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世界IT事情 ITを通じて世界の文化を見てみよう! 第27回 フランス、パリ発
「メトロで出会った一目惚れ相手との再会を願うなら」
「恋の予感」は街中、至るところに

パリの街角では、至るところでほんのり恋愛の予感がするというのは、よく言われることだ。まず一歩外に出ると、他人の視線をピリピリ感じる。パリジャン、パリジェンヌならば、一時たりとも「見られている」ことを忘れてはいけないものなのかもしれない。

Blog en commun.fr

「その日、ぼくは気が滅入っていたのだけれども、君の美しい笑顔で、いっぺんに心が軽くなりました。視線が何度かあって、お互いにため息をついたりしたね。サン・ミッシェル駅で降りた君に、とっさに話しかけることができなかったけど、僕のこと、覚えている?」
心を占める彼、彼女に向けて情熱的な言葉が並ぶが、評価はなかなか厳しい。

もう少し踏み込んで、一瞬、交わされた視線で感じた淡い恋の予感を言葉にしていくことによって「男と女」の醸し出す雰囲気を楽しむということも。相手をちょっとドキリとさせる、さりげない一言を口にし、アブナイ空気を楽しむのが粋というものらしい。パン屋の店先で、カフェでたまたま隣り合った人との間で、こんな事が起こるのがこの街の醍醐味である。

このように、自他ともに認める恋愛のエキスパートというパリっ子たちだが、住人の約半数が独身者というこの街では、インターネットに出会いを求める人も意外と多い。日本やアメリカに比べてITの普及が遅かったフランスだが、2001年に始まったマッチングサイトMeetic.frは、アメリカのMatch.comとEasyflirtに次ぐ利用者数を誇っている。

しかし、中でも、最もパリジャンらしいのは、メトロやバスなど、パリ市とその近郊の公共交通機関利用者のブログ「Blog encommun.fr」である。
このブログは、2005年、当時24歳だったArnaud Wilbrodという地下鉄利用者が立ち上げたもの。パリ名物の交通ストライキの朝、家を出る前にこのブログを見れば、公式なニュースとは違った、利用者が発信する交通情報を知ることができる。また新しい車両のデザインについての議論、才能あるメトロ・ミュージシャンに会える駅などの情報もある。

一番人気があるのは、billet amoureux(ビエ・アムルー : 手紙より短いほんの数行の恋文)というページで、公共交通機関内で出会った一目惚れ相手へのラブレターが毎日更新されている。「赤いスカーフの君へ。つい30分前、つまり0時40分、モンパルナス駅で、12番線メリー・ディシー行きの同じ車両に乗り合わせたね。緑の瞳をした君は赤いスカーフを巻いていた。僕はmp3を聞いていて、君に話しかけたくてイヤホンをはずしたのだけど、できなかった。また会いたいよ!……アルノー 6月26日」とか、バスの運転手にあてて「162番のバスの運転手のあなたへ。5月12日18時頃、私はアルクイユの停留所から乗りました。切符を買ったとき、視線が合いましたね。そのあと、私は運転席のすぐ後ろに座ってバックミラーに映るあなたに見とれていました。……サンドラ 5月20日」といった具合だ。

 

17世紀からの伝統がインターネット上で生き続ける

掲示されたラブレターに対して、読者はメッセージを送ることができる。相手が探しているのが自分であれば連絡先を送ることもできるし、「その恋、がんばってね」という励ましの言葉もあれば、「僕もその女の子、見かけたことがあるよ、いつも8時頃、一番後ろの車両に乗ってくるよ」というようなお助けメッセージもある。

メトロ入り口

1900年からパリの街を走るメトロ。今も昔も出会いの予感がいっぱい。

右の欄では過去のラブレターを検索するためのカテゴリーが並んでいる。男性からのもの、女性からのもの、最新ラブレター、読者が選ぶ「Top5」。そして「ブロンドの髪」「褐色の肌」など身体的特徴や、「バス」、「13番線」など出会った場所をキーワードにして探すこともできる。ただ相手を探すだけではなく、「エスプリのきいた」文章で読者を楽しませることも要求される点が、他の似たようなサイトとは一線を画している。
ところが、このbillet amoureuxを一目惚れの相手に送るという習慣は、今に始まったことではなく、実は長い歴史があるのである。

西欧での恋愛という観念は、12世紀、南フランスの宮廷で繰り広げられたプラトニックな騎士道愛から生まれたといわれている。
それが、17世紀、フランス文化の爛熟期になると、ゲーム感覚で楽しむ雅やかな恋愛に発展する。暗示に満ちたダンス、危険な会話、恋人同士が先述のbillet amoureuxならぬbillet doux(ビエ・ドゥー : 甘い言葉)と言われる小さく折ったラブレターを人目を忍んで交換といったことが宮廷文化の中心にあった。いかに感情を美文に昇華させるか、そんなレトリックに趣向が凝らされた。ITの時代になって、こんな雅やかな風習は廃れたものと思っていたが、そうでもなさそうだ。Blog en commun.frに毎日5000人がアクセスして、自分の一目惚れ相手の行方を探しているという事実がそれを物語っている。

参考文献:棚沢直子・草野いづみ著『フランスにはなぜ恋愛スキャンダルがないのか?』(角川ソフィア文庫)
参考サイト 『トムズ・ギッド』 『ア・ドゥ・ランコントゥル

特派員プロフィール

夏樹(なつき)
在パリ20年。パリ在住日本人向けフリーペーパー『ビズ・ビアンエートル』、メルマガ『地球はとっても丸い』の編集・執筆に携わるほか、日本の媒体にフランスでの暮らしや教育、エコ対策まで幅広い分野でニュースを発信。http://natsukihop.exblog.jp/

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