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ITの逆説 パラドックス日記 久米信行 その7 「ネットから逃げるほど追いまくられる」

10月、11月は連休が多かったのですが、皆さんは長期休暇を取りましたか? 休暇中はメールをチェックしますか? 旅先にもパソコンを持っていきますか? ブログで旅行記を書きますか?
私は、心身の健康を考え、年に1度はメールの届かないところで「一切パソコンに触れない生活をしよう」と試みています。もちろんテレビや新聞も見ません。その間、ケータイ電話も非常時以外はつながないようにお願いしています。メール、ブログ、SNSなど、ネットにつながる時間が増えれば増えるほど、こうした特別な一週間が「人間らしさを取り戻す」のに重要なはずです。ところが近年は「ネットからの逃避行」がますます難しくなりつつあります。

憧れの南の海や山奥の秘湯に逃げ込むための悲喜劇

まずは、長期休暇の時間が取りづらくなりました。本来なら、インターネットを上手に活用しているビジネスパーソンには「空き時間」が生まれて良いはずです。この10年間で生産性をおそらく何倍も向上させたからです。わざわざ面談や接待をせずとも良質なコミュニケーションができるようになりました。情報収集や意見交換にかかる時間もグッと短縮されたはずです。
しかし、空いた時間は新しい仕事で埋められました。グループウエアやスケジューラーで予定が公開され、共有されるようになると、空き時間には容赦なく予定が書き込まれます。優秀な人ほど忙しくなるのは世の常ですが、それをグループウエアが加速して、様々なプロジェクトにお声がかかります。更に、昨今は、毎日ブログやSNSも書かなければなりません。ネットで縁が広がったことで、会いたい人だけでなく会わなければならない人も増え続けています。
私の場合、こうしたネットで仕事が集中する状況があったにも関わらず、今年は、後先考えずに大学の講師や新連載を引き受けてしまいました。ですから1週間休めるタイミングを探すのは至難の技でした。そして、休暇前の1週間は毎日深夜の3時頃まで前倒しの仕事をしていて、ほとんど地獄でした。10年前より密度が濃くなった1週間分の仕事は、3週間分にも感じたのです。睡魔と闘いながら、何度「旅行にパソコンを持っていこう」という「悪魔の誘惑」に負けそうになったかわかりません。しかし、夕日を見ながらぼーっとする夢のような休日に、どうもピンと来ないのがパソコンです。それだけは避けなければなりません 。

インターネットを活用するほど仕事が増えるパラドックス

ふと仕事の手を休めて、南の島にある宿泊予定のリゾートホテルのホームページに逃げ込んだ時に「悪魔」からかと思うようなメッセージが目に飛び込んできました。そして、一瞬、目を疑いました。

「全室、無線LAN回線完備」
「インターネット端末貸出サービス」

ああ、余計なお世話も良いところです。ここは駅前のシティホテルやビジネスホテルではないのです。非日常を味わいに出かけるのに、まるで出張先のホテル探しで気にするようなメッセージ。
しかし、心は動きます。
最近は軽い軽いUSBメモリに、ブラウザやメールソフトなどをインストールすることもできます。わざわざノートパソコンを持ち歩く必要はありません。ホテルのパソコンを使って、オフィスや自宅と同じ環境で安全にメールやブログ、SNSのチェックができるのです。
うーん。
時計は深夜の2時。ここで寝て、リゾートでやるか。ガマンして、ここでがんばるか。
何度も何度も心の葛藤を繰り返しました。そして、ようやく出発前日の深夜に、長期休暇前のモロモロの宿題は終わったのです。成田空港からふわっと浮いた瞬間から心が軽くなりました。無事メールやブログの無い世界に旅立つことができました。
ああ、なんと素敵な南の島。毎日が新鮮な発見の楽しい日々。
しかし、げに恐ろしきは、ネットが染みついたココロとカラダ。デジカメを新調したこともあって、美しい景色や面白い光景を次々にパシャパシャ撮っていたのは良かったのですが…。ああ、書きたい。ブログを書きたい。みんなに伝えたい。この感動を。わざわざ、ネットから逃避してここまできたのに、このブログ貧乏症とでもいうべき悲しい性(さが)は、一体なんでしょう。しかし、その禁断症状も治まり、帰る頃にはネットやパソコンが無くとも生きられるところまでにリハビリができたのです。
めでたし、めでたし。
しかし、帰国後待ち構えていたのは…。
わ、メーラーの受信数には見たこともない4桁の数字。もちろん迷惑メールを自動的に排除した後のメール数です。それからの1週間がどれだけ恐ろしい日々だったかは、もうここに書く元気もありません。
ああ、できることなら、今すぐにでも、人知れぬ南の島か、山奥の秘湯に逃げ込みたい。
いや、もしかしたら、今度の休暇にはやはりパソコンを持っていくべきなのか、とまたもや悪魔のささやきが聞こえてきたのでした。

久米信行(くめ・のぶゆき)プロフィール

1963年

東京都墨田区生まれ

1987年

慶應義塾大学 経済学部卒業 イマジニア株式会社入社 ファミコンゲーム開発

1988年

日興證券(株)入社 資産運用・相続診断システム開発

1991年

久米繊維工業(株)代表取締役に就任

現在

久米繊維工業(株)代表

受賞歴に日経インターネットアワード、経済産業省IT経営百選。日経パソコン、経営者会報、日経IT-Pro等で連載中。

著書に「メール道」「ブログ道」(共にNTT出版)

イラスト/小湊好治 Top of the page

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