実際の販売面でXスタンパーの売れ行きを大きく後押ししたのは、銀行や大手メーカーなど大口の顧客だった。特に全国に多くの支店を持つ銀行の存在は大きく、シヤチハタは銀行員の声に注意深く耳を傾けていたという。
なかでも最も多かったのが、捺印したインキの耐光性に関するものだった。銀行では書類の長期保存が必要なため、耐光性のあるインキの開発が求められた。
開発陣は、それまで使っていた染料インキから顔料インキの開発を迫られた。染料インキは粒子が細かく紙への浸透性と連続捺印性に優れていたが、耐光性が低い。一方の顔料インキは溶剤の中に顔料の粒子が浮遊しているため、滲みが少なく鮮やかに捺印でき、耐光性や耐水性にも優れている。ただ顔料インキは粒子の粒が大きいので、ゴムの材質や穴の数、大きさを再検討しなければならなかった。
長年の研究開発の末、1978(昭和53)年に顔料インキを使った第2のネーム印「ブラック11」を発売。ボディは精悍なブラック、印面サイズの直径は11m/mで、役職者にふさわしい商品だった。また、1986(昭和61)年に顔料インキを使った第2世代のシヤチハタ・ネームとも言える「ネーム9」を発売。ネーム9は再びベストセラーとなり、今も同社の主力製品であり続けている。
一方のビジネス印も95(平成10)年にリニューアルした。グリップ部分にソフトな感触の素材を採用し、握りやすさと手にしたときの心地よさを両立。昔の製品に比べると、随分明るいイメージになっている。
機能と実用性という点において、シヤチハタの浸透印はもう十分に完成されていると言えるだろう。新たなニーズは、どうやら製品の個性化とファッション性にあるようだ。
事実、最近のオフィスでは会社から与えられた黒いネーム9ではなく、自分で購入したカラフルなネーム9や、ペンとネーム印が一体になった同社の「ネームペン」を使っている女性社員が珍しくない。
シヤチハタもデザイン性にこだわった「スタンディングネーム」や、お洒落な携帯ハンコ「ジャポン」を発売し、女性を中心にした新たなニーズに対応している。
現在、浸透印におけるシヤチハタの市場シェアは約80%にもなるという。もちろん、そこまで成長したのはXスタンパーがあったからこそ。累計販売本数はなんと1億4,000万本に達する。
思えばXスタンパーは、自社のドル箱だったスタンプ台を否定するところから誕生した製品だった。開発者の舟橋は、消えゆくものと未来あるものを明確に見極めていたのだろう。
その根底には、日本伝統の印章文化を守りながらも時代に即した製品を作るという、常識に捕らわれない柔軟な発想がある。
次世代のシヤチハタは、どんな姿で登場するのだろうか。 |