矢野 まず『Slate』という媒体についてお聞きします。
プロッツ 『Slate』はマイクロソフト社が所有しているオンライン・マガジンで、創刊は1996年6月。今年で6歳になりました(笑)。
 政治、文化、ビジネス、スポーツといった一般的なテーマを取り上げ、オンライン上の雑誌として出版するのがねらいです。それによって、紙や印刷にかかる経費、流通コストも節約できる。『TIME』や『The Economist』、『The New Republic』などの雑誌の読者に、それらよりずっと安い価格で雑誌を提供するのをめざしてはじまりました。  『Slate』を創刊したマイケル・キンズリーは、アメリカでは非常に有名で、政治コメンテーターとしても成功しています。『The New Republic』や『HARPER'S』といった雑誌の編集長を長期間つとめ、一方でCNNの「クロスファイアー(Crossfire)」という番組でホストもしています。たしか彼はマイクロソフト社ナンバー2のスティーブ・パルマーの友人で、2人の交流からマイクロソフト社が『Slate』創刊をサポートすることになったのだと思います。
矢野 創刊に携わったキンズリーさんが編集長をつとめているのですか。
プロッツ 創刊当初からキンズリーが編集長をつとめていましたが、5月から新しい編集長に替わりました。キンズリーはエディター陣のひとりとして、コラム執筆を続けています。
矢野 マイクロソフト社は創刊当初からサポートしているわけですね。
プロッツ はい。最初からマイクロソフト社のもとではじまり、現在でも100%同社が株式を所有しています。
 マイクロソフト社は我々にとって素晴らしいオーナーです。マイクロソフト社自体は出版社ではありませんが、それにもかかわらず長年、我々の仕事に対して一度も介入をしたことがない。『Slate』はこれまでにマイクロソフトに関して、いろいろ否定的なことも書いてきたんですが、一度も記事に対して文句を言ったことはありません。
 創刊当時、マイクロソフト社は『Slate』以外にもたくさんのコンテントサイトをスタートしました。
 『MSNBC』や旅行関係、女性向けのオンライン・マガジンです。そういったものを同時期にスタートさせたのですが、ほとんどは他社に売却するなど、すでにやめてしまっています。『Slate』は現在も依然としてマイクロソフトが所有している数少ないコンテントサイトの1つです。この点も、我々がマイクロソフト社を素晴らしいという理由です。
矢野 日本では「金は出すが、口は出さない」という言葉がありますが、マイクロソフト社はまさにそういうスポンサーだと。
プロッツ キンズリーはビル・ゲイツの友人でもあり、ゲイツも『Slate』を非常に気に入ってくれています。ゲイツの父親も『Slate』を愛読してくれているそうです。この点もマイクロソフトが『Slate』に関してまったく口出ししない理由の1つのようですね。
 マイクロソフト社、またビル・ゲイツ自身も、こういった知的なオンライン・マガジンを所有していることの価値をよく認識しています。マイクロソフトの多角的なビジネスの一環として、『Slate』を発信しているのは大きな価値があると。つまり、一般の人々が『Slate』を目にし、この言葉が出るたびにマイクロソフトのイメージが浮かぶ。『Slate』によって、マイクロソフトという会社が政治問題や知的関心について真剣に考えている会社だという印象を伝えられるのです。

矢野 『Slate』という誌名の由来は?
プロッツ アメリカでは「Clean Slate」という表現があって、これは「一番最初からやり直す(Fresh  Start)」という意味です。また『Slate』には石という意味もあり、非常に強くタフなイメージがあります。学校で生徒たちが書く黒板も『Slate』。だれもが最初は黒板でものを書くことを覚えたというイメージも、この言葉に込められているでしょう。いま、我々は黒板ではなく、オンライン上の雑誌に書いているわけですがね(笑)。この誌名を最初に考えたのはマイケル・キンズリーだったかもしれないし、もしかしたらほかの人かもしれませんが、たぶんそんな意味だと思います。
矢野 日本では昔、新聞号外を「瓦版」と呼んでいたのですよ。瓦に文字を書いたものを原版にして印刷したから「瓦版」。アメリカでも日本でも「スレート=瓦」という言葉がメディアと関連づけられているのは、非常におもしろいですね。
プロッツ なるほど。それはとてもおもしろいですね。
矢野 スタッフはどれくらいいますか。
プロッツ フルタイムで勤務するスタッフが35人で、その半分がライターやエディターです。残り半分がビジネスやデザイン、ソフトの担当です。そのほかフリーランスの立場から寄稿してくれるライター陣が20人ぐらいいます。
矢野 平均年齢や前職はどうなっていますか。
プロッツ 平均年齢はだいたい私と同じくらいで、30歳から32歳でしょうね。一番の年長者が副編集長のジャックという人で50歳。一番若い人は22歳です。
矢野 みなさん若いなあ。ぼくは59歳なんだけど(笑)。
プロッツ お若く見えますから、私たちのところでも仕事につけますよ(笑)。ほとんどのスタッフは、政治関連の雑誌でライターをしていました。とくに、『New Republic』という影響力のある政治雑誌の出身者が多いんです。私も含め、その他数名は、週刊ニュース新聞、いわゆるオルタナティブ(alternative)新聞と呼ばれる雑誌の出身です。私は『Village Voice』につとめていました。
 テレビやラジオの世界で働いていたのは1人もいません。雑誌や新聞などみんな印刷メディアからやってきた人です。
矢野 読者層は?
プロッツ オンライン上で読者数を測定するのはなかなか難しく、いろいろな方法がありますが、我々は毎月、どれだけの人びとが我々のサイトにアクセスしてくれるかを、ブラウザーの数で測定しています。これによると、『Slate』のユーザー数は500万人となっています。つまり、500万の人々が毎月我々のサイトにアクセス=ヒットしてくれている。その中には、私のようにひと月に100回ヒットする人もいれば、月に1回という人もいるわけです。
 このヒット数は、アメリカ全土、あるいは世界規模で見ても、トップ10に入るといえるでしょう。『CNN.com』『MSNBC』『The New York Times』などの大手メディアとは関係していない独立系オンラインマガジンとしては、唯一の主要ニュースサイトだということです。
矢野 読者の年齢や職業などのデータはありますか。
プロッツ 2年ほど前の調査でわかったのは、女性より男性読者が多いということです。一般の政治関連の雑誌は、もっと男性読者の割合が高いのですが、『Slate』もやはり女性と比べると、男性が多い。年齢層は30歳代から40歳代が中心。ほかの政治関連の雑誌に比べると、読者年齢が若く、ほかのウェブマガジンと比べると、多少、年上です。教育程度が高い人が多く、経済的にも裕福な方が多いという調査結果です。

矢野 他のオンライン・マガジン、例えば『Salon』『HOTWIRED』『CNET』などとの違いはどこにありますか。
プロッツ 『Salon』と『Slate』は非常によく似ていますね。ほとんど違いがないといってもいいほどで、よく混同されることがあります。私も「あなたは『Salon』のワシントン支局長なんですね」と間違えられることがあります(笑)。
 違いといえば、『Salon』のほうが文化関係の記事が多いという点でしょうか。タブロイド紙のような性格があり、我々よりもちょっと派手でしゃれていて、よりセクシーな感じがするのと(笑)、無鉄砲というかワイルドな印象があり、我々が捨てているようなネタを載せることもあります。時には『Slate』よりもおもしろいこともあって、私も大好きです。
 『CNET』は技術的な専門性の高いニュースを扱っていますから、『Slate』と内容的に重なる部分はほとんどありません。ソフトウエアやハードウエアのニュース中心で、技術者のための通信社のような印象です。文章のスタイルもとくに凝ってはいませんし、長編記事も見当たりません。『Slate』では扱わない特定の技術などを取り上げています。
矢野 『TIME』に『パスファインダー』というオンライン・マガジンがあったと思いますが……。
プロッツ 『パスファインダー』 についてはあまり知りませんが、『TIME.com』が我々の競争相手であることは間違いありません。『Newsweek.com』もそう。両方とも一般的な興味、関心を取り上げているオンライン・マガジンで、たくさんの読者を得ています。
矢野 カリフォルニアの『THE WELL』と『Slate』とは関係がありますか。
プロッツ 『THE WELL』は3年ほど前に『Salon』が買収しました。ですから、我々とはライバル関係ですね。我々は『THE WELL』よりも小規模な『fray』という、読者のディスカッション・フォーラムなどをやっているサイトを所有しています。ただ『THE WELL』ほど野心的な展開はしていません。
矢野 『Slate』と『Salon』では、どちらのユーザーが多いのですか。
プロッツ 『Salon』に聞くと、きっと違うことを言うと思いますが(笑)、『Slate』は『Salon』の2倍ぐらいの読者数をもっているはずです。これは、オンライン・マガジンの読者数の客観的なレーティングから判断した数字です。たぶん、現在は2倍以上に伸びていると思いますよ。
 『Salon』は資金的な問題を抱えています。それに、我々『Slate』には『Salon』にない1つの大きな強みがあります。それは、『MSN.com』のホームページにスポットをもっており、ここに『Slate』のヘッドラインが1つ載る契約になっているのです。ここが一番ヒット数が多く、たくさんのアクセスを得ています。



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      情報洪水のなかで『Slate』の存在意義とは?
      追記・プロッツ氏講演(東京アメリカン・センター)の司会をつとめて


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