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世界IT事情 ITを通じて世界の文化を見てみよう! 第28回 インド、ニューデリー発
「ITの局地化を象徴するインドの鉄道予約事情」
常に満席の巨大鉄道ネットワーク

日本の約10倍の国土を持つインドは、鉄道大国。これまた日本の人口の約10倍、11億超の人々が、その大きな国土を常に移動しているのだ。最近はずいぶんと飛行機の国内線も利用しやすくなったが、それはほんの一握りの富裕層に限ったこと。人口の大部分を占める庶民は、陸路で果てしない時間をかけて旅をしている。20時間や30時間は当たり前、車中で2泊、3泊も普通である。

ニューデリーの人々

インドでは、並ぶのは生活の一部。炎天下の中、皆、辛抱強く待つ。

インドで鉄道といえば、一般的に長距離列車を指す。近距離列車もあるにはあるが、一部の都市で走っているに過ぎない。そしてそれら「長距離大移動」列車の切符は、日本のように発券機で買ったりできるわけでもなく、乗る直前に買えばいいものでもない。ほとんどの場合、前もって予約しなければならないのだ。しかも、常に満席状態のインドの鉄道、その予約は最低でも2週間前、ヘタすると1ヶ月前には行わなくては、満足に席を得られない。ホームはいつでも「Waiting List(キャンセル待ち)とその順位」を表す「WL35」などと記されたチケットを持った人でいっぱいである。社内の混雑は列車の等級に比例して激化し、しまいにはヤギまで乗っている。

しかし、至るところに人が溢れかえり「人混みの国」「行列の国」でもあるインドのこと、チケット予約だって一筋縄ではいかない。予約窓口は常に長蛇の列で、気温が40度を超すような中、汗まみれでひたすら並ばなければならないこともある。加えて電力不足やインフラ整備の遅れで停電も多く、並んでいて停電になったら、コンピュータが使えるようになるまで、じっと待つということもある。でも窓口の人がランチに行ってしまい、その間ずっと待たされるよりもましかもしれない。切符取得は半日仕事という国なのである。

 

最先端予約システムと長時間の大行列の共存

だが、この非常に労力を使う「切符の予約」は、なんと! 実はインターネットでも可能なのである。あの、インド名物、電車切符予約窓口の様相を目にしたことがある人は「実はネット予約も可能です」など、言われない限り思いつきもしないだろう。

駅の待ち合い

いつ呼ばれるとも分からないまま、駅の待ち合いで自分の番が来るのを待っている。前向きに考えれば、海外から来た観光客にはインドらしさが味わえる場所。

方法は2通りあって、一つは「Eチケット」、もうひとつは「Iチケット」。「Iチケット」は、ネットで予約すると家まで届けてくれるシステム。インドは郵便事情が不安定だが、Iチケットは専任の配達人が届けるため、安心である。しかし日本のように、希望配達時間を選ぶことができたり、不在通知を置いていってくれるようなことはない。ポストに入れず「直接の受け渡し」のみのサービスなので、確実に受け取れる住所が必要である。不在であれば何度か届けに来てはくれるが、いつ来るかは全く不明なので、旅行日が近づくに連れ、ソワソワすることが増えてしまう。ネット予約ができる割には、この辺りがやはりインドである。旅行までにチケットの配達人と波長が合わなかった(!)ようで、配達屋のオフィスに取りに行くはめになったこともあるが、そこは驚く程粗末な小屋だったのもインドらしい。

では定まった住所がない場合や、家にいて受け取れる自信がない場合にはどうするか? そこで「Eチケット」が便利なのである。これは日本でもおなじみの方法で、予約画面を印刷して、それを当日、窓口に持って行き、切符を受け取るシステムだ。普段の窓口とは違った窓口なので、長蛇の列の心配もない。

どちらのシステムにしろ、「知っていたら二度とあの行列に並ぶ気にならない」便利なもの。では、多くの人々はなぜ、現在も大行列を作って、大変な労力を費やして切符を買うのだろう? それはやはり「IT技術が進んでいる反面、それがほんの一部の人々のもの」という、インドの特徴そのままの理由によるだろう。インドのITは、外国に注目されている反面、国民の多くは、それらとは全く無関係の暮らしを送っているのが現状だ。激しい貧富の差や、教育の差、地域格差に加え、IT化に付随して必要となるインフラ整備が追いつかないという問題もある。IT化は、インドにおいては極端に局地化しているのだ。

インターネット予約サービスは、基本的にキャッシュカードがなければ利用できないが、そんなものを持っているのは富裕層だけ。そしてその富裕層は、移動の手段に飛行機を選ぶことのほうが多い。よって、列車の予約の列に並ぶほとんどの人々は、ネットなどとは無縁の人々というわけだ。

遠い村から3日かけて電車で都会に出てきて働き、1ヶ月のお休みをもらって、また3日かけて村へ里帰り。コツコツとお金を貯めて、最も安い座席の切符を買う。そんな金銭感覚と時間感覚、そしてインドの経済成長とは無縁の旧来の時代感覚を持つ彼らは、インターネットや、ネット予約に必要なキャッシュカードや、並ばずとも一瞬で手に入る切符なんて、とんでもなくかけ離れた世界。一方で、総駅数約7,000〜9,000駅、一日の走行旅客列車数約9,000本、一日の乗客数延べ約1,800万人超の巨大ネットワークがコンピュータ化され、ネット予約ができるという状況は、ITで名を馳せるインドそのままだ。鉄道切符の予約一つ見ても、インド独特のお国柄がよく分かるのである。

特派員プロフィール

冬野 花(ふゆの はな)
2004年夏よりインド単身在住、ライターとして現地から情報を発信。2009年からは、日本とインドを行き来する日々。2009年3月に「インド人の頭ん中」(中経文庫)を出版。

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