エバンジェリストが語るICTの未来

2025年1月8日から10日の3日間(実はDay0として7日夜もある)、RSGT2025(Regional Scrum Gathering Tokyo 2025)が東京都の御茶ノ水ソラシティカンファレンスでオンサイト(現地)とオンラインでのハイブリッド形式で開催されました。東京で行われるRegional Gatheringとしては14回目になります。

オンサイトのチケットは販売開始から1分以内にSOLD OUTになるプラチナチケット。そのプラチナチケットの入手に成功したことを受けて3日間現地に赴きました。各参加者との交流や発表内容をもとにしたディスカッション、また、ワークショップにも参加することでさまざまな気づきが得られた、とても濃密な3日間となりました。

RSGTについて

RSGTは一般社団法人スクラムギャザリング東京実行委員会が主催となって、スクラムを実践する人が集い垣根を超えて語り合う場を提供するという目的で開催されるイベントです(今年度の公式HPはこちら)。世界各地のアジャイル/スクラム実践者によって自律的に企画・運営されています。

今年の来場者数は約450名(うち、約1割は海外からの参加)、オンラインでの参加者は約300名と非常に大きな規模のイベントです。

タイムテーブルはこちらです。3つの基調講演を含め全部で64セッション。内容は事例紹介から特定のトピックを深く取り扱うものまで多岐にわたります。また、初めて参加する人の不安を少しでも解消しようと「仲間を増やす」ことを目的としたセッションも最初に行われます。

現地の様子

一言で表すと「非常に熱の入った、活気のある」会場です。会場到着直後から大きな声で挨拶する現地スタッフが歓迎してくれます。

RSGT2025会場垂幕の写真

“gathering”というだけあって、発表会場の外(廊下とか、ちょっとした空間とか)でも多くの対話や議論が行われます。対話や議論を行うことを織り込み、運営からはコミュニケーションに関するルール(パックマンルールと呼ばれる)が事前案内されます。具体的には「輪になって会話をするときは(パックマンの口のように)人が入れる空間を作っておこう、その空間に仲間が入った時は歓迎して会話を続けよう。」というルールです。たしかに、輪が閉じられていると興味ある議論だとしても入りづらいですよね…こういった形で、発表自体に加えて、参加者が持ち帰って実践するためのヒントや気づきがいっぱい得られる空間です。

また、今年の傾向として(あくまで個人的な所感ですが)「組織や部署内の壁を超える」をテーマとしたセッションが多いと感じました(実際、現地聴講されている方も多く感じた)。「The Scrum Guide(スクラムガイド)」では、SCRUMの定義として「複雑な問題に対応する適応型のソリューションを通じて、⼈々、チーム、組織が価値を⽣み出すための軽量級フレームワーク」と記載されています。基調講演を含めたいくつかのセッションが、「組織全体でどうやって価値を生み出すか」に焦点をあてた発表となっており、今後自分自身が活動する際に活用できる気づきを多く得ることができました。

3つの基調講演

3日間の大まかな流れは「午前:基調講演、午後:各セッション(Day1、Day2)」、「午前:ワークショップ/OST(オープン・スペース・テクノロジー:話し合いの形式のひとつ。参加者が話したいテーマや課題を持ち寄って対話の場を作り、参加者同士で話し合う)、午後:基調講演(Day3)」となっています。3つの基調講演はいずれも興味深い話でした。

The Best Product Engineering Org in the World : James Shore

James Shore氏はThe Art of Agile Development(アジャイル開発の実践方法の1つであるXPを中心に解説した書籍)の著者
「最高のエンジニアリング組織を作るにはどうするか」についての発表。組織作りにおいて6つの要素(人材:people、内部品質:internal quality、愛され力:lovability、可視性:visibility、俊敏性:agility、収益性:profitability)が求められ、かつ、継続的に改善する必要があるという話が展開された。印象的だったのは内部品質の話。(従来の作って終わりという世界ではなく)継続的な改善が求められる場合は「メンテナンスに十分に配慮」することがコストの観点や俊敏性の観点から重要であるという話を強調していた。また、AIを活用した開発事例も出始めているが、この講演では「メンテナンスに耐えうるか」に留意して活用したほうが良いという話があった。
(例えば、これは自分自身の小さな体験ですが、AIに出力されたコードは変数名がランダムで可読性に欠けるケースがありました。このコードのままだとメンテナンスが大変だよな、と腹落ちしました)

Product And Business : Jeff Patton

Jeff Patton氏はUser Story Mapping(ユーザーストーリーマッピングの手法を包括的に解説した書籍)の著者。RSGTでは2011年以来2回目の登壇とのこと。

「プロダクトとは何か?プロダクトの価値とは何か?価値は誰が決めるか?」についての発表だった。例として、「納期/予算内で、指示された仕様通りに作ることで価値が生まれるわけではない」といったトピック等、一つ一つのトピックは(本イベントに参加する人なら)聞いたことはあるものだ。ただ、発表全体を聞くことでトピック間の網羅的なつながりに気づけることで、自分自身の頭の中もいろいろと整理できる発表であった。

発表内容ももちろんだが、本発表で最も驚いたのが「手元を映して、紙に書きながら」発表していたこと。後で動画を見直すことでよりすごさがわかるが、「お話ししながら、書きながら」わかりやすく伝える。かつ、参加者の様子を見て補足しながら発表を展開するという、発表自体とてもインパクトがあった。まさに「説明」ではなくて「プレゼンテーション」だった。

クロージング:本間日義

本間日義氏はHONDAにおいてプランナーや開発総責任者として長く商品開発の実践に携わり、CITYやFITなど大ヒット作の開発に関わった方。書籍「ホンダ流のワイガヤのすすめ」の著者でもある。

プロダクトに対する思いをいかに引き出し、多くの組織を巻き込んで商品開発を成功させたか、そのストーリーが展開された。その中で大事となるのが書籍のタイトルにもある「ワイガヤ」によるコミュニケーション。本音と本音をぶつけ合うことでプロダクトを完成させるストーリーは他の基調講演とはまた異なる気づきをくれた。
また、「過剰なプラン、過剰なアナリシス、過剰なコンプライアンスといったものがHONDAの衰退につながった」というお話が非常に印象的だった。
(「会場のあちらこちらで行われている議論は、まさに『ワイガヤ』である」というコメントがあった。一参加者として少しうれしい気持ちになった自分もいました)

セッション:「自分自身に強く響いた」フレーズ

RSGTでは、基調講演以外のセッションは複数セッションが同時に行われるため、オンサイト/オンラインのいずれもすべてのセッションをリアルタイムに見ることは困難です(参加者はイベントの数日後より講演動画のアーカイブ視聴が可能。公開まで早くて助かります、運営の皆様に感謝申し上げます)。かつ、各セッションの講演資料は登壇者の好意により公開されているものも多いです(このあたりにもSCRUMの三本柱である「透明性」が垣間見えます)。

こうした背景もあって、各セッションがどういった内容だったのかは参加者同士で情報交換が始まります。そして、それらの情報交換はSNS等でも活発に行われており、既にいろいろな方がどういった講演だったかをブログ等で公開しています。

ということで、このコラムでは各セッションの中では「自分自身に強く響いたフレーズ」を中心にして、感じたことを記載しようと思います。

人間、思考、兵器、この順序を守れ!

セッション「「人間>思考>兵器」 ~ アジャイルさが求められる環境で成果を出すために大切なこと」であがったフレーズであり、ジョン・ボイドの金言と呼ばれるフレーズです。戦略や戦術における優先順位の重要性を端的に示したフレーズであり、SCRUMに限らず組織変容を促すうえでも重要な考え方だと、このセッションを聴講して感じました。

なお、このセッションはいわゆる「スポンサーセッション」と呼ばれるセッションでした。RSGTではスポンサーセッションにおいても「自社のPR」はあまり行わない傾向が強く、通常のセッションで行う内容をテーマとするものも多いです。その中で、本セッションは(登壇者自身もお話ししていましたが)、こちらの自社拠点を大々的にPRする等、「スポンサーセッションだからこそ」の発表が展開されつつ、具体的な事例とともに成果をどのように出すかをお話しいただくという、非常に有益な時間になりました。

こちらで投影資料を公開してくれています。

毒素には願いがある

こちらはセッションと並行して開催されるワークショップのひとつ「愚痴や不満を力に変えよう!関係性の四毒素の活用ワークショップ」に参加した時にあったフレーズです。

「チームの4毒素」という言葉があります。この言葉はアメリカの心理学者ジョン・ゴットマン(John Gottman)によって提唱された、関係性における有害な行動パターンであり、非難、防御、侮辱、無視/逃避という4つの行動パターンがあるとの話が最初に共有されます。

毒素、という言葉だけあってネガティブな行動パターンであり、チームの関係性に大きな影響をもたらします。このワークショップでは具体的にどういった行動が4毒素に相当するか、また、毒素を軽減するにはどうすればよいかを議論しました。具体的な話は(参加者同士でかなり踏み込んだ事例で議論したこともあり)記載できないのが残念ではありますが、どれもが頷けるもので参考になりました。

響いたフレーズとして記載した「毒素には願いがある」は、一見ネガティブな発言や行動だとしても、それらのアクションには(不器用な表現法で)願いがあるのだよ、という主旨です。自分自身は案件支援を行う上でも、この機会に「ネガティブな発言や行動の後ろに秘めたる何かがある」という背景を踏まえて観察することの重要性を知れた、貴重なフレーズとなりました。

組織がなくなっても価値を残す

こちらは「ナイトセッション」と呼ばれるセッション「これが私の生きる道 - 組織の中で自分らしさを貫くアジャイル実践者たちの物語」であったフレーズです。ナイトセッションということで登壇者と参加者の双方が(主観ながら)くだけた雰囲気での進行だった中、3名の登壇者全員が「自分らしさ」全開、かつ、自信をもってお話ししていたことが、まず印象的でした。

一人の登壇者が「アジャイル推進組織が解散することになった」と切り出しました。多くの参加者が「活動終了」を予想したと思います。

しかし、その登壇者は「個人で推進や支援を続けられるように」さまざま動いて、そして今も続けているとのこと。その原動力に「これまでの支援で得られた人とのつながり」をあげており、「人間>思考>兵器」の考え方とも相まって「人」の重要さをまた別の観点で知る機会となりました。

そして、2025年の取り組みが本格化する

年明けから非常に活気のあるイベントに参加できたな、とまず素直に感じます。

最終日には参加者の多くが「ここで得たことを持ち帰って今から(明日から/来週から)、(会社を/組織を/チームを)変えていくぞ!」と意気込み、解散となりました。当日、ならびに、ギャザリング終了後も熱気が冷めることはありません(タグ「#RSGT2025」で検索するとわかります。解散後も議論が活発に行われたり、それぞれの参加者がブログ等で所感を共有したりしています)。私自身も、SCRUMが秘める大きな可能性を改めて認識するとともに、各登壇者から得ることができた気づきを活かしてこれからも取り組む所存です。

ここまで読んでいただき有難うございます。本ギャザリングに参加できるよう各種ご尽力いただいた上司や同僚、また、この報告が世に出る機会を与えてくれた皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。

追伸

RSGTは来年からより広い会場で、現地参加が可能な人数も一定数増やすとのことです。そのうえで、来年も間違いなくプラチナチケットであり続ける、そう私は予想しています。

エバンジェリスト(Agile)

鹿嶋 雅
NTTコムウェア株式会社
NTT IT戦略事業本部

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