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![]() ![]() パリの街角では、至るところでほんのり恋愛の予感がするというのは、よく言われることだ。まず一歩外に出ると、他人の視線をピリピリ感じる。パリジャン、パリジェンヌならば、一時たりとも「見られている」ことを忘れてはいけないものなのかもしれない。
もう少し踏み込んで、一瞬、交わされた視線で感じた淡い恋の予感を言葉にしていくことによって「男と女」の醸し出す雰囲気を楽しむということも。相手をちょっとドキリとさせる、さりげない一言を口にし、アブナイ空気を楽しむのが粋というものらしい。パン屋の店先で、カフェでたまたま隣り合った人との間で、こんな事が起こるのがこの街の醍醐味である。 このように、自他ともに認める恋愛のエキスパートというパリっ子たちだが、住人の約半数が独身者というこの街では、インターネットに出会いを求める人も意外と多い。日本やアメリカに比べてITの普及が遅かったフランスだが、2001年に始まったマッチングサイトMeetic.frは、アメリカのMatch.comとEasyflirtに次ぐ利用者数を誇っている。 しかし、中でも、最もパリジャンらしいのは、メトロやバスなど、パリ市とその近郊の公共交通機関利用者のブログ「Blog
encommun.fr」である。 一番人気があるのは、billet amoureux(ビエ・アムルー : 手紙より短いほんの数行の恋文)というページで、公共交通機関内で出会った一目惚れ相手へのラブレターが毎日更新されている。「赤いスカーフの君へ。つい30分前、つまり0時40分、モンパルナス駅で、12番線メリー・ディシー行きの同じ車両に乗り合わせたね。緑の瞳をした君は赤いスカーフを巻いていた。僕はmp3を聞いていて、君に話しかけたくてイヤホンをはずしたのだけど、できなかった。また会いたいよ!……アルノー 6月26日」とか、バスの運転手にあてて「162番のバスの運転手のあなたへ。5月12日18時頃、私はアルクイユの停留所から乗りました。切符を買ったとき、視線が合いましたね。そのあと、私は運転席のすぐ後ろに座ってバックミラーに映るあなたに見とれていました。……サンドラ 5月20日」といった具合だ。
![]() 掲示されたラブレターに対して、読者はメッセージを送ることができる。相手が探しているのが自分であれば連絡先を送ることもできるし、「その恋、がんばってね」という励ましの言葉もあれば、「僕もその女の子、見かけたことがあるよ、いつも8時頃、一番後ろの車両に乗ってくるよ」というようなお助けメッセージもある。
右の欄では過去のラブレターを検索するためのカテゴリーが並んでいる。男性からのもの、女性からのもの、最新ラブレター、読者が選ぶ「Top5」。そして「ブロンドの髪」「褐色の肌」など身体的特徴や、「バス」、「13番線」など出会った場所をキーワードにして探すこともできる。ただ相手を探すだけではなく、「エスプリのきいた」文章で読者を楽しませることも要求される点が、他の似たようなサイトとは一線を画している。 西欧での恋愛という観念は、12世紀、南フランスの宮廷で繰り広げられたプラトニックな騎士道愛から生まれたといわれている。 参考文献:棚沢直子・草野いづみ著『フランスにはなぜ恋愛スキャンダルがないのか?』(角川ソフィア文庫)
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