクトップポータル」については、次項で詳しく見ていこう。

 
 
 
  「自学自修」を助ける「マイデスクトップポータル」
 
マイデスクトップ
マイデスクトップポータルのトップ画面。自分の時間割が表示される。
マイデスクトップ
担当教員別の画面。クリックすると授業で使用する資料や課題もダウンロードできる。
マイデスクトップ
資料の中には授業の映像も。「映像ももっと増やしていきたい」と西山教授。
USBメモリ
マイデスクトップポータルにアクセスするには、専用のUSBメモリが必要になる。これがあれば、世界中どこからでもアクセス可能。

「マイデスクトップポータル」は、九州大学法科大学院の学生と教職員、そして修了生だけが使用できる、ある種のイントラネットだ。セキュリティを保つために、各学生・教職員はそれぞれがIDと専用USBアクセスキー(ハードキー)を持ち、これがなければポータルサイトにアクセスすることができない。

ポータルサイトを開くと、始めに各自の当日の時間割や大学からのお知らせなどが表示され、その日の行動予定をこれによって決めることができる。コンテンツの内容は、学修支援、コミュニケーション、外部ネットワークとの接続など24項目ものメニューが並ぶ。
例えば、教職員のメニューを見ると、教授の一覧があり、担当教授の写真をクリックすると、その教授が出している課題や資料を閲覧することができる。論文を書くにあたって必要な判例や文献のデータベース検索も2つの外部データベースを検索することができ、資料を効率良く収集して、論文の執筆に集中することが可能だ。
また、メール、ビデオチャットやグループでのディスカッションなど、コミュニケーションツールも用意されている。
更に、データはパソコンやUSBメモリに保存されるのではなく、サーバに保存されるので、USBアクセスキーだけ持っていれば、どのパソコンからでもデータを取り出し、学修を進めることができる。

「自修室の自分専用のデスクや教室のデスクにもLANポートがあるので、自分のノートパソコンを接続すれば、いつでもこうした情報にアクセスでき、課題やレポートの提出もすべてこの中で行うことができます」

米国に留学中の教授がこのネットを使って、担当する学生の指導を彼の地から行っている例もある。グループでチャットを使って文字情報を保存しながら行う授業もあるのだという。
教職員専用メニューでは、教職員は学生からの問い合わせに際して、学生の成績などを参照しながら、的確な助言を行うことができるようになっている。
パソコンの操作方法も、テクニカルスタッフとのビデオチャットでサポートしてもらうことができる。

「IDとUSBアクセスキーは、大学院修了後も返却の必要はありません。このポータルには修了生もアクセスすることができるので、司法試験に合格できなかった修了生もこのサイトを通じて、勉強を続けることができます。また、司法試験合格者ももちろんアクセスできます。法律の世界は、毎年新しい法律ができたり、改訂が行われたりします。それをしっかりと把握しながら仕事を進めていかなくてはいけません。そうした時に、このポータルを利用することができます。しかも、USBアクセスキーがあれば、自宅からはもちろん、世界中どこにいてもアクセスすることができるのです」

このシステムは同大学院が独自に開発したもので、西山教授によればその開発費は「遠隔授業システム」を上回るという。それほどまでに力を入れた理由について、西山教授は次のように言う。

「法律の勉強では、授業も教職員もあくまでもサポート役、フォロワーでしかありません。法律家の基本はやはり『自学自修』。自分で資料や判例を調べ、自分で論文を書き、論旨をまとめなければなりません。それは司法試験の勉強だけに限らず、法曹の職についてからも同じです。その『自学自修』を支援するためにITを最大限に活用したかったのです」

九州大学法科大学院では毎年30〜40名ほどの合格者を出してきた。こうした先輩たちが今後、実際に法曹の現場で活躍を始めるわけだが、その人数が増えて行くにつれ、弁護士会の中でも大きな勢力となってくるはずだ。九州・沖縄エリアの法曹と、法曹の教育機関であると同時に、研究機関でもある法科大学院が協力して「マイデスクトップポータル」をベースに様々な協力体制を築いていくこともできるはずだ。さまざまな可能性を感じさせる取り組みといえるだろう。

法律の世界はIT化が遅れていると言われてきたが、九州大学院の「遠隔授業システム」と「マイデスクトップポータル」といった取り組みによって、ITに親しんだ法律家が今後増えていく。それが九州エリアの法律の世界を、一気にIT化する可能性もある。エリア内の法曹の人たち、特に修了生との「マイデスクトップポータル」を使ったリンクがそのトリガーとなりそうだ。

 

取材協力:九州大学法科大学院(http://ls.law.kyushu-u.ac.jp/

 
 
神谷 恭子 0012 D.O.B 1966.7.3
調査報告書 ファイルナンバー045号 IT活用で弁護士を育てる 「ITと地域連携で取り組む弁護士育成の現場」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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