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ニッポン・ロングセラー考 Vol.77 すしのこ タマノイ酢 おいしいおすしを簡単に!定番調味料になった粉末すし酢

家庭でおすしを作るのは大変な作業だった

発売当時の「すしのこ」

発売当時の「すしのこ」(75g)。写真はモノクロだが、パッケージデザインと色は現行商品とほとんど同じだ。

開発室

「すしのこ」を開発している様子。すし酢の粉末化は固結化との戦いだった。

初期の社屋と工場

「すしのこ」発売時の社屋と工場。社屋は2007(平成19)年、近代的な本社ビルに建て替えられた。

やや硬めに炊いた御飯を木桶の中に入れ、すし酢をかける。うちわで扇ぎながら手早く切るように混ぜると、周りに酢の香りが漂って、ああ美味しそう。うちわを渡された子供も興味津々。「今日は巻きずし? それともちらしずし? ねえねえ、お稲荷さんも作る?」
混ぜ終わったら、濡れ布巾を掛けて人肌の温度になるまで寝かせておく。笑顔の子供を前に、一仕事終えたお母さんが優しく微笑む。

今ではすっかり珍しくなってしまったけれど、昔はどこの家でも普通におすしを作っていた。握りずしはともかく、巻きずしやちらしずしは各家庭の重要なレパートリーで、食卓に上る機会も今よりずっと多かった。
かつては、おいしい酢飯を作ることがお嫁さんの大切な仕事だったという。酢飯は御飯の炊き方や使用する酢、使う道具などによって味が大きく違ってくる。家庭の主婦にとっては、ポピュラーでありながら作るのが難しく、手間の掛かる料理なのだ。
昔も今も、酢飯作りには液体のすし酢(合わせ酢)がよく使われる。今から50年近く前、この伝統的な酢飯作りを大胆に変えた商品が現れた。大阪に本社を置くタマノイ酢株式会社の「すしのこ」。世界で初めて食酢の粉末化に成功した、画期的な商品だ。

タマノイ酢は1907(明治40)年、大阪にあった5つの酢蔵が集まって創設された。大阪の堺では4世紀末の応神天皇の頃から酢が造られており、地元の名を取って和泉酢と呼ばれていた。豊臣秀吉の時代に製酢業者が堺から大阪へ移り、その頃から「玉迺井(タマノイ)」の商標が用いられるようになったという。タマノイ酢も戦前から瓶入りの酢を数多く製造し、関西圏を中心に販売していた。品質は高く、1958(昭和33)年にはブリュッセル(ベルギー)万国博覧会に、日本の酢の代表として商品を出品している。
ちょうどその頃、市場では粉末調味料の販売量が急拡大していた。消費者にとって粉末調味料は、手軽で使いやすく保存が効くのが一番のメリットで、企業にとっては流通面の負担が小さいため、コストを削減できた。当時の液体酢は日持ちせず、大きな瓶(かめ)に入れて運搬するため、流通面でも大変な手間が掛かった。「すし酢を粉末化したら、すし作りがもっと簡単になるはず。流通も大幅に楽になる」──世界初の粉末すし酢「すしのこ」は、こんな自然な発想から誕生した。

しかしながら、開発は困難を究めた。最大の難関は湿気対策。酢の粉末化は可能でも、湿気を帯びたら固結化してダマになってしまい、使い物にならない。顆粒にする方法もあるが、御飯への浸透具合に問題が出てしまう。研究室では何年にもわたって実験が行われ、試行錯誤が繰り返された。結局、タマノイ酢は独自の製法で酢の粉末化に成功し、特許を取得。このノウハウこそが「すしのこ」の命でもある。
発売は1963(昭和38)年。パッケージは2種類あり、価格は米5〜7合用の75g入りが60円、1〜1.4升用の150g入りが100円。やや高めの設定だったが、「すしのこ」にはそれを納得させるだけのインパクトがあった。液体のすし酢の場合、炊きあがった御飯にすし酢の水分が加わって、どうしてもベタつきがちになる。しかし、「すしのこ」は粉末だからその心配がない。ベタつきを見越して御飯を硬めに炊く必要もない。つまり、ふりかけて混ぜるだけで、誰でも簡単においしい酢飯を作ることが出来るのだ。ちなみに原材料は砂糖・食塩・醸造酢粉末・酸味料のみ。“旨み”成分は含まれておらず、その成分は現在まで変わっていない。
発売当時のキャッチフレーズは、「パッとふりかけサッとまぜ、ハイおいしいすし御飯」。今までになかった「すしのこ」の商品特性を、分かりやすく伝えている。


独自のサンプル配布作戦を展開し、大ヒット商品に

すしのこカー

「すしのこ」のパッケージと同じ色に塗られた営業車。街中では大いに目立ったに違いない。

街頭宣伝

タマノイ酢は街頭や店舗フロアなどで数多くの試食会を実施し、直接消費者にアピールした。

広告イメージ

「温かい御飯にふりかけて混ぜるだけ」を印象付ける広告イメージ。

店頭販促ツール

店頭に置かれた陳列ラック。キャッチフレーズが前面に大きく書かれている。

タマノイ酢は販売の中心を東京に置き、そこから「すしのこ」を全国に向けて展開することにした。だが、大きな問題が待ち構えていた。「すしのこ」を扱うのは街中の乾物店や食料品店。今まで営々と築き上げてきた酒屋ルートが使えなかったのだ。となれば、自分たちで食品ルートを開拓するしかない。タマノイ酢の営業マンは、商品と同じ黄色に塗った「すしのこカー」を駆り、全国の乾物屋や食料品店を訪問して回った。
当時の記録は残されていないが、おそらく相当な苦労があったことだろう。酢のメーカーとしては有名でも、食品メーカーとしての知名度は低い。しかも売るのは粉末すし酢という、今までにない斬新な商品。それでも同社の営業マンは地道な努力を続け、徐々に販売網を拡大していった。

当初、「すしのこ」の評判はどうだったのか? こちらも思うようにはいかなかった。若い主婦層は興味を持ってくれたが、年配の女性層の評判が芳しくなかった。彼女たちには、何年も液体の酢で酢飯を作り続けてきた経験がある。自分だけのレシピとコツを掴んでおり、それが自信にもなっている。そんな女性たちにしてみれば、簡単においしい酢飯が出来てしまう「すしのこ」は、おいそれとは認められない商品だったのかもしれない。
そこでタマノイ酢は、攻められるところから攻めることにした。誰でも簡単においしい酢飯が作れるという「すしのこ」の特徴は、とにかく一度使ってもらわなくては伝わらない。商品サンプルを持参した営業マンが訪問した先は、幼稚園や保育園だった。各園の許可を得た上で子供たちにサンプルを配布し、それを母親へ渡してもらったのだ。この作戦は見事に当たり、タマノイ酢はすし作りに頭を悩ませている若い主婦層を取り込むことに成功した。その数年後には新聞の一面にサンプル提供の広告を出稿。さらに幅広い消費者層にアピールを図ったことで、「すしのこ」の知名度は一気に上昇した。

さらにテレビCMや店頭での販促活動にも力を入れた。発売初期にはトップ女優・乙羽信子を、その後は良妻賢母イメージの丘みつ子をCMに起用。宣伝では御飯に「すしのこ」をふりかけているイメージを多用し、一見しただけで「すしのこ」の特徴が伝わるようにした。
また、店頭での試食会を至る所で実施。黄色の地に赤い文字で描かれた「すしのこ」の大きなロゴマークは、どの場所でも人目を引いた。液体のすし酢でなければ酢飯は作れないと考える主婦は次第に少なくなり、いつしか「すしのこ」は珍しい商品ではなくなっていた。スポット的に類似商品も現れたが、そのほとんどが長続きせず市場から姿を消した。同じように見えても、酢飯を作ってみると何かが違う。甘みと酸味の絶妙なバランスは、「すしのこ」にしかないものだった。

「すしのこ」の販売量がピークを迎えたのは、1980年代後半から1989(平成元)年にかけてのこと。販売開始から約30年間、「すしのこ」はほぼ右肩上がりに販売量を伸ばしてきた。その推移は、日本の家族の有りようを反映しているかのようだ。ハレの日に母親や祖母が作ったおすしを家族全員で食べていた時代が過ぎ、核家族世帯が増え、個食化や外食化が進むにつれ、「すしのこ」の販売量は一定の水準に落ち着いてきた。今は、スーパーの総菜コーナーやテイクアウト専門店、はたまたコンビニに至るまで、さまざまな種類のおすしが売られている。おすしは家で作るものから、家に持ち帰って食べるものに変わってしまったのかもしれない。
もちろん、自宅でちらしずしや巻きずしを作るニーズがなくなったわけではない。現在、市場で人気を博しているのは、具材とすし酢をレトルトパウチにした、ちらしずし専用商品。シンプルな粉末すし酢は少なくなったが、「すしのこ」は定番のすし酢として、常に一定の需要をキープしてきた。粉末すし酢に限れば、その市場シェアは90%以上にもなるという。


“パック御飯との組み合わせで新たな使い方を提案

パック御飯

チンしたパック御飯にすしのこをふりかけるだけ。目から鱗のグッドアイデア。

アボガドマグロ丼

スーパーの魚売場では、個性あふれるアボガドマグロ丼を女性客にアピール。

近年の「すしのこ」について、興味深いデータがある。2005年度上期までの20年間、ずっと前年対比100%前後で推移してきた売り上げが、2006年度の下期、いきなり108%近くにまで伸びたのだ。いったい何があったのか?
きっかけは、20代前半の女性営業社員の提案だった。この女性、実は会社に入るまで「すしのこ」の存在を知らなかったという。「これ便利そう」と思った彼女は、自宅でよく利用しているレトルトパックの御飯に、「すしのこ」をふりかけて酢飯を作ってみた。食べてみると、ほんのりとした甘みがあっておいしい。それならと、いなりずしやマグロ丼を作って食べてみた。これがまたおいしい。具材次第で新しいメニューも作れそうだ。さっそく企画会議の席で、「すしのこ」とパック御飯を組み合わせて販売することを提案した。

「パック御飯を酢飯にするとは、なんと大胆な」先輩の営業部員たちは驚いた。しかしよく考えてみると、学生や単身赴任のサラリーマン、ひとり暮らしの高齢者など、パック御飯の愛用者は大勢いる。御飯を炊く機会は少ないし、調理もできるだけ簡単に済ませたい。そんな人たちにとって「すしのこ」は、食事のバリエーションを増やす絶好の調味料になるかもしれない。
タマノイ酢はこの提案を実行に移し、商品のパッケージ裏に、パック御飯でも酢飯が作れることを表示した。同時に、スーパーの売場にも「すしのこ」とパック御飯の同時陳列を提案。さらには“デトックス・美肌”をテーマにした女性向けメニュー「アボガドマグロ丼」を作り、魚売場に「すしのこ」とアボガドを持ち込むという、大胆な試みにもチャレンジした。単なるメニュー提案で終わるのではなく、そこからさらに踏み込んで、売場を活性化させたのだ。

この新提案が好評を博し、「すしのこ」は2006年度の販売増を達成。同時に若年層の開拓にも成功した。同年のタマノイ酢には新商品がなかったが、ロングセラー商品に新しい命を吹き込むことによって、新商品に負けない売り上げを実現できることを証明したのだ。「すしのこ」には、まだまだ需要の伸び代がある。それを販売に結びつけられるかどうかは企画力次第。そして多くの場合、斬新な企画は若い社員の柔軟な発想から生まれる。パック御飯+「すしのこ」の提案も、「酢飯はちゃんと炊き上げた御飯で作るもの」という思い込みがあるベテラン社員からは、なかなか生まれてこないだろう。
ここ数年、タマノイ酢は組織改革と人材育成に力を注いでいる。社内の風通しを良くし、新人が若さを武器に活き活きと働けるような環境を整えているのだ。中身もパッケージも変わっていない「すしのこ」を、どういう切り口で消費者に訴求するか。今後、パック御飯以上に大胆なアイデアが出てくるかもしれない。


 
「すしのこ」をモチーフに、ヘルシーな液体すし酢が誕生

現行商品のパッケージ

現行の「すしのこ」。容量によって3サイズある。スーパーには必ずある定番商品。

「すしの酢プレミアムハーフ」
「すし酢 昆布だし入」

「すしの酢プレミアムハーフ」。美味しさとヘルシーを両立した新時代のすし酢。

米酢を使ったヘルシーなすし酢。食べるまでに時間があっても、作りたての風味が楽しめる。

現在、「すしのこ」の商品ラインアップは、35g(約3合用)、75g(5〜7合用)、150g(11〜13合用)の3種類。主流は最も大きな150gタイプだという。食品のロングセラーとしては珍しい単一商品だが、過去にはバリエーション展開したこともある。昭和60年代に飾りすし用として3色(黄・黄緑・ピンク)の「すしのこ」を発売したが、市場で思ったような反応がなく、今は販売されていない。
「すしのこ」の知名度の高さは、海外のスーパーに行くとよく分かる。海外販売を始めたのは昭和40年代から。日本人が駐在している都市のスーパーであれば必ず置いてあるし、大型スーパーなら、酢飯を作って試食販売しているケースも珍しくない。欧米ではこの数年、“ SUSHI”はヘルシーフードとしての認知が高まり、最近は家庭で作りたいという需要も増えているようだ。

タマノイ酢にとって「すしのこ」は大切な基幹商品だが、多様化する消費者の嗜好に対応するのはさすがに単一商品では難しい。「すしのこ」があったせいか、タマノイ酢が一般家庭向けの液体すし酢を発売したのは「すしのこ」の後のことだ。液体すし酢の後に粉末すし酢を発売した他メーカーとは、順序が逆なのである。現在販売しているのは、「すしの酢プレミアムハーフ」と「すし酢 昆布だし入」の2種類。共に「味の持続効果」「旨味の相乗効果」「さっぱり効果」を実現した、タマノイ酢独自の“黒発酵法”(特許出願中)で製造されている。
興味深いのは「すしの酢プレミアムハーフ」だろう。これまであまり注目されてこなかったすし酢の糖質やカロリーに着目した製品で、糖質を64%、カロリーを56%をカットしている。糖質を減らすと旨さが低減しがちだが、それを“黒発酵法”で両立しているという。消費者の健康志向に合わせた、すし酢なのだ。「すしのこ」のイラストを使用したボトルデザインも「すしのこ」ファンには親しみやすい。

昨年、「すしのこ」は発売45周年を迎えた。様々な種類のすしを簡単に作れるベーシックな調味料であることに変わりはないが、この数年、酢の物やマリネの調味料として、また酢の防腐効果に着目して弁当に使うなど、主婦の使用方法も変化しつつある。商品自体は全く変わっていないのに、時代の移り変わりやライフスタイルの変化に合わせ、消費者がそれぞれの使い方を工夫しているのだ。粉末だからピクニックやキャンプなどのアウトドアにも気軽に持っていけるし、慣れたら子供が自分で酢飯を作ることもできる。ブログの普及などもあり、「すしのこ」の存在自体があらためて注目されつつあるようだ。
おそらくこれからも、「すしのこ」自体が大きく変わることはないだろう。他の基礎調味料と同じように、商品としては既に完成されているからだ。日本人の「ハレの日」の味を、一人暮らしの食事でも実現できる「すしのこ」。“SUSHI”が世界的なメニューになった今、“スシパウダー”は新たな「ハレの日」を創造しつつあるのかもしれない。

 
取材協力:タマノイ酢株式会社(http://www.tamanoi.co.jp
     
黒酢飲料のパイオニア「はちみつ黒酢ダイエット」
「はちみつ黒酢ダイエット」
毎日飲める黒酢飲料「はちみつ黒酢ダイエット」。ペットボトル入りと紙パック入りがある。

タマノイ酢を代表するもうひとつのビッグネームが、1996(平成8)年に発売した「はちみつ黒酢ダイエット」。ビネガードリンク(飲む酢)の分野を切り開いたパイオニアであり、この分野で最も知名度が高く、最も売れている商品でもある。発想の原点は、「薄めずに飲める飲料用の酢が欲しい」という消費者の声。開発は若い社員が担当し、黒酢特有の酸っぱさや、喉を通る時の軽い刺激をなくすことに苦労したという。最終的には国産玄米だけを使った上質の黒酢、りんご果汁、はちみつを組み合わせて完成した。発売後もなかなか認知されなかったが、テレビCM等で積極的に広告展開を図り、一気にブレイク。発売10年後には累計販売本数6億本を越えた。20〜30歳代の若い女性にファンが多く、彼女たちにとってタマノイ酢は、「すしのこ」ではなく、「はちみつ黒酢ダイエット」の会社なのだとか。


タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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