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特命捜査 第47号 進む教育のICT化と教科書のデジタル化 「デジタル教科書が授業を分かりやすくする」

デジタル化・ICT化が進む教育環境

光村図書 森下さん

光村図書出版株式会社企画開発本部 開発部長 森下耕治さん。

今年4月の段階で、全国3,000校を超える小中学校に「国語デジタル教科書」が導入されている。「デジタル教科書」と聞いて皆さんは、どんなイメージを抱くだろうか。「教科書をデジタル化し、パソコンで使用する」「インタラクティブに操作ができる」「マルチメディアで資料が豊富」「問題に答えると正解かどうか教えてくれる」…。多くの人のイメージは、恐らく「電子書籍の教科書版」というものに近いに違いない。そのイメージ自体は間違っていないが、厳密にいうと生徒たちの前に登場するインターフェイスはパソコンではない。現在の日本ではデジタル教科書とは、電子黒板やプロジェクタなどの掲示装置で使用するもの。中でも電子黒板が全国の学校に広がりつつあり、そのインターフェイスの普及を得て、デジタル教科書の導入も一気に進んでいる。

このデジタル教科書について、国語教科書では50%以上のシェアを持つ光村図書出版株式会社企画開発本部 開発部長 森下耕治さんにお話を聞いた。ちなみに、光村図書は2005年に国語のデジタル教科書を初めて発売した会社でもある。

デジタルテレビの接続例

デジタルテレビの接続例(文部科学省「教育の情報化に関する手引」平成21年3月31日より)。

「デジタル教科書はパソコンで動くソフトウェアですが、生徒とのインターフェイスとして便利なのは電子黒板です。電子黒板は、“電子黒板機能付きデジタルテレビ”と呼ばれているもので、文部科学省のバックアップもあり、教育現場で導入が進んでいます」と森下さん。

電子黒板

電子黒板は、画面がタッチパネルになっている大型のデジタルテレビ。画面に触れながら操作できる。

電子黒板には、ホワイトボードに書いた文字をコピー(プリント)できるものから、パソコンの画面を映すものまで、さまざまあるが、表示面がタッチパネルになっており、パソコンを接続すると、先生や生徒が表面に触れて、インタラクティブに使用できるのが大きな特徴。見た目は家庭用の50V型プラズマテレビに脚がついたものだ。
デジタルテレビなので、アンテナケーブルを接続すればテレビ放送を見ることもできるし、パソコンのほか、ビデオデッキ、ビデオカメラ、実物投影機(ノートやプリントといった印刷物などを大きく拡大して映すためのカメラ)などを接続することもできる。

デジタル教科書の普及には、電子黒板が教育現場に導入されたことが追い風になっているようだ。そこでまず、教育現場のICT化(ICTは、ITよりもコミュニケーションを強調した表現)がどうなっているのかを見てみよう。

実は経済対策である平成21年度の補正予算によって、教育現場のICT化が一気に進んだという事実があるようだ。

今回の補正予算では、電子黒板だけでなく、パソコンや校内LANなど、ICT環境の充実が盛り込まれた。これは2011年7月に実施されるテレビのアナログ放送停波にも関連しており、全国の公立学校にあるアナログテレビをデジタルテレビに入れ替える必要に迫られた文部科学省は、同時に公立小中高校のICT化推進も行う施策を打ち出した。この施策には下記のような項目が含まれている。

(1)すべてのテレビをデジタル化(電子黒板機能付きを含む)
(2)校務用コンピュータを教員1人に1台
(3)教育用コンピュータを生徒3.6人に1台
(4)すべての普通教室に校内LANを整備

これは文部科学省の「スクール・ニューディール構想」の一環で、「学校ICT環境整備事業」と呼ばれるもの。これにより、全国の公立小中高校の多くに地上デジタルテレビや電子黒板が導入されているはずだ。ねらいは日本の教育のICT環境を整備し、分かりやすい授業を実現することで、学力低下が叫ばれる日本の教育を再構築することにある。
これによって各教室にLANが引かれ、インターネットを通じて、世界中の人々とやりとりしながら学習を進めるといったことも可能になった。

だが、教育現場にパソコンやデジタルテレビ、電子黒板を導入したからといって、それがすぐに分かりやすい授業や学力の向上に結びつくわけではない。そこには、それを使って教える先生とそれをサポートするソフトウェアの存在が重要だ。その解決策の一つが「国語デジタル教科書」というわけだ。


教育のICT化をサポートする「デジタル教科書」

教科書を拡大

教科書をそのまま拡大表示することができる。

それでは、電子黒板を使用した「国語デジタル教科書」の特徴とは何だろうか。
それはまず、教科書を「生徒たちに大きく見せることができる」ということ。
更に、紙の教科書ではできない機能によって、生徒の意識をデジタル教科書に集中させることができることだ。つまり児童生徒の興味を引く、インパクトのある授業ができるというわけだ。

「パソコン教室で使用するソフトではなく、普通教室でパソコンや電子黒板などの情報機器を活用した授業をサポートするソフトウェアとして開発したのが『デジタル教科書』です」

森下さんは「デジタル教科書に適している科目は、国語や英語といった語学系の科目」だという。なぜならば、語学の授業は教科書中心で行われ、デジタル教科書を使うことで「全員が必要とする学習情報の共有化が簡単になり、児童・生徒が授業に集中できるから」だと言う。

「従来の授業では、生徒は先生の話を聞いて、教科書を見たり黒板を見たりと視線を動かしながら、音や文字などの情報を統合して理解していました。デジタル教科書では、先生や生徒が教科書を使った指示や説明をする場合に、全員が1つの画面に注目しながら学習していくので、授業に一体感が生まれ、先生と生徒のやりとりを活性化することができるのです」

「学習箇所を全員で確認することができる」というメリットとともに、該当箇所を電子黒板上で指し示しながら授業を進めることで、先生や生徒の発言などの音声情報と教科書という視覚情報を合わせて理解することができる。これによって、生徒の理解度が上がるという。デジタル教科書には、アニメーションや映像など、生徒の興味を引く工夫がたくさんあり、活気のある授業つくりに役立っている。


教材づくりの負担から解放され授業の内容に集中

イラストの拡大

挿絵だけを拡大することができる。

アンダーライン

画面に書き込んだり、アンダーラインを引いたりすることもできる。

漢字筆順

筆順をアニメーションで確認。

それでは、光村図書の国語デジタル教科書の特徴を具体的に見てみよう。

(1)教科書と同じレイアウトを電子黒板の画面上に大きく表示できる。

  ページをめくることもできる。更に、データを校内LANのサーバ上に保管しておけば、他の学年の教科書を開いて、復習することも可能。

(2)挿絵や本文を大きく表示することができる。

  特に低学年の授業では挿絵がポイントになることがあるが、挿絵だけを表示したり、一部分を拡大したりして授業を進めることができる。また、本文だけを大きく、教科書とは別のレイアウトで表示することも可能。

(3)アンダーラインを引いたり、丸で囲んだりすることができる。

  授業の最中に、キーワードを丸で囲んだり、アンダーラインを引いたりして、読解指導をバックアップする機能もついている。

(4)アニメーションや動画がある。

  朗読機能や、漢字の筆順をアニメーションで表現したり、教科書にはない別の写真、動画などの資料を表示したりできる。言わずもがなだが、紙の教科書ではできない。

このような機能は、現場の先生たちの授業を研究して生まれたものだという。

「これまでの授業では、多くの先生が模造紙を使っていることが分かりました。模造紙に教科書の文章を抜き出したり、ポイントを書いたりして、それを教室に貼り、線を引きながら授業を進めていらしたのです。更に、大きなカードを作って、それを黒板に貼って授業を進めている先生もいらっしゃいました」

こうした授業を行っていた先生たちにとっては、デジタル教科書は理解しやすく、またデジタル教科書を使えば、教材を手作りする負担も確実に減ったはずだ。

森下さんは国語デジタル教科書のメリットとして、下記の3つをあげる。

(1)パソコン初心者の先生でもICT活用が期待できる。

  毎日使用している教科書教材のソフトであることと、電子黒板の画面にタッチして、直感的に操作できるため、パソコンが苦手な先生でも簡単に使いこなせる。

(2)先生の教材研究がしっかりとできる。

  掲示資料の作成や準備などの負担がなくなった分、教材の中身の研究がしっかりできる。

(3)子どもたちの理解が深まる。

  授業に集中でき、音声情報と視覚情報が一緒にもたらされるので、理解が深まる。

「小学校の場合、担任の先生が国語を教えるので、同じ学年の先生方でデジタル教科書の使い方を含めた教材研究をして、成果を上げている学校もあります。先生方は、どう教えるかということに、いっそう力を入れられるようになったと思います」

こうした使い方こそが、デジタル教科書の本来のメリットなのだろう。


最大の課題は著作権

光村図書は、デジタル教科書の開発を2001年からスタートしたが、もっとも難しかったのは、プログラムでも機能でもなく、著作権の許認可だったそうだ。
デジタル教科書は、紙の教科書をデジタル化したものとはいえ、紙とデジタルでは著作権がまったく異なっており、デジタル化するにあたっては、再度著作権者に許可を取る必要がある。その数が小学1年から6年までの6学年で、テキスト、イラスト、写真などで約340人に及んだ。

「交渉の末、最終的には教育使用だからということで理解をいただき、全員に照会をしてほぼ全員から許可を得ることができました。この作業に約2年かかりました。」

結局、最後まで掲載を認めない人もいたが、なんとか2005年に発売することができた。ただし、学校の授業以外で使用されないような制限がかけられた。

「教科書をデジタル化するといっても、こうした許認可の手間は同じだけかかります。更に、本文の拡大画面を作成するなど教科書とは異なるレイアウトを用意するため、2〜3倍の手間がかかるわけです」

教科書にはない資料をつけたり、漢字のアニメーションを作成するのも一つひとつ作成しなければならない。元となる教科書があるといっても、簡単な話ではない。

今回の補正予算で、教育現場のICT化は急激に進んだと言えるが、これにより今後、デジタル教科書の需要は高まるはずだ。そうした場合に、紙とは異なるデジタルの著作権のクリアには手間がかかることになるはずだ。


1人1台のデジタル教科書は?

2010年は、ネット書店Amazonの電子ブックリーダー(Kindel)やアップル社から発表されたスレート型パソコン(iPad)が登場して電子書籍に注目が集まり「電子書籍元年」などと言われ始めた。こうした電子書籍は、1人1台の電子ブックリーダーを持つことが前提になっているが、デジタル教科書の場合も1人1台の可能性はないのだろうか。

「電子ブックリーダーの価格が安くなってきたこともあって、障壁はどんどん低くなってきていると思います。実際、閣僚の中には2015年に『デジタル教科書をすべての小中学校全生徒に配備する』と主張する声もあり、これは1人1台のパソコンを想定したものだと思います。弊社でも研究は重ねているところですが、『一斉学習』の形態が多い日本の教育において、1人1台のパソコンというのが適当かどうか、その点は検証の余地があると思います」

「一斉学習」とは、全員が先生の方を向いて、一斉に学ぶ授業形式のことだ。

「子どもはどうしても、パソコンという機器に興味が行ってしまいがちで、先生の説明よりも手元のパソコンに入り込む可能性があります。1人1台のパソコンという形態が効果を上げるのは、生徒が自ら機器を使った学習に前向きに取り組むような、習熟度別に少人数で授業をする場合かもしれません」

米国や韓国では、デジタル教科書を生徒一人ひとりに持たせることで、コスト削減や物理的重さの軽減を図ろうとする動きもある。日本のデジタル教科書がこうした方向に向かう可能性にも期待したい。


ゆとり教育見直しの影響も

国語デジタル教科書が全国3,000校を超える小中学校で採用されたことは冒頭で述べたが、これは全国の小中学校数の約1割に近い数字だ。
実は2011年度に新学習指導要領が施行されるのに伴い、国語の時間数が増え、教科書も改訂される。このため、国語デジタル教科書もこれにあわせて大規模な改訂が進行中だ。

「ゆとり教育の見直しによって、教科書のページ数も増えたので、新版作成作業も大変なんですよ」と森下さん。

国語の時間数が増えるということは、現場の先生にとっても、負担が増えることは間違いない。そうした中、先生の負担を減らしながら、教育の質を高めることが可能なデジタル教科書にはますます注目が集まることだろう。これからの日本を支える子どもたちに、どのような教育を行っていくのか。デジタル教科書は、そのヒントを与えてくれそうだ。

協力:光村図書出版株式会社(http://www.mitsumura-tosho.co.jp/


神山 恭子 0012 D.O.B 1966.7.3調査報告書 ファイルナンバー047号 進む教育のICT化と教科書のデジタル化 「デジタル教科書が授業を分かりやすくする」
イラスト/小湊好治
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