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ニッポン・ロングセラー考 Vol.86 キンチョール 大日本除虫菊 トップブランドになった日本初のエアゾール式殺虫剤

手押しポンプ式から手軽なエアゾール方式へ

噴霧式「キンチョール」

最初期の噴霧式「キンチョール」。使用する度に瓶入りの殺虫液を噴霧器に充てんしなければならなかった。

初期のエアゾール式「キンチョール」

初期のエアゾール式「キンチョール」。課題はあったが、消費者の利便性を考えた画期的な商品だった。

改良型エアゾール式「キンチョール」

改良型のエアゾール式「キンチョール」。殺虫液は天然成分だったが、途中から化学合成されたものに変わった。

三代社長の上山英夫(勘太郎を襲名)

エアゾール式「キンチョール」を発売した三代社長の上山英夫(勘太郎)。

生ゴミの周辺にたむろするハエ、耳元で「プ〜ン」と飛び回る蚊。夏の始めのこの季節は、家庭用殺虫剤が最も売れる季節でもある。さまざまなタイプの殺虫剤や虫よけ剤がある中、どの家庭にも必ず1本はあるのが、スプレー缶に入ったエアゾール式の殺虫剤だろう。シューッと一吹きでハエや蚊を駆除できる利便性の高さと速効性。昔も今も、空中を飛び回る害虫にはこのタイプが欠かせない。
このカテゴリーにおけるトップブランドが、大阪に本社を置く大日本除虫菊株式会社のロングセラー商品「キンチョール」。シンボルマークの鶏をあしらった赤・白・青のスプレー缶のデザインは、40年以上にわたってほとんど変わっていない。蚊取り線香「金鳥の渦巻」に次ぐ、金鳥ブランドを代表する基幹商品だ。

大日本除虫菊の創業は1885(明治18)年。創業者の上山(うえやま)英一郎は世界初の棒状蚊取り線香を発明した人物で、1902(明治35)年には渦巻型蚊取り線香を発売して大成功。蚊取り線香の原料である除虫菊の国内栽培を奨励すると共に、早くから蚊取り線香を海外へ輸出し、会社は大きな成功を収めていた。
蚊取り線香の開発と平行して、英一郎は除虫菊を使った殺虫液の開発を進めていた。目的は、ウンカと呼ばれる稲の害虫を駆除すること。開発は成功し、13(大正2)年には除虫菊液の特許を取得。時を経た34(昭和9)年、この除虫菊液は一般家庭向けの殺虫液「キンチョール」として商品化されることになる。商品化を推進したのは、二代目社長の勘太郎。ユニークな商品名は、「金鳥」と「オイル」を掛け合わせたものに由来する。大日本除虫菊は、兵庫県に新しい工場を造るほどこの製品に力を注いでいた。

当時は今のように衛生環境が整っていなかったため、一般家庭は常にハエや蚊の被害に悩まされていた。蚊取り線香は普及していたが、目の前を飛んでいるハエや蚊をすぐに駆除するには、殺虫液を直接噴霧する方が効果的。多くの殺虫剤メーカーがそう考え、既に噴霧式の製品を市場投入していた。蚊取り線香では他社を圧倒していた大日本除虫菊だったが、噴霧式の殺虫液では後手に回っていたのだ。
瓶入りの殺虫液を噴霧器(手押し式のポンプ)に入れて押し出す最初期の「キンチョール」は、国内はともかく中国などのアジア諸国で売れ行きを伸ばし、蚊取り線香に並ぶ重要な輸出商品となった。だが、国内ではなかなか先行する他社の商品に追いつけない。市場を獲得するには、消費者のニーズに沿った独自の特徴が必要だった。

戦後のこの頃、経営を担っていたのは三代社長の上山英夫(勘太郎を襲名)。彼の時代に大日本除虫菊は、数多くの新商品を開発することになる。開発陣が注目したのは、米軍が日本国内に持ち込んだスプレー缶だった。米軍は南方でのジャングル戦を想定し、気化した液化ガスや圧縮ガスの圧力によって内容物を噴射する“エアゾール方式”の虫よけ剤を開発しており、この容器を「キンチョール」に利用できないかと考えたのだ。スプレーならボタンを押すだけですぐに使えるし、容器が密閉されているので誤って殺虫液に触れる心配もない。

日本初のエアゾール式殺虫剤「キンチョール」が発売されたのは、1952(昭和27)年。スプレー製造技術のハードルは高く、発売はしたものの、消費者からは「ノズルが詰まる」「液が漏れる」といった苦情の声が相次いだ。ノズル詰まりは、殺虫液に残っていた除虫液のカスなどが主な原因。液漏れは、想定外の化学反応による腐食が起こったせいだった。
苦しい時期が続いたが、大日本除虫菊はあきらめずにエアゾール式「キンチョール」の開発を進め、55(昭和30)年にはスプレー缶の形を変えた改良型の商品を発売。まだノズルの詰まりをなくすことはできなかったが、この問題は数年後、化学合成した殺虫液を使用することで解決できた。
商品としての完成度を高めた「キンチョール」は、本格的な販売攻勢に打って出る。


野球のルールを適用した当たりくじが話題に

昭和中期の宣伝チラシ3点

1950年代の宣伝チラシ。既にプレゼントキャンペーンを実施している。

消費者目線での商品づくりと共に、代々の経営者が重視してきたのは宣伝戦略だった。初代社長の英一郎は当時最大のマスメディアだった新聞の広告を活用して蚊取り線香の普及に努め、二代目の勘太郎は店頭POPや飾り付きトラックなどで話題を集めた。三代目の勘太郎は開局したばかりのラジオに注目し、公開録音番組などで「キンチョール」を宣伝。専任の担当者を付けて全国を回らせた。

1953(昭和28)年にテレビ放送が始まると、三代目はこの新メディアへもいち早く対応。民放の開局当時から番組スポンサーになり、ラジオ同様、テレビの公開番組でも盛んに「キンチョール」を宣伝した。テレビでは画面の下3分の1のスペースに商品説明のテロップを流すなど、実験的な宣伝手法も採用している。

宣伝を重視するという伝統を受け継ぎ、「キンチョール」の知名度アップに大きく貢献したのが、後に四代目社長となる上山英介だった。1962(昭和37)年に宣伝担当を任された英介は、テレビの隆盛と共に成長してきた世代にあたる。テレビCMを手掛けるのは自然の成り行きとも言えたが、66(昭和41)年に放送されたCMの内容は、驚くほど斬新かつ大胆だった。
CMに起用したのは、当時一世を風靡していたクレイジーキャッツのメンバー、桜井センリ。英介は彼をセンリ婆さんというキャラクターに仕立て、「キンチョール」を上下逆さまに持たせてこんなセリフを言わせた。「ルーチョンキ、あら、あたしってダメね」

価格表

1956(昭和31)年度の価格表。エアゾール式「キンチョール」の小売価格は350円。瓶入りは160円、ポンプは135円だった。

今では信じられないが、当時は宣伝する商品を斜めに持つことすらタブーとされていた時代。逆さまに持っただけでなく商品名までひっくり返したこのCMは、広告業界に相当な物議を醸したという。それだけに、消費者に与えたインパクトも大きかった。「ルーチョンキ」は流行語になり、「キンチョール」の出荷量は前年の7〜8倍にまで急増。他メーカーもあわててエアゾール式殺虫剤を増産し、それまで今ひとつ盛り上がらなかった市場は一気に拡大した。

「キンチョール」のテレビCMは現在に至るまで継続して放送されており、その独特の演出がしばしば話題になる。現在放送されているのは、女優の井川遥が出演している2つのバージョン。「チョロリと出せば」編は最後の意味深なセリフが気になるし、「キンチョリンコ」編は方言が抜けない女性のミスマッチ感覚が面白い。放送中のテレビCMは大日本除虫菊のホームページでも見ることができる。


有効成分と噴射ガスに対するこだわり

輸出用キンチョール

1955(昭和30)年頃の輸出用キンチョール。

研究所内部

1965(昭和40)年頃の研究所内部。ピレスロイドを使った新しい「キンチョール」の開発が行われている。

家庭用殺虫剤のポイントは、その有効成分にある。発売当時のポンプ式「キンチョール」に使われていたのは、除虫菊から抽出したピレトリンという天然化合物。害虫に対する速効性があり、人畜には無害で安全性が高いことから、蚊取り線香を始め各種の殺虫剤に幅広く利用されていた。
戦前から日本は世界有数の除虫菊生産国であり、各国へ大量に輸出していたが、自然物であるためにどうしても生産量にバラツキが出てしまう。価格の変動も激しかった。
そこで注目されたのが、ピレトリンの合成化。殺虫液を工場で生産できれば、市場への安定供給が可能になる。1950年頃にアメリカでピレトリンの構造が解明されると、日本でも次々とピレスロイド(ピレトリンに似た化合物の総称)が作られた。ちなみに初期のエアゾール式「キンチョール」には、ピレトリンに代えて、ピレスロイドの一種であるアレスリンが使われていた。

ピレスロイドの特徴は、安定供給が可能になることと、殺虫効果が高いこと。構造次第で特定の害虫に適した成分にすることもできる。もちろん、天然成分と同様に安全性も高い。
現行の「キンチョール」に使われているピレスロイドは、フタルスリンとレスメトリン。前者は高い速効性が特徴。後者にはハエや蚊に対する特効性があり、致死効力が高い。

「キンチョール」のこだわりは有効成分だけでない。噴射ガスに関しては、他社製品より一歩も二歩も先を行っている。
1974(昭和49)年、発ガン性が問題になり、塩化ビニールを含有する医薬品などの製造販売が禁止された。当時のエアゾール式殺虫剤は噴射ガスとして塩ビガスを使っていたため、国内市場は混乱に陥ったが、「キンチョール」だけはその影響を受けなかった。かつて問題になったノズル詰まりと液漏れの一因に塩ビガスが絡んでいたため、70年(昭和45)年から使用を中止し、DME(エーテルの一種)、LPG、フロンガスの混合ガスを使用していたのだ。

噴射ガスを巡る問題はさらに続いた。1970年代半ば、アメリカでフロンガスによるオゾン層の破壊と皮膚ガンの疑いが問題視されるようになる。業界の対応はさまざまだったが、大日本除虫菊は「疑わしきは用いず」の方針を採り、早くからフロンガスを使用しない噴射方式を研究。1975(昭和50)年にはDMEとLPGだけを用いたエアゾールに転換した。10年後、同社はこの噴射技術に関する特許を取得している。


“ハエや蚊だけでなく、さまざまな害虫に対応

現行「キンチョール」

現行の「キンチョール」(300ml)。缶の基本デザインは40年以上変わっていない。

「水性キンチョールジェット無臭性・微香性」

「水性キンチョールジェット無臭性」(写真左)「同・微香性」(各450ml)。カラーが異なっているので区別しやすい。

「アリキンチョール」「イヤな虫キンチョール」

(左)「アリキンチョール」(300ml)。シロアリ、クロアリなどを駆除するのに最適。(右)「イヤな虫キンチョール」(450ml)。速効性と残効性を兼ね備えた不快害虫用。

日本初のエアゾール式殺虫剤「キンチョール」は、今も進化を続けている。主力商品の「キンチョール」に加え、2006(平成18)年には「水性キンチョールジェット無臭性・微香性」を発売。従来の「キンチョール」に比べて3倍の噴射力があるため、離れたところにいるハエや蚊を撃退することができるのが特徴だ。効果は「キンチョール」と同様でありながら、水性のため火気に対する安全性が高く、環境への配慮も怠りない。
これに対し、従来の「キンチョール」はその経済性を前面に打ち出している。少しの量で効果があるので、ジェットタイプの3倍長持ちする点が大きな魅力。エコロジーという点ではこちらも負けていない。

「キンチョール」はハエや蚊を駆除するための製品だが、ラインナップにはその他の害虫駆除を目的にした製品も豊富に揃っている。「アリキンチョール」「ダニキンチョールW」を始め「ムカデキンチョール」「カメムシキンチョール」「イヤな虫キンチョール」「クモ用キンチョールジェット」「ハチ用・アブ用キンチョールジェット」など、多種多様な害虫に細かく対応しているところは、さすがに専業メーカーならでは。需要の多いゴキブリ駆除に関しては固形の「コンバット」が中心だが、エアゾール式の「水性コックローチJ」や「ゴキブリがいなくなるスプレー」もある。
ちなみにかつてあった液体タイプの「キンチョール」は、今は業務用のピレスロイド系殺虫剤「キンチョール液」として販売されている。

家庭用殺虫剤の国内販売額は、2009(平成21)年まで3年連続で伸び続けている。ハエ・蚊用の商品は市場構成比が最も高く、ここで大日本除虫菊を含む数社が激しい市場競争を繰り広げている形だ。
ポンプ式の「キンチョール」が発売されてから、今年で76年目。エアゾール式を発売してからも、既に58年が経過している。大日本除虫菊は失敗を恐れず新しい形に挑戦し、商品が完成した後も、消費者のことを考えて常に品質と安全性の向上に努めてきた。シンボルマークの由来となった「鶏口となるも牛後となるなかれ」の精神は、昔と変わらず、今も同社の社員にしっかりと受け継がれている。
蚊取り線香を焚く家庭は減っているが、エアゾール式殺虫剤の需要はまだまだ大きい。この分野のパイオニアとなった「キンチョール」は、これからも市場をリードし続けることだろう。

取材協力:大日本除虫菊株式会社(http://www.kincho.co.jp
ワンプッシュで蚊のいなくなる部屋を作る?

ハエや蚊用の殺虫剤は、需要が夏の気温に左右されるため(気温が下がると発生数が減る)、冷夏が続くと販売量が減少してしまう。そのため、各メーカーは新しいコンセプトの虫よけ剤開発に力を入れている。大日本除虫菊が今年発売したのが「蚊がいなくなるスプレー」。1日ワンプッシュするだけで部屋全体に残効性の高い薬剤が拡散するため、約12時間、蚊のいない部屋をキープすることができる。近年は「蚊やゴキブリの姿を見るのも嫌」という消費者が増えているため、こうした虫予防に主眼を置いた製品に人気が集まっているのだとか。ちなみに昨年発売した「ゴキブリがいなくなるスプレー」の効果は約2週間。家庭の主婦や若い女性に支持され、こちらも好評だという。

「蚊がいなくなるスプレー90日用」

「蚊がいなくなるスプレー 90日用」。60日用もある。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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