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かしこい生き方を考える COMZINE BACK NUMBER
のりたま ニッポン・ロングセラー考 〜世界の人に愛されて3500万台

白いタンクに赤いエンジンの「カブF型」

おかずでもない、調味料でもない、よく考えるとちょっと不思議な食べ物「ふりかけ」。

日本で最初のふりかけは、大正初期、熊本の薬剤師・吉丸末吉が作った「御飯の友」という説が有力。
日本人のカルシウム不足を補うため、小魚を乾燥・粉末にして味付けし、
ゴマ、ケシの実、青のりなどを加えたものだ。
その後、1925〜26(大正14〜15)年頃に東京で「是はうまい」、
28(昭和3)年に広島で「露営の友」、29(昭和4)年に静岡で小泉楼がふりかけを発売……
と、少量ながら各地で製造・販売されていた。

そんなふりかけが全国に普及した要因の一つに戦争があると言う。
満州事変勃発後、大勢の兵士が中国大陸へ動員されていったが、
兵士の慰問袋に入っていたのがふりかけだった。
戦地で初めて白いご飯を食べたという人も少なくない時代。
その味になじんだ兵士達が、帰還後、それぞれの出身地でふりかけを広めたと言うのだ。
しかし、戦争末期から戦後数年は物資が不足し、
30〜40社あったふりかけメーカーも生産を休止せざるを得なかった。

戦後、「是はうまい」を復活させたのが、51(昭和26)年に阿部末吉が起した
丸美屋食品工業株式会社だ。
阿部は「商品を成功させる要諦は、商品を育てること。
商品を育てるには商品力を付けることである。そのために重要なのはPR」と、
創業翌年には映画女優・角梨江子を起用し「是はうまい」のポスターを作成。
デパートでの試食販売をはじめ、新聞の題字下広告、ラジオの連続ドラマ提供、
電気洗濯機を景品にしたキャンペーンなど、
草創期の一食品メーカーとは思えない大胆な宣伝活動を展開し、商品を徹底的に売り込んだ。

創業者
丸美屋食品工業の創業者、 阿部末吉。
社屋
創業当時、中央区京橋にあった社屋。ファサードに「是はうまい」の文字が見える。


是はうまい ポスター
菱形の瓶に入った「是はうまい」。米1升30銭の時代に1瓶35銭という高級品で、戦前は高島屋や三越といったデパートでしか売っていなかった。 映画「青い山脈」で国民的な人気女優となった角梨江子(すみ・りえこ)を起用したポスター。

想定した乗り手は蕎麦屋の小僧

発売当初の「のりたま」

60(昭和35)年発売当初の「のりたま」は20g入り30円。パッケージデザインは、高名なデザイナー・大高 猛に依頼。緑色は食品にはなじまないとされた当時としては、かなり斬新なデザインだった。

「是はうまい」の評価は高く、売上も好調だったが、1品だけでは大きな飛躍は望めないと、
創業来「1年1品以上」を目標に新製品開発に力を注ぐ。
いくつか新製品を出し、それなりに売れはしたが、「是はうまい」を越えるようなヒット商品は生まれなかった。

「もっと画期的なものはないのか!」「 もっとうまいものは出せないのか!」
社長・阿部の元に集められた営業マン達に檄が飛ぶ。
そんな会議、今で言うブレーンストーミングの中で出てきたのが
「海苔」と「卵」を使ったふりかけというアイデアである。これを聞いて、阿部は即決。
旅館の朝食にはこの2品が必ず出るし、当時は、海苔も卵も庶民の食卓には上らない贅沢品……。
さらに彼の頭の中には、従来の魚粉、魚類蛋白から脱皮し、
ふりかけの蛋白源を高級化したいという思いがあったからだ。

59(昭和34)年秋、「玉子ふりかけ」を発売。が、乾燥させた玉子粒子はやや固く、粉っぽさが残った。
玉子焼きのようなふっくら感を出すには? 
試行錯誤の結果、つなぎを工夫するとともに、熱風乾燥という方法で柔らかな乾燥卵の製造に成功する。

60(昭和35)年1月、「のりたま」発売。
粒子化した玉子に海苔、削り節、塩を加えた「のりたま」は、
それまでの“原材料=魚粉”という常識を覆す新時代のふりかけだった。

 

広告史に残る名キャンペーン「ナイセスト・ピープル」

エイトマン・シール
「のりたま」のおまけとして封入されたエイトマン・シール。このキャンペーンは同業他社にも波及し、シール・ブームが起きる。
スーパージェッター
65(昭和40)年には、「スーパージェッター」がパッケージに登場。
丸美屋のキャラクター商品の第1号となった。
 

商品の品質、パッケージデザイン、そして価格。
すべてに満足のいく商品「のりたま」を世に出した阿部は、
これを大きく育てるために、テレビコマーシャルに乗り出すことを決意する。

59(昭和34)年、丸美屋初のCMタレントとして起用したのが、落語家の桂小金治。
NHKの人気番組「ポンポン大将」の船長の衣裳で、
「面舵いっぱーい、のりたまで3杯」と大声を張り上げる。
NHKの番組をそのまま民放のCMで使うことは
今となっては到底考えられないが、
このキャッチフレーズはたちまち流行語となり、
「のりたま」「丸美屋」の知名度は急速に高まっていった。

そんな「のりたま」の人気を決定的にしたのが「エイトマン・シール」だ。
♪光る海 光る大空 光る大地 行こう無限の地平線……♪
63〜64(昭和38〜39)年、
TBS系列で放送された「エイトマン」は丸美屋が番組提供しており、
そのシールを袋に入れたところ、これを欲しい子供達が殺到。
爆発的な売行きに生産が間に合わず、一時、割り当て出荷を余儀なくされたほど。
また、商品倉庫から「のりたま」が盗まれるという事件も発生したと言う。

もちろん、売上も倍々ゲームの勢いで伸びていった。
60(昭和35)年を100とすると64(昭和39)年には1400強。
わずか4年で14倍の売上げを達成したことになる。
また、全売上の中で「のりたま」が占める割合も5割以上と高く、
ここからもアニメヒーローのシールやカードが、
いかに当時の子供達の憧れの的であったかが分かる。


時代に対応し進化し続ける「のりたま」

「のりたま」という分かりやすいネーミング、斬新なパッケージ、
テレビの人気番組と連動したおまけ、そしてプラモデルや着せ替え人形など
子供が欲しがる景品を付けた懸賞キャンペーン。
巧みなマーケティング戦略で、一気に頂点に駆け上がった「のりたま」は 、
一地域のローカルブランドだった“ふりかけ”をナショナルブランドにまで押し上げた。

その後もテレビや漫画の人気キャラクターをパッケージに採用するなど、
活発な宣伝活動を展開するが、ロングセラーたる所以は、そのせいばかりではない。
長く愛される食品に欠かせない“味”の改良も地道に続けられてきたのだ。

例えば、卵。「のりたま」発売後も、顆粒化の研究は続く。
70(昭和45)年には、液体を遠心力によってスプレーすると
同時に熱風を当てて粉末に変える「スプレードライ製法」の粉末卵を採用し、
よりサクサクした食感の卵粒子を開発。

そして、塩。
健康ブームで塩分の摂りすぎに敏感になる人が増えるが、
塩はふりかけの味を左右する大切な調味料。
単純に量を減らせばいいというものではない。
他の材料とのバランスを見ながら、さまざまな比率を試した結果、
85(昭和60)年に最適な塩分比を発見し、約4分の1の塩分カットに成功する。
さらに96(平成8)年には、
配合する塩をにがりやミネラルを含む天然塩に変えて16%減塩(当社比)。
また、卵もマイクロウェーブ乾燥によって、よりふっくらとおいしくなった。
この時からパッケージにアルミ蒸着パックを採用し、防湿・酸化防止効果を高めた。

のりたまが発売されて43年。
もはや卵も海苔も贅沢品ではないが、今なお、お弁当の定番アイテムとして、
お母さんのお助けアイテムとして支持されている。
そのおいしさと人気キャラクターは、いつの時代も子供達の心をとらえて離さない。


取材協力:丸美屋食品工業株式会社(hhttp://www.marumiya.co.jp/
参考文献:『丸美屋食品50年史』丸美屋食品工業株式会社刊
『ふりかけ―日本の食と思想』熊谷真菜+日本ふりかけ懇話会著/学陽書房刊
のりたま(昭和45年)
70(昭和45)年、16g 35円。パッケージ素材がプラスチックフィルムに変わって中味が見えるようになった。
のりたま(平成3年)
91年(平成3)年、30g 110円。パッケージのグリーンを明るい色に変更し、モダンな印象に。
のりたま(昭和60年)
85(昭和60)年、30g 100円。卵黄の比率を増やし、口の中で素早く広がる香りを実現するとともに、塩分を従来の4分の3まで減塩。
のりたま(現在)
今年発売されたニューパッケージ、30g 110円。マイルド感と風味を高めた“たまごそぼろ”30%増量、海藻カルシウム入り。
「のりたま」の兄弟達
白いご飯を彩る見た目の楽しさ、食が進むおいしさを提案する「のりたま」の兄弟達。写真左から「ソフトふりかけ さけ」「混ぜ込みわかめ 鮭」「くるっとパックン たまご」。
 



子供達が夢中になった歴代キャラクター

テレビが誕生して今年で50年。テレビとともに育ってきた世代にとって、アニメキャラクターは時代を映す鏡でもある。おまけのシールを友達と交換したこと、兄弟で取り合ってケンカをしたこと、そんな思い出とともに忘れていた主題歌がふと蘇る。
エイトマン、少年ジェッターに始まり、おそ松くん、Drスランプアラレちゃん、忍者ハットリくん、GUGUガンモ、ドラゴンボール、ビックリマン、名探偵コナン……。食卓にこんなキャラクターふりかけがあった頃、あなたは何歳でどんな毎日を送っていた?

ロボコン缶 ちびまる子ふりミニ-P クレヨンしんちゃんミ-P セーラームーンふりミニ-P ハム太郎ふりかけミニ-P

76(昭和51)年
ロボコンふりかけ缶入り

90(平成2)年
ちびまる子ちゃんふりかけミニパック

93(平成5)年
クレヨンしんちゃんふりかけミニパック

94(平成6)年
美少女戦士セーラームーンSふりかけミニパック

2000(平成12)年
とっとこハム太郎ふりかけミニパック


撮影/海野惶世(メイン) Top of the page

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