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特命捜査 第56号 IT時代の森林測量システム 「将来の林業のために森林境界をデータ化する」

森林を守るためには“境界の明確化”が欠かせない

広田さんと荒井さん

岐阜県森林組合連合会 業務部 森林再生プラン推進室 課長補佐の広田智行さん(右)と、総務部 購買課 主任の荒井明宏さん。

従来からあるコンパス測量の現場

岐阜県森林組合連合会も従来型のコンパス測量を行っている。斜面の距離は間縄で実測。

アナログコンパス

アナログコンパス。上に傾斜計、下に包囲磁石が付いている。

林業とITの接点を求めて調査員が訪れたのは、岐阜県森林組合連合会。同会は森林所有者の協同組織である森林組合の取りまとめ役として、県内20の組合と協力しながら山村や林業の振興にあたっている。お話を伺ったのは、業務部の広田智行さんと総務部の荒井明宏さん。広田さんが林業におけるIT化の現状を説明してくれた。

「他の産業に比べると、林業はIT化やデジタル化があまり進んでいません。ただ、ここ数年で大きく様変わりしつつあるのが森林測量の世界なんです」
森林測量とは、森林の境界確定や面積の測定などを目的に行う測量のこと。民有林の場合は所有者からの委託を受けて森林組合や森林組合連合会が行うことが多く、同会も長年にわたって森林測量を続けている。

「森林測量の直接的な目的は”境界の明確化”です。木を健全に育てるためには、質の悪い木を伐って質の良い木を残す”間伐”を行わなければなりませんが、間伐にあたっては、対象となる森林の位置や面積を正確に把握することが大前提。Aさんの所有林を間伐しようとしているのに、隣のBさんの木を伐採すると大変なことになりますからね。森林管理の上で境界の明確化は極めて重要なんですが、実はこれが非常に難しいんです」(広田さん)

どの民有林にも所有者がいるので、境界は必ず存在する。よく参照されるのは法務局の公図だが、これは明治時代の地租改正時に民間の手で作られた図面を元にしたもの。土地の形状や隣地との位置関係を示してはいるが、面積や距離を正確に表しているわけではない。国土交通省は土地の所有者や地番を調査し、境界の位置と面積を測量する「地籍調査」を進めているが、森林まで手が回らないのが現状だ。

では、実際の測量はどのように行うのだろう? まさか、地面に巻き尺を伸ばして直接距離を測っているのだろうか?
「それに近いですよ(笑)。森林測量の基本的な手法は昔も今も変わっていません。地権者の立ち会いのもと、境界上の任意の測点毎にコンパス測量を行って、得られたデータを野帳(野外用ノート)に記録するんです。同時に、測点に番号付きの境界杭を打っていきます。対象の森林をひと回りしてスタート地点に戻ってきたら作業は終了。その後は事務所で測定データをパソコンに入力し、測量図や位置図などさまざまな図面を作ります」(広田さん)

コンパス測量は、一般にはほとんど知られていない測量方法だ。測量スタッフは二人一組で行動し、前を行く人が赤白に塗り分けたポールを持って測点に立つ。もう一人が手前の測点に置いたコンパスのスコープをのぞいて照準をポールの真ん中に合わせ、方位角と傾斜角を読み取る。二人の間の斜距離を間縄(けんなわ)と呼ばれる巻き尺で測定したら、傾斜角と斜距離から水平距離が割り出せる。ここから地図を作るのだ。

手順はシンプルだが、実際の作業はかなり大変だ。測量しながらの山登りなので、体力が要る。うっそうと茂った森の中では、見通しのきく測点を探すのも一苦労。道なき森の中を歩き回るので危険も多い。
「蛇やハチはもちろん、時には熊にも遭遇します。測点は1ヘクタール当たり20〜30地点くらい。各測点の間隔は15mくらいですね。測量する森林の広さによって作業時間はさまざまですが、普通は一日で終わります。境界が尾根で途切れていて、翌日再び山に登ることもありますが」(広田さん)

森林測量の目的は境界の明確化だけに留まらない。スギやヒノキといった植生を調査し、森林分布図を作るための測量もあるという。日本中の森林で、日々こうした地道な作業が行われているのだ。
課題は現場の測量作業と屋内の図面作成の両方で、時間と手間がかかること。間縄による実測や野帳への記録は自動化したいし、図面作成ソフトの使い勝手も良くしたい。広田さん始め全国の森林測量担当者が、「もっと効率の良い道具」を求めていた。



ソフトとハードの両面から測量の現場を変える

2004年、岐阜県森林組合連合会は、岐阜県立森林文化アカデミーの竹島喜芳教授と、ソフトウェアを開発している株式会社ファルコンから、林業現場の情報提供を依頼される。竹島教授は林業のソフト化をテーマにITの導入を推進する専門家。ここから、学・産・協の三者による新しい森林測量システムの開発が始まった。広田さんもアドバイザーとして、製品づくりに深く関わるようになる。
翌年完成したシステムは「森ナビ」と名付けられ、主に県内の森林組合に向けて市販された。今までのコンパス測量とどこがどう違うのか。概要とその使い方を見ていこう。

「森ナビ」セット内容

「森ナビ」のセット内容。一般にはあまり知られていない測量界のハイテク機器ばかり。

「森ナビ」は、ハードとソフトを組み合わせて使うシステム。ハードは測量の世界で定評のある海外の製品をセットにしたもので、GPS受信機、PDA(端末)、デジタルコンパス内蔵レーザー距離計から構成される。ソフトは現場で使う「森ナビField」とデスクで使う「森ナビOffice」の2種類。「森ナビField」は現場に持参するPDAに、「森ナビOffice」はデスクのパソコンにインストールする。

森林の境界を確認

測量を始める前に、森林所有者に境界を確認してもらう。

森林の境界を確認

レーザー距離計を覗いて測量開始。データ収集は瞬時に終わる。

レーザー距離計を覗いているところ

測量の様子。レーザーは木の葉を素通りし、ポールの先端にある反射板で跳ね返ってくる。

PDAを操作してデータを確認

データを収集したらPDAを操作して数値を確認する。両手が使えるよう、GPSアンテナは帽子の上にセット。

端末画面

PDAの画面。測点が番号と共に地図上に表示されている。

測量現場での作業は至って簡単だ。測点に立ち、次の測点のポールに向かってレーザー距離計の測定ボタンを押すだけ。方位角、傾斜角、斜距離、水平距離が瞬時に計測・計算され、自動的にケーブル接続されたPDAに送られる。PDAにデータ化した森林基本図(地形と森林の境界を表す公的な地図)を入れておけば、測点や自分が今いる場所がリアルタイムで地図上に表示される。GPSを併用するので、ほぼ正確に位置を特定することができるのだ。

実は、ここに従来システムとの大きな違いがある。今までのコンパス測量の場合、測量担当者は自分がいる場所を特定することができなかった。紙の山地図を持参して場所の目星を付けながら歩き回るか、北緯や東経などの座標だけを表示する初期のハンディGPSを持参するしかなかったのだ。そのため、広田さんのようなベテランでも「尾根を間違えて遭難しかけた」ことがあるという。

「地図表示できるGPSのおかげで、道に迷う心配はなくなりました。従来は図面作成時に、記憶やメモに頼りながら座標を書き込まなければならなかったのですが、測量と同時に正確なGPS座標が記録されるのも『森ナビ』の大きなメリットです」(広田さん)

「森ナビ」のGPSは、カーナビに使われている一般的なGPSとは違う。通常のGPSでは半径4mほどの誤差が出てしまうが、「森ナビ」はより正確に位置を特定できるディファレシャルGPSを使っているのだ。その誤差はわずかに半径60cm。測量データの信頼性は大きくアップした。

ここでふと疑問が湧いた。GPSは測点の座標を特定するので、測点間の水平距離を割り出せる。となるとGPSだけでも森林測量できるのではないだろうか? 
「そのとおり。『森ナビ』はGPSだけでも測量できるように設計しています。ただしGPSは空が開けていないと受信が難しくなり、精度がやや落ちますから、あくまでも予備調査用。森林の概略を知りたいときには有効ですが、レーザー距離計を使う測量にはかないません」(広田さん)

精度確認がその場でできるのも「森ナビ」のメリット。どんな測量方法でも誤差は必ず発生する。コンパス測量の場合は、事務所に戻ってパソコン上で計算式を当てはめないと、誤差がどれくらいあるのか分からない。誤差が許容範囲を越えていた場合は、山に戻って再測量しなければならないこともある。「森ナビ」なら測量終了後に計算を実行し、その場で精度を確認することができる。測量ミスがあったら、その場でもう一度測量すれば対処できるのだ。

開発をサポートした広田さんは、"簡単に操作できること"と"データが消えないこと"を重視したという。苛酷なフィールドで使う道具だから、イージーオペレーションと高い信頼性は必須条件。アウトドア仕様の堅牢なPDAを使っているのもそのためだ。



現場効率は3倍にアップ、図面の作成もワンタッチでOK!

次に、デスクで使う「森ナビOffice」の機能を見てみよう。測量現場でPDAに取り込まれたデータは、USBケーブルを介してパソコンへ転送される。「森ナビOffice」はそれらのデータを基にさまざまな図面や計算書を作ったり、面積計算を行ったりする多機能なデータ管理ソフトだ。同じような機能を持つソフトは計測器メーカーなどからも発売されているが、図面編集のインターフェースや出力フォーマットなどに特徴があり、必ずしも全ての測量担当者に使いやすいものではなかった。

位置図の例

位置図の例。黄色の部分が測量した森林で、赤く見えるのは測点の番号。手前にあるのは編集用のウインドウだ。


「森ナビOffice」の図面表示形式は、大きく分けて3種類ある。測量図は、取り込んだ測量データを白紙の上にプロットしたもの。これだけでは意味不明の図形にしかならないが、この図形にデータ化した森林基本図を重ね合わせて対象部分を色分けすると、森林の境界と面積がひと目で分かるようになる。これが位置図だ。3つめの図面は、測量したデータの精度を検証する時に使うトラバース計算書。

箇所位置図

造林補助を申請する時に使う箇所位置図。ボタン一つで作成できる。

「測量結果が誤差ゼロになることは絶対にありません。実際の測量ではスタートの測点とゴールの測点が同じなんですが、誤差が生じるので図面上ではこの2点が重ならないんです。でもそれでは面積を計算することができません。そのため、ゴールしたときの振れ幅を全測点に均等に割り振るわけです」(広田さん)
位置図や測量図のほかに、補助金申請のためのフォーマットである箇所位置図を作ることもできる。また、汎用の測量図面ソフトやCADソフトなどで編集できるよう、データを変換する機能もある。

「森ナビOffice」の出力データは、更に幅広い目的で利用することができる。分かりやすいのはGIS(地理情報システム)との連携だろう。GISはコンピューター上の地図にさまざまな情報を重ね合わせて表示・編集し、目的に応じた検索や分析を行う統合的な情報基盤。森林管理用のGISは以前から販売されており、ITの導入に積極的な一部の森林組合に導入されている。

広田さんに、「森ナビOffice」とGISを連携させたデータを見せてもらった。GIS内の航空写真に、広田さんたちが測量した森林境界と森林分布の区分線が重ね合わされている。驚くのは、航空写真に写った植生の変化と森林分布図が一致していること。森林測量はここまで高精度に行われているのだ。

航空写真・境界・林況を組み合わせたGISデータ

航空写真・境界・林況を組み合わせたGISデータ。太い白線が森林境界で、細い白線が森林分布を示す。

広田さんが「森ナビOffice」に感じている最大のメリットは、そのスピーディーな作業性にある。
「今までは、手書きした野帳の汚い数字をコツコツとパソコンに入力していました。それを間違いがないか全部確認して、初めて図面を作ることができたんです。でもその図面にはGPS座標がありませんから、境界は分かっても、それが山のどのあたりにあるのか判然としません。トレーシングペーパーに手書きで等高線を写し、記憶とメモを頼りにその上から赤鉛筆で座標を書き込んでいました」(広田さん)
それはわずか5年前のこと。今ならPDAのデータを取り込み、目的の図面を表示するまで1、2分しかかからない。森林境界やGPS座標は正確に表示され、誤差もボタン一つで修正される。測量現場における作業効率は3倍になった。デスクワークの効率アップは計り知れない。残業して地図を作る測量担当者は、もういなくなった。


GPSだけで測量が完結する時代が来る?

「森ナビ」が誕生した背景には、地域特有の事情もあるようだ。岐阜県は高知県に次いで森林率(面積に占める森林の割合)が高い県。その割合は82%にもなる。民有林の面積は31万ヘクタールで、東京ドームに換算すると約6万6000個分。この広大な森林を統括管理し、各森林組合への指導を行うために、岐阜県森林組合連合会には全国的に見ても珍しい「森林調査部」が設けられている。専門の担当者を置き、積極的に新しい測量技術を導入しているのだ。

「森ナビ」の価格はセット全体で約150万円。決して安くはないが、既に県内にある森林組合の約8割に導入されているという。「非常に使いやすい」「もう間縄の世界には戻れない」と、利用者の評価も高い。「当初は岐阜県内だけの販売でしたが、数年前から他県の森林組合連合会さんの協力を得て販路を広げています。高価なので始めは1セットだけ導入されるケースが多いんですが、『森ナビField』とハードウェアを追加購入されるお客様が多いですね」(荒井さん)

これからの森林測量システムはどのように進化していくのだろう? 進化のスピードが速いのはGPSだ。日本も独自の衛星を打ち上げ、高精度な衛星測位システムを整備しようとしている。「ゆくゆくはGPSだけで測量が完結する時代が来るでしょう。そうなると我々は助かります。効率が3倍になったとはいえ山には危険がつきものですから、作業時間はもっと短くしたい」と広田さんは語る。

測量業界が注目しているのは、航空レーザーや地球観測衛星を利用したリモートセンシング。はるか上空から電磁波を照射し、森林の様相を細部まで捉える最新のテクノロジーだ。微細な地形情報はもちろん、密度や高さなどの森林分布まで把握できる。高精度な航空写真と組み合わせれば、森林の様相はほぼ特定できるという。リモートセンシングはまだ学術レベルのテクノロジーだが、林業の実用レベルで使われるようになっても、「森林測量の仕事は決してなくならない」と広田さんは言う。「現場に行かずして山を知ることはできません。木の評価をする時、ヒノキの曲り具合や虫食いの度合いは、現地に行って自分の目で確認するしかない。それに、森林の境界は電磁波では特定できませんしね(笑)」

「森ナビ」のようなシステムが登場して以降、IT化が遅れていた森林測量の世界は徐々に変わりつつある。それによって境界の明確化が進めば、間伐計画もスピードアップするだろう。バイタリティーあふれる測量担当者とITによって、林業もまた新しいステージを迎えつつあるのだ。

取材協力:岐阜県森林組合連合会 http://www.g-moriren.or.jp/


加藤 三郎 0005 D.O.B 1956.6.18調査報告書 ファイルナンバー056号 IT時代の森林測量システム 「将来の林業のために森林境界をデータ化する」
イラスト/小湊好治
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