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勤勉が生むカオス的大変革:阪井和男さん
コム人対談
阪井和男さん

Part1 カオスがブレークスルーを生む

 古い考え方の積み重ねが新しい戦略行動を呼ぶ

Part2 古いやり方を使い倒すことで新しい戦略を呼び込む

 カオス理論は組織活性化に役立つ

Part3 異質な核をインキュベートするような文化が必要

 個人の力が社会を動かす



Part2 古いやり方を使い倒すことで新しい戦略を呼び込む

矢野

一つの井戸を掘り続けているうちに、カオスが生まれ、ふと気づくと別の新しい井戸にたどりついていると。これまで組織論でそうした研究はされていますか。

阪井

直観的にはわかっていた部分もあるでしょうが、研究論文としてまとまったものは見たことがないですね。あちこち探していますが、まだ調査不足かもしれません。

矢野

なぜカオスの研究者が企業の組織行動に興味をお持ちになったのですか。

阪井

私が人間と社会に興味があるからということと、明治大学でリバティタワーの情報コミュニケーション環境を構築するプロジェクトを立ち上げたとき壁となって立ちはだかったのが組織だからです。組織というのはどうしてこんなにやっかいなのか。そう感じるのは、組織をよく理解していないからだと気づいたんです。しかし、いきなり個人と社会の問題をカオスで扱うのもテーマが広すぎます。個人が組織に属し、組織が社会を構成しているなら、まず組織を分析する必要があると考えたのです。
 これまで人間一人が何をしようと社会全体には影響がないと思われていた。一人の人間など社会から見れば小さな存在というわけです。ところがカオスの考え方では、一人の人間のちょっとした行動が社会全体に波及する可能性があるのです。小さなズレが拡大し、システム全体に影響を与えるのがカオス理論ですからね。つまり個と社会は双方に影響を与え合う存在なのです。
 それを証明するには、企業の戦略行動を分析するのがわかりやすい。個人の考え方や行動の変化によって企業組織はどのように変容するのか。通常、組織の戦略行動の変容は環境など外的刺激による変化か、自発的な変化によってもたらされますが、できるならば自発的変化の事例の方が面白い。自己組織化にもつながりますからね。そうした問題意識をもっていたところ、桑田教授の論文に運よく巡り会ったわけです。

矢野

個人の考え方や行動が組織全体を変えることを、阪井さんは数理モデルとしての「方略スキーマ」を使って明らかにしたわけですね。方略とは敵をやっつけるための計略、スキーマというのは認識のフレームワークのようなものですか。

阪井

その通りです。問題解決のプロセスには、何らかの枠組みで問題が定義される必要がある。その定義の仕方はまさに個々人のクセであり、それをスキーマといいます。正確に言えば、認識や思考の自動処理装置ですね。私たちはふだん一定のスキーマによりかかってものごとを認識しています。それは認識や思考を効率化するメリットをもたらしますが、一方で、自動化されたスキーマは変化する環境との不適合ももたらします。環境がゆっくり変化するときは、その不適合には気がつきませんが、その不適合が大きくなると、スキーマの再構成が必要になります。その再構成、すなわちブレークスルーを起こすには、従来のスキーマから逃れるプロセスが必要であり、方略スキーマモデルは、従来のスキーマからカオス状態を経て新しいスキーマを発見、それに乗り移る過程を数理的に明らかにしたわけです。

矢野

現象や問題をとらえるときには、よく多角的に見ろといいますね。それと同じで、企業もたくさんのスキーマを持てということですか。とはいえ、どのスキーマを選ぶかはアトランダムになされるわけですよね。

阪井

通常、ブレークスルーをもたらすような新しい戦略を手にするためには、一度、古いやり方のプロセスを逆戻りして否定し、捨て去る必要があると言われます。これを「アンラーニング」と呼び、ブレークスルーに関する多くの本にはアンラーニングが新しい可能性につながると書いてありますが、カオス理論で考えると、そうならない。
 むしろ、古いやり方をどんどん突き詰めて、使い倒す(これを「強化学習」と言いますが)うちにカオス化し、同時に別のやり方を考えながら進んでいけば、アッという間に組織全体が新しいやり方に飛び移って(遷移して)、状況が解決される。過去に戻らず、複数のやり方も意識しながらパラレルに進むことでブレークスルーを手にすることができるというのが私の考え方です。複数のスキーマを同時に追い求めれば、カオス化して、自動的に解決にたどりつくわけです。

矢野

カオス化するとは、どういうことですか。

阪井

それはなかなか難しい(笑)。A社のケースでいえば、古い消極的なスキーマ同士は確固とした信念で結ばれているわけです。その結びつきが強いほどカオス化、つまり不安定化していく。それはカオス理論でも簡単に導き出せるんですね。強化学習してスキーマの結びつきを強めればカオス化する。

矢野

そのカオス化とはどういう状態ですか。

阪井

カオス化する前、スキーマの結びつきが弱い状態というのは、ある戦略行動を組織が取ろうとするとき、ゆっくりかつ整然と考え方が広がり、個々人のスキーマが立ち上がってくる。ところが、カオス化してスキーマの結びつきが強くなると、どこかを軽くコーンと突くと、組織全体にアッという間に振動が伝わり、全体が興奮してしまう。わずかな刺激でも全体が影響を受けるわけです。しかし、興奮するスキーマがある一方で、それを抑えようとするスキーマも出てくる。興奮と抑制が混沌としてくることがカオス状態といえます。

矢野

カオスが起こらなければブレークスルーも起こらない。しかも、そのときに乗り移るべき新たなスキーマが用意されている必要があるわけですね。その辺の事情がカオス理論できちんと説明されると。

阪井

そうです。難関を突破して革新的な飛躍をとげるブレークスルーは、ある時点からすでに存在していたのだが認識できないでいた解決策を「発見」することでもあります。だから見つければ、あっという間にそちらに飛び移る。これが「カオス的遷移」です。

カオス理論は組織活性化に役立つ

矢野

歴史学者のアーノルド・トインビーは、あらゆる文明は成長して頂点に達すると必ず衰退すると言っていますが、衰退したくない、もう一度成長したいというときにカオス理論は役立つのでしょうか。

阪井

役立ちますね。衰退する組織や文化というものは、自分の考え方に凝り固まってしまって、他の考え方とぶつからず、縮こまっていく。そうではなくて、お互いにいままで通りの考え方でいいから、ぶつかり合って、やり合うだけのパワーがあれば再び、成長します。ただし、単にカオス化しても、他の可能性や選択肢を持っていないと、孤立化し、お互いに疲れて、そのまま遷移せずに終わってしまうこともあります。

矢野

たとえば僕が衰退している企業の社長となって、カオス的な大変革をたくらもうと思ったら、いったい何をすればいいのでしょうか。

阪井

新しい枠組みを呼び水として用意することでしょうね。コップの水が一杯になってこぼれそうになっているとき、受け皿があれば、スッと移ることができる。

矢野

企業合併なども呼び水の一つになりますか。

阪井

いろいろな呼び水があると思いますよ。新しい組織形態にするのもいい、構成員を入れ替えるのもいい、業務を変えるのもいいでしょう。それからもうひとつ重要なことは、工夫に工夫を凝らしてトコトンつきつめて考え抜く組織文化を作り上げることです。ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ前会長は,これを「ストレッチ」(背伸び)と呼んでいます。

矢野

やはりリーダーシップが大切ということですか。

阪井

きっかけをリーダーが作るのか、構成員が作るのかは、この理論では論じていません。

矢野

成功そのものが衰退を呼ぶという、「イノベーションのジレンマ」についてはどうでしょうか。

阪井

大きな成功をすればするほど、衰退の危機が高まるのは確かです。成功すれば同じスキーマで物事をとらえるようになってしまいます。別のスキーマをパラレルに用意していないと、そのまま衰退してしまう。

矢野

大型コンピュータで無敵だったある会社は、パソコンには乗り遅れた。いまやハードを捨ててソリューションビジネス中心になっているようですが……。

阪井

あの会社の失敗はメインフレームの成功で他の可能性を捨ててしまったことでしょうね。どんなときも別の可能性を残す、つまり多様性を維持することが大切なんです。

矢野

『自由を考える』(東浩紀・大澤真幸の対談、NHK出版)という本の中で、社会学者の大澤真幸さんがこんなことを言っています。「個々の分子を対象化することと、全体を統計的に対象にすることとが、矛盾なく共存しうる、という状態は、数学における『カオス』の登場や流行とまったく並行しているということです」。
 これは秩序とカオスの間に、もっとも複雑なふるまいをする「カオスの縁」があって、お互いが共存していることを示唆しているようにも思うんですね。個人が自由に振る舞っているようでいて、全体としては管理されているネット社会のあり方とも関係するようで……。

阪井

分子の話はカオスとはあまり関係なさそうですが、ランダムに動き回るだけの単純な現象の情報量はゼロに等しいのです。カオスはランダムっぽく見えるが、その裏側に巧妙な秩序が隠されており、情報量を持っている。とくに規則性からカオスに変化する間際の状態、すなわちカオスの縁の現象は面白いですね。企業の戦略行動でいえば、このカオスの縁は新しい方法論(スキーマ)を生み出すためにみんなで知恵を出し合って、考え抜いている状態といえるのではないでしょうか。

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Part3 「異質な核をインキュベートするような文化が必要」
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