一覧に戻る
COMZINE BACK NUMBER
ITの逆説 パラドックス日記 久米信行 その9 「人間ドックがIT化するほど怖くなる」

みなさんは人間ドックに最近入ったことがありますか?次から次に機械にかけられて検査されましたか?製造工程のような流れ作業の中で、どんな感じがしましたか?出力された画像や数字を見ながらの人体解説を、どんな気持ちで聞きましたか?

「失われた15年」。渦巻く暗いニュースの中で見落とされがちでしたが、最近の医療技術の進歩は目覚ましいようです。昔の難病も今は治療できるケースが多いそうで、背景には早期発見のための検査技術の進歩があります。
先日、私も最新の人間ドックを受診する機会がありましたが、その中身はまさにITの塊でした。医療の進歩を全身で体感する一方で、ちょっとコワイ気分にもなったのです。

ITマシンで「人体の神秘」が丸裸にされる恐怖

都内某所の高層ビルにある、その会員制診療所は、看板らしい看板もありません。おそるおそるインターホンを押すと、重々しい木の扉が開きました。ホテルのような受付で名前を告げると、礼儀正しい女性アテンダントがロッカールームに案内してくれました。
そこで、作務衣のような受診着上下とフカフカのガウンに着替えると、慌ただしい一日の始まりです。サロンのソファーに腰掛けてくつろぐと、次から次に女性アテンダント登場。
「久米様、お待たせいたしました。次は****の検査でございます。」
と、秘密の小部屋に案内されては検査の繰り返しなのです。
陽光差し込む明るい廊下を歩くと、突然、扉が開いて「窓の無い診察室」が現れます。そこには、大抵、これまで見たこともないマシンが鎮座しているのです。

素晴らしいマナーと笑顔で迎えられると、傍らにはビッグブラザーの手先のような機械。そこに横たわり検査の準備が整うと、すぐに機械は作動開始。何をされているかはわかりません。
時には検査技師も力を貸して、心臓に機械を当てたり、腹部をロボットの手のようになで回したり。更には麻酔で体がしびれるなか、体内に触手を突っ込まれるのです。
まさにまな板の上の鯉、あるいは宇宙人にさらわれて調べられる地球人。されるがままに、何やら分からぬ検査が終わるまでホウけるしかありません。
少しずつ薄れゆく意識の中で、私は名画『ジョニーは戦場に行った』の恐ろしいラストシーンを思い出していました。このままベッドにくくりつけられたまま、誰にも聞こえないSOSを出しながら、私の人生は終わってしまうのではないかと。
幸い最後の検査までたどりつき、夢うつつの状態から現実社会に戻りました。麻酔でふらふらになりながら案内された先は、ずらっと並ぶマッサージチェア。そこには既に検査を終えた人たちが熟睡しています。このままマトリックスにつながれるのではとオノノキつつ、座るやいなや高いびき。もう肉体と精神の改造が終わってしまったに違いありません。

「自分の知らない自分」を教えてくれるかもしれない?

どれだけ眠ったでしょうか? 最後は柔和な院長先生の診断と検査報告です。
なぜか、ここでいきなり触診が始まりました。とんとん、とんとん。続いて聴診器。すっ。すっ。最後に「舌を出して、あーん。」 いきなり、私の意識は「三丁目の夕日」の時代に郷里下町で通った小児科医院に戻り、ほっとしました。

しかし甘かった。21世紀をなめてはいけません。
院長先生の検査報告は、いきなりパソコンの画面で始まりました。先ほどCTスキャンで輪切りにされた私の断面が、次から次に表示されていきます。今しがたアレコレ機械に調べられた結果が、既に先生のPCデータベースに入っていることに驚愕しました。
それだけではありません。献血マニアの私でさえ、今や血液検査の結果がここまで膨大な数値データに展開されることを知りませんでした。院長先生はニコニコしながら、「この数値とこの数値がこうなると危険です」と解説してくれます。少し前なら知り得なかった「自分の体の見えない部分」が、巨大なIT検査機械のおかげで瞬時に明らかになる時代。たちまちデジタルデータになって目の前のPCネットワークに保存共有される時代。そのうち、昨今話題のメンタルヘルス関連で、性格や気質のコンピュータ診断も加わりそうです。遺伝子の配列だって即日調べられるようになるかもしれません。
これからは「自分探し」なんて悠長なことは言っていられません。近未来の人間ドッグでは、「自分も知らない自分」をITロボットたちがもっと詳しく調べてくれるのですから。

久米信行(くめ・のぶゆき)プロフィール

1963年

東京都墨田区生まれ

1987年

慶應義塾大学 経済学部卒業 イマジニア株式会社入社 ファミコンゲーム開発

1988年

日興證券(株)入社 資産運用・相続診断システム開発

1991年

久米繊維工業(株)代表取締役に就任

現在

久米繊維工業(株)代表

受賞歴に日経インターネットアワード、経済産業省IT経営百選。日経パソコン、経営者会報、日経IT-Pro等で連載中。

著書に「メール道」「ブログ道」(共にNTT出版)

イラスト/小湊好治 Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]