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新IT大捜査線 特命捜査 第38号 パソコンを使った花火打ち上げシステム「安全を確保し華麗な演出も自由自在!」
 
  直接点火から電気点火、そしてコンピュータ制御へ
 
店舗外観

株式会社 國友銃砲火薬店。会社は京都市下京区にある。

上埜さん

株式会社 國友銃砲火薬店
課長兼チーフコーディネーター 上埜昌紀さん。

前田さん

株式会社 國友銃砲火薬店
チーフデザイナー 前田智則さん。

夜空を彩る大輪の花々、お腹にズシンと響く重低音──今も昔も、花火大会は日本の夏に欠かせない風物詩だ。昔はただ順番に打ち上げられていた花火も、今は随分様子が違う。最近の花火大会は打ち上げのリズムや見せ方にさまざまな工夫が施され、単なる花火大会というより、音と光の一大ページェントと呼ぶにふさわしいエンタテインメント性が盛り込まれているのだ。
いくつもの花火を組み合わせて連続的に打ち上げるスターマインなどを見ると、「一体どうやって打ち上げているのだろう?」と不思議に思う。とても職人が手作業で点火しているとは思えない。

そんな疑問を抱きながら、京都にある株式会社 國友銃砲火薬店を訪ねた。ここは戦国時代の鉄砲鍛冶集団をルーツにもつ老舗の銃砲火薬商。花火を扱っているのは煙火部で、毎年60〜70の現場の花火を企画・演出し、打ち上げているという。注目すべきは、そのすべてにパソコンを使った打ち上げシステムが使われている点だ。同社は業界でいち早く花火のコンピュータ制御を導入した会社なのである。
話を伺ったのは、課長兼チーフコーディネーターの上埜昌紀さんと、チーフデザイナーの前田智則さん。そもそも、昔の花火と今の花火はどこがどう違っているのだろう。上埜さんが花火の歴史を説明してくれた。
「ご存じのように、昔の花火は作業員が導火線に直接火を付けていました。導火線の長さと点火時期を調整して打ち上げのタイミングを計っていたんです。ただこのやり方だと、作業員がつきっきりで打ち上げ用の筒のそばにいなければなりません。点火作業は危険と隣り合わせです。花火を打ち上げる場所が増えれば作業員の数も増えますから、当然、危険度も高くなります。そこで業界を挙げて導入されたのが、電気を利用した遠隔点火方式だったんです」

これは筒から数十メートルもの長い電気導火線を操作盤(点火スイッチ)まで引き、着火を電気の通電によって行う仕組み。離れた場所から花火を打ち上げるので、作業員の安全はほぼ確保される(安全を期して、打ち上げ現場には必ず作業員が立ち会っている)。ただし、基本的には導火線への直接点火を電気スイッチに置き換えただけなので、一つひとつの花火を細かく制御できるわけではない。複数の花火を一つのスイッチで点火する場合は、後続の花火を途中で止めることも不可能だ。
電気点火は1980年代後半から業界に導入された。國友銃砲火薬店も早い段階から導入したが、使っているうちに、同社は更にその一歩先を考えるようになる。
「せっかく電気で点火しているのだから、点火そのものを細かく制御できたら、より大きな安全につながると考えたんです。仮に事故が起こっても、途中で点火を中止できたら最小限の被害で済むかもしれません。一本一本の花火の点火をどのように制御するか。そこでコンピュータを使ったわけです」
これが今から20年前の話。現在は海外製の花火制御システムが市販されているが、当時は自分たちで作るしかなかった。まだ多くのパソコンがPC98で動いていた時代である。使われるパソコンも、ほとんどがデスクトップだった。

当時専務だった同社の現社長は、知人である花火好きのプログラマーに依頼し、一からソフトウェアを開発。その結果「番組作成用」と「打ち上げ用」と呼ばれる2種類のソフトが完成した。どちらも市販のパソコンで動くプログラムである。
2つのソフトは、それぞれの役割が明確に分かれている。まず、前田さんのようなデザイナーが、事前に番組作成ソフトを使って「どの花火をどういうタイミングで打ち上げるか」というプログラミングを行う。次に、完成したプログラムデータを、打ち上げソフトをインストールしたノートパソコンに読み込ませ、花火大会の現場に持ち込む。現場では花火の点火装置とこのノートパソコンがケーブルでつながれ、打ち上げソフトから点火・中断・スピード調整などの指示が出される仕組みだ。2つのソフトは随時新しくなっているが、最新バージョンでも基本的な部分はほとんど変わっていないという。

 
 
 
  意表を突く演出は花火デザイナーの腕次第
 
作業中の前田さん

作業中の前田さん。この姿だけを見ると事務系のサラリーマンのようだ。

番組作成画面

番組作成中の画面。表計算ソフトのようなデータシートに、任意の数値を入力していく。

統合型音楽制作ソフト画面

こちらは汎用の統合型音楽制作ソフト。プログラムによっては音楽をシンクロさせることもある。

花火をコンピュータ制御するということは、言い換えれば点火タイミングを自由自在にコントロールするということ。となれば、それは現場の安全確保だけでなく、花火を演出するうえでも大いに役に立つ。國友銃砲火薬店が開発したソフトに“番組作成”と名付けているのは、この演出要素を念頭に置いているからに他ならない。つまりデザイナーは、花火だけが登場するTV番組を作るディレクターのような存在なのである。

では、実際の番組はどんな手順で作られているのだろうか。
まず、上埜さんらコーディネーターが顧客(商工会議所や青年会議所など)の元へ赴き、どんな花火を打ち上げたいのかという要望をすくい上げる(前田さんが同行することもある)。次に上埜さんは、TV番組でいうところの構成台本を作成する。大抵の花火大会はスポンサー告知のCMを挟んだ複数のプログラムで構成されるので、ここではプログラム毎に使用する花火玉のサイズや数、順番など、全体の大まかな内容を決めておく。
ここから先はデザイナーの仕事だ。前田さんはこの台本をベースにして、番組作成ソフトの該当する欄に、打ち上げ場所・打ち上げ時間(タイミング)・玉のサイズ・玉名・玉数・アクセサリー等を一つひとつ入力していく。ポイントになるのは、玉と玉の間のタイミングをどう取るか。点火と開花の時間差も考慮に入れながら、秒単位の数値を指定していく。ここに、デザイナーの個性が現れるのだという。
「僕の場合は、いつもサプライズを心掛けてデザインしています。観客の意表を突くようなタイミングを狙ったり、変な間を作ったり(笑)。同じ現場を担当しても、決して同じ形にはしません」(前田)。
國友銃砲火薬店には前田さんを含めて3人のデザイナーがいるが、同じ台本を元に演出したとしても、結果は三者三様になるのだという。「ここが面白いところで、女性がデザインするとどこか優しい感じが出るんですよ。前田の場合は、実際に打ち上げた花火を見て『おおっ、こう来たか』と感心することがよくあります」(上埜)。

ただし、デザイナーは100%自由にプログラムを作っているわけではない。まず知っておかなければならないのは現場の様子だ。打ち上げ場所は何ヶ所にも及ぶので、観客席から見てどこから打ち上げたらベストな見え方になるのかを常に考えなければならない。
また、現場には高さの制限や当日の風の方向など、必ず考慮しなければならない条件がある。
「例えば、当日予測される風の方向によって玉の打ち上げ方を変えることもあります。また船上から打ち上げる場合は、本番中にどんな船が近寄ってきて、どんな航行規制が出され、いつ解除されるかなど、いろいろなことを把握しておかなければなりません。デザイナーも現場を知らないと仕事ができないんですよ」(上埜)。
こうした諸条件を踏まえながらのプログラミング作業だから、簡単にはできない。1〜2万発を打ち上げる「琵琶湖花火大会」や「なにわ淀川花火大会」のような大きな大会になると、6年の経験がある前田さんでも半月はかかるという。

 
 
 
  花火玉の管理を進め、準備段階の効率アップを実現
 
黒色小粒火薬と点火玉が入った袋

花火玉を打ち上げる推進力となる袋。中には黒色小粒火薬と点火玉が入っている。

花火を筒に入れるところ

パレット内の筒に一つひとつ、さまざまな種類の花火玉を入れていく。

たくさんのパレット

大規模な花火大会になると、複数の場所に総計200以上ものパレットが並ぶ。

大小さまざまな筒

小さな玉を扇状に打ち上げる場合はパレットを使わない。

番組が完成すると、作業はいよいよ現場へと移る。打ち上げ花火の現場はほとんどの人にとって未知の世界。いったいどんなことが行われているのだろう。
上埜さんに、使用する機材と準備の大まかな流れについて教えてもらった。
まず、打ち上げる花火玉について。主に使用する大きさは3号から10号(尺玉)までで、大きさによって開花時の直径や到達高度が異なってくる。ちなみに10号玉だと、直径320メートルの花火が、高度330メートルの夜空に輝くという。
花火玉は一つずつ、玉の大きさに合わせたステンレス製の筒に装填する。筒の底には、打ち上げの起爆剤となる黒色小粒火薬と点火玉を入れた袋をあらかじめセットしておく。点火玉からは導火線が伸びており、その先に小さな端子が付いている。この端子を電気点火用の専用端末に接続。端末からは長い通信ケーブルが伸びており、その先に打ち上げソフトをインストールしたノートパソコンがある。
打ち上げ当日は専任のオペレータがパソコンの前に座り、ソフトの点火スイッチを入れる。すると通信ケーブルに信号が流れ、端末で電気信号に変換された後、点火玉に着火する仕組みだ。

大きな筒は一本一本独立して設置するが、通常は大きな金属製の枠(パレット)に50本まとめてセットする。パレット1台毎に、電気点火用の専用端末1台を接続。つまり、端末1台で50発までの花火を打ち上げられるわけだ。打ち上げ中に玉を入れ替えることはしないため、1万発打ち上げる大会なら200台のパレットが必要になる。筒を入れたパレットの重さは、なんと1台200キログラム。設置には当然クレーンが必要になる。ちなみに、國友銃砲火薬店には2万本の筒と400台のパレットがあるという。これは日本でも最大級の規模らしい。

基本的に、機材などの準備は大会の当日に行う。まずはデザイナーが作った番組データから、打ち上げ順・玉込め表・筒番号順表・筒配置図・梱包用ラベル等をプリントアウトして、それぞれの担当に渡す。担当者はそれを見ながら筒やパレットを倉庫から搬出したり、花火玉を加工して箱詰めをしたり、あるいはコンピュータの機材を揃えたりと、さまざまな準備をして現場へ出発する。
上埜さんは、この部分にも同社の番組作成ソフトの優位性があると語る。
「1万発もの花火玉ともなると、倉庫から搬出するだけでも大変な作業量になります。現場では、複数の場所に分かれたパレットの筒に、さまざまな種類の玉を入れなければなりません。この作業は簡略化できませんが、搬出する担当者にしてみれば、同じ種類の玉は一度にまとめて出すなどして、できるだけ効率化を図りたい。このソフトは玉をどういう順番で搬出すればいいかまで教えてくれるようにプログラムされているので、非常に助かっています」

一通りの準備ができたら、通電テストを行う。最初に接続検査用のソフトを立ち上げて、電気点火用の端末自体が正しく接続されているかを確認。OKであれば、次は端末につながったそれぞれの端子にまで正しく通電できているかを、画面上で確認する。一つひとつの端子には固有のIDが与えられているので、もしエラーが出た場合も、すぐに特定できるようになっている。


端末を操作するところ

電気点火用の専用端末をセットしているところ。中にはCPUが入っており、パソコンと連携して点火を制御する。

大きな花火大会になると、この確認作業だけでもかなりの時間がかかるという。
「一ヵ所でもエラーが出たら大変です。どこかの端子が外れているのか、端末に負荷がかかっているのかなど、現場は右往左往しますね」と前田さん。花火の結果を確認するため、上埜さんも前田さんも現場には必ず顔を出すようにしている。

 
 
 
  現場で使うパソコンは極力シンプルに
 
指揮所のパソコン
指揮所に置かれたノートパソコン。ここから打ち上げの指示が出される。
オペレータ
パソコンを操作するオペレータ。操作に集中するので花火を見る余裕はないという。
打ち上げソフト画面
打ち上げソフトの操作画面。次の花火番号、残りの数、速度係数などが表示される。
打ち上がった花火
國友銃砲火薬店の花火が夜空に大輪の花を咲かせた。スタッフの苦労が報われる瞬間。

準備万端整ったら、後は本番を待つだけ。とはいえ忙しいときは本番直前まで作業が続き、食事を取れないこともあるらしい。花火大会の舞台裏はなかなか大変なのである。
各場所に設置したパレットの周辺には、打ち上げの指示を出す指揮所が置かれる。ここでオペレータが、打ち上げソフトの入ったノートパソコンを操作するわけだ。本番が始まったら、オペレータの仕事は基本的にスタートボタンを押すだけ。後はデザイナーがプログラムしたタイミングでコンピュータが点火の指示を送り、自動的に花火が打ち上がっていく。すべてがうまく行けばこれで万々歳だが、実際はそううまくいかないらしい。
「現場で一番多いのは時間調整の問題ですね。途中で入るアナウンスCMが押して、後のプログラムに影響することがあるんです。交通規制が敷かれていることもあり、大会の終了時間を遅らせることはできません。そこで、大会本部で花火全体を見ているスタッフがオペレータに連絡し、プログラムの時間を調整して終了時間に合わせるわけです」(上埜)。

コンピュータ制御のメリットはここにある。國友銃砲火薬店の打ち上げソフトは、100分の1秒の精度で点火のタイミングを微調整できるのだ。設定数値を変更するだけで、例えば5分のプログラムを3分に巻いたり、逆に一発一発の間隔を延ばすこともできる。時には途中の花火をカットしたり、急きょ順番を入れ変えることもあるという。
また、オペレータは万が一の異常事態にも備えなければならない。そのため、打ち上げソフトはバックグラウンドで絶えずシステム全体をチェックしている。もしどこかの端子に不具合が生じていたら、パソコンの画面上にアラートが現れる。オペレータはその花火をカットするか、CMの最中に修理して対処するわけだ。
「こうしたソフトの仕様は、自分たちで開発したからこそ可能になった部分。当社にも海外製の点火システムがありますが、やはり自社のソフトの方が使いやすいですね」と上埜さんは言う。

現場に持ち込むノートパソコンは、どのようなものが使われているのだろう。写真を見ると、5、6年前までPC98で動くモデルが使われていたようだ。
「プログラム自体は比較的軽いので、別に高性能なパソコンを使う必要はないんです。さすがに最近はWindowsパソコンを使っていますが(笑)。それよりも大切なのは、現場の作業中にクラッシュやダウンしないこと。ハードはなるべく丈夫なものを選び、中のシステムは極力シンプルな構成にしています」(上埜)。
もちろん、万一のことを考えて現場には必ず予備のパソコンを持っていく。フリーズ等のトラブルには、万全の対策が練られているのだ。

コンピュータ制御の導入以降、花火の世界は劇的に変わったと言われる。第一に作業員の安全が確保され、第二にエンタテインメント性の高い自由な演出が可能になった。自社でソフトを作っている國友銃砲火薬店の場合は、搬出作業の効率アップや緊急時に備えたフレキシビリティも加わる。そして更に、上埜さんはもう一つ大きなメリットがあると教えてくれた。
「昔ながらの花火職人に頼らなくても、火薬類取扱等の資格があれば現場を任せられるという点です。熟練の職人にしか任せられないとしたら、当社のように一日で5〜6の現場を請け負うような会社はやっていけません。ベテランがいなくても、安全かつスムーズにお客さんに喜んで頂ける花火を打ち上げることができるようになりました。これもまたコンピュータのおかげなんですよ」

夏の夜空を華麗に彩る打ち上げ花火。長い伝統に培われたその美しさは、コンピュータの力によってこれからも輝きを増すことだろう。

 

取材協力:株式会社 國友銃砲火薬店(http://www.kunitomogs.co.jp

 
 
田島 洋一 0010 D.O.B 1976.2.3
調査報告書 ファイルナンバー 第38号 パソコンを使った花火打ち上げシステム「安全を確保し華麗な演出も自由自在!」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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