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ニッポン・ロングセラー考 Vol.94 ホーロー製品 野田琺瑯

お洒落で使いやすく機能的 完成度の高いキッチン道具

INDEX

作る端から売れていった業務用ホーロータンク

創業社長・野田悦司氏

ホーロー製品普及の立役者となった、創業社長・野田悦司。

初期のホーロータンク

初期の業務用ホーロータンク。スタンダードなこの形は10種類以上のサイズがあった。

冷水タンク

バリエーションの一例。これは下方に蛇口が付けられた冷水タンク。

貯蔵タンク

貯蔵タンクは内側の目盛で容量が分かるようになっていた。

フッ素樹脂加工されたスチール製のフライパン、ステンレス製の大きな圧力鍋、軽くて使いやすいアルミの片手鍋──。台所には様々な素材のキッチン道具が並んでいる。我が家の場合、一番の古株はホーロー製のシチュー鍋。20年前に買ったもので、シチューだけでなくカレーやポトフなど、煮込み料理全般で大活躍している。
ホーロー製品は鉄やアルミなどの金属に、シリカと呼ばれる釉薬を高温で焼き付けて作る。金属は頑丈だが錆びやすい。ガラス質は腐食しにくく臭いも付きにくいが壊れやすい。ホーローは両者のメリットを併せ持っているのが特徴だ。ホーロー鍋の耐久性はよく知られている。保温性に優れているので火を止めた後も料理が冷めにくく、表面がガラス質なので食材や料理の味に影響を与えることもない。

日本が高度経済成長期にあった昭和の時代、ホーローの鍋やポットはキッチン道具の主役だった。中年世代の読者なら、ガス台の上に載っていた花柄模様の両手鍋や、お婆ちゃんがぬか漬けを作っていた円筒形の保存容器を覚えていることだろう。
最盛期には100社近くもあったホーロー製品メーカーだが、今ではめっきり数が減ってしまった。最も知名度が高いのは、東京・江東区にある野田琺瑯株式会社。社名を知らなくても、どこかでその製品を目にしているはずだ。

野田琺瑯の創業は1934(昭和9)年。創業者の野田悦司はそれ以前から大阪でホーロー製品の工場を経営していたが、風水害に遭ったためにやむなく閉鎖。東京へ移転し、新たに自らの名を冠した会社を興した。
当時作っていたのはコップやボウル、皿など、主に東南アジア向けの食器。事業は好調だったが戦時中の企業整備法で閉鎖に追い込まれ、工場も戦火で全焼してしまった。1947(昭和22)年に再発足した時、悦司は製造品を円形タンク、バット、洗面器などの家庭用容器と、衛生用品及び理化学用品(ビーカー・ロートなど)に変えた。「日本は間違いなく復興する。ホーロー製品の国内需要は大きく伸びるだろう」と読んだのだ。

悦司の読みは大当たりし、野田琺瑯の製品は作る端から売れていった。中でもよく売れたのが、青色の業務用ホーロータンク。ホーローは酸や塩分に強いので、食材や薬品の保存に適している。そのまま火にかけることができるので、調理や調合にも都合がいい。同社は用途に合わせ、さまざまなホーロータンクを次々に発売した。多様なニーズに応えるべく、サイズバリエーションも豊富に用意。小さなサイズは業務用途だけでなく、味噌やぬか漬けの保存容器として一般家庭にも普及した。

ホーロータンクは飲食店や工場、病院など、幅広い分野で引く手あまたの人気商品になった。注文が入りすぎて製造が追いつかなくなり、年末には工場の出口に問屋のトラックが並んでいたこともあったという。
成長著しい産業分野に欠かせない商品だった、野田琺瑯のホーロータンク。数こそ当時に及ばないが、60年以上経った今も当時の姿のまま作り続けられている。


手作業の良さを残しつつ、作業効率の向上を図る

本社工場

東京・江東区にあった本社工場。1994(平成6)年、栃木に移転した。

マッフル炉で焼成した初期バットの底

マッフル炉(和釜)で焼成した初期のバット。底の部分に焼成針の跡がある。

自動連続焼成

作業効率を大幅にアップした自動連続焼成炉。大型のタンクが中をくぐっていく。

ホーロー製品の製造工程は、素地と呼ばれる本体の成型工程と、それに釉薬をかけて焼き上げる焼成工程の2つに分かれる。設立当初、野田琺瑯は自社で素地を作っていなかったが、ホーロータンクが爆発的に売れ出した1951(昭和26)年に素地工場を建設。両工程を自社で行う形に変えた。
ステンレスやアルミの製品に比べると、工程の多いホーロー製品の製造は手間がかかる。しかも野田琺瑯は創業当時から小ロット・多品種生産にこだわっているため、使用する金型は膨大な数に及ぶ。小ロット生産を実現させるためには、自社で素地工場を持つ必要があった。家庭用ホーロー製品メーカーで、素地づくりから自社工場で行っているのは現在、野田琺瑯のみ。同社はこの強みを活かし、自社ブランドの他にもOEM(相手先ブランド)商品を手掛けている。

製造工程に目を向けてみよう。1960年代半ばにプレス加工が導入されるまで、素地の製造には酸素による"なめ付け溶接"が用いられていた。これは、母材同士の金属を溶かしながら溶接する製造手法。例えばバットの場合、プレス加工なら1枚の鉄板を成型して作るが、なめ付けの場合は側面と底面の鉄板を折曲し、溶接して素地を作る。手間がかかるだけでなく、綺麗に仕上げるには職人の技量も求められる。現在はほとんどの素地がプレス加工で作られるようになったが、一部のポットやケトルのように曲面を多用したものや、サイズの大きなタンクなどは、今もなめ付けで作られているという。

焼成の工程も進化した。同社の工場で長らく使われていたのは、衛生陶器や陶磁器の上絵焼きなどにも使用されるボックス型マッフル炉 。隔壁を通して間接的に加熱する焼成炉で、焼き上がりはいいものの、素地の出し入れは人力で行わなければならない。炉の扉を開けるたびに作業員は高熱にさらされ、作業効率は決して良くなかった。
このままでは増え続ける需要に対応できない。野田琺瑯は1961(昭和36)年、自動連続焼成炉を導入して作業効率の向上を図った。この炉は、釉薬をかけた素地を上から吊り下げた状態にし、ベルトコンベアの要領で焼成炉の中をくぐらせる仕組み。作業員が炉の高熱にさらされることはなくなった。
これ以降も、同社はコンピュータによる自動制御焼成炉や省エネ型焼成炉など、最新鋭の炉を次々と導入。熟練工による手作業ならではのメリットを残しつつ、設備の近代化を図ってきた。


「漬けものファミリー」でキッチン道具に本格進出

「漬けものファミリー」

昭和後期に大ヒットした「漬けものファミリー」。穴の開いた蓋がセールスポイント。

「密閉ストッカー」

同じくヒット商品となった「シール蓋付きファミリーストッカー」。梅酒づくりに最適だった。

ホーロー製のキッチン道具パンフレット

パンフレットに掲載された昭和後期のホーロー製キッチン道具。装飾を施した製品も多かった。

戦後に会社を再興して以来、野田琺瑯の主力製品はずっと青色の業務用ホーロータンクだった。先述したように小型サイズの製品は一般家庭でも使われていたが、あえて家庭用製品と銘打って販売していたわけではない。同社が家庭用を意識して製品を販売したのは、1976(昭和51)年になってからだった。この年、野田琺瑯は料理研究家の酒井佐和子先生と共同し、「漬けものファミリー」と「ファミリーストッカー」を新発売。酒井先生は漬けものの専門家で、当時の主婦層に広く支持されていた。

「漬けものファミリー」は従来からあるホーロータンクに似ていたが、蓋に穴を開けて通風性を確保。ぬか漬けを保管した場合、程良く発酵を促進する効果があった。また底部には、床に置いたときのショックを吸収するよう、小さなゴム足が付いていた。一方の「ファミリーストッカー」は、従来のホーロータンクにシール蓋をプラスした製品。梅酒など果実酒を保管するのに向いていた。
2つの新製品は大ヒットを記録。特に「漬けものファミリー」は、小型ホーロータンクに代わって一般家庭へ浸透していった。

この頃から1980年代にかけ、ホーロー製品はその市場を大きく変化させていく。結婚式の引き出物として使われるようになり、ギフト需要が急激に伸びたのだ。各社はカラーバリエーションやデザインに凝った製品を次々と販売し、競争はどんどん激化。ところが、ギフト需要はそう長くは続かなかった。同じ頃にステンレスやアルミ、フッ素樹脂加工スチールなど新しい素材のキッチン道具が台頭し、主婦層のニーズは次第にそちらへ移っていく。
ホーロー製品は丈夫で長持ちするが、大切に扱わないと表面のガラス層を壊してしまうことがある。焦げ付きを金属たわしで擦ってしまい、ガラス層を削ってしまう人も少なからずいた。キッチン道具の主役だったホーロー製品は、昭和後期から平成にかけ、徐々にその市場を失っていった。

市場全体が縮小する中にあっても、鍋やフライパンなどのキッチン道具を作っていなかった野田琺瑯は、その影響をほとんど受けなかった。反対に他ブランドの買収や閉鎖された工場を買い取るなどして、同社はキッチン道具の分野へ本格的に進出していく。
野田琺瑯はOEMでは装飾的なデザインの製品を作ることもあったが、自社ブランドの製品に関してはシンプルなデザインを採用している。現在は花柄模様などデコラティブな装飾を施した製品はないが、カラーバリエーションは比較的多く、赤や黄色、緑など、鮮やかな色使いの製品が多い。


新たな需要を開拓した「ホワイトシリーズ」

「ホワイトシリーズ」スクウェアシール蓋付

「ホワイトシリーズ」、スクウェアシール蓋付Sサイズは No.1商品。997円。

「ホワイトシリーズ」レクタングル深型密閉蓋付

「ホワイトシリーズ」、レクタングル深型密閉蓋付Mサイズ。2415円。

「ホワイトシリーズ」ラウンド14cm

「ホワイトシリーズ」、ラウンド14cm。サイズは他に5種類ある。1680円。

「ホワイトシリーズ」丸型洗い桶

「ホワイトシリーズ」、丸型洗い桶。他に楕円型もある。6300円。

2002(平成14)年、野田琺瑯は画期的な新シリーズを世に送り出した。冷蔵庫に収納できるコンパクトサイズの角型保存容器で、さまざまな型とサイズのバリエーションで10種類の展開。それぞれのサイズでまずシール蓋付を出し、その後、ホーロー蓋付を用意した。同社にとって、冷蔵庫の棚に収まる蓋付きの保存容器を作るのは初めての試み。それ以上にチャレンジだったのは、この商品の色を白一色で統一したことだろう。野田琺瑯にとって白は衛生用品や理化学用品に使われる色であり、真っ白な家庭用品は考えられなかったからだ。
温もりを感じさせる柔らかな乳白色を採用した新商品は、見た目のままに「ホワイトシリーズ」と名付けられた。

「ホワイトシリーズ」の発案者は、現社長夫人の野田善子さん。家事をこなしながら自社製品の使い方を研究するうち、「ホーロー製の保存容器なら、下ごしらえ・調理・保存がひとつの容器でできるのですごく便利」ということに気が付いた。角型で収納整理しやすく、冷蔵庫で重ねておくことができるように蓋は必須。毎日使うのもだから、重量はできるだけ軽く抑えたい。食材の色を生かすよう色は白が理想的……。善子さんは次々と細部の仕様をまとめ、社内にも反対の声がある中、販売にこぎ着けた。
今までにない商品なので、売れるかどうかは分からない。幸運にもある漆ギャラリーが置いてくれることになり、そこから口コミで評判が広がっていった。その後、「ホワイトシリーズ」は料理やファッション関係の雑誌でも頻繁に取り上げられるようになり、今ではお洒落なインテリア雑貨として、定番アイテムのひとつになっている。

「ホワイトシリーズ」がヒットした理由はいくつもある。ホーローの質感を活かしたシンプルな白色は、雑然としがちなキッチンに新鮮なイメージをもたらした。化学物質や金属イオンが出ることがない安全性の高さは、昨今の消費者の健康意識や環境意識にマッチしている。加えて野田琺瑯は、製品の販売方法でも従来にない取り組みを行った。
若い人は、そもそもホーローという素材自体をよく知らない。そこで個々の製品に、詳細な取扱方法と容量・用途の一例などを記したパンフレットを添付したのだ。このパンフレット、若い人だけでなく、年配層にも重宝されているという。

「ホワイトシリーズ」はその後もラインアップの拡充を続け、今では丸型容器や持ち手付きストッカー、密閉蓋付き容器なども選べるようになっている。その数は40種近くもあり、既に野田琺瑯の主力商品と言っていい。
最も売れているのは、一番小さな「スクエアSシール蓋付」。カレーを一人前作って保存しておくのにも最適だ。「丸型・楕円型の洗い桶」も人気商品。白いので、汚れの落ち具合がはっきり分かる点が好評なのだとか。

同種の技術である七宝工芸を含めれば、ホーローの歴史は紀元前にまで遡る。野田琺瑯は実用品のメーカーだが、80年近い時間の中、職人的なマインドを片時も失わずに良質な製品を作り続けてきた。突き詰められた実用性の高さと、いつまでも飽きのこない研ぎ澄まされた造形美。ホーロー製品の人気が下火になってもこの2点のこだわりを失わなかったからこそ、野田琺瑯の今がある。
「ホワイトシリーズ」をきっかけに、ホーロー製品全般が再評価されつつある。便利で安いものだけが全てではない。モノに込められた作り手の魂は、例え時間がかかっても、いつかきっと使う人の心に届くのだ。

取材協力:野田琺瑯株式会社(http://www.nodahoro.com
ホーロー製の炊飯鍋で御飯を美味しくいただく

野田琺瑯の製品は、素地が鉄の鋼板ホーロー製品。キッチン道具には昔から鋳物ホーローの製品もあり、人によってはこちらの印象の方が強いかもしれない。鋳物は、溶かした金属を鋳型に流し込んで作る成型素材。鋳物ホーロー鍋は熱の伝わり方にムラがなく、弱い火力・短時間でふっくら煮上がるのが特徴だ。「KAMADO」は、製品ラインナップの中で唯一の鋳物ホーローで、世界的な鋳物メーカーBRICO社の中国工場で作られている。炎が当たる底部は10ミリの厚さがあり、熱循環を平均化して御飯をムラなく炊き上げる。プロダクトデザイナー・山田耕民の手によるアウトラインデザインも秀逸だ。

KAMADO

白飯1合〜4合炊きの「KAMADO」。8400円。2合炊きの「CO-KAMADO」もある。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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