矢野 「インターネット・ジャーナリズム」についてお聞きしたいと思います。最初に言葉の使い方ですが、『Slate』が「オンライン・マガジン」と言っているのは、オンライン・メディアの1つだということですね。一方で、例えば『The New York Times』などのニュースサイトは何と呼んでいるのでしょう。あるいは新聞紙面そのものをオンラインで配送するサービスも行っていますね。
プロッツ 『The New York Times.com』のことは「オンラインバージョンのニューヨークタイムズ」というふうに言っていますが、あまり専門用語や特定の呼び方は決まっていないと思います。もう1つ、「blog」という言葉があって、これは個人が出版しているオンライン上のメディアを指します。『Drudge Report』は、そういったblogの1つで、最初にして最大だと思います。
矢野 『Drudge Report』は、「ルインスキー・スキャンダル」の発端になりましたね。この点については後でお聞きしたいと思います。
 プロッツさんは、あるインタビューで、「ユーザーはプリントメディアの深さと質を伴った分析記事を迅速に欲しがっている」とおっしゃっています。つまり、プリントメディアと同じような質の高さと深さのある分析記事を提供するのが『Slate』であると。しかし僕は、紙のメディアがもっている質をオンライン・メディアとして追求するのは、日本では大変難しいと感じています。このサイバーリテラシー対談は、実はそういう実験というか、冒険の1つではあるので、みずからこういうふうに言うのも妙ですが、いろいろ難しい問題がある。しかし、『Slate』ではそれが可能になった。『Slate』の目玉は質の高い分析記事であり、このスタイルがうまくいっている理由はどこにありますか。
プロッツ それはエンターテイニングだろうと考えています。読者を楽しませよう、おもしろい記事を書こうという努力をしている。もちろん、最新のニュースを追い、スクープをとる努力もしています。しかし、一番重要なのは、日々大量の情報があふれているアメリカで、その情報にどんな意味があるのかを理解する手助けをすること。情報がもつ意味を迅速に把握する手段を提供することだと思っています。
 例えばイスラエルでいま何が起こっているのか、テロリストへの攻撃がどうなっているのか、こうした「事実」を伝えるだけではいけない。1週間に1時間だけ『Slate』を読めば、これらの問題に関して「どう考えたらよいのか」、明快な理解が得られるようにしたいのです。
 マイケル・キンズリーは『Slate』創刊にあたり、1つの問題意識を提起しました。それは、現在、ニュース不足という状態はあり得ないが、その情報を迅速かつ責任あるかたちで明確化する力が不足しているということです。情報を統合化する作業が不足しているということですね。だからこそ重要なテーマに関して、迅速に理解を得られる媒体をつくることを我々はめざしていこうと。すでに、我々はこの仕事を他の政治雑誌や大新聞の分析記事と同じくらいうまくやっていると確信しています。
矢野 それはすばらしいですね。
 現在のように新聞、雑誌、テレビ、インターネットと、多くのメディアが錯綜する多メディア時代に、従来の紙メディアが自らのアイデンティティをどう確立できるかは大問題です。私としては、ただ情報を大量に提供するのではなく、情報を整理し、分析し、論評していく手法、つまり、受け手がものを考えるための情報を提供していくことではないか、この方法によって紙のメディアは生き延びられるのではないか、と考えてきたわけですが、オンライン・メディアである『Slate』がやっているのも、まさにそのことなんですね。無料の『Slate』を1時間だけ読めば、世界について理解できるとなると、『Newsweek』などの雑誌にとっては脅威です。他メディアとの棲み分け、あるいは、お互いの関係についてどう思われますか。
プロッツ これは非常に大きな問題です。おっしゃるとおり、他の多くのメディアも我々と同じことをやろうとしています。『The New York Times』も『TIME』もそうです。しかし、そういったメディアのすべてが常にいい仕事をしているわけではない。だからこそ、『Slate』が活動する余地もあるのでしょう。大切なのは、すべてのテーマを扱うのではなくテーマを絞り込んで、質の高い仕事をすることです。
 例えば『Slate』には35人のスタッフしかいません。ところが、『The New York Times』には報道関係だけで何千人もいるし、『TIME』は世界中に800人ぐらいの特派員を張り巡らせている。我々には『The New York Times』や『TIME』と同じような規模の活動はできませんから、数少ないテーマに的を絞らざるを得ません。一部のテーマに関してならば、数は少なくても非常に優秀な人々がいますし、彼らが取り組めば、大雑誌や大新聞の分析よりもはるかに迅速に、より質の高い分析を行うことができると思っています。それが可能な優秀な人材を『Slate』は抱えているのです。
 『Slate』の活動が評価されている証拠は、ひと月に500万のヒット数があるという事実に現れています。これだけの人が見てくれているということは、彼らが望んでいるようなサービスを提供しているからに違いないでしょう。大手メディアではできないことを我々はやっているし、ほかのオンライン・サイトでできないようなこともやっているからこそ、毎月500万人もが見てくれていると自負しているのです。
 他のメディアとの棲み分けについても、いずれ、市場が淘汰すると信じています。したがって、こういう手法で仕事を続けていけば、読者はついてきてくれるし、我々も生き残っていけると考えています。

矢野 なるほど、紙の新聞も雑誌も、オンライン・メディアも、メディアの形態には関係なく、自由競争のなかで、すぐれたものが生き残るというお考えですね。当サイバーリテラシー対談にとっては、力強いお言葉です(笑)。
 『Slate』の読者は記事を基本的にディスプレイ上で読んでいるわけですが、紙にプリントアウトして読むこともできますよね。いま、どのくらいの人がオンラインで読んでいるか、あるいはプリントアウトで読んでいる人はどのくらいか、わかれば教えてください。
プロッツ 『Slate』をプリントアウトして読んでいる人は非常に少ないでしょう。それが何人かという数字はありませんが、いままでのデータから判断するとごく限られていると思います。
 『Slate』は創刊当初1年間は、印刷版の雑誌としても毎月スターバックスの店頭で配布しており、2、3年間は、数百人の重要な読者にも郵送していました。重要なオピニオン・リーダーと思われる人に『Slate』を知ってもらうのが目的でした。しかし印刷版は結局、金の無駄づかいになってしまいました。現在では、希望者だけがプリントアウトできるサービスしかやっていません。
矢野 『Slate』は最初無料、それから有料、いままた無料というふうにビジネス形態が変わってきていますが、基本的な収益構造はどうなっていますか。マイクロソフト社の支援があるわけですが、このような企業の財政支援がない場合でも、インターネット・マガジンは成り立ち得るでしょうか。
プロッツ 現在のところ、企業からの財政支援なしにインターネット・マガジンは成り立たないと思います。例えば『Salon』の場合には、株を売って資金を捻出してきましたが、もう手元に株はほとんど残っていない状況です。『HOTWIRED』は通信社から、『CNN.com』もCNNの支援を得ている状況で、利益を上げていません。唯一、利益が出ているインターネット・マガジンは経済、財政関連の雑誌です。『ウォールストリート・ジャーナル』のオンライン誌は、ある程度利益が出ているようです。
 『Slate』も数年前には、もう少しで採算が取れるところまで伸びていたのです。ところが、IT株、ドットコム企業株の暴落で、『Slate』もそれまで積み重ねた利益を全部失いました。しかし、いまはITバブルの崩壊前の状態にまで回復しています。
 今年は控えめに見ても、採算分岐点のところまでいくでしょう。今後、景気が回復し、広告マーケットが上向きになれば、オンライン・マガジンも生き残れるし、実際に利益が上がる状態になるだろうと思います。『Slate』の場合、広告主にとっては非常に好ましい読者層をもっているわけですからね。それにインターネット・マガジンのコストは非常に低く、流通費がかからないメリットも大きい。これらの点を考え合わせると、近い将来、広告収入だけでもやっていけるでしょう。
矢野 インターネット・ジャーナリズムは広告収入だけで成り立つでしょうかね。
プロッツ インターネット・ジャーナリズムは、独立的に経営されるべきだと思います。広告収入によって経営を成り立たせ、読者へはいままでどおり無料で配布する。そうすることで、たくさんの読者を勝ち取っていくべきだと思います。テレビだって、視聴者から受信料を取らずに成立しているわけですから、同じようにインターネット・マガジンも、購読者からの収入なしにやっていけると確信しています。
矢野 有料のニュースサイトには可能性がありませんか。
プロッツ 経済情報や金融情報といった特別な情報を提供する、あるいはギャンブルに関して有益なニュースを提供するというのなら、人々はお金を払ってでも情報を入手したいと思うでしょう。そうでない限りは、成功しないと思います。なぜなら、無料で質の高いニュース、情報分析がすでにたくさんオンライン上に出回っているわけですから。
 我々も有料でやろうとしたけれど、大失敗でした。『Salon』は現在、有料化しようとしていますが、うまくいっていません。したがって、有料でやるなら、本当に特化した情報を提供しなくちゃいけないというのは明白です。そうじゃない限り、少なくともアメリカ人はWeb上でお金は払いません。
 私はかつてワシントンで無料の週刊新聞社で仕事をしていましたが、この会社では非常にたくさんの広告収入が入ってきました。この経験から、読者が本当に見たい、読みたいと思う記事を載せれば、広告主がつくと確信しています。ラジオやテレビに関してもそうでしょう。
矢野 日本でも、有料のオンライン・ジャーナリズムはちょっと難しいと思いますね。朝日新聞社の『asahi.com』有料版は会員が思うように集まらず、苦戦しています。
 アメリカのビジネスコンサルタントでインターネットの理論家でもあるエスター・ダイソンは「これからの時代はジャーナリズムが単独で成り立つのは難しい」と言っています。パトロンやスポンサーがつかなければ、やっていけないということですね。
プロッツ どうお答えすればいいか、私には難しい質問です。それは「パトロン」や「スポンサー」という言葉がどういうことを意味するかにもよるでしょう。ただ、アメリカには非常に高い利益を上げている新聞社がたくさんありますし、新聞に限らず利益を得ている小さなメディアもたくさんあります。



      購読者500万人。世界有数のオンライン・マガジンに成長
      個性的なライバルが乱立する米オンライン業界

      情報洪水のなかで『Slate』の存在意義とは?
      追記・プロッツ氏講演(東京アメリカン・センター)の司会をつとめて


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