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ニッポン・ロングセラー考 Vol.99 アイスノン 白元

夏の寝苦しい夜に欠かせない!保冷枕の代表ブランド

INDEX

「くず湯」をヒントに、一度冷やすだけで長時間冷たい枕を開発

鎌田泉

白元の創業者・鎌田泉。子供の頃から商才に長けていた。

発売当時のアイスノンダブル(左)とアイスノン(右)

発売当時の「アイスノン」(右)。パッケージの色は現行商品と同じ黄色。大型サイズの「アイスノンダブル」(左)もあった。

去年、今年と2年連続で猛暑が続く日本の夏。特に節電が求められている今年は、クーラーに頼らず涼を取る方法に注目が集まっている。中でも経済的で手軽なのが、保冷剤を身体に当てて熱を冷ます方法。おでこに貼るシートや首に巻くタイプなど多彩な商品が売られているが、最もベーシックなのは、いわゆる氷枕タイプのもの。このカテゴリーを切り開き、現在もロングセラーを続けている代表的な商品が、株式会社 白元の「アイスノン」だ。

白元の創業者は北海道生まれの鎌田泉。13歳の時に商いの世界に入り、早稲田実業に在籍中の1923(大正12)年には、白元の前身にあたる鎌田商会を立ち上げた。扱っていたのは樟脳やナフタリンを原料とする防虫・防臭剤。これが大いに売れ、泉は若干16歳にして都内に工場を構えるメーカーの主となった。
51(昭和26)年にはパラジクロルベンゼン系の衣服用防虫剤「パラゾール」が大ヒット。だが防虫・防臭剤だけでは経営基盤が弱いと考えた泉は、新たなカテゴリーの商品開発に乗り出す。その第1弾が、51(昭和26)年に発売した蛍光染料の「白元」だった。後年、泉はこの商品の名を社名にしている。

1963(昭和38)年には、冷蔵庫用脱臭剤「ノンスメル」を発売。脱臭剤は創業当時からの商品アイテムだが、冷蔵庫に目を付けた点が斬新だった。日本経済が成長期に入った60年代前半、冷蔵庫は爆発的なスピードで一般家庭に普及していく。
この頃、関連業者からアメリカでは鮮魚の輸送に保冷パックを使っていることを聞いた泉は、冷蔵庫を利用した氷枕の開発を思い付く。戦時中に衛生兵だった彼は、従来の氷枕の不便さを痛感していたのだ。ゴツゴツして寝心地が悪く、水漏れもしょっちゅう。氷の入れ替えにも手間がかかった。
保冷パック型の氷枕を作れば、冷蔵庫の冷凍室で冷やせるから手軽に使うことができる。だが、水を入れたパックをそのまま凍らせても商品にはならない。適度な柔らかさがあり、長時間にわたって冷たさを維持する必要があった。

商品はイメージできたが、材料が分からない。悩んだ泉は風邪をひいて寝込んでしまった。枕元には数時間も前に出された「くず湯」がある。飲んでみると、時間が経っているのに驚くほど温かい。ここにヒントがあった。くず湯はゲル状だから保温状態を保っている。だとしたら保冷効果もあるに違いないと考えたのだ。
水のゲル化剤はポリビニルアルコールで作ることができた。商品を発売したのは1965(昭和40)年の7月。氷の要らない氷枕だから、「アイスノン」と名付けた。価格は300円。大卒の初任給が約2万円だったから、現在に比べるとかなり高価だった。


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ヒットの背景にあった冷蔵庫の普及と宣伝戦略

冷蔵庫から取り出すモデルカット

70年代、小さな子供のいる家庭の冷蔵庫には、当たり前のように「アイスノン」が入っていた。

50周年時のテレビCM

1973年、50周年時のテレビCM。これ以外にタレントを起用したこともあった。

60周年時のテレビCM

こちらは1983年、60周年時のテレビCM。ベルトタイプの商品を宣伝している。

発売当時の様子はどうだったのか。意外にも、問屋など流通サイドの反応はあまり芳しくなかったらしい。夏向けの商品は、春先に発表して夏までには販売体制を整えておくのが常識。「アイスノン」は告知が遅かったため、販売側が二の足を踏んだのだ。色が黄色というのも、夏物らしくないと不評だった。
だが、偶然にも環境が「アイスノン」の味方をした。発売年は梅雨明けが7月後半とやや遅く、夏物商材の動きが全般的に遅かった。また、例年よりも景気が悪く、広告宣伝費が安く済んだことも大きかった。白元は早くから新聞・ラジオ・テレビなどのマスメディアで積極的にCMを打っており、「アイスノン」の場合はいつになく大量のCMを投入することができたという。

テレビCMの中には病院内で「アイスノン」を使っている光景があり、これが消費者の心に強く響いた。昔も今も、子供の発熱は親にとって大きな心配事。いつ何時熱を出すか分からないので、氷を作り忘れていたら頭を冷やすこともできない。冷蔵庫に常備しておけばいつでもすぐに使える「アイスノン」は、母親にとって救世主のような存在だった。
もちろん、「アイスノン」は発熱時の解熱だけを想定して開発された商品ではない。白元は夏の寝苦しさを解消する安眠枕としても、「アイスノン」を積極的にPRした。「アイスノン」が登場した当時から家庭用エアコンはあったが、本格的に普及するのは70年代に入ってから。寝室にまでエアコンを設置する家庭はほとんどなかった。蒸し暑い夏の夜、枕にセットした「アイスノン」は、快適な眠りを約束してくれる画期的な便利グッズだったのだ。

流通サイドが抱いた心配は杞憂に終わる。評判が評判を呼び、「アイスノン」は短期間のうちに全国的な人気商品となった。白元の巧みな宣伝戦略もあったが、もうひとつ大きな成功要因は、発売時期が冷蔵庫の普及タイミングにぴったり一致していたからだろう。
内閣府の「消費動向調査」によれば、冷蔵庫の世帯普及率は1965(昭和40)年時点で約52%。これが70(昭和45)年には約90%になり、70年代後半にはほぼ100%になっている。歩調を合わせるように「アイスノン」も60年代後半から70年代初頭にかけて販売数を大きく伸ばし、70年代には年間300〜600万個もの販売実績を上げている。変動幅が大きいのは、夏の気温次第で販売数が左右されるため。「アイスノン」は大切に扱えば半永久的に使えるので、販売のほとんどは新規需要とみなすことができる。エアコン普及以前の「アイスノン」は、想像以上の大ヒット商品だったのだ。


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バリエーションを拡充してユーザーニーズに応える

現行「アイスノン」

現行のスタンダード「アイスノン」。デザインは発売時からほとんど変わっていない。600円(税別、以下同)。

発売当時「アイスノンソフト」

発売当時のアイスノンソフト。

現行「アイスノンソフト」

現在の主力商品「アイスノンソフト」。冷却持続時間は8〜10時間。オープン価格。

(左)「アイスノンベルト 大人用」(右)「首用アイスノン」

(左)「アイスノンベルト 大人用」。おでこにぴったりフィットする。750円。(右)主婦に人気が高い「首用アイスノン」は白元らしいアイデア商品。オープン価格。

「アイスノン」発売以降、白元は次々と商品のバリエーションを増やしていった。発売翌年の1966(昭和41)年には「アイスノンベルト」を発売。これは冷たい刺激で頭をハッキリさせたいという、受験生のニーズに応えるための商品だった。翌年には専用カバーに入れて使う「アイスノンピロー」を発売している。
「アイスノン」が大きく変わったのは、1973(昭和48)年発売の「アイスノンソフト」から。それまでに発売した「アイスノン」商品は完全に凍る凍結ゲルだけを用いていたため、使い始めはカチカチの状態。感触の点でやや難があったのだ。頭に巻くタイプの「アイスノンベルト」は、凍結状態ではうまくフィットしないこともあったという。

白元は、頭に当たる面には冷やしても凍結しない不凍ゲルを、裏面には従来の凍結ゲルの柔軟2層構造を採用することで、この課題を解決した。不凍ゲルはその性質上、どうしても冷却持続時間が短くなる。凍結ゲルを併用して、柔らかさと持続時間を両立するアイデアだった。商品の差異をアピールするため、色は明るいグリーンを選択。ちなみに現行の「アイスノンソフト」は凍結ゲル部分を4つの部屋に分化し、更にフィット感を向上させている。
現行の「アイスノンピロー」は、本体が柔軟2層構造、カバーは吸水性やクッション性を考慮した3層構造を採用。構造的には最も進化した「アイスノン」といえるだろう。

一方で、凍結ゲルを使わず不凍ゲルだけを採用した「アイスノン」もある。固いと不評だった「アイスノンベルト」は、1979(昭和54)年に「アイスノンソフトベルト」に進化。今は大人用と子供用の「アイスノンベルト」として販売されている。
77(昭和52)年に発売された子供用の「アイスノンチャピロ」も不凍ゲルタイプだ。形の自由度が高く、自然なフィット感が得られるシャーベットゲルを採用。小ぶりなサイズで、使用中に頭がずれないよう、中央部に丸いくぼみが付けられている。
99(平成11)年には、枕タイプの「アイスノン」にも不凍ゲルだけの「熱スッキリアイスノン」が登場。冷却持続時間は3〜6時間と「アイスノンソフト」の半分ほどだが、感触を重視してこちらを選ぶ消費者も少なくないという。

変わったところでは、2007(平成19)年に発売した「首用アイスノン」がある。首元にフィットしてワイドに冷やすV字立体形状のゲルを採用。シャーベットゲルなので、首に巻いて使っても違和感が少ないのが特徴だ。冷却持続時間は約1時間と短めだが、冷気が当たりにくい台所仕事で使う女性や、ガーデニングなど屋外での作業に使う人が多いという。
この翌年に登場した「おやすみアイスノン〈足裏用〉」は更に個性的な商品だ。火照った足裏を冷やすことで放熱を促し、深部体温(身体内部の体温)を下げることによって眠りをサポートするというコンセプト。保冷枕メーカーは多々あるが、ここまで多様な商品を揃えているメーカーは白元以外にない。

柔らかさに対する消費者のニーズはかなり高かったのだろう。時が経つに従って、「アイスノンソフト」はスタンダードな「アイスノン」を上回るほどの人気商品になっていく。現在の中心商品は完全に「アイスノンソフト」に移行。スタンダードな「アイスノン」はドラッグストアで見かけることも少なくなった。


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アウトドアユースを想定した新ブランドを展開

「熱中ガード アイスノン 冷水スカーフ」

クールな爽快感が魅力の「熱中ガード アイスノン 冷水スカーフ」。880円。

「熱中ガード アイスノン 氷結ワイドスプレー」

瞬間冷却タイプの「熱中ガード アイスノン 氷結ワイドスプレー」。800円。

「熱中ガード アイスノン 氷フォーム」

「熱中ガード アイスノン 氷フォーム」は弾ける泡が特徴。700円。

保冷枕の代表ブランドとして広く認知されている「アイスノン」。白元はこの高いブランドイメージを活かして、2008(平成20)年から新たな「アイスノン」シリーズを展開している。「熱中ガード アイスノン」と名付けられた新シリーズが想定しているのは、夏の暑さ対策を中心としたアウトドアにおける保冷ニーズ。ゲル状の保冷剤を使用しない商品が中心で、スプレータイプや塗るタイプなど、商品バリエーションも多種多様だ。

「熱中ガード アイスノン 冷水スカーフ」は、特殊な繊維でできたスカーフを水に濡らし、気化する際の吸熱効果で涼しさを実感させる商品。首に巻く「熱中ガード アイスノン 氷結ベルト」はゲル化剤を採用し、冷たさが約2時間持続する。「熱中ガード ぬるアイスノン」は、冷涼感を実現したボディ用ゲル。メントール配合なので、涼しさと同時に爽やかな香りも楽しめる。
使ってみて驚くのは、「熱中ガード アイスノン 氷結ワイドスプレー」だろう。タオルやハンカチに約1秒間スプレーすると、ミストが瞬時に氷に変化。それを火照った肌に当てると、本当に氷を当てたような冷気が伝わってくる。炎天下を歩いているときなどに欲しくなるアイテムだ。

今年3月には、シリーズに2つの新商品が加わった。「熱中ガード アイスノン 氷フォーム」は、氷を含む泡を手の平に取り、火照った首筋や腕などに馴染ませる瞬間冷却スプレー。パチパチと弾ける音がするのも面白い。「熱中ガード アイスノンひんやりシャツミスト」は、衣類の内側にシュッとスプレーして冷涼感を付加する商品。外出時や通勤時に重宝しそうだ。

「アイスノン」も「熱中ガード アイスノン」も、必ずしも全ての商品が白元のオリジナルアイデアというわけではない。得意先から持ち込まれたアイデアを元に開発した商品もあれば、先行する競合製品に対抗するために生み出した商品もある。白元は昔から得意先を大切にするメーカーとして有名で、ここに任せれば売れる商品を作ってもらえると考えるメーカーがたくさんあったという。創業者・鎌田泉は商才があるだけでなく、人望も厚かったようだ。

保冷枕「アイスノン」の年間販売数は約100万個に減ったが、このカテゴリーでは今も50%以上のシェアをキープしている。昨年は記録的な猛暑の影響により、7/1〜8/6の約1ヶ月で前年同期比約2倍、過去15年間で最高の出荷実績を記録。急遽工場の増産体制を整えたという。今年はその勢いに一段と拍車がかかりそうだ。
暑さ対策商品は数多く販売されているが、冷凍庫に入れておくだけで使える手軽さ、身体に優しい自然な冷たさ、そして繰り返し使える経済性という点で、「アイスノン」に勝る商品は他に見当たらない。基本はシンプルな保冷枕だが、細かなユーザーニーズにもしっかり対応している。

時代を超越した商品性は、ロングセラーに欠かせない条件のひとつ。エアコンの普及によって往時ほどの勢いはなくなったが、「アイスノン」の商品価値は45年の歴史の中でいささかも衰えることがなかった。
寝苦しい夜が続く今年の夏。今夜もまた、「アイスノン」は日本中の家庭に快適な眠りを届けていることだろう。

取材協力:株式会社白元(http://www.hakugen.co.jp/
女子中高生の間で大ヒットした白元の商品とは?

数多くのロングセラー商品を世に送り出してきた白元。そのほとんどは一般家庭向けの商品だが、なかにひとつだけ、主に女子中高生に的を絞って開発したユニークな商品がある。それが1972(昭和47)年に発売した液体靴下止め、「ソックタッチ」。今までにない発想から生まれた斬新な商品で、発売当時から爆発的な人気を集めた。その後売れ行きは落ちたが、90年代に入るとルーズソックスブームの到来で再び大ヒット。なんと年間1000万本も売れたという。女子中高生たちはソックスが下がってくるのを放っておいたのではなく、自分の好きな位置で止めていたのだ。現在はボトルのカラーバリエーション、キャラクターデザインを採用したもの、マイルドタイプなど、計6種類を販売している。

「リラックマ ソックタッチ」

限定デザインの「リラックマ ソックタッチ」。35O円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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