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世界IT事情 ITを通じて世界の文化を見てみよう! 第22回 カナダ、ヌナブト準州 ベイカーレーク発
「イヌイットの若者をつなぐインターネット」
一家に一台が当たり前という驚きの普及率

2008年に3ヶ月弱、イヌイットの自治州であるヌナブト準州の街の一つ、ベイカーレークに滞在した。 旅立つ前は「これから3ヶ月間音信不通になるかもしれません、あしからず」と知人、仕事関係に予告をしておいた。

スノーバイク

秋から春にかけての「足」はスノーバイク。子供も自在に乗り回している。

旅の始まりはマニトバ州のウィニペグ。ヌナブトへの出発点的な都市である。ここのホテルでは「無線接続が制限無し・無料・パスワード不要」という便利さで、パリのホテルでありがちな「接続1時間10ユーロ(1ユーロ117円換算で約1170円)」という法外とも言えるネット環境と比べて何ともありがたい。しかし同じカナダの中でもヌナブトは別世界。しかも滞在先はホテルではなく、イヌイットの一般家庭である。人口およそ1500人のベイカーレークの「ご自慢」は何と言ってもその立地。小さな空港に降り立つと「北緯64度18分41、東経96度04分08、カナダのど真ん中」という看板が迎えてくれる。マイナス10度近い5月上旬、白くカチンコチンに凍った湖に沿って家が立ち並ぶ。東西に長い街の中心には小さなスーパーマーケットが一つ。その入り口にある「クイック」がこの街にある唯一の喫茶店・レストランだ。「消費するべきモノ」が街並に溢れる社会から来たら、その「何もなさ」に驚く。
かつては狩猟生活をしていたイヌイットの人々。冬は氷で作ったイグルーに住み、夏は獲物を追いながらテントでの移動生活では「定住する家」というものを持たなかった。それが1950年代の後半から施行されたカナダ政府による「イヌイットの人々を村に定住させ英語による初等教育を行う」政策の結果、彼らの生活様式は劇的な変化を遂げることになる。

ひとたび彼らの家の中に入ると、今度はその「普通さ」に驚くのだ。過剰に暖められた室内は、土足禁止。威勢良くお湯の出るバスルーム、水洗トイレはもちろん、大型テレビ、コンピュータがそろっていて、プレイステーションで遊ぶ子供達の姿も珍しくない。 コンピュータは一家に一台は当たり前で、中には2、3台所有する家庭もある。専門店などないのに、コンピュータの普及率には驚くが、やはりWindowsが主流で、持参したMacで「イヌイット語も出るよ」と見せたら「ワォ!」と歓声が上がった。

インターネットのない生活は「ありえない」

冬はマイナス40度まで下がるこの地では声を荒らげたり、逆上していたりしたらすぐに肺をやられてしまう。そんな自然条件も加わり、イヌイット人は一般的に大らかな気質を持つとされるが、そんな彼らの「性格」はコンピュータ利用にも見え隠れする。

コンピュータでゲームをする小学生

コンピュータでゲームをする小学生、使い方を教える人は居ないのに、子供はすぐにコンピュータと仲良くなるのは世界共通?。

その使い道のほとんどがインターネットであるが、設定などは「誰か詳しそうな人を呼んで」でやっている。今や無線接続が当たり前というのも、感心したことの一つだが、持参したコンピュータをネットにつなげたくて、パスワードを聞いたら「多分、123456よ」と言う。つながらない。「あら、おかしいわね、つなげてくれた従兄弟に聞いてみるわ」。「000000」「let me in」などあらゆる憶測が飛び、すべてを試してみたが、まるでつながらない。設定をしたはずの本人でさえ、ネットにアクセスするパスワードを知らないのだ!他の家庭でも自分のパスワードを知っている人は居なかった。がっかりしていたら、コンピュータが別の無線をキャッチする。どうやらパスワード設定がされていない隣人の回線を拾ってきたようだ。結局、滞在中はこの風向きによって(?)つながったりつながらなかったりする微妙な回線のお世話になった。
インターネット普及で変わったもの、それは「他の土地」との距離感であろう。ヌナブトにはおよそ25の街があるが、一番近い集落同士でも100km以上離れていて、陸路はない。電話通信の時代では知り合う機会も無かった「閉じられた街」に住む若者同士がチャットを通して知り合い、意気投合している。もともと英語教育やテレビでの英語放送が徹底していて、60歳以下のイヌイット人は流ちょうな英語を話すが、YouTubeやチャットの影響で若者の英語は「イヌイットなまり」が少ない傾向にある。またヌナブトでは数多い「出稼ぎパパ」達も家族と密に連絡が取れるようになったと喜ぶ。まさか、イヌイットの村でインターネットができると思っていなかった私は、改めてコンピュータが世界に広がっているのを目の当たりにした。日本人同様、イヌイット人も「コンピュータの無い生活」は今や「ありえない」のである。

特派員プロフィール

小笠原めい(おがさわら・めい)
1995年渡仏、パリに暮らした後、2003年よりボルドー在住。今さらフランス、されどフランス。なんだかんだと言いながらもやっぱり楽しく美味しいフランスよもやま話をいくつかの媒体を通して日本に発信している。フランス生活一般に加えて、美術、考古学が得意分野。

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