ナビゲーションを読み飛ばすにはここでエンターキーを押してください。
COMZINE BACK NUMBER
ニッポン・ロングセラー考 Vol.50 オルファ カッターナイフ 世界標準になった独自の“折る刃”式

発想の原点はガラスの破片と進駐軍の板チョコ

創業者・岡田良男氏

「折る刃」カッターを考案した岡田良男氏(故人)。オルファの創業者でもある。

試作品の数々

試作品の数々。刃の長さや溝の角度、ストッパーの仕組みなどで試行錯誤を繰り返した。

世界初の「折る刃」式ナイフ

世界初の「折る刃」式ナイフ。刃の溝の角度、ホルダーの仕組みなど、今のカッターの原型はすべてここにある。

刃を繰り出し、カチッと固定して、サーッと紙を切る。切れ味抜群、気持ちいいくらい良く切れる。しばらく使って切れ味が鈍ってきたら、端に付いている刃折器で切っ先を挟み、パチン。新しい刃先で、再びサーッと紙を切る。
カッターナイフって、本当に便利な道具だ。なにせ、刃物なのに刃を研ぐ必要がないのだから。包丁だってハサミだって、刃が駄目になったら研ぐのが当たり前。使えなくなった切っ先だけを棄ててしまう刃物は、カッターナイフのほかにはない。みなさんは御存知だろうか。この「折る刃」式カッターナイフが、日本オリジナルの刃物だということを。

製造メーカーはいくつかあるけれど、「折る刃」式カッターナイフのオリジナルを開発したのは大阪の会社「オルファ」である。
創業者・岡田良男の実家は、大阪で紙の断裁業を営んでいた。良男は5人兄弟の長兄。小さい頃から手先が器用で、工作が得意だった。だが家が貧しかったため、様々な職に就いた後、大阪市内の印刷工場に勤めた。その頃の印刷工場では、職人たちがナイフやカミソリを使って紙を断裁していた。何枚にも重ねた紙を切るので、刃物はすぐに駄目になる。良男は考えた。「ナイフは研がなければならないし、カミソリは捨ててしまうから無駄になる。使い続けても切れ味が悪くならない刃物はできないものだろうか」と。

もともと工作好きの良男である。芽生えた“モノづくり”の衝動は抑えきれない。切れ味が悪くならない画期的なナイフを作るため、寝ても覚めてもそのことばかり考えるようになった。
発想のヒントは身近なところにあった。ひとつは、靴職人が使っていたガラスの破片。彼らはそれで靴底などの補修をして、切れなくなったらガラスを割ってまた新しい破片を使っていた。
もうひとつは、進駐軍が持ち込んだ板チョコレート。格子状に溝が付いているので、ポキポキときれいに折れる。
このふたつを組み合わせたら、決まった部分でポキッと折れる刃物ができるのでは。刃物を使う場合は、切っ先を使う事がほとんど。駄目になった切っ先を折れば、いつも新しい刃が使えるはずだ。
アイデアの勝利だった。世界中の誰も思い付かなかった、「折る刃」式という斬新なアイデア。良男には発明家としての天賦の才があった。

仕事が終わった後、良男はひとりで下宿にこもり、試作品作りに熱中した。
「折る刃」にするためには、刃に溝を入れなくてはならない。当然、刃自体の強度は落ちるから、何らかの形で刃を保護する必要がある。となると、歯がむき出しになる従来の折りたたみ式ナイフのような形は無理だ。スライド式にして、切っ先だけをホルダーから出すようにしよう。
難しいのは刃に入れる溝の角度と深さだった。切れ味と強度を保ちながら、同時に折れやすくしなければならない。良男はタガネで刃に溝を入れ、何度も試行錯誤を繰り返した。
徹夜が続いて疲労困憊したが、良男は諦めなかった。「学がない自分が身を立てるにはこれしかない」──その強い信念が、良男を支えた。
1956(昭和31)年、ついに満足の行く試作品が完成した。


海外展開を考え、「OLHA」ではなく「OLFA」に

試作品を作る良男

下宿でひとり黙々と製品を修正する良男。「これしかない」という強い思いに支えられていた。

市販化第1号

記念すべき市販化第1号。一般家庭にもたくさん売れた。

チラシ

岡田工業を設立して間もない頃の製品チラシ。この頃は販売を極東ノートに委託していた。

世界初の「折る刃」式ナイフは完成した。が、良男にはこれを製品化する資金がなかった。刃物メーカーにアイデアを売ろうとしたが、今までに見たこともない不思議な形のナイフに対し、業者は否定的だった。「こうなったら自分で作って売るしかない」。そう決心した良男は、1959(昭和34)年、「折る刃」式の実用新案を出願し、勤めていた印刷工場を辞めて岡田商会を設立した。
ここまで来たら、もう後には引けない。良男は全財産をかけ、町の小さなプレス工場に3000本の製造を依頼した。3000本とはいってもすべて手作り。出来上がったナイフは寸法も品質もバラバラだった。良男は再び下宿にこもり、ペンチとヤスリでひとつひとつ手直ししていった。

手直しが終わると、今度は売る先を考えなくてはならない。良男はデザインや製版関係の会社に飛び込みでセールスし、直接売って歩いた。もともと現場の声に応えるために作ったナイフである。便利で使いやすいという評判は口コミで伝わり、1年で全部のナイフをさばくことができた。
売れるようにはなったが、本格的な商売にするためには更に資金がいる。良男は当時知り合った会社の協力を得て、「折る刃」式ナイフの市販化に乗り出した。第1号の製品が発売されたのは1960(昭和35)年。製品名は「シャープナイフ」。当時の物価からするとかなり高かったが、新聞や雑誌に広告を出したこともあり、印刷関係の業者だけでなく、一般家庭にも広く浸透していった。

1967(昭和42)年、良男は協力を得ていた会社から再び独立し、弟たち3人を集めて兄弟4人で岡田工業を設立した。
うまいことに、4人にはそれぞれ得意分野があった。印刷会社のグラフィックデザイナーだった次男の三朗は、製品のラベルデザインや広報などの担当に。商社で輸出を担当していた三男の四郎は、経理を任された。営業マンだった四男の博(現社長)は、販売の即戦力として期待された。そして良男は製品開発の中心であり、弟たち3人の能力をフルに発揮させる経営の要でもあった。

新たなスタートともいえる岡田工業の設立。製品を大々的に売るためには、印象に残るブランド名がほしい。良男たちは製品の輸出も視野に入れていた。すぐに、「折る刃」から派生した「OLHA」にすることを考えたが、海外ではHを発音しない国もあるということから、「OLFA」に決めた。
更に、すべての製品の色を黄色にした。黄色なら道具箱の中でひときわ目立つから見つけやすいし、危険を伴う道具であるという注意喚起の意味もある。なにより暖かみを感じさせる黄色は、製品に明るい印象を与えてくれた。今なら一般的になったカラーブランディングだが、当時、こうした戦略を打ち出すメーカーは珍しかった。
岡田工業になって初めての製品は、ベニヤ板も切れる「L型」(450円)、紙など薄物用の「A型」(250円)と「S型」(150円)の3種類。製品パッケージには「オルファカッター」のロゴが誇らしげに印刷された。

 


ニーズをすくい上げ、常に新しい製品を作り続ける

現在のA型

現在の「A型」。既に40年近い歴史を持つ小型カッターの代名詞的存在で、オルファカッターの基本形でもある。315円。

ブラックS型

世界各国で愛用されているロングセラー、「ブラックS型」。シャープなデザインの金属ホルダーが特徴。Gマーク選定品・ロングライフ賞受賞。210円。

79年発売のロータリーカッター

世界初のロータリーカッター。ブレードカバー(黒い部分)を手前に引くと刃が出る仕組みで、基本構造は現行製品も同じだ。

セーフティロータリーカッターL型

最新型の「セーフティロータリーカッターL型」。グリップを握ったときだけ刃が出るようになっている。Gマーク選定品。1,575円。

1960年代後半から70年代にかけて、日本は高度経済成長の波に乗った。都市部では住宅ブームが起き、需要が一気に拡大。岡田工業も急激に売上げを伸ばしていった。住宅に使われた新建材や壁紙などを切る際に、カッターナイフが重宝されたのだ。注文は次々に入り、生産が追いつかないほどだった。1968(昭和43)年には輸出第一弾としてカナダへ進出。こちらの売上げも順調に伸びていった。

そんな折、アメリカの大手工具メーカーがカッターナイフに進出するという衝撃的なニュースが飛び込んでくる。岡田工業は1962(昭和37)年に「折る刃」の特許を取っていたが、それは日本国内でしか通用しない。兄弟は慌てたが、ひとり良男だけは泰然自若としていた。
「大手が進出するということは、カッターナイフが世界で認められた証拠だ。市場拡大のチャンスじゃないか。今こそ設備投資を増やし、生産拡大に踏み切ろう」
良男の判断は正しかった。カッターナイフの需要は世界に広がり、オルファカッターの輸出量も年を追って拡大していった。84(昭和59)年、岡田工業は社名をオルファに変えた。

オルファが大きく飛躍できた理由のひとつに、同社が開発型のメーカーだということがある。
ベニヤ用、紙用、布用などで最小限のラインナップを用意すれば、会社はやっていけるかもしれない。しかしそれでは高度成長を続ける社会のニーズに応えられないし、会社の成長も期待できない。特許で守られている間はいいが、切れた後は競合メーカーも現れるだろう。
オルファは工場やオフィス、家庭などでどんなカッターが求められているかを丹念に調査し、「こんなカッターがあればいいな」というユーザニーズをすくい上げて製品化してきた。新製品の数は、毎年3、4種類。今までに198品目の製品を販売し、そのほとんどが現在も販売されている。これほど多くの種類のカッター(とその周辺製品)を作っているメーカーは、世界広しといえどもオルファのほかにはない。

いくつかエポックメイキングな製品を紹介しよう。
最初にオルファブランドを冠した「A型」は、今も広く使われている定番商品。形と構造は、市販化第1号の製品とそれほど大きな違いはない。もうひとつの定番は、1970(昭和45)年に発売された「ブラックS型」。こちらもロングセラー商品で、世界中に輸出されている。販売本数は1億本以上。この2本のうちどちらか、あるいは両方を会社や家庭で使っているという人は多いはずだ。
もうひとつ、オルファが開発した注目すべき製品がある。79(昭和54)年に発売した「ロータリーカッター」だ。円形の刃を転がし、曲線も直線も思いのままに切ることができるこのカッターは、日本よりもパッチワークが盛んなアメリカやカナダで高く評価された。ハサミでは切りにくかったキルティングやフリースなども思い通りにカットでき、重ね切りも可能。型紙を布に置いた状態でカットできるので、作業効率も大幅にアップする。


 
様々な限定商品で幅広いニーズに応える

万能L型

大型カッターの定番「万能L型」。紙から薄手のベニヤ板まで切ることができる。Gマーク選定品・ロングライフ賞受賞。525円。

LL型

両手でしっかりもって使う大型の「LL型」。ベニヤ板、原皮、厚紙、ゴムの切断などに最適。Gマーク選定品・ロングライフ賞受賞。1,260円。

ハイパーAL型

ラバーグリップを採用し、握りを追求した「ハイパーシリーズ」。「AL型」は大型刃装着タイプだ。Gマーク選定品・ロングライフ賞受賞。オープン価格。

現在、オルファの国内における市場シェアは50%ほど。カッターナイフ専業メーカーは同社のほかに1社しかなく、後は工具メーカーや文具メーカーがそれぞれ数種類をラインナップに加えているくらいだ。
同社企画部の担当者は、「カッターナイフは大きな利益が見込めるような商売じゃないから」と語る。確かにそうかもしれない。物価上昇率に比べると、カッターの価格はほとんど据え置かれたままだ。1本200〜300円ほどで手に入り、一度買えばなくさない限りなかなか買い替えない。替え刃の需要は大きいが、その刃もずいぶん長持ちする。となると、市場は自ら開拓するしかない。オルファが早くから輸出に乗り出し、開発型のメーカーになったのも頷ける話だ。

もうひとつ、オルファが躍進するうえでプラスに働いたことがある。他社に先駆けて「折る刃」式カッターの市場を獲得できたため、先行者メリットを手にできたのだ。
カッターナイフの替え刃は消耗品だから、メーカーは製品を開発する際、どのメーカーの刃でも使えるように互換性を考えなくてはならない。市場を見渡すと、既に出回っている替え刃はオルファのものばかり。後発メーカーはオルファの刃のサイズに合わせた製品を作らざるを得なかったのだ。凄いのは、それが世界レベルの話だということ。オルファの刃(小型刃、大型刃)の規格は、今や世界標準になっているのである。

品質に対するこだわりもオルファの特徴だ。オルファは創業時から今に至るまで、すべての製品を国内で作っている。最近は刃を人件費の安い中国で生産するメーカーも少なくないが、同社はあくまでも国内生産にこだわり続けている。
刃の原材料はJIS規格の炭素鋼。これも昔から変わらない。別の素材を使えばコストを1円減らせると材料メーカーから教えられても、良男は頑として譲らなかったという。少しでも品質を落とすことは、絶対に許せなかったのである。

こうした品質重視の姿勢から生まれたオルファカッターは、国内でも高く評価されている。「ブラックS型」「万能L型」「LL型」など、初期に発売されて今も継続販売されているロングセラーから、最新の「ハイパーシリーズ」に至るまで、合計48品目がグッドデザイン賞を受賞しているのだ。しかもそのうち16品目は、受賞後10年以上にわたって販売されている商品に与えられるロングライフデザイン賞を受賞している。
この賞がデザインだけでなく、製品の機能や品質、安全性まで審査対象に含めていることを考えると、オルファカッターの“モノ”としての完成度の高さには改めて驚かされる。

その昔、岡田良男はカッターを指して「これが私です」というキャッチコピーを作ったという。社員旅行のバスの中でもカッターの話しかしないほど、良男は人生のすべてをカッターの開発に捧げていた。ほとんど変えようがないと思われていた刃物に“折る刃”という革命をもたらした後も、「もっと良く切れるように、もっと使いやすいように、もっと安全に」──そう考えて開発の手を休めることはなかった。
今、私たちは当たり前のこととしてカッターの刃を折っている。でも、51年前まで刃物の刃が折れることはなかったし、カッターナイフも存在していなかった。ひとりの工作好きの青年が、私たちにまったく新しい刃物を与えてくれたのである。

 
取材協力:オルファ株式会社(http://www.olfa.co.jp/
     
「えっ、こんなのもあるの?」変わりダネカッターに注目
コンパスカッター カッターのこ MZ-AL型

「コンパスカッター」525円。

「カッターのこ」1,260円。

「MZ-AL型」Gマーク選定品。オープン価格。

100品目を超えるオルファカッターのラインナップ。私たちに馴染み深いのは「A型」や「ブラックS型」のような小型刃、あるいは「万能L型」のような大型刃の製品だが、なかにはほとんど見かけないような変わった製品もある。
例えば、紙やビニールなどの薄物を円形にカットできる「コンパスカッター」。コンパスを使う要領で、直径15cmまでの円をカットできる。プロの現場でよく使われているのが、アクリルや塩ビなどプラスチック板専用の大型カッター「P-800」や、細かい作業に適した「アートナイフ」だろう。カッターとのこぎりを一体化した「カッターのこ」という製品もあり、これは日曜大工に重宝しそう。
大型刃にも、「MZ-AL型」という変わりダネがある。なんと最大6枚まで替え刃を内蔵できる連発式。四六時中カッターを使うヘビーユーザに愛用されているという。
 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]