エバンジェリストが語るICTの未来

私にとっては年明けに欠かせないイベントとなっている RSGT(Regional Scrum Gathering Tokyo)。今年もその熱量と学びの深さに圧倒され、2026年の活動を大きく方向付ける刺激を得ました。

はじめに

2026年1月7日から9日の3日間、RSGT2026(Regional Scrum Gathering Tokyo 2026)がオンサイトとオンラインのハイブリッド形式で開催されました。今年から会場がベルサール羽田空港へと移り、より広い空間での実施となりました。東京で行われる Regional Gathering としてはこれで15回目となります。

今年もチケットは早々に完売し、依然として入手が難しい人気のカンファレンスです。その貴重な機会に参加できたこともあり、本コラムでは私が得た学びや気づき、そして参加を強く勧めたい理由についてまとめていきます。

(余談)

昨年のコラムで、「今回もこのイベントに参加するオンサイトのチケットはプラチナチケットになる」と私は予想していました。実態は、今年も9月10月発売分は早急にSOLD OUTとなったものの11月発売分は若干購入に余裕があったとのこと。少なくとも参加のしやすさの観点で広い空間に変更した運営の判断は素晴らしかったと感じます。

RSGTについて

RSGTは一般社団法人スクラムギャザリング東京実行委員会が主催し、スクラムを実践する人が集い垣根を超えて語り合う場を提供するという目的で開催されるイベントです(今年度の公式HPはこちら)。世界各地のアジャイル/スクラム実践者によって自律的に企画・運営されています。
今年は公式HPに「800seats」と案内があり、かつ、実際にチケットは完売していたため、参加人数は800名規模だったと考えられます。さらに、昨年と比べて現地参加者の割合が増加した点が印象的でした。

※正確な人数は非公開のため、当日の案内ベースで記載

また、Regional Scrum Gathering は世界各地で開催されるイベントですが、日本はその規模と熱量が特に高いといわれています。過去に Title Sponsor の Scrum Alliance が現地視察を行い、その熱気に驚いたというコメントが紹介されています。

まずは、毎年恒例となっている RSGT の進め方や参加にあたってのガイダンスが説明され、その後いよいよ基調講演がスタートしました。(なおガイダンスに関しては昨年記載したこちらのコラムでも取り上げているので参考にしてください)

以下、基調講演を含む各講演についての所感を含む内容となっています。
RSGTの参加者はスクラムに関する基本的な知識やスキル、並びに実戦経験を持っている方の集まりです。そのため、基本的事項については重要性を含めて理解しているうえでの所感になっている点をあらかじめご承知おきください。

基調講演について

今年のRSGT2026も、Day1からDay3で各日1つずつ合計3つの基調講演が行われました。 3つの基調講演は、テーマは異なるものの「与えられたルールやフレームワークに(盲目的に)従うのではなく、自ら判断することの大事さ」に関するメッセージが込められた点で共通していました。
また、Day1とDay2の基調講演は、一見するとスクラムから離れたテーマを起点にしていましたが、つながりがわかるとともにスクラム実践者へ向けた気づきが鮮明に感じられる講演と感じました。

1. An introduction to Beyond Budgeting – Business agility in practice

講演者のBjarte Bogsnes氏は「脱予算経営」の実践で知られる方です。今回の講演では、この「脱予算経営」の基本的な考え方とスクラムの価値観とのつながりが紹介されました。
「脱予算経営」は予算の廃止を目的とする話ではありません。目標設定・予測・リソース配分という3つの要素について、一度決めたものを不変として取り扱うのではなく、状況に応じて(現場レベルの判断で)継続的に更新するという考え方です(継続的な更新は、スクラムが大切にする「対話、調整」とも親和性の高いアプローチといえると考えます)。

皆さんにも予算に関連したちょっとした「モヤモヤ」が生じたことがあるかと思います。
「脱予算経営」はこれらの「モヤモヤ」を個人の問題ではなく制度や設計に関する問題としてとらえ、改善していくという考えだと、講演を聞いて感じました。

また、判断を現場に委ねることの重要性を説明するために、信号機とラウンドアバウトの比較が紹介されました。ラウンドアバウトでは「進む/止まる」の判断をドライバーに委ねる構造になっており、結果として交通が効率的になり、事故も少ない傾向があるとのことです。現場の判断を尊重するほうが全体のパフォーマンスが高まる事例として、個人的に非常にわかりやすい例でした。

2. From Frameworks to Substrate: Rewilding Agile to Work at Scale

講演者のDave Snowden氏はCynefinフレームワークの創始者です。
本講演で最も印象的だったのは、次の強いメッセージになります。

Too many recipe book users, very few chefs
(レシピ本ユーザーは多いが、シェフがほとんどいない)

ここでの「レシピ本」とは、アジャイルマニフェストやスクラムガイドといった各種フレームワークのことです。形式を“そのまま守る”人は増えた一方で、状況に合わせて判断し、実行できる「シェフ」が少なくなっているのではないか、といった問題が提起されました。
そして、この「判断・実行できる人」が少なくなったことを「家畜化」に表現し、再度野生の判断力を取り戻す「Rewilding」について熱をもってお話しいただきました。スクラムの形式や管理に縛られて本来の価値を失ってしまう“Scrum Slave”の問題に通じる話であり、私自身の今後に向けても大きな気づきになる講演でした。

また、本講演の背景には講演者本人が提唱したCynefinフレームワークの考え方があります。状況を「単純・煩雑・複雑・混沌(+無秩序)」の領域に分類し、特に複雑な状況では「分析して計画」ではなく「試して学ぶ(実験と適応)」が有効であることを示しています。
今回の講演では、このフレームワークの視点を踏まえ、現場で判断し適応することの重要性が強調されていました。

3. AI駆動開発の時代〜小さなチームで世界を変えよう〜

講演者の漆原茂氏はウルシステムズの創業者であり、アジャイル実践の第一人者です。
今回はAIエージェント「Devin」を活用した開発事例が紹介され、AIによる開発効率がいかに劇的に向上しているかを語ってくれました。

※Devin:コード生成だけでなくタスク実行やレビューまで行う“自律型エージェント”的な開発支援AI

そのうえで今回の講演では、AIが中心となる今後の世界において「人間ならではの部分として何が残るか」という問いかけがありました。「何を提供し、何を作るのかを決める意思決定」、「最終的な各種責任の所在」、「不確実性への向き合い方」といった領域は人間の判断が引き続き不可欠になるのではないか。この問いかけが重要だと感じます。私自身もこれらの領域に対する問いかけを通じた変化を受け入れて、何で価値を出すのかを考えるトリガーとなりました。同時に、AIに関する動向はやはり目を離せないと感じたし、AIを使い倒してアジャイル分野ならではの活用法につなげるアクションも必須になると感じました。

また、締めくくりの基調講演だったこともあって「このままで本当に自分は大丈夫だろうか」という不安も押し寄せてきました。漆原氏はそんな自分を見透かしたかのようにこの言葉を強い熱とともに投げかけてくれました。

スクラムの第2章が幕を開けた。逃げちゃだめだ

現状を受け入れてさらなる成長を継続的に図る、そう決意して今回のRSGTは終了しました。
終了後、参加者の表情は様々ありました。ただ、それらの表情にネガティブなものは(私がほとんど見つけられないくらいに)少なく、ほぼすべての人がポジティブな表情だったことが、3日間の講演や各種イベントの充実さを物語っていると感じます。

セッション:自分自身に強く響いたフレーズ

ここからは、各セッションの中で「自分自身に強く響いたフレーズ」を取り上げ、感じたことを紹介します。

※フレーズは順不同で記載しています。また、フレーズを中心とする記載にしている背景をこちらのコラムに記載しています。

心理学は”こころの科学”

原田聡氏によるセッション「心理学を学び活用することで偉大なスクラムマスターをめざす − 大学とコミュニティを組み合わせた学びの循環」の発表で印象に残ったフレーズです。

このセッションでは、スクラムマスターの役割の一つである「人やチームの行動変容を支援する」観点からの心理学の必要性と、実際に講演者本人が心理学を大学で学んだ経験を語ってくれました。

「科学」としての心理学は、思いつきや経験則ではなく、研究によって裏付けられた知見をもとにチームに働きかけることを意味します。理論やデータに基づいて介入する重要性を再認識できました。

また、心理学に関するこれまでの研究で得られた「心のしくみ」はスクラムチームを支援する際に有益なツールになると感じました。一方で、このツールを「感覚的に使う」ことの危うさに留意する必要があると私自身は感じました。同時に、これまで比較的「コーチング」、「ファシリテーティング」に関するスキルアップを行っていたのですが、心理学の観点を取り込むために本格的に学びたくなるきっかけにもなりました。

社内におけるマネジメントシステムに含まれている具体的な方法(ルール)が必須だと思い込んでしまうケースが多い

※執筆者補足:なので、必須だと思い込まないよう留意しようという主旨のフレーズ

三菱電機の細谷泰夫氏によるセッション「アジャイル開発時代の品質マネジメントシステム」の発表で印象に残ったフレーズです。
このセッションでは、「品質保証」について、「バグがないこと」や「テストすること」ではなく、顧客はステークホルダに安心できるための活動であると説明があったことがまず印象的でした。また、本セッションの内容自体が弊社としてどのように品質をマネジメントするかを検討するうえで、ものすごく参考になりました。

さらに、このフレーズは「自社における取り組みにおける、先入観を持つことの危険性」も示していると感じます。品質に限らず、「既存のルールや手順」を前提にして不変であると思いがちです。これらについて一度立ち止まって、「本当に変えてはいけないルールなのか?」、「ただの慣習を“前提”と誤認していないか?」と問い直すことの大切さをあらためて実感しました。

もちろん、ルールが生まれた背景を尊重することも大事だと考えます。
今のルール策定に至った背景を尊重すること(安定性・一貫性)、必要に応じて柔軟にルールを見直すこと(柔軟性)を両立させるアプローチで様々な改善に取り組むことが、品質マネジメントのみならず重要であることを再認識できるフレーズになりました。

楽しく仕事する

増田謙太郎氏によるセッション「スクラムマスターがスクラムチームに入って取り組む5つのこと- スクラムガイドには書いてないけど入った当初から取り組んでおきたい大切なこと -」の発表で印象に残ったフレーズです。

スクラムを実践する際、スクラムガイド「だけ」で実践してもすぐに成功する確率は極めて低く、多くのスクラムマスターが試行錯誤を重ねています。そんな中で増田氏は、スクラムチームに入って活動した経験を通じて「大事なポイント」を具体的な事例に基づいてお話ししてくれました。

記載したフレーズは、大事なポイントの一つとして取り上げられたものです。
RSGTのセッションは、「(良い意味で)苦労したことで得られたこと」が多数みられる中、このポイントは私にとって不意に出たフレーズでした。
「楽しく仕事する」こと自体はよく耳にするし、多くの人が共感してくれることだと考えます。
本講演では「スクラムマスターが楽しく仕事することによるメリットとして、「相談しやすい環境を作れる」、「スクラムマスターとして働いてみたいと思う人が増える」という観点を挙げていました。特に、「スクラムマスターを増やす」については私自身も課題意識を持っていたこともあり、そのヒントにつながるフレーズとして強く記憶に残る結果となりました。

むすび

昨年に引き続き、年明けから非常に活気のあるイベントに参加し、多くの刺激と学びが得られました。年始にこのカンファレンスに参加することで、昨年に引き続き今年もスタートダッシュにつなげられていると感じます。興味のある方はぜひ「#RSGT2026」で検索してみてほしいです。解散後も様々な議論が続いていて、多くの気づきが得られます。

今回のRSGTを通じて強く心に残ったことは、「自ら判断する“シェフ”になることの大切さ」でした。フレームワークの紹介だけではなく、シェフとしてそこにある現状をよりよくするために何をするか、という視点を持つことは今後に向けても大きな気づきになりました。

ここまで読んでいただきありがとうございます。3日間の中で、多くの登壇者・参加者の皆さんと交流し、たくさんの刺激をいただきました。また、参加を後押ししてくれた上司や同僚、この報告の機会をくださった皆さまに心から感謝します。

前回のコラムに引き続き帰り道に撮影した写真をヘッダーにしてみました。会場の最寄り駅にいたとき、とてもきれいな青空だったことで思わず撮影したものです。

イベントを終えてすっきりした気持ちと、これからの取り組みに向けた「逃げない覚悟」が、自分の中で静かに重なった瞬間でした。

今年もこういった覚悟につなげてくれたイベントに感謝です。登壇されたすべての方はもちろん、運営の皆さま、カンファレンススポンサーの皆さま、私とコミュニケーションを図ってくれた皆さま、本当にありがとうございました。