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COMZINE PICK UP BOOK 今月の1冊『電脳日本語論』 ATOK派も、そうでない人も楽しめる日本語変換システム開発物語

パソコンで日本語を使うには専用のソフトが必要だ。それが、日本語変換システム「IME(Input Method Editor)」。Windows OSには「MS-IME」、Macintosh OSには「ことえり」が付属しているが、現時点で最も“賢い”と言われているのはジャストシステムから発売されている「ATOK」だ。
本書は、小説家・篠原 一がATOK開発に携わった人々にインタビューし、その誕生から現在までどのように成長してきたのかをまとめた1冊。ジャストシステム設立の経緯や、知らない間に社内に座っていた現・常務取締役の話など、面白いエピソードをちりばめながらATOK開発秘話が語られていくが、単なる成功譚で終わらないのが本書の特徴。パソコンにおける日本語変換はどんな問題をはらんでいるのか、読み手にも考えさせる内容となっているのだ。

例えば「たべる」とキー入力した際に、ディスプレイに「食る」と表示されたら、それが間違いだとすぐに気付くことができるだろうか? 正しい送りがなは「食べる」だと知っていても、人間はパソコンに表示されると結構簡単に信じ込んでしまう。特に、小さなころからパソコンを使って文章を作っている今の子供達は、漢字も送りがなも日本語変換システムまかせで、最初に変換表示されたものをそのまま無条件に受け入れてしまうことが少なくない。

よって、ATOKは一企業の商品であるにもかかわらず、辞書に組み込む語彙の選別から正書法まで、日本語表記における規範が求められることになる――。これにいち早く気付いたジャストシステムは、1992年、社外からさまざまな分野の専門家を招いて「ATOK監修委員会」を設立。各委員の協力の下に膨大な数の辞書登録単語のすべてを、収録するのにふさわしいか、正しい日本語かなど、あらゆる観点から検証し始める。これまでATOKが“最も優れた日本語変換システム”という地位を維持してこられたのは、そうした背景があってのことなのだ。

もちろん、他社のシステムもバージョンが上がるたびに確実に“賢く”なってきているが、まだまだATOKとの間には大きな開きがある。そんなATOKの泣き所と言えば、ATOKが購入しなければ使えないソフトだということ。Windows OSにバンドルされている「MS-IME」と比べるとシェアは小さく、もしかすると5年後、10年後にはATOKという製品がなくなってしまっているかも……。

ATOK開発の歴史をたどりながら、今後、日本語変換システムとどう付き合うべきなのかを考えさせられる本書。全編にわたり著者による状況説明とインタビューが交互に繰り返される構成となっているので、NHKの人気番組「プロジェクトX」を見ているような気分で読み進められるが、同番組のような明確な結論はまだ出ていない。日本人の思考力の一端を担う日本語変換システムが、そしてATOKが、これからどうなっていくのか注目したい。

『電脳日本語論』
『電脳日本語論』
篠原 一 著
作品社/1800円(税別)

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