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新IT大捜査線 特命捜査 第5号 映画はデジタルでどう変わる
 
  映画に画期的な影響を与えたCG
 

デジタル技術の進化によって、企画、制作、配給、興行、商品化のすべてを巻き込んだ形で変革の真っ只中にあるのが映画だ。映画がデジタル化に取り組み始めてすでに30年が経過しながらも、映画館で実際に上映するという段階では現在もなおフィルムが主役である。映画をデジタル化するとはどういうことなのか。またデジタル化することによって映画はどう変わるのか。制作、配給、興行などさまざまな要素が絡む従来の映画産業のスタイルはどのように変化するのか。デジタル技術の進化と映画との関わりを見てみよう。

19世紀後半にエジソンらによって発明された映画は、機械(カメラ、現像機、編集機、映写機)を使うことを前提とした娯楽であり、これが人類が古代から楽しんできた絵画や音楽との基本的な違いだ。技術の成果はただちに作品に反映され、無声映画から、音の入ったトーキーへと進み、カラー、大画面化などアナログの時代の進化を経て、今やデジタルの時代と、映画の発展にも寄与している。
映画のデジタル化でまず思い浮かぶのは、CG(Computer graphics=コンピュータ・グラフィックス)を駆使した映像表現の多様化であり、現在のほとんどの映画作品は何らかの形でCGを使用している。その進化が映画に与えた影響は測り知れない。CGは商業映画が80年間かけて培ってきた特殊撮影技術を根底から覆す技術として成長し、現在もなお進化を遂げている。その意味でCGは、トーキー以上に映画にとって画期的な役割を果たしたと言える。
CGはもともと、冷戦時代の米軍がソ連の大陸間弾道ミサイルを迎え撃つためのシミュレーション技術としてスタートしたもので、1970年代に入ってこの技術が映像メディアにも応用されるようになり、1977年にジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』で本格的に採用して話題となった。しかし当時のコンピュータでは、3ヶ月かけて90秒のシーンを作成するのがやっとで、かつそのコストは膨大なものだった。
1982年にはディズニーが、実写とアニメとCG画像を融合したファンタジーSF映画『トロン』で、15分に及ぶCG画像を組み込んで注目を集めた。『トロン』は当時最速のスーパーコンピュータを使用して各プロダクションが6ヶ月かけて作ったCG画像をディズニーのスタジオに集め、実写部分と手描きのアニメーションを加えてフィルムにしたもので、CG画像作成以外はすべて手作業によって制作された。

シネマトゥデイ

シネマトゥデイ

「『トロン』は作品としては面白かったのですが、CGを駆使してコンピュータのCPU内を人間が駆け巡るという大胆な発想が時代に先行し過ぎたせいか、興行的には中ヒットという結果に終わりました。しかし映画関係者の間では、新たな制作技術として大変な話題となり、その後のCG普及のきっかけとなりました」。日本最大の映画情報サイト「シネマトゥデイ」を主催する株式会社ウエルバ、木尾保男社長はこう語る。
『スター・ウォーズ』第一作の1977年から『トロン』の1982年までの5年間でコンピュータを使って映画用のCG画像を作るコストは劇的に下がり続け、約8分の1に下がったとされている。その後のCPUパワーの能力向上・コスト低下は言うまでもなく、1995年にはフルCG画像による長編アニメーション『トイ・ストーリー』が誕生。更に2002年の『スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』では、ソニーのデジタルHDカメラ「HDW-F900」を使用して全編デジタル撮影を行い、フィルムを全く使わないデジタルシネマが登場する。

 
 
 
  デジタルシネマで映画は復活できるか
 

デジタル配信によってフィルム配信のコストが大幅に減少することが期待できる

撮影から上映まですべてデジタル処理による「デジタルシネマ」の登場によって、映画は一気にデジタル化に向けて進むかと思われたが、映画産業におけるフィルムの牙城は根強いものがあった。日本でデジタルシネマを上映できる映画館は昨年30館を超えたとのことだが、それでもデジタルシネマ主流にはまだまだ程遠い状況だ。生活のあらゆる場面でデジタル化が進む中で、映画はなぜいつまでもフィルムで上映されているのだろうか。
これを解く鍵は「デジタルへの移行が入場者増に必ずしもつながらないという現実」にあるというのが木尾氏の指摘だ。つまり「最近はやや回復基調にあるとは言っても、映画館に足を運ぶ映画ファンの数が増えているわけではありません。DVDなどの販売ビジネスに期待できる制作や配給とは異なり、入場者数が減少傾向にある環境では、デジタル化への投資意欲は期待されるほど高まっていない」のが現状だ。

映画館がデジタル化するためには、デジタル映写機とデジタル投影スクリーンに加えて、大容量の映像データを受信するための高速通信ユニットが不可欠だ。音響については従来の設備を使用することも可能だが、デジタルの威力を発揮するにはやはり最新のデジタル音響システムが必要になる。これらの諸設備に要する費用は、小規模の映画館であっても数千万円に上る。大きな金額であることは確かだ。しかしデジタルシネマが、色褪せしない鮮明画像と多チャンネル音響による迫力を映画に与えることで新たなファン層を開拓して映画館復活につながる可能性を考えると、デジタル化は興行側にとっても大きな魅力である。徐々にではありながらもデジタル映画館が世界的に増えつつあるという事実は、デジタルシネマに対する興行側の期待の表れでもある。
映画が娯楽の王者として君臨していた1960年代を過ぎ、映画館の数は減少の一途を辿り、現存の映画館も大手によるシネマ・コンプレックス(シネコン)に集中していることは周知の通りで、昨年末の日本の全スクリーン数のうち約3分の2がシネコンによって占められている。シネコンには大手資本をバックとしている企業が多いことを考えると、「ハリウッドの判断次第では、世界の映画産業が一気にデジタルシネマに傾く可能性は充分にあります」というのが木尾氏の見方だ。

 
 
 
  インターネットとデジタル画像
 
デジタルHDカメラ

デジタルHDカメラも日々、進化している。
写真はデジタルシネマ撮影の際の人気機種HDW-F900シリーズ(Sony)

インターネットの普及と画像のデジタル化は深い関係にある。世界のデジカメ生産台数が対前年比60%と急成長した2002年は、日本でADSLをはじめとする常時接続ブロードバンドが一般家庭にまで広範に普及した年であり、更に携帯電話にカメラ機能が付いて画像をインターネットで送受することが一般的になった年でもある。そして画像も静止画だけでなく動画の活用が進み、各Webサイトなどでも動画が増えてきたのは周知の通りだ。家庭用ビデオカメラもデジタル化が進み、日本市場では2005年中にビデオカメラはデジタルへの移行が完了した。
ビデオのデジタル化によって、高度な編集加工が誰にも簡単にできるようになり、これがネットで配信されるなど、従来は家庭内の楽しみであったビデオの世界は大きな広がりを見せる。さらに光ファイバーによる高速環境も後押しとなって、ビデオは進化して「デジタルムービー」と呼ばれるようになった。
ビデオの「デジタルムービー」への進化は、映画にも大きな影響を与えている。家庭で楽しめる手軽さを持ちながら高度な映像表現が可能なデジタルムービーによって、ムービーを作る層が大きく広がった。ムービーカメラとパソコンさえあれば誰でも映像作家になることができ、ネット上での映像公開という発表の場もできたことで、映像制作は一般の人々にも身近なものとなったのである。24年前の『トロン』の最先端CGは、こと技術レベルに関する限り今なら普通のパソコンで作れるレベルだ。
デジタルムービーによる映像制作の一般化は、ビデオ映像を基軸とするTVと、フィルム映像を基軸とする映画との境界を崩しはじめ、この境界を意識しない映像作家が増えてきた。そして「映画は必ずしも映画館で上映される必要はない」との立場から、DVDシネマなどスクリーンを前提にしない映像作品も生まれるようになった。このように、ビデオと映画が融合しつつある映像環境が、デジタルシネマを生む一つの土壌となっている。
さて従来のビデオに置き換わる「デジタルムービー」と、フィルム映画に置き換わる「デジタルシネマ」との最大の違いは、画面の精細度にある。デジタルムービーの画面サイズが720×480ピクセルなのに対して、デジタルシネマは主流となりつつある4Kデジタル規格で4096×2160ピクセルと、両者の精細度には圧倒的な違いがある。大型スクリーンへの映写を前提とするデジタルシネマの高精細は当然とも言えるものだが、この高精細を実現するために、制作から上映に至る各段階で新たなテクノロジーが必要になり、その規格の標準化が進められている。デジタル技術は日進月歩であり、現状で最新と思われる機器を投入しても、その規格がすぐに古いものになってしまう可能性があるからだ。
この標準化の中でも、最も必要とされているが、デジタルシネマの映写及び配給に関する技術仕様だ。この仕様については2002年3月に大手7大メジャースタジオによって「DCI(Digital Cinema Initiatives)」が設立され、2005年7月に最終仕様が決定した。現在国際標準化の手続きを進めている段階で、これによってデジタルシネマ普及に向けた環境整備は最終段階に入ったと言える。

 
 
 
  デジタルシネマのメリット
 
木尾保男社長

お話をお伺いしたウエルバ木尾保男社長

さてデジタル化による制作側のメリットは言うまでもない。撮影しながら映像が確認できることに加えて、コンピュータを駆使したさまざまな効果やノンリニア編集はもちろん、コンテンツの複写や配信など、デジタルデータならではの便利さはフィルムとは比較にならない。ただデジタル化されたコンテンツはコピーが簡単かつ正確に行えることから、デジタルシネマには不法コピーを防止するDRM(Digital Rights Management=デジタル著作権管理)技術が課題とされており、この解決がデジタルシネマ実用化の条件の一つとなっている。
配給側にとってもデジタルシネマの実現は大きなメリットとなる。撮影から上映までの一連の流れを完全にデジタル化することによって、フィルムを用いた従来スタイルに比してコストをはるかに節約できるからだ。例えば全米公開では約4,000本のデュープフィルムが必要とされるが、これに要する費用を1本につき1,000ドルとして計算しても合計400万ドル、つまりフィルム作成には4億円以上かかるのだ。4億円が映画収入においてどう位置づけられるのかピンと来ないが、9月第1週の全米上映ランキングトップに立つ『The Convent』」の第1週売上高が885万ドルであるという事実(http://movies.yahoo.com/mv/boxoffice/参照)を見ると、コストの大きさが理解できる。
フィルム上映という伝統的なスタイルからの脱却は、フィルムコストの削減だけでなく、これを劇場に配達するコストや、上映による焼け焦げやスリ傷などの損傷を考えると、配給側にとっては一層大きなメリットとなる。デジタルシネマが主流になれば、コンテンツを人工衛星経由で全世界に配信することが予定されているので、配給コストは更に下がるはずだ。人工衛星によるデータ配信については「現在の技術力で実現は充分可能」(木尾氏)ということだ。

 
 
 
  デジタルシネマの今後
 

人工衛星によるデジタル配信には、規格の統一など課題もあるが、実現すればコストが削減され、引いては映画作品の質の向上にも繋がる可能性がある。

衛星配信が実現すると、メジャーが系列の配給会社を通じて系列スクリーンに優先的にフィルムを回すという従来の配給システムが変化し、大手主導だった既存の仕組みが不要になるとの見方がある。しかし木尾氏は「コンテンツをフィルムで配送しても人工衛星から流しても、上映の権利を得るという本質は同じ。配給するメディアが物理的に変わっても、従来の配給システムを維持することは可能です。だからこそ、ハリウッドの意向次第で明日にでもデジタルシネマへと一気に変わる可能性があるのです」との見方をしている。既存の権益を確保したいメジャーの意向がデジタルシネマの今後を大きく左右することは確かで、デジタル化によって既存の配給システムが不要になるか否かは、政治の領域に絡む問題だ。
現在は、フィルム上映が主流のため、完全デジタル撮影によるフィルムなしのデジタルシネマを完成しても、デジタル映写施設のない多くの劇場用にデジタルデータをわざわざフィルムに焼き直して配給している状況で、ごく限られた特定の劇場でないと、クリアな画像と鮮明な色彩、迫力ある音響など、デジタルシネマの醍醐味は味わえない。

CGを始めとするデジタル技術は映画に新たな可能性を開いた。『アポロ13』(1995年)におけるロケット発射シーンはすべてCG映像だが、事故が発生するまでほとんど話題になることのなかったアポロ13号だけに、実写映像は残っていなかった。実写を模したCGあってこその作品である。昨年の日本映画『ALWAYS 三丁目の夕日』にしても、実写とCGの融合が日本の昭和30年代の描写に大きな威力を発揮している。
デジタルシネマでは、デジタルならではの特徴が作品に影響を与える可能性が強い。かの『ゴジラ』第一作はアナログによる特殊撮影の元祖とも言える作品だが、重量のある着ぐるみによる演技がゴジラの重厚なキャラクターにつながった。その後、回を重ねるに従ってゴジラの動きは身軽になり、1998年の米国版『Godzilla』におけるCGゴジラの動きは、オールドファンにとってはもはやゴジラとは言えない身軽な動きをするキャラクターになっている。つまりアナログとデジタルでは得意とする分野が違う。デジタルでも溝口健二や小津安二郎を模すことは可能だろうが、デジタルにはデジタルならではの表現があるに違いない。デジタルシネマは制作から上映に至る映画ビジネスの流れを変革するだけでなく、100年にわたって続いてきた映画作品そのものを変革する可能性をはらんでいる。

取材協力:シネマトゥデイ(http://cinematoday.jp/

 
 
加藤三郎 0005 D.O.B 1956.6.18
調査報告書 ファイルナンバー005 映画はデジタルでどう変わる
イラスト/小湊好治 Top of the page

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