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特命捜査 第50号 農家をサポートするフィールドサーバ 「環境をモニターして『見える農業』を実現する」

600坪のビニールハウスでイチゴや野菜を栽培

「つみたて工房」の外観

のどかな田園風景の中の「つみたて工房」。赤文字のロゴが目を引く。

看板

手作り風味満点の看板。営業日が週の半分だけなのは、人手が足りないから。

農園内俯瞰

ビニールハウスの中。イチゴを中心に約10種類の野菜を栽培している。

三重県津市の郊外に広がる水田の一角。車道に接する形で、5棟のビニールハウスが連なっている。ここが今回の目的地「つみたて工房」。車を停めて事務所らしき場所に向かって歩き出すと、カラフルな看板が目に留まった。「MENU」と記されたボードに描かれているのは、イチゴ、ミニトマト、キュウリ、ズッキーニなどの素朴なイラスト。「元気な野菜は大地から」というコピーが、作り手のこだわりを感じさせる。その横には火木土日の営業日案内が。「つみたて工房」は取れたての農産物を直売しているのだ。

ハウスの中で出迎えてくれたのは、この農園を経営する塚本太郎さん。三重大学の生物資源学部で学んでいる時から研修生として農業の経験を積み、卒業後は独立独歩で農家への道を歩み始めた。とは言え、その道のりは想像以上に険しかったという。
「研修経験はありましたが、栽培や農園管理などの実践的なノウハウはゼロ。試行錯誤の連続で、途中で何度も挫折しそうになりました。トマトなどの野菜を作って訪問販売していましたが、あまり売れませんでしたね」と塚本さん。

悪戦苦闘の3年が経過した頃、運良く今の600坪の土地を借りることができ、周辺ではあまり作られていないイチゴの栽培を始めた。「つみたて工房」では自然に近い環境で栽培でき、省力化も図れる不耕起栽培を行っており、使う肥料は有機肥料のみ。農薬もほとんど使っていない。塚本さんは、「農業は人間の原点にある仕事。できるだけ自然の形を守りたい」と考えている。
「つみたて工房」のオープンは今から8年前。幸いにもイチゴは初年度から好調に売れた。ただ、イチゴだけではお客さんに飽きられてしまう。そう考えた塚本さんは、毎年のように栽培品目を増やしていった。今ではトマト、ミニトマト、キュウリ、ピーマンなどの定番野菜だけでなく、ズッキーニ、モロッコインゲン、空心菜(中国野菜)など、ちょっと珍しい野菜も手掛けている。

ハウスの中に入って周囲を見渡すと、とにかく広い。さすがに1人で全部の作業をこなすのは難しいので、午前中は2、3人のヘルパーさんに手伝ってもらっているという。それでも、ハウスの中の環境チェックや育成状況の確認などは、塚本さん自らが行わなければならない。
「1人で始めてもう10年以上になります。ある程度の経験は身に付きましたが、新しい野菜に挑戦する時は、今でも試行錯誤の連続。目標は美味しいイチゴや野菜を効率良くたくさん出荷することですが、これがなかなか大変なんです」
農業には先が読めない難しさがある。自然が相手だから、温度や湿度の変動などには常に気を配らなくてはならない。
「変化する環境への対応は経験から学ぶことが多いんですが、無駄や失敗も多いんです。ビニールハウスの場合は光合成のための二酸化炭素の量が重要なんですが、その換気タイミングが遅れたり。勘や経験で補えない部分は、やはりありますね」
栽培環境を正確に把握できれば、そんな失敗を避けられるかもしれない。そう思いつつも、日々の仕事が忙しい塚本さんは、具体的に何をどうするかまでは考えられなかった。


フィールドサーバは環境を測るセンサーの集合体

フィールドサーバとイチゴ畑

イチゴ畑の近くに設置したフィールドサーバ。「つみたて工房の」データ計測はこれ1基でOK。

360度カメラ

上部に組み込まれた360度カメラ。遠隔コントロールや、予め決めた撮影ポイントの自動巡回にも対応する。

気温・湿度・二酸化炭素センサー

支柱に開けられた通気孔の向こうには、気温・湿度・二酸化炭素センサーが装備されている。下に伸びている棒は無線LANのアンテナ。

簡易日照センサー

本体の天面は簡易日照センサーになっている。

PCを操作する塚本さん

ハウスに隣接した事務所でPCを操作する塚本さん。

「フィールドサーバをモニター導入してみませんか?」
2年前の夏、三重県の株式会社イーラボ・エクスペリエンスから塚本さんの元へ、こんな提案が持ち込まれた。同社は、センサーネットワークを中心としたシステム設計や販売を行っている、この分野のリーディングカンパニー。フィールドサーバは複数のセンサーとネットワーク技術を利用した屋外設置型ITシステムで、気温センサー、湿度センサー、日照センサー、 土壌温度センサーなど各種センサーを搭載したシステムが基本。中には、本体にカメラや無線LAN機能、小型Webサーバを搭載する製品もある。

同社は既に、コーヒー農園における遠隔モニタリングシステム、総合スーパーが運営する農場管理システム、大学での営農教育システムなど、幅広いクライアントに向けて約270台のフィールドサーバを出荷した実績を持っている。個人農家である「つみたて工房」への導入目的は、ハウス農家において、フィールドサーバがどれくらい役に立つのかを検証するためだった。
「最初はフィールドサーバと聞いてもよく分かりませんでした(笑)。でも栽培環境を視覚的に把握できると聞いて、設置してもらったんです」と塚本さん。

2008年8月、イチゴ畑の付近にフィールドサーバが1基設置された。さほど大きくはなく、高さも大人の目線くらい。本体には標準装備として、気温・湿度・土壌温度・簡易日射の各センサーを内蔵する。また、換気が必要なビニールハウスであることから、追加で二酸化炭素センサーも装備。本体上部には360度可動式のライブカメラも収められている。
フィールドサーバはハウスに隣接する事務所内に置いた専用PCと有線LANでつながっており、センサーが計測した各種のデータやハウス内の映像を、PC上でリアルタイムに確認することができる。PCに組み込まれた専用ソフト「ポイントビュー」が計測したデータをハードディスクに蓄積し、グラフや数値の形で表示するのだ。ちなみに設置したフィールドサーバは 無線LAN機能を内蔵しているので、PCが多少離れた場所にあっても、ハウスの状況を確認することができる。

また、フィールドサーバ自体の管理と今後の商品開発へ反映させるため、このシステムはインターネットを経由してイーラボ・エクスペリエンスともつながっている。内容にもよるが、フィールドサーバにトラブルが発生した場合、同社が社内から遠隔操作で対処することもできるという。


二酸化炭素が不足するジャストタイミングで換気を実行

PC画面1

専用ソフトの画面。左上に見えているのはカメラを通したハウス内の様子。計測値がしきい値に達した場合、携帯やPCへメールを送る機能もある。

PC画面2

各センサーの計測データをグラフ表示。上から二酸化炭素濃度、気温、湿度、日射量の順。特定期間だけの表示や表計算ソフトへの書き出しにも対応する。

実際のPC上に表示されたデータを見て、素人目にもこれは便利だと思った。一般的なハウス農家が日常的に使っているのは、温度計と湿度計くらい。日射量や土壌の温度、二酸化炭素の量まで定量的に計測している農家はまだ少ない。
計測データの種類が多ければ、それだけ正確にハウス内の環境を把握することができる。生産者はこれらの計測データを基に「この季節にしては乾燥しているから、今日は水を多めに撒こう」といったことを、PCの前で判断できるわけだ。

塚本さんも、フィールドサーバ導入による効果を実感している。以前から課題としていたハウスの換気タイミングが、二酸化炭素濃度のグラフをチェックすることによって、正確に分かるようになったのだ。
「冬場はハウスを閉め切っているので、二酸化炭素濃度は深夜から明け方にかけて上昇し、光合成が始まる日中にかけて下降します。下降しきる前に炭酸ガス発生装置を稼働させればならないのですが、そのタイミングは日によってまちまち。グラフによってそのポイントがはっきり分かるようになったので、作物にも良い影響が出ていると思います」

経験豊かな生産者は、温度や湿度といった環境の変化に対し、何をどうすれば良いのかが直感的に分かっている。塚本さんは、経験の浅い就農者にこそ、フィールドサーバが提供する“目に見える”栽培環境はメリットが大きいと言う。
「例えば暑さ対策。夏場、ハウス農家は高温対策を行わなければなりません。ハウスの屋根に日よけシートを貼る、内側にシェードを設置する、細霧冷房(霧を吹いて気化熱で冷却する)などいろいろあるのですが、フィールドサーバがあれば、どの方法がどれだけ効果があるのか、気温や土壌温度の数値で分かります。ベテランの生産者は失敗を繰り返したから最適な方法を知っているわけですが、経験値の少ない生産者にとっては、失敗は少ない方が良い」
もちろん、農業は経験からしか得られないことが多いが、省ける無駄は省き、積極的に生産の効率化を進めるべきだろう。作業の省力化が実現できれば、若い人たちにも農業の魅力が伝わるように思う。

日々蓄積されていくフィールドサーバの計測データは、データ量が多いほど栽培の指標としての信頼性が増す。指標になれば、現在のデータを過去のデータと比較することによって、「例年より早く気温が下がったから、今年は苗の植え付けを早めよう」といった分析ができるようになる。最適な収穫時期や、肥料を与えるタイミングを予測することもできるだろう。
加えて「ポイントビュー」上でその日の作業内容や所見を記載していけば、指標はパーソナルな作業マニュアルに近くなっていく。


熟練農家のビニールハウスを参考にしたい

イチゴのアップ

ファンの多い「つみたて工房」自慢のイチゴ。出荷期間は5月まで。

店頭の塚本さん

直売所はビニールハウスに隣接したスペースを使っている。年内にはすぐ隣に新しいハウスを作る予定。

「つみたて工房」のフィールドサーバなら常に計測データを表示しておけるので、事務所で他の作業をしている間でも、ハウス内の環境を自分の目で確認できる。塚本さん自身はハウス内にいる時間が多いのであまりPCを見ていないというが、それでもソフトに組み込まれた機能が役に立っているそうだ。
「今のバージョンから、温度や日射量の積算値を表示できるようになりました。積算温度は出荷の目安になりますから、よく見ています」

積算温度とは、毎日の平均気温を合計したもの。例えばイチゴの成熟には一定の日数がかかるが、日数よりも重要なのは気温の累積。イチゴの場合、それは600度と言われており、寒い日が続くと温度の積算に日数がかかるため、じっくりと育って味が濃くなる傾向があるという。
取材時にイチゴの季節は終わっていたが、塚本さんが作る完熟した「かおり野」「章姫」は人気が高く、オープンから30分ほどで売り切れてしまうこともしばしばだとか。間接的ではあるが、フィールドサーバがイチゴの育成をサポートしているのは確かだろう。

10年のキャリアを持つ塚本さんがフィールドサーバに望むのは、熟練農家との比較。良質な農産物を豊富に出荷している農家と自分のビニールハウスは、どこがどう違っているのか。データを比較すれば、改善ポイントが見えてくるかもしれない。ただ、それを実現するためにはもっと多くの実用例が必要になってくる。
「つみたて工房」はモニター導入なので設置費用はゼロだが、一般的には施行を含めて、フィールドサーバ1基あたり約70万円の費用がかかる。個人農家が導入するには敷居が高いため、イーラボ・エクスペリエンスは、現在20万円ほどの普及システムを開発しているという。

フィールドサーバの普及が進んだ時、農家はどのように変わっているだろうか? 個々の生産者が作った指標を全国レベルで集計・分析すれば、汎用的な営農マニュアルができるかもしれない。そうなれば、課題となっている農業技術の伝承もある程度可能だろう。時間はかかるかもしれないが、フィールドサーバはそれくらい大きな可能性を秘めているのだ。

協力:つみたて工房、株式会社イーラボ・エクスペリエンス(http://www.elab-experience.com/


坂本 剛 0007 D.O.B 1971.10.28調査報告書 ファイルナンバー050号 農家をサポートするフィールドサーバ 「環境をモニターして『見える農業』を実現する」
イラスト/小湊好治
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