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ニッポン・ロングセラー考 Vol.76 トクホン トクホン 発売から75年を超える消炎鎮痛貼付薬の代名詞

1日1回、計約1,500回の試作から生まれた初代トクホン

鈴木由太郎

トクホン創業者の鈴木由太郎。若い頃から薬のエキスパートだった。

乙女桜

トクホンが最初に製造販売した頭痛膏「乙女桜」。一般薬ではなく、得意先向けの配置薬だった。

シカマン

萬金膏「シカマン」。後に「キクマン」に名称変更し、大ヒット商品となった。

初代トクホン

初代トクホン。桐箱入れで問屋に卸され、袋単位で売られていた。

永田徳本の銅像

永田徳本の銅像。「甲斐の医聖」として名を馳せた人物だった。

誰もが日常的に経験している肩こりや腰の痛み。「やれやれ、またか」と思いながら救急箱から取り出すのは、四角い消炎鎮痛貼付薬。多分それは、「トクホン」か「サロンパス」だろう。日本人なら誰もが知っているこの2製品は、興味深いことにわずか1年違いで誕生している。トクホンは1933(昭和8)年に東京で、サロンパスはその1年後に佐賀県で。今回は日本で初めて量産された消炎鎮痛貼付薬、トクホンの歴史をたどってみよう。

トクホンの生みの親は、明治生まれの鈴木由太郎。幼い頃から薬に興味を持っていた由太郎は、浅草の製薬会社で薬の処方を覚え、若干21歳の若さで独立。1901(明治34)年に医薬品製造販売業 鈴木日本堂を創立する。
由太郎が並みの商売人でないことは明らかだった。これからは「消耗するもの、大量生産できるもの、保存できるもの、手軽に持ち運べるもの」こそが売れると考え、その条件に当てはまる貼り薬(貼付型の膏薬・こうやく)に絞って商品づくりを進めたのである。
初の商品となる頭痛膏(こう)「乙女桜」に始まり、風邪薬「オピトリン」、「アカギレ膏」、萬金膏「シカマン」などを次々と発売。中でも消炎鎮痛効果に優れた「シカマン」(途中で「キクマン」に名称変更)は大ヒット商品となり、多くの人々に愛用された。

この頃に売られていた貼り薬は、油や蝋(ろう)で固めた生薬を紙に塗ったもので、貼り付ける時は火であぶって軟らかくしてから使っていた。しかし、これでは貼るまでにどうしても手間がかかってしまう。「もっと簡単で手軽に貼れる薬を作れないものか」──由太郎が求めていたのは、利便性を向上させた新しいタイプの貼り薬だった。
ちょうどその頃、静岡に出掛けていた当時の専務が、「天来(てんらい)」という名の貼り薬を会社に持ち帰ってきた。天来は現在のトクホンに似たシール状の貼り薬で、剥離紙をはがせばそのまま患部に貼ることができた。「なるほど、これなら手軽で簡単だ」と感心した由太郎は、この天来をヒントに新商品の開発に乗り出す。1日1回の試作を根気よく続けた結果、当時日本の特産品だったハッカを入れ、膏体(肌に接する部分の材質)に天然ゴムを使うことを発案。そして1927(昭和2)年、ついに初代トクホンが完成した。日々繰り返した試作品の数は、既に1,500個を超えていたという。

発売当初は少数を問屋に卸すだけだったトクホンだが、由太郎は自ら製造機械を発明し、トクホンの量産化を実現した。とはいえ、従業員はわずか10人前後。実際の製造には約300人の女工さんがあたった。彼女たちの手際は素晴らしく、ちょうど10枚のトクホンをパッと一掴みし、袋詰めすることができたという。トクホンは10袋をまとめて桐の箱に梱包し、問屋に卸された。当時の値段は不明だが、桐箱に収められるほど価値のある貼り薬だったことは間違いない。

ところで、トクホンという響きの良い商品名はどこからきているのだろう? 1928(昭和3)年のある日、由太郎は従業員が読んでいた雑誌の中に、永田徳本という医者の名を見つける。徳本は室町後期から江戸初期に活躍した医者で、武田信玄の主治医を務めた後、諸国を遍歴して庶民の治療にあたった人物。自らの経験と直感を頼りに独自の薬を調剤し、どんな薬も十八文(現代に換算すると500円くらい)以上は受け取らなかったと言われている。そんな徳本の生き方に感銘を受けた由太郎は、すぐさまトクホンの商標を登録し、新商品に採用した。
恩恵を意味する「徳」、痛みと炎症を溶かす「溶く」、それを解きほぐす「解く」──新しい貼り薬に、これほど相応しい名前はなかった。


日本初の生コマーシャルで知名度が大幅にアップ

雑誌広告

(左)雑誌「主婦の友」に掲載した広告(昭和11年)。新貼付剤というコピーが付けられている。(右)こちらは雑誌「光の家」に載せた広告(昭和13年)。当時は女性をターゲットにした広告が多かった。

キューピー人形

生コマーシャルに使われたキューピー人形。生コマーシャル自体が画期的な宣伝手法だったが、人形を使った点もグッドアイデアだった。

火であぶることなく、はがせばすぐ患部に貼れるトクホンは、発売当初から人気を集めた。開発力だけでなく経営の才にも長けていた由太郎は、早くから新聞や雑誌などのマスメディアを使った宣伝に力を入れ、トクホンの認知度を上げることに注力した。
1951(昭和26)年、民放ラジオ局が開局すると共に、浪花節を語る25分間の番組を提供。制作費は電波料の6万円を含めて全部で約9万円(当時の公務員初任給は約6,500円)かかったが、トクホンはわずか一週間で広告費以上の金額を売り上げた。この頃からトクホンは爆発的に売れ始め、年間売り上げは700万円にも達したという。

更にトクホンの需要を拡大したのは、1953(昭和28)年に放送を開始した民放テレビだった。当時一世を風靡していたタレント、トニー谷が司会を務める視聴者参加型の歌番組で、日本初の生コマーシャルを行ったのである。番組の合間に案内役の女性が登場し、キューピー人形の肩や腰にトクホンを貼って使用方法をアピールするという内容だった。このCMのインパクトは非常に大きかった。新聞や雑誌の広告で存在を知ってはいても、詳しい使い方が分からなければ、買うまでには至らない。そんな消費者の背中を押すことに成功したのである。
読者の中にも、「あなたのお名前なんて〜の♪」というトニー谷の軽妙なフレーズと共に、背中にトクホンを貼ったキューピー人形を覚えている人がいるかもしれない。


スポーツに対するサポートに熱心だったのも、この頃のトクホンの特徴。第43代横綱・吉葉山の後援会長をしていただけでなく、当時国民的な人気を誇っていたプロレスラー・力道山を起用したCMを展開していた。筋肉痛が職業病にもなっている力士やプロレスラーは、トクホンの宣伝マンとしては理想的な存在。費用はかかったが、その効果は絶大なものがあった。
当時販売されていた類似商品を見ると、消炎鎮痛貼付薬の人気の高さがよく分かる。トクホンやサロンパスを真似た商品が数多く店頭を飾っていたので、消費者は相当迷ったことだろう。自社の製品を守るためにも、CMを通じた知名度アップは欠かせなかったのである。
昭和20年代から40年代にかけ、トクホンは消炎鎮痛貼付薬のトップメーカーに成長。東日本を地盤に、ナンバーワンメーカーとして確かな地位を確立した。

 

“攻めのデザイン”を採用した新しいパッケージ

昭和25年のパッケージ

1950(昭和25)年のパッケージ。文字の並びは左から右へ変わっている。

昭和42年のパッケージ

落ち着いた色合いに変更した1967(昭和42)年のパッケージ。価格は8枚入りで50円。

平成元年のパッケージ

1989(平成元)年のパッケージ。デザインと共にロゴタイプやマークも変わった。

現在のパッケージ

2004(平成16)年〜現在のパッケージ。シンプルかつ大胆なデザインだ。写真のラインアップは左から普通判(40枚入り)・中判(40枚入り)・大判(24枚入り)。

さて、桐箱入りで問屋に納入された初代トクホンは、その後どう変わっていったのか。戦後から現在に至る変遷を見ていこう。
1950(昭和25)年には、1箱6枚入りの新しいパッケージが登場。箱のデザインは発売当時の桐箱と変わらず、永田徳本の銅像を描いたシンプルなものを採用した。商品サイズもいわゆる普通判(6.5センチ×4.2センチ)で、価格は40円だった。この値段は当時のコーヒー一杯ほどだが、枚数を考えると今よりかなり高価だったと言える。
67(昭和42)年にはパッケージをリニューアルしたが、デザインはほとんど変わっていない。40代から50代にかけての読者なら、グレイの地に赤い文字で「TOKUHON」と描かれたこのパッケージに馴染みがあるだろう。翌年には大判(9.8センチ×8.1センチ)が登場し、更にその3年後には中判(8.4センチ×6.5センチ)を販売。今も継続している普通判・中判・大判のサイズバリエーションは、トクホンが最も売れていたこの時期に完成している。

パッケージの印象が変わったのは、トクホンがCIを実施した1989(平成元)年だ。社名を鈴木日本堂からトクホンに変え、ロゴを新しくしたのと同時に、パッケージも白をベースに青い縦帯をあしらったモダンなデザインに変えた。91(平成3)年には商品名を「トクホンA」に変更。以降は店頭での露出効果を高めるため、パッケージのホワイトスペースにその時々のアピールポイントを印刷するようになる。
消炎鎮痛貼付薬は、多くのメーカーにとって大量の販売が見込める売れ筋商品だ。ドラッグストアの店頭では消費者の目線に陳列されるため、可能な限り他社製品よりも目立たせたい。こうした理由から、今でもほとんどの製品は色数や文字量が多く、イラストを使用したパッケージデザインを採用している。トクホンもまたそうした流れの中にあったが、2004(平成16)年に行ったリニューアルは、その逆を行く大胆なアプローチだった。

この年、トクホンは商品名を再びトクホンAからトクホンに戻すと共に、パッケージデザインを独特の深みを持つ青一色に変えたのである。やや紺色に近いこの青は、社内でトクホンブルーと呼ばれている。更に印象的なのは、パッケージの表には商品名や商品分類、枚数など、必要最小限の情報しか記載されていない点。それまでのパッケージはもちろん、他社製品とも全く違う、極めてシンプルかつ大胆なデザインだ。
派手なデザインの中にあっては、目を引く色を使ったシンプルなデザインの方が、逆に強烈な印象を残す。実際に店頭で見てみると分かるが、不思議なことに消費者は、筋肉組織のイラストよりも、トクホンブルーで塗りつぶされた四角形の方に目が向くのである。トクホンのデザイナーが「50年は持つでしょう」と言うだけあって、このデザインはプロの間でも評価が高い。また、これは「不易流行(流行に流されないこと)」という、トクホンの商品に対する姿勢の表れでもある。

2004(平成16)年のリニューアル時は、トクホン本体も若干変更した。消炎鎮痛効果のあるサリチル酸メチルを20%増量すると共に、清涼感を高めるL-メントールを14%増加。皮膚の炎症を抑えるため、新たにグリチルレチン酸も配合した。また、使い勝手も良くなった。四隅を丸くしてはがれにくくし、膏体には特殊合成ゴムを使用して切り口のベタつき感を低減している。
これまでも小さな変更はあったが、本体の内容をこれほど大きく改善したのはこの時が初めて。トクホンは商品名であると同時に、社名でもある。大幅なリニューアルには会社の威信がかかっていたのだ。


 
女性層を開拓するか?──話題のテレビCM「ハリコレ」

トクホンE

血行を改善する E酢酸エステルを配合した「トクホンE」。

トクホンエース

「トクホンエース」。薬効成分が速やかに浸透するのが特徴。冷・温2タイプがある。

新トクホンチール表面

サッと濡れる液剤タイプの「新トクホンチール」。爽やかな微香性。

「ガリガリ君リッチ」チョコチョコチョコチップ

「トクホンVダッシュ」は使いやすいエアゾールタイプ。

現在、トクホンは6種類の消炎鎮痛貼付薬を中心に、4種類の消炎鎮痛パップ剤(いわゆる湿布)、3種類の消炎鎮痛液剤、そしてエアゾール剤とゲル状軟膏を1種類ずつ販売している。同業他社と比べても、そのバリエーションは最大と言っていい。また、病院などで使用する医療用医薬品に分類される消炎鎮痛剤も製造している。
これだけ豊富なラインアップを揃えていれば、どんな顧客層をもカバーできると思うが、実際はそう簡単ではないようだ。同社の製品戦略担当者によると「トクホンのメインユーザーは60代以上の高齢者。液体タイプやエアゾールタイプはもっと若い層が中心になるが、若い女性層の開拓が難しい」とのこと。臭いが気になるせいか、女性は概して貼り薬を好まないのである。

ここ10年ほどで消炎鎮痛貼付薬の市場は右肩上がりに伸びているが、中高年層だけをターゲットにしていてもマーケットの拡大は見込めない。更なる売り上げ増を実現するためには、20〜30代の女性層を掘り起こす必要がある。という理由からスタートしたのが、トクホンが2007(平成19)年からオンエアしているテレビCM「ハリコレ」シリーズ。パリコレのファッションショーを思わせる舞台で、モデルたちがステージウォーキングの最中に、腕や足に貼っているトクホンをチラリと見せる。バックに流れているのは、「ハッテル♪ハッテル♪」を連呼する謎のテクノ風サウンド。一度目にしたら忘れられない内容だ。この斬新なCMが若年女性層の開拓に結び付いたかどうかは不明だが、元々地味だった消炎鎮痛貼付薬に、新たな方向からスポットを当てたことは確かだろう。
トクホンブルーのパッケージもそうだが、トクホンという会社、真面目な医薬品メーカーでありながら、独特な志向が見え隠れするところが面白い。

トクホンで最も売れているのは貼り薬タイプで、そのほとんどが普通判だという。最初に発売した商品が、今も変わらず最も多く売れているのである。確かにユーザーの年齢層は高いが、それも分かる気がする。子供の頃、風呂上がりの背中に母親が優しく貼ってくれたトクホンの爽やかな香り。若い頃、仕事で疲れて毎日のように首筋に貼っていたトクホンの、じわじわと浸透する心地良い刺激。そんな個人の歴史が、消炎鎮痛剤はトクホンでなければならない、トクホンは貼り薬でなければならない、という刷り込みになっているのかもしれない。
インドメタシンやフェルビナクなど、消炎鎮痛貼付薬には新しい抗炎症薬が次々と登場している。だが、愛用者のトクホンに対する信頼はいささかも揺るがない。病と不健康の端境で悩む人々を救った永田徳本の精神は、昔ながらのこの小さな貼り薬に、連綿と受け継がれているのである。

 
取材協力:株式会社トクホン(http://www.tokuhon.co.jp
     
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「トクホンハップ (温)ID」と「トクホンハップ(冷)ID
「トクホンハップ(温)ID」と「トクホンハップ(冷)ID」。パッケージが分かりやすい。

ドラッグストアの棚一面を全部埋めている消炎鎮痛貼付薬。ちょっとした肩こりをほぐしたいと思っても、どれを選べばいいのか、実のところよく分からない。ただ、貼付薬の種類によっておおまかな用途分類はされている。例えば、今回採り上げたトクホンはプラスター剤と呼ばれ、清涼感のある刺激で、はがれにくいのが特徴。同じ貼付薬でもパップ類は水分を含んでいるので、肌に優しいのが特徴だ。共に冷感タイプと温感タイプがあり、冷感タイプは患部が熱を持っているときに有効。反対に温感タイプは、慢性的な肩こりや腰痛に効果があるとされている。トクホンも両タイプのパップ剤「トクホンハップ(温)ID」と「トクホンハップ(冷)ID」を発売中。インドメタシンが優れた消炎鎮痛効果を発揮してくれる。

 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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