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キィウイ油性靴クリーム ニッポン・ロングセラー考 世界170ヶ国以上で愛されているシューケア製品のトップブランド

キィウイの丸缶を世界中に広めたのは、オーストラリア兵だった

創業当時のキィウイ社。詳細は不明だが、建物の前に並んでいる人々の中に創業者ウィリアム・ラムゼイの姿があるはずだ。
   
 
発売当時のキィウイ油性靴クリーム。缶のデザインは現在の製品と異なるが、それほど異なった印象を与えないのはロゴのデザインが変わっていないせいだろう。缶を開けるためのトンボは付いていない。
   
 
キィウイブランドの象徴とも言えるニュージーランドの国鳥、キィウイ。会社設立当時は約500万羽が生息していたが、現在は5〜6万羽しか残っていないという。

「靴なんて1年に1回くらいしか磨かないな」と言う人は多いと思う。あるいは、朝、汚れが気になった時につや出しスポンジでサッと磨くくらい、という人がほとんどではないだろうか。
それでも、誰の家の下駄箱にも靴クリームの一つや二つは必ず入っているはず。もしかしたらその中に、嘴の長い奇妙な鳥のマークが描かれた丸い缶が入っているかもしれない。それも、かなり高い確率で。
キィウイの油性靴クリーム。ロゴは“KIWI”、愛称は“丸缶”。「ああこれか。うちにもあったんだ」下駄箱を開けたあなたはそう呟くに違いない。
今回は、世界中で愛されるロングセラー商品がこの日本でもそのままの形で日本に定着し、ロングセラーとなった希有なケースを取 り上げる。

キィウイブランドが誕生したのは1906(明治39)年、オーストラリアでのこと。創業者は、その8年前に一家でメルボルンに移住してきたスコットランド出身のウィリアム・ラムゼイだ。元々磨き粉などの生産技術を持っていた彼は、当時の粗悪な靴墨に目を付け、高品質な靴クリームを作れば売れるに違いないと考えた。
創業から2年後の08(明治41)年、同社初の製品「ダーク・タン」を発売。従来の靴墨とは異なり、靴を奇麗に着色したうえで艶やかな光沢を与える革新的な靴クリームは、あっという間に人気を博し、オーストラリア中に広まった。その後、キィウイはライト・タン、ブラックなど、カラーバリエーションを増やしていく。

ちなみにキィウイというブランド名は、ウィリアムの妻アニーがニュージーランド出身だったことから付けられた。同国の国鳥にもなっているキィウイは、飛べない鳥として知られる珍鳥。また、つがいが生涯を共にするほど仲が良いことでも有名だ。おそらく、ウィリアムは妻アニーをこよなく愛していたのだろう。

オーストラリア国内の好調な販売に勢いを得て、1912(大正元)年、キィウイはイギリスに進出した。ほどなくヨーロッパは第一次世界対戦に突入。キィウイ油性靴クリームが世界的に知られるようになったのは、実はこの戦争がきっかけだった。
当時、オーストラリア軍は連合国側の一員として対戦に参加していた。戦場を駆け回る各国兵士の軍靴は泥や土埃にまみれて常に汚れているのが当たり前だったが、なぜかオーストラリア兵の軍靴だけは、いつもピカピカに輝いていた。
彼らはキィウイの油性靴クリームを持参し、戦火の合間を見つけては丁寧に軍靴を磨き上げていたのだ。キィウイで磨いた軍靴は見た目が美しいだけでなく、皮をしっかり保護するため、耐久性もアップする。これに、連合国側の同士であるイギリス兵とアメリカ兵が目を付けた。キィウイは瞬く間に戦場での定番靴クリームとなっていった。

戦後、母国に帰った兵士たちが愛用し続けたことから、キィウイは一般層へも浸透してゆく。アメリカが空前の経済活況を見せた1920年代には、いわゆるローリング・トゥエンティーズの若者たちの間で大ヒット。キィウイは当時の若者文化のシンボルとして扱われた。この頃、キィウイ油性靴クリームは世界50ヶ国にまで販路を拡大。既に並ぶもののないベストセラー靴クリームとなっていた。


第二次世界大戦後、アメリカ兵を通して日本にも普及

 ●キィウイ油性靴クリームの広告図案

     
 
 
 
日本ではまったくといっていいほど広告展開されなかったキィウイ油性靴クリームだが、海外では発売当時からさまざまな展開がなされた。

キィウイ油性靴クリームは、第二次世界大戦をきっかけにさらに世界的規模で普及していく。
1942(昭和17)年、タイム誌の通信員は同誌にこんなレポートを寄せている。
「赤ブドウ酒の空き瓶と、キィウイの空き缶が転々と戦地に転がっている……」キィウイの丸缶は、もはや兵士にとってなくてはならない存在となっていたのだ。
第一次世界大戦とは異なり、第二次世界大戦は多くのアジア諸国を戦火に巻き込んだ。日本にキィウイ油性靴クリームが入ってきたのは、戦後まもなくのこと。持ち込んだのは、日本に進駐していたアメリカ兵だった。

終戦直後の日本。巷には靴磨きの少年たちがあふれていた。彼らのほとんどは戦災孤児で、靴磨きを生活の糧としていた。お得意さんは、もちろんアメリカ兵。お客をつかむためには、アメリカ兵が好むキィウイ油性靴クリームを手に入れる必要があった。日本におけるキィウイブランドは、小さな靴磨きのプロが広めていったのだ。

戦後の高度経済成長期、日本人のライフスタイルは大きく変貌する。革靴にスーツで会社へ通勤するサラリーマンが急増し、それに伴ってシューケア製品の市場も徐々に拡大していった。
日本におけるキィウイは1960年代まで正規代理店が存在しなかったが、その知名度は抜きん出ていた。駅のガード下で靴磨きに自慢の革靴を磨いてもらったサラリーマンは、そこで使われているクリームがキィウイ製品であることを知る。「家でもあれを使ってカミさんに磨いてもらえば、靴はいつもピカピカだな」。誰もがそう考えたことだろう。
キィウイの名は口コミによって庶民に広まっていった。そのため、代理店も宣伝らしい宣伝はほとんど行わなかったが、それでもキィウイ油性靴クリームは着実に家庭に浸透していった。
ちなみに、当時の価格は中サイズ(45ml)の丸缶が約500円。驚くべき事に、この値段は現在もほとんど変わっていない。

当時、油性靴クリームが売れた背景には、革靴がまだ高価だったため、今よりずっと大切にされたことが挙げられる。庶民にとって革靴は高級品。そうそう買い換えることはできない。当然、手入れもしっかり行うようになる。仕事に精を出す主人のために、家庭の主婦がせっせと靴を磨くという、今では懐かしいスタイルが定着したのもこの頃だ。

 

“何も変えない”という基本を守り続け、まもなく100年

キィウイ油性靴クリームの日本における現行商品。サイズが大(100ml)・中(45ml)・小(17.5ml)の3種類。それぞれのサイズに黒と茶があり、中と小にのみ無色も用意される。希望小売価格は、大が750円、中が450円、小はオープン価格。
   
 
こちらはジャンボサイズのオリジナルキィウイ缶に、クリーナーやクロス、クリームなどの基本セットを封入したシューシャインキット。プレゼント用としても人気が高い。希望小売価格は3000円。
   

発売からまもなく100年になろうかというキィウイ油性靴クリーム。ロングセラーという視点で見れば、これほど大規模かつ長命のロングセラー商品も珍しい。何せ、現在170ヶ国あまりで販売されているのだ。国によって商品ラインはやや異なるが、基本的には色の違いとサイズの違いしかない。つまりキィウイ油性靴クリームと言えば、基本的には丸缶1種類しかないのだ。

現在、同製品を日本で販売しているのは、アパレルや家庭用品などでさまざまなライセンスビジネスを展開している日本サラ・リー株式会社。担当者は、キィウイ油性靴クリームが世界中でロングセラーとなった理由をこう語る。
「基本に忠実だったからでしょう。靴クリームに必要なものを頑固なまでに守り続け、100年近く経った今でも何も変えていません。変えなかったことで、消費者の信頼を得られたのだと思います」。
実際、中身の成分はほとんど変わっていない。主成分は天然のカルナバをはじめとする各種の高級ワックス。地域によって粘度などに若干の違いはあるが、靴に塗り込んだときのツヤとノビの良さは、昔も今もまったく同じだ。

一方、缶のデザインは微妙に変わっている。先に挙げた広告図案と現行商品のパッケージ(2000年9月に登場)を見比べると、その違いに気が付くだろう。全体の黒いイメージと赤をバックに白く抜かれたKIWIのロゴは不変だが、それ以外のデザインはずいぶん異なっている。また90年代初めには、マスコットであるキィウイのデザインも、それまでのリアルなものからデフォルメされた簡素な図案に変更された。中身はそのままだが、パッケージは時代の潮流に合わせてモダナイズされているのだ。

     
  丸缶の横には不思議な形の金具が付いている。中身の乾燥をふせぐためしっかりと閉じられた蓋を、楽に開けるための金具だ。これはトンボと呼ばれ、ひねって蓋を押し上げ、開けやすくするためのアイデア。

カジュアル志向が強まりつつあるシューケア・マーケット

「パーフェクト靴クリーム」は従来の乳化性クリームとは異なり、有機溶剤を使用していない点が特徴。黒・無色・濃茶があり、希望小売価格は各色550円。
 
100%ワックスの乳化剤を配合し、先端にスポンジを使用し手を汚さずに塗れる「クラシック液体靴クリーム」。色は黒・茶・無色の3色で、希望小売価格は各色800円。   ワックスと樹脂を独自のバランスで配合し、自然で品のある輝きを実現した「エリート液体靴クリーム」。色は黒・茶・無色の3色。希望小売価格は各色420円。

世界を股にかけたロングセラー商品となったキィウイ油性靴クリームだが、担当者によると日本は世界のどの国とも異なる独特の市場なのだという。
「元々日本人の靴に対するケア意識は、欧米人に比べるとかなり低いんです。常にピカピカに磨き上げられた靴を履くことが対外的な評価につながる欧米では、男性が自分で靴を磨くことが常識となっている。対して今の日本では、『靴なんて少々汚れていても構わない。くたびれたら新しいのを買えばいいんだから』と考える人が大多数です。丸缶を使って丹念に靴を磨いている人は、残念ながら少数派と言わざるを得ません」。
高度経済成長期を経て、時代は大きく変わった。近年の日本は靴の低価格化が進み、一足一足を長く大切に履くという意識が希薄になってしまった。またカジュアル化が進み、ビジネスシーンだからフォーマルな革靴でなければいけないという考え方も、もはや古くなりつつある。

日本サラ・リーが調べたシューケア市場のカテゴリー別シェアによると、靴クリーム類の市場は全体で約100億円。そのうちクリームやクリーナー類は41億円で、残りはつや出しスポンジや消臭グッズなどが占めている。規模としては決して大きくないうえ、靴素材の多様化や手入れを必要としない靴の流行により、需要は全体に縮小傾向にある。
世界的ロングセラー商品であるキィウイ油性靴クリームも、こと現代の日本においてはいささか分が悪い。液体靴クリームのシェアが26%であるのに対し、油性靴クリームのシェアはわずかに3%。需要は簡便性に優れる液体タイプのクリームにシフトしているのだ。

こうした傾向はよく理解できる。仮に半年に一度だとしても、油性靴クリームを使って手持ちの革靴を丹念に磨き上げるのはけっこう大変な作業だ。ピカピカに磨いたところで、一週間もすればすぐに汚れてしまう。面倒と言えば、これほど面倒な作業もないだろう。そうした需要の変化を考慮し、キィウイも液体靴クリームの開発に力を入れている。人気が高いのは、手を汚すことなく磨くことができる、先端がスポンジ形状になった製品。現在、同社が日本で発売している靴クリームの約7割はこのタイプだという。

それでも、と敢えて言おう。どうせ靴を磨くのなら、月に一度は靴に栄養を与える意味でも丸缶のような油性靴クリームで丹念に磨いてみないかと。使用頻度の高い靴だけで構わない。わざと手間と時間をかけることで、靴に対する愛着は間違いなく深まるはずだ。さらに言えば、靴を磨くという行為を通して、身だしなみやマナー、エチケットについて思いを巡らすようにもなる。当然靴は長持ちし、ツヤもよみがえる。
「靴を見ればその人がどういう人かよく分かる」と言われる。汚れた靴でも平気でいられる人は、自分が周囲に与える印象を考慮しない自己中心的な人だと。それを考えると、キィウイ油性靴クリームが今でもロングセラーであり続けることが嬉しく思えてくる。あの丸缶は靴だけでなく、同時に私たちの心も磨いてくれていたのかも知れない。

●シューケア製品のカテゴリー別シェア(*日本サラ・リー調べ)

シューケア製品のカテゴリー別シェア(*日本サラ・リー調べ)
油性靴クリームに比べ、液体靴クリームとつや出しスポンジの需要が圧倒的に大きいことが分かる。どの剤型も固定ユーザーに支えられているため、構成比の変化はほとんどないという。

取材協力:日本サラ・リー株式会社(http://www.saralee.co.jp/


梅雨時の靴の手入れについて

革靴の手入れは、昔からその手順が決まっている。まず靴の汚れをざっと落とし、次にクリーナーを使って固着した汚れやクリームを取り除く。その後、靴クリームを丹念に塗り込み、最後に全体を柔らかな布でから拭きすれば完了。丁寧にやれば工程はもっと増えるが、基本的にはこれだけでオーケーだ。
気を付けたいのは、これから迎える梅雨のシーズン。革は水分を含むと繊維が固くなり、色落ちやシミの原因になる。雨が心配される時は、出かける前に保護スプレーをシュッと一吹きしておこう。濡れてしまった時は、まずよく水分を落とし、シューキーパーや新聞紙で形を整えてから、風通しの良い日陰で乾かすこと。その後、通常の手入れを行えば問題はない。
手入れ次第で革靴の寿命はずいぶん違ってくるもの。いくら服装に気を遣っていても、靴がヨレヨレでは人前で恥ずかしい思いをする。身だしなみの第一歩は足元から、と覚えておこう。


●一般的な革靴の手入れ方法

買った直後に皮革保護スプレーをかけておけば、汚れをかなり防ぐことができる。   専用ブラシを使って、靴側面の縫い合わせ部分に入り込んだ泥をよく落とす。   適量の靴クリーナーを布に取り、全体の汚れを丁寧に取ってゆく。   靴クリームを布に取り、全体に塗り伸ばしてゆく。縫い合わせ部分や色落ちしている部分も忘れずに。   きれいな柔らかい布でから拭きしてツヤを出す。ストッキングを使うとさらに輝きがアップする。

撮影/海野惶世(タイトル部、プレゼント) Top of the page

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