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特命捜査 第51号 カー・テレマティクスで社会貢献 「カーナビ・データを道路マネージメントに活かす」

各車両がセンサーになるカーナビ

ホンダ・インサイト

ホンダのハイブリッドカー「インサイト」も純正カーナビは「インターナビ・プレミアムクラブ」。ホンダ車の約4割、高級車種においてはほぼ9割以上に搭載されているという。

インターナビ・ダッシュボード

ダッシュボードに埋め込まれたインターナビ。携帯電話かPHSのデータカード経由で、センターサーバにアクセスする。

本田技研工業インターナビ事業室 平井精明さん

本田技研工業 インターナビ事業室 平井精明さん

今やドライブの必需品ともいえるカーナビ。現在最も進んだカーナビは、携帯電話やPHSなどを経由して最新のデータをサーバから入手し、最適なルート検索を行う「テレマティクス・カーナビ」だ。このテレマティクス(Telecommunication+Infomatics)は、自動車と移動体通信システムを組み合わせて、リアルタイムに情報サービスを提供するというもの。本連載でも過去にパイオニア社の事例を紹介している(「最新テレマティクス・カーナビ」)。

今回はこの最新カーナビのデータを活用した本田技研工業(以下、ホンダ)と埼玉県の「道路マネージメント」の取り組みについて、テレマティクス・カーナビ「インターナビ」を担当する平井精明(よしあき)さんにお話を伺った。

まずは、インターナビの概要について説明しよう。「インターナビ(現在のサービス名は『インターナビ・プレミアムクラブ』)」は、快適なドライブをサポートするさまざまな情報を提供する便利なサービスだが、ここでは渋滞情報に特化して話を進めたい。

「一般に、カーナビはラジオのFM放送の隙間に埋め込まれた渋滞情報(FM-VICS=道路交通情報通信システム)をベースにカーナビの画面上に『渋滞』、『混雑』、『順調』という情報を色別に表示します。光ビーコン、電波ビーコンを各車に付ければ、渋滞を避けてルートを誘導することも可能ですが、実際にはあまり普及していないので、一般的には道路状況について画面上の表示を行うだけで、渋滞を避けて最適なルートを誘導することは困難といえます」

過去の渋滞情報をあらかじめカーナビに入力しておき、ルート計算に反映させる機種も存在するが、カーナビに搭載できるデータ量には限界がある。

「FM-VICSでも、現在地の近くの渋滞情報しか提供されません。遠隔地までドライブする場合には、通過するルートすべての渋滞情報が入手できるわけではありません」

その解決策として、2002年にホンダは「オンデマンドVICSサービス」を開始。センターサーバで全国のVICSデータを一元管理し、各カーナビからの要求に対して、リアルタイムに全国のVICSデータを提供するものだが、VICSデータは主要幹線道路のデータに限られており、すべての道路をサポートすることができなかった。

フローティングカーシステムの概要

会員間で共有するフローティングカーデータによって、VICSではサポートされない路線の情報を入手し、最適なルートを案内する。

こうした状況を打破する方法として2003年に登場したのが「フローティングカーシステム(プローブカーシステム)」だ。
ここには、会員の車両をセンサーとして、各車両(フローティングカー)の走行データをそれぞれのハードディスクに蓄積し、ユーザが携帯電話やPHSカード経由でセンターサーバにアクセスしてきた時に、データをアップロードし、一元管理して交通情報を会員間で共有し、これをルート計算に活用するという技術が使われている。

VICSでフォローされている道路よりもはるかに広範囲の交通情報を取得することが可能で、リアルな情報をベースに「最短時間でのルート誘導」や「精度の高い到着時間予想」を計算することができる。

会員個々の車両から走行データを集める上では、個々の車両の走行履歴などは取得せず、配信されるデータも統計処理が施されているので、会員のプライバシーは厳格に保護されているという。会員とのこうした信頼関係が、このシステムでは非常に大切だと平井さんは強調する。

インターナビのルート案内の概念図

フローティングカーシステムでは、全国のVICSデータとフローティングカーデータを一元管理し、統計的処理によって渋滞などの交通情報を予測し、最適なルートを案内する。

「インターナビ・プレミアムクラブ」の会員数は2010年6月現在で約115万人。走行データは常時発信されているわけではないので、渋滞情報やルート計算は、リアルタイムのデータよりは、むしろ蓄積された過去の走行データから統計的に推測することが中心になる。データをどのように読み解き、活用するかという「統計処理」の部分に、ホンダならではのノウハウがあるようだ。

ちなみに、ユーザが気になる携帯電話の通信料金だが、ホンダでは電話会社と共同で安価な定額通信プランを提供しており、最新のハイブリッドカーでは通信料無料のサービスも提供し始めた。

VICS/インターナビ対象路線

VICSでは主要な道路しかサポートされないが、インターナビのフローティングカーデータからは詳細なデータが得られる(VICS対象道路:ブルー=高速道路、ピンク=一般道路、インターナビ対象道路:グリーン)。

このインターナビ・ユーザの走行データ「フローティングカーデータ」が今回のホンダと埼玉県の取り組みのポイントになる。フローティングカーデータには、VICSでサポートされていない道路も含めて、車が通れるほとんどの道路のデータが存在するし、ある特定の道路の、ある時刻の走行スピードを推測することが可能だという。インターナビでは、3時間先までの渋滞を予測し、これにより精度の高いルート計算、到着時間を予測することができる。

「フローティングカーデータは、累積で10億キロ分が蓄積されています。データ量は年々増加し、昨年度は1年間で約3億キロが蓄積されました。一般のカーナビでは一般道は30km/h、高速道は70km/hといった固定値で計算していますが、インターナビでは、リアルタイムデータがある場合にはリアルタイムデータで、リアルタイムデータがない場合でも、同曜日同時間のデータで計算しますので、はるかに高精度なルート計算ができます」

以上が、インターナビの最大の特徴である「フローティングカーシステム」によるルート計算の概要だ。インターナビでは正確なルート案内に加えて、下記のようなサービスが複合的に提供され、ユーザにとって非常に魅力的なシステムだが、今回は割愛させていただく。

1)新設された道路など最新マップへの更新(購入後3年間は無料)
2)天気予報、豪雨情報、凍結情報、地震情報など、安全なドライブに必要な情報も配信(ゲリラ豪雨にも対応)
3)駐車場の満空情報をリアルタイムで配信
4)ちょっと寄り道しても景色の良いルートを選べる「シーニックルート」の案内
5)自宅のパソコンでおすすめスポットやおすすめ出発時間が分かる「パーソナル・ホームページ」の提供
6)大規模地震などが発生した際に、実際に車が通れた道路を「通れた道路マップ」としてホームページで公開


道路マネージメントへのデータ活用

発端は、インターナビの機能を知った埼玉県県土整備部の人から、フローティングカーデータを「道路マネージメントの効率化」に使えないかとホンダに相談があったことだ。

県土整備部では、バイパスなどの新規の道路を造ると、交通量がどのように変化したか、渋滞は解消されたか、走行する車のスピードは変化したかなど、さまざまなデータを収集する。この際に、調査車両を用意して該当区間を何往復もしてデータを収集する必要があり、手間とコストがかかっていた。
インターナビのデータであれば、もっとリアルに新しい道路の開通前と開通後のデータが得られるのではないか。更に開通後の検証だけではなく、調査段階で問題のある道路の場所がはっきり分かるのではないかというのだ。

「相談をいただいたときに、ホンダとしては非常に悩みました。なぜなら、センターサーバに蓄積されているデータは、最適ルートを案内するためにユーザから提供していただいたもので、プライバシーは厳格に守られなければならない。そのメリットはデータを提供してくださったユーザに還元されるべきものです。いわば会員間の“ギブ&テイク”の仕組みなので、会員以外には提供しないのが原則です」

フローティングカーデータは、インターナビ・ユーザの共有財産であり、独自のロジックで計算結果の精度を高めているホンダにとっても社外秘中の社外秘といえるものだ。

「大変悩みましたが、地域の渋滞の解消など道路マネージメントが効率化され、道路の改善や交通安全などに資するのであれば、それはインターナビ・ユーザだけではなく、ドライバー全体に還元されることになるわけですから、それを期待してお話を進めてみることにしました」

急ブレーキ データサンプル

急ブレーキ発生地点のサンプルデータ。減速度がマイナス0.3G以上の場合は「急ブレーキ」と判断する。

そこで、ホンダは埼玉県と相互協定を結び、埼玉県朝霞県土整備事務所管内にエリアを絞り、統計的に処理した「道路の渋滞状況」と「急ブレーキ発生地点」のデータを提供することとした。

複数の車両で、マイナス0.3G(重力加速度)以上の減速があった場所を統計的に「急ブレーキ多発地点」と判断し、その地点における「経度・緯度の地点」と「発生日時」、「方向」、「減速度」などの限定されたデータを提供しているのだという。
また、道路区間ごとの通過時間を曜日別・時間帯別に統計的に処理したものが「渋滞状況」データだ。

「埼玉県からの依頼がなければ、こうした計算は行っていなかったでしょう。ですから、これらのデータによってどのような効果があるのか、我々も注目していた部分もあります」


急ブレーキデータをもとに道路を改善

道路表示改善前 道路表示改善後

見通しのよい真っ直ぐな道だが、急ブレーキが多い場所には「追突注意」の表示を行った。

植え込み改善前 植え込み改善後

植え込みの木が茂っていたために、見通しが悪く、急ブレーキが多発。植え込みを刈って、見通しを良くする改善策を施した。

実際に、ホンダが埼玉県に提供したデータによって、どのような改善が行われたのだろうか。

「例えば、急ブレーキ多発地点が分かったとしても、原因まではデータからは分かりません。そこで実際に専門家がその場所に行って、急ブレーキ多発の原因を現場ごとに検証する必要があるのです」

初年度のモデル地区となった埼玉県朝霞県土整備事務所では、管内にある急ブレーキ多発箇所27カ所について現地調査を行い、16カ所で実際に対策を行った。

対策の多くは道路標示で注意を促すものが多かったが、中には街路樹を剪定して、道路の見通しをよくし、車同士の出会い頭の衝突を回避するなどの安全対策も行ったという。

「この結果、対策後1カ月間の急ブレーキ回数を対策前と比較したところ、約7割、急ブレーキ回数が減少したことが分かりました」

対策と結果の相関関係がリアルに把握できるのも、インターナビのフローティングカーデータならではといえるだろう。

こうした実績を受けて、埼玉県では昨年度、フローティングカーデータの活用を埼玉県全エリアに広げ、現在その対策を行っているところだ。

ホンダとしてもデータの取り扱いには非常に慎重だ。データ自体が本来ユーザのものであることに加え、データを提供してもきちんと使ってくれるのでなければ意味がない。また、こうしたデータの活用法はあくまでも副産物という思いもあるのかもしれない。


急ブレーキデータ活用の流れ

フローティングカーデータは、問題点を発見するだけではなく、行った改善策の効果も測定できる点で非常に優れている。


社会貢献としてのエコドライブ

ホンダ CR-Z

最新のハイブリッドカーCR-Zでは、通信料無料の「リンクアップフリー」サービスが導入された。インターナビを活用することで、省エネ効果をアップするための施策。

インターナビでの効果

インターナビは、今までのナビと比べて、約20%早いルートを案内される。これはCO2の削減効果としては約16%に相当する。

様々なルート検索メニュー

到達時間が早いだけではなく、コストが安い、省エネなどさまざまなルート検索を選ぶことができる。

エコアシスト機能 エコアシスト機能

インターナビのエコアシスト機能。自分の運転のエコ度の評価を見ることができる。

エコグランプリ

全国のインターナビ・ユーザが参加して行われた「エコグランプリ」。楽しみながら、エコドライブを推進する試み。

平井さんは、社会貢献として、フローティングカーデータを活用して「エコドライブ」をサポートしていきたいと考えている。CO2排出量の削減は、自動車業界が現在直面している最大の課題といっていいだろう。

「ホンダは自動車メーカーとしてハイブリッドカーなどを開発し、ハード的にCO2排出量を削減する努力をしているところですが、同時にソフト的にもCO2排出量を削減できると考えています。最短のルートを案内するほかに、ガソリンを無駄にしない運転をアシストすることもインターナビの役割になってきています」

車の燃費性能の改善には多くの開発コストと時間がかかるが、ドライバーに最短ルートを選んでもらったり、燃費の良い運転を促すことで、比較的容易に燃費は改善するという。

「アクセルの踏み方や、なるべく加減速の少ない道路を選ぶことで燃費はかなり抑えることができます。最新のインターナビでは、エコドライブのための『省燃費ルート』を案内することも可能になりました。またドライバーにエコドライブを促す『エコアシスト機能』も搭載しました」

「省燃費ルート」の計算は、距離的に短いだけではなく、安定走行という要素も加味する必要がある。こうした高度なルート計算を行うには、カーナビ本体だけでは限界があるが、インターナビではセンターサーバで高速な計算を行うことができる。
更に、ETC割引や高速道路の無料化など、ルールがしばしば変化するような計算もインターナビの得意分野だ。

ハイブリッド車「インサイト」から搭載された「エコアシスト機能」は、走行中にエコドライブ状況を視覚的に知らせ、低燃費ドライブに導く「コーチング機能」と、運転後にエコ度を採点してくれる「ティーチング機能」から構成されている。
実際に5,000台のインサイトで効果を分析したところ、この機能によって平均10%の燃費向上が見られたという。

「ハイブリッド車では、特にドライブ方法による燃費差が大きいことが分かっています。インターナビでは、どのような運転が燃費向上に有効かというデータをインターナビでデータ収集して、ユーザにフィードバックしています」

ホンダでは、インターナビ・ユーザのエコ意識を高めるために、全国のユーザが参加して「エコ度」を競争する「エコグランプリ」など、楽しみながら参加できるイベントも開催している。

「今後はホンダ車全体で、CO2削減効果を可視化することで、低炭素社会の実現に貢献していきたいと思います」

渋滞のない最短ルートを案内するだけでなく、CO2排出量削減で地球環境に貢献し、更には地域の交通安全にも貢献するというのが、テレマティクス・カーナビの将来像というわけだ。

協力:本田技研工業株式会社(http://www.honda.co.jp/
インターナビ・プレミアムクラブ(http://www.honda.co.jp/internavi/


田島 洋一 0010 D.O.B 1976.2.3調査報告書 ファイルナンバー051号 カー・テレマティクスで社会貢献 「カーナビ・データを道路マネージメントに活かす」
イラスト/小湊好治
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