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◆ IBMの知られざる挑戦
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◆ 半導体製造の完全自動化を果たしたIBM

今、アメリカで密かに注目を集めているのがIBMマイクロ・エレクトロニクスである。あのIBMがここ迄やるのか、今の日本の新たなるお手本ともなるのではないか、と思いここに紹介しようと思う。日本のメディアでは未だ見たことがないから、恐らく日本では余り話題にはなっていないだろう(昔はIBMの新技術といえば日本ではトップニュースになり、即座に調査団が派遣された位なものだったのだが、今昔の感が拭えない)。

IBMマイクロ・エレクトロニクスは半導体のファンドリー事業を台湾より安く請け負うだけでなく、そのフィッシュキル工場は世界最先端の徹底した自動化工場で、単にマテハンの自動化に留まらず、製造装置の完全自動化を果たしていると言うことだ。従来、日本企業などが行って来た工場の自動化は、主としてマテリアル・ハンドリング(いわゆるマテハン、AMHS)であったが、IBMでは何と個々の装置のあらゆる調整部分を自動化し、常に最適の条件が得られるように、装置自身が自動的に調整をするシステムを導入している。

これが本当なら、昔からの生産技術者の夢であるプロセスの完全自動化がなされたことになる。従来の統計的品質管理(SPC)を超えて、製品を流さずとも製品の品質が保証できるプロジェクト・マネジメント(少量多品種生産)方式の工場であるということだ。これなら台湾より安く作れるというのもまんざら嘘ではなさそうだ。それが証拠に、台湾からIBMに生産委託を切り替えた会社が続々と出て来ている。Nvidia、Qualicomm, Xilinx そしてAMDなどだ。台湾のTSMCなどはダンピングではないかと疑っているようだが、このシステムがあれば、生産コストはかなり低くなるだろう。なぜかと言うと、従来の統計的品質管理に基づいた大量少品種生産工場では、必要以上の製品を多量に流さないと、要求品質の品物を作り込む事が出来なかったからで、コストも高く付き、納期も長くなるとの問題があったわけである。

この新しいシステムでは、必要最小限の製品量で試作品の必要も無く、要求通りの品質の品物が出来るわけである。ここには、筆者が以前から何度も述べているように、新しい概念に基づく新しい生産技術で、コストが大幅に下げられれば、アメリカ国内生産でも東南アジアと対抗できる、という理屈が証明されつつある。そしてその生産技術はIBM内部に留保された長年の知識、あるいは人材によるもので、まだ製造装置メーカーには公開されていないから、他社(特に韓国、中国や台湾)が直ぐに真似が出来るものでもない。工場の概要そのものは、セマテック参加企業には公開されているが、日本の企業はセマテックに参加していない。IBM生産委託に切り替えたアメリカのファブレス半導体会社の競争力は、コストと納期の両方で飛躍的に高まることが予測され、アメリカで自社生産している他社は戦々恐々の思いだということだ。

今更ながら、真珠湾攻撃の時に糸川博士の指摘された、デセンター理論(自分がやれば人は真似する)が、恐ろしいまでに次から次へと実践されていることに驚く。日本が戦争中から今に至る迄、これに気が付かず、応用出来ないのは、何とも皮肉な話だ。例えば、今、日本の半導体製造会社はDRAMを台湾などに移管して安いコストで生産して生き延びようとしているが、IBM方式でやれば台湾に移管する必要など無いだけでなく、台湾製の製品にコストで勝負出来ることになるのだが、アメリカではそんなことはしているはずがないと信じ切っているのかも知れない。

◆ IBMの改革は製造だけに留まらない

また一方でIBMはその膨大な研究所の人間を、一時、営業へ回すことを始めているそうだ。その昔、マツダが経営危機になった時、取ったのと同じ方法で、筆者自身、最初にマツダの軽自動車を購入した時のセールスマンがどこかぎこちなく、後で工場の設計技術者だったと知った時、そうだったのかと感心したのを覚えている。IBMがマツダの研究をしたのか、あるいはこういうやり方は古くからアメリカにあったのかは定かでない。研究者そして研究所が、近い将来の消費者のニーズにあった研究をし、製品開発に直接結び付けることが、現在のトップ企業の常套手段だが、ともすれば研究所は研究したいことを、勝手にしてしまうケースが従来はあったようである。

筆者の会社でも90年代にそれに気付き、従来からあった研究グループは既に解体され、必要な部門のみ残り、かつ開発工場直轄になっている。新しく作られた研究グループは、全て事業部に属し、それぞれの事業目的に沿った製品のアプリケーションや周辺技術の開発をしている。事業部や開発部門に付属することによって、ビジネスの変化に即応出来る研究体制となるわけだ。もちろん長期的な直接利益に結び付かない研究も必要だが、これは財団や個人(財団は個人の遺産が主だが)が、研究者に寄付する形態がアメリカでは一般だ。会社が特定大学の特定教授に研究を頼むことも一部では行われているが、大学側では特定の企業の頼みは余り好まない傾向もあるらしい。この辺の詳細は次回に述べたい。

ともあれIBMが気付いて、その膨大な数の研究者を営業に回して、将来のニーズを肌で感じさせることに成功したら、10年後いや5年後のIBMが、また栄光に輝くことは目に見えている。既にあれ程力を入れて開発し、最先端の技術を誇ったパソコン向けのハードディスク事業も日立に売却されていて、コア・コンピテンシーに特化する体制は着々と出来つつあるようだ。

日本でも報道され、それがアメリカは駄目になっただの、アメリカの真似はもう出来ないなどとの論調の原因となった、エンロンなどはごく一部の会社でしかないのだ。大方のアメリカの会社(そして会社の経営陣)は、真面目に会社がどうしたら再び儲かるようになるのか、ひたすら考え、徹底した科学的な手段と情け容赦のない努力で、明日を目指して挑戦しているのだ。未だに情緒的な発想と判断しか出来ず、抜本的な改革を怠っている日本の多くの会社は、潰れても仕方がないし、それにしがみ付いているナルカ族の会社員は、職を失っても仕方ないだろう。


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