国歌に歌われる通り、小さな国土に実に100を超える民族が暮らしているといわれる多民族国家ネパール。カースト制度のなごりから、同じ民族同士で結婚するという不文律がある。昨今、民族の垣根を越えた恋愛結婚も増えてきてはいるが、異なる民族同士の「インターカーストマリッジ」は、二度と実家の敷居をまたげないという間柄になってしまうほど厳格で、常に意識に影を落とすものになっている。
ネパールの若者は親に従順なのか、恋愛に臆病なのか、それとも恋愛と結婚は別と考えるのか、結婚適齢期になると両親が決めた同じ民族の相手といとも簡単に結婚してしまう。結婚は今なお親主導のもと行われており、結婚する当事者たちもまた、それを当然として受け取っているのだ。公式暦のヴィクラム暦では結婚に適しているとされる月が年に数ヶ月あり、そのシーズンが近づいてくると「では、これを機に」と、にわかに縁談が持ち上がるようになる。「そろそろあなたも結婚しなさい」と言われ、出身村に里帰りした2日後には結婚式を済ませ、嫁同伴でカトマンズに戻ってくるケースや、留学先から見合いのためだけに帰国して来ることも珍しくない。結婚前日や当日に初めて顔を合わせたというカップルの多いこと!
三十路に足を踏み入れた知り合いの男性も例に違わず両親に呼び戻され、まんざらでもなさそうにバスで1日、さらに山道を徒歩で何時間もかかる僻地に見合い帰省した。この時点ですでに結婚は八割方決まっているといってよい。「いよいよ彼も妻をめとるかぁ」と同僚がフェイスブックを開くと、そこには速報で「時間と交通費を無駄にしただけだった…今から帰る」との書き込み……。どうもお気に召さなかった模様。
道路交通網はまだまだ未発達な山岳国でありながら、携帯電話網は見る間に広がり、昨年はエベレスト街道で有名なソルクンブー地域に大容量3G通信の鉄塔が建ち、標高5000m付近からも通信できるようになった。カトマンズのモバイル市場は活気に満ち、猫も杓子も「スマホ、スマホ」で、一般人の月収の数ヶ月分という価格のモバイル端末が飛ぶように売れており、街角の小さな雑貨屋でも携帯電話各社のプリペイドカードが販売されている。一時はSIMカードが順番待ちでないと買えず、早朝から大行列をなす現象まで起こり、一部でその値段がつり上がるほどであった。
山で芝刈り、川で洗濯、薪割りに水汲みというまるで昔話の絵本そのままの伝統的な生活を営む山間の小さな集落から、ショートメールを送ったり、SNSに書き込みが出来、世界各地に繋がっているというなんともアンバランスな現実に、ここは本当に世界の最貧国のひとつなのか?と我が目を疑いほっぺたをつねってしまう。
さて、この見合い話の意外な展開に翌日のオフィスでどうだったのか?という会話になるのは当然。「それが俺より1フィート以上背がでかかったんだよ」と彼。うーむ、そこが気になったのか、女性のほうだってその場で口には出さずとも、自分より1フィート以上背が低い彼に逡巡があったに違いないと想像するが…。まぁ、またすぐに親が相手を見つけてきてくれるだろうから、ノープロブレム!!
うえのともこ(うえの・ともこ)
カトマンズを拠点にライターとして雑誌やウェブに執筆するほか、旅行会社に所属し、企画、リサーチ、メディアコーディネート業務も行う二児の母。厳しい電力事情の中、救世主iPadを得て、無料Wi-Fiカフェからつぶやく今日この頃。
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