とくったー参加者のうれしそうな笑顔が印象的だ。
徳島大学地域創生センター長 吉田敦也教授。
徳島市の中心部にある東新町商店街と籠屋町商店街。Wi-Fiが敷設されており、無料で利用できる。
「とくったー」は、140文字までの短文を投稿するミニブログ「ツイッター」を利用した高齢者見守りシステム。同時に、徳島の商店街活性化を促進し、「楽しく・元気で・活力のあるまちづくり」を実現する事業だ。とくったーの発案者で、徳島大学・地域創生センター長の吉田敦也教授にお話を伺った。
「とくったーは、総務省の『ICT(情報通信技術)ふるさと元気事業』として始まったプロジェクトです。NPO法人徳島インターネット市民塾が主催し、徳島大学地域創生センターと連携のもと、徳島市内の一般住民、商店主などのボランティア有志がツイッターを活用することで、一人暮らしの高齢者を見守っていこうという試みです」
そもそも、徳島大学・地域創生センターは、大学の社会貢献の立場から、その研究成果を活用して、地域の再生・活性化に関する課題解決に取り組み、地域ICT化や産業の活性化を行い、魅力・活力にあふれる徳島を作ろうという機関だ。これまで、山間部と都市部の連係を図ったり、商店街のICT化などの活動を行ってきた。
特に商店街のICT化では、平成21年度に、地方の元気再生事業"ブロードバンド徹底活用1000人塾"を行った。徳島市中心部にある東新町商店街から籠屋町商店街、銀座商店街に至るアーケード全域に無料のWi-Fiを導入すると同時に、ブログの講習会を開催し、300店以上のブログを新規に開設した。このシステムや人材などの資産を更に有効に活用しようというのが、今回の「とくったー」事業だ。
だが「商店街を活性化するブログ」から「高齢者見守り」との間にはギャップが大きいのではないだろうか。この点について吉田教授は次のように語る。
「"ブロードバンド徹底活用1000人塾"の活動では、ICTを活用した商店街の活性化を図ってきたのですが、最も問題だと思ったのは、商店街の人たちの情報共有、そして共通の目的に向かったコミュニケーションでした。そのままでは、チームとしての商店街ではなく、個店の集まりでしかない。その原因の一つは、若い店主たちが、まちづくりビジョンやその具体策などについて、考えたこと、やってきたことを「見える化」し、立場の異なる人、地域住民などに分かりやすく伝える力が鍛えられていないことです。利益追求の商売がゆえに、利他的な視点からネットワーク形成する経験も十分とはいえません。このために、商店街で協同してプランを考えたり、それを地域に拡大し新しいうねりとしてスパイラルさせたりすることが難しい。一生懸命やっている日常が個のなかに閉じてその日その日のことに終わってしまいがちです。一方で、商店主には『店番』という時間がある。それを活用したネット活動、地域交流は可能なのです」
こうした商売の合間に発生する待ち時間を有効活用できないか? それが情報共有の意識を高め、コミュニケーション力を磨く機会になれば一石二鳥。顧客層の拡大、販売促進につながれば一石三鳥。商店主はそもそも接客のプロであり、相手の調子を伺ったり、要望を引き出し、対処する基礎力は一般の人より高いはず。吉田教授はそう考えた。
一方で、徳島の地域社会でも核家族化が進み、一人暮らしの高齢者が増えたが、その高齢者の情報を地域社会が共有する仕組みがないことが問題だった。そこで商店経営者たちの時間を活用して、ICTによる高齢者の見守りをやってもらうことを考えたわけだ。とくったーは、高齢者の見守りということを通じて、ICTを使いこなせる人材育成という側面も持っているわけだ。
「若い商店経営者たちも地域や人の役に立ちたいという思いは強く持っています。店番や仕事の合間に、お年寄りの役に立ちつつ、ツイッターやメールに親しみ、情報を共有し、情報発信することを学べるというのが、このとくったー事業なのです。彼らのコミュニケーション能力が鍛えられ、商店街で新しいプロジェクトがどんどん立ち上がるようになれば、徳島の商店街は必ず活性化するはずだと私は確信しています。その先には、異世代交流を基盤にした本来の"まち"機能が復活し、老いも若きも楽しい、そして、賑わいのある徳島の中心市街地の再生が見えています」
とくったーは高齢者見守りのほかに、「とくしまブログ村」をベースにした人材育成の目的も持つ。
とくったーでは、ツイッターのシステムを活用してコミュニティを築いている。図は、ツイッターでとくったーを表示したところ。
とくったー事業で中心的なネットワークとなるツイッター(Twitter)とは、2006年に米国のObvious社(現Twitter社)が開始したサービス。日本では「ミニブログ」とか、「短文投稿サイト」などと呼ばれることもある。Webブラウザか、専用ソフトがあれば、誰でも無料で参加でき、ユーザーは140字以内のTweet(ツィート・つぶやき)を投稿し、そのユーザーをフォローする複数のユーザーがその投稿を自分の専用サイト(ホーム)上で閲覧する仕組み。
ホームでは、フォローするユーザーの投稿をタイムラインと言われる時系列順で見ることができる。基本的に誰でもフォロー、閲覧、発言することができることと、文字数が少ないこともあり、ユーザー間で情報共有や共感、つながり感を生みやすいネットワークと言われている。
とくったー講習会の様子。1人に1台ずつiPhoneが約1年間貸与される。
吉田教授は、高齢者の情報共有の仕組みとして、高齢者の周りに、緩やかなコミュニティを作り、見守っていくことが必要だと考え、それはツイッターによるコミュニケーションによって実現できるかもしれないと語る。
「身の回りの些細なことでもいいので発言すると、自分の発言に対して誰かが返事をしてくれる。そのやりとりから達成感や安心感を得ることができ、コミュニティへの帰属感ができてきます。地域の皆で楽しくコミュニティを作っていくにはツイッターは非常に適しているのではないかと思います」
これを吉田教授は「横丁機能」と呼んでいる。横丁のお隣さん同士が醸し出すような、緩やかだが、時にお節介という役割をICTで代用するのだと言う。
だが、誰でも発言でき、誰でも見られるというネットワークの性格上、不用意な発言が、インターネットに不慣れな参加者に、思わぬトラブルをもたらしてしまうことはないのだろうか。
「そういう心配はゼロではありません。ですから、我々が行っているとくったー講座というセミナーでは、国語の勉強を重視しています。技術的なこと、操作方法のワンツースリーもしっかりやりますが、それにも増して大切なことは、どんなことを書くか、どんな風に書けばよいのか、避けるべきことは何か。そういうことを中心に学んでもらいます。あとは、とにかく発言して慣れてもらうしかありません。それに、とくったーに今回参加している人たちは、徳島在住の顔の見える人たちなので、そういう点では安心できると思います」
トラブルが生まれる可能性はゼロではないが、しかしそれ以上のメリットを参加者たちは感じているということだろう。それは言葉を通じて、人と人がつながるという"つながり感"や"共有感"のようなものだ。
高齢者見守りシステムは、商店街の店主たちや地域住民が空き時間を利用して、ツイッターで高齢者と交流する。
とくったーでは、見守って欲しい一人暮らしの高齢者を「見守られ隊」、見守りたい人を「見守り隊」として、徳島在住の人を中心にそれぞれ50名ずつ募集。各人にスマートフォンのひとつ、iPhone(アイ・フォーン)を配布し、使用してもらう。
ツイッターを通じた日常的な交流がメインの活動だが、その他にiPhoneの使い方やツイッターの使い方を学ぶ「とくったー講座」、商店街の空いた店舗を利用した「とくったー寄席」、その寄席をビデオ配信する「とくったー生放送」、そして高齢者も使いやすいiPhoneアプリを開発する「とくったーアプリ開発」なども行っている
現在のところ、見守り隊には東新町商店街を始め、徳島中市中心市街地商店街の店主、地域住民など徳島県内の6市2郡から58名、見守られ隊にも22名が参加。参加者には約1年間無料でiPhoneを貸与し、自由に使用してもらう。
徳島大学地域創生センターと学生チームmake.app(メイクアップ)が開発したアプリ「とくったー」。高齢者専用のツイッターアプリ。
「一般の人、特に高齢者にはパソコンやコンピューターに対して、抵抗感がありました。ところがiPhoneを初めとするスマートフォンでは、タッチする、なでるという人間の体の機能に沿った方法で、簡単に操作することができます。高齢者には非常になじみやすいコミュニケーション端末だと思います。アイコンを指でタッチするだけで目的のソフトを起動でき、直感的に操作できるので、お年寄りでもあっと言う間に使い方をマスターしますね」
貸与されるiPhoneには、見守り専用のiPhoneアプリ「とくったー」がインストールされている。これは徳島大学地域創生センターと学生チームmake.app(メイク・アップ)が共同で開発したもので「体調がとても良いです」「元気いっぱいです」「体調が少し悪いです」など5つの選択肢を選んで、ツイッターに簡単にメッセージを送れるようにしたもの。ツイッターで、一連の発言をまとめて見るために便利な「ハッシュタグ(#tokutter)」という文字を付加する機能も持った高齢者専用ツイッターアプリだ。
一方の見守り隊は、「今日の体調はどうですか」「大丈夫ですか」といった返信をして、ツイッター上で交流する。もちろん慣れてくれば、このアプリを使わずに投稿することもできる。実際には、健康のことだけではなく、季節の話題やニュースの話題など、さまざまな話題が投稿されている。
とくったーの見守りでは、従来型の高齢者を外から監視するシステムではなく、こうした日常的なあいさつや会話による見守りに特徴がある。
「日常的な会話をしているだけなので、高齢者も管理されているとか束縛されるということなく、楽しく参加しています。また、見守る側も見守っているという意識や負担がほとんどなく、純粋にコミュニティに参加することを楽しんでくれているようです」
つまり、参加者は「見守られ隊」も「見守り隊」も、ツイッターで楽しく対話しているだけでよいわけだが、これをサポートする機能として、とくったーではツイッターの発言をコンピューターで解析して、体調の思わしくない人を自動的に見つけ出す「見守りサーバー」が稼働している。
「高齢者の『体調が悪い』といった発言を『見守りサーバー』が抽出して担当の見守り隊に連絡し、メールや電話で様子を聞いてもらい、必要があれば家を訪問することになっています」
見守りサーバーは、地域の見守り情報の収集・蓄積・共有・表示、また発言の分析による高齢者の状態把握とニーズ推定を行っており、見守り隊による緩やかな監視を補完する機能を持っているのだ。
「とくったーが目指している緩やかなつながりとは、お互いがお互いを見守り合う関係です。それをICTの技術力で支える。そういう意味では見守られ隊も見守り隊も大きな違いはなく、見守り隊は見守られ隊の予備軍でもあるし、見守られ隊が見守る場合もあります。我々が横丁機能と呼んでいるのは、こうした緩やかなコミュニティ機能で、これによって人と人のつながりを実現していくことができると思います」
見守りサーバーは、地域見守り情報の収集・蓄積・共有・表示、つぶやき分析による高齢者の状態把握/ニーズ推定エンジンを実装する。
東新町商店街の空き店舗を利用した「とくったー寄席」。
とくったー寄席のビデオ配信は、iPhoneでも見ることができるので、会場に来られない高齢者も視聴することができる。
とくったー寄席は、離れた場所でもリアルタイムに視聴することができる。
とくったーでは日常的なツイッターによる見守りだけではなく、「とくったー寄席」という落語会を行うことで、高齢者に娯楽の機会を提供することも行っている。大阪から徳島出身の落語家などに来てもらい、商店街の空いているスペースで寄席を開催している。同時にその様子をUSTREAM(ユー・ストリーム)というライブビデオインターネット放送で配信しているので、パソコンやスマートフォンなどで誰でも視聴することができる。
「ツイッターで交流しているだけでは、コミュニケーションは活性化しません。そこでイベントを仕掛けて、それを題材に活性化させようというねらいです。とくったー寄席には、自分では歩けないようなおばあちゃんが観に来てくれました。その時はうれしかったですね。人を動かすためには情報発信が大切です。あの商店街は何かやっているということが人を引き寄せるんです。情報発信しなければ、人は集まってきません」
落語のビデオ配信には、著作権上の問題もあったが、会場に来られない人にも寄席を体験して欲しいと、協力者の理解を得て、なんとか配信にこぎつけた。
落語を選んだ理由は、吉田教授が落語好きで落語作家の知り合いがいたことも大きな理由だが、それ以上に、落語がプレゼンテーションの勉強に役立つということもあるという。
「ハリウッド映画を調べると、約90秒ごとに山場があって、それが観る人を引きつけるのですが、落語も同じように90秒ごとに笑わせたり、ドキっとさせたりするように出来ているんです。落語は多くの口承伝承がそうであるように、世代を超えた情報伝達の手段であり、学びの場でもあります。それに、笑いは人を元気にするじゃないですか。お年寄りにも最適なコンテンツなんです」
コミュニティを活性化するイベントは、現在はとくったー寄席だけだが、今後、こうした取り組みが参加者の中からどんどん出てくることを吉田教授は期待している。
「先日も、とくったー参加者で集まって、地元でその日に捕れた魚を食べようという『トレピチ会』という宴会が開かれました。これなどは今後、コミュニティの中のイベントとして定着していく可能性があるし、地産地消の取り組みとしても、商店街を活性化していく可能性もあります。スーパーマーケットの経営者は、タイムセールの情報をとくったーに流したりして、好評を得ています。本来の意図とは違いますが、参加者がこのシステムをどんどん活用して、活性化させてほしいですね」
徳島大学の学生チームmake.app(メイク・アップ)が高齢者用のアプリ開発を行っている。http://app.ias.tokushima-u.ac.jp/。
参加している高齢者たちの反応はどうだろうか。
「一人暮らしの高齢者たちは非常に喜んでいますね。予想以上です。ある高齢者の男性は、以前はスカイプというビデオ電話に熱心で、周りの人にも指導するような立場で、スカイプ部長と呼ばれていたんです。どうしてそんなにスカイプに熱心なんだろうと思っていたのですが、今回とくったーに参加して、非常に喜んでいるのを見てわかりました。彼は将来に対する不安、一人暮らしに対する不安を感じていたんですね。それがとくったーに参加して、人とのつながりを感じることができて、友だちもでき、本当にうれしそうです」
そうはいっても、見守られる側の高齢者はなかなか集まらないのが現状だという。まだまだ認知度が低いし、今回はトライアルということもあって、70歳以上の一人暮らしの人に限定していることも理由に挙げられるだろう。だが、この取り組みがテレビで放映されたこともあって、東京始め全国各地から問い合わせや賛同の意見が寄せられているという。
総務省の「ICTふるさと元気事業」による予算的措置は今年いっぱいで終了し、その後は自主事業に切り替わる。安定継続のためには、より負担の少ない地域運営モデルを早期に確立し、ソーシャルビジネス化していかねばならず課題は大きい。しかし、こうした取り組みを通じて、高齢者にも使いやすいアプリが開発され、コミュニティの作り方のノウハウや対話の解析方法などの知見が蓄積され、これからの高齢化社会にも活かされていくはずだ。
吉田教授はとくったーの仕組みを全国に広げていきたいと語る。
「ここで経験したノウハウや仕組みを全国に広げていきたいですね。介護が必要なほどではないけれども、一人暮らしで不安を抱えている高齢者は全国にたくさんいます。そういう方たちをICTを活用してたくさんの人の輪で見守っていくような、セーフティな力強い社会作りができるのではないかと期待しています」
取材協力:徳島インターネット市民塾 http://tokutter.com/