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日本デザイン探訪〜「今」に活きる日本の手技 益田文和

Vol.14 自らの中に海を持つ文房具 伊達政宗×雄勝石

毎年、入梅が近づくころになると晴耕雨読という言葉がいく度となく頭に浮かぶのは、そうした暮らしにあこがれるからなのだが、日頃耕さない者には一日の読書三昧も許されない。せめて、筆をとって日頃の無沙汰をわびる葉書でもと思うのだけど、筆も硯もここ何年も見かけていない。硯と言えば、日本最大の産地である宮城県雄勝町は確かリアス海岸沿い。津波の被災は免れたのだろうかと心配になった。
たまたま、ボランティアの準備で石巻市まで行く機会があったので、雄勝町を見舞いがてら、かなうことなら硯を一面手に入れようと海岸沿いに女川町まで行ったのだが、あまりの惨状にただ呆然とするばかりで先へ進めない。仮に雄勝までたどり着いたところで、工場も店舗も何もかも流されてしまったらしく、硯を手に入れるどころの話ではないと聞いてあきらめた。
東京に戻っていくつかの専門店を回ってみたのだが、置いてある店を見つけても、在庫分だけで今後入る見込みは立たないという。やはり震災の影響は室町時代以来600年以上続いた伝統工芸に大きな打撃を与えているらしい。
やっと手に入れた天然共蓋付の雄勝硯は、荒々しくも美しい石肌模様の蓋を取ると赤ん坊の肌にたとえられる肌理細かな「おか」(墨をする面)が現われる。伊達政宗公に愛され、この硯石を掘り出す山を「お留め山」として硯師もろとも伊達藩お抱えとしたという、その魅力の一端が分かるような気がする。
雄勝の硯工人の中には津波で亡くなられた方もおられると聞く。心からご冥福をお祈りしたい。そして、今も避難所におられる方々が再び硯づくりを始められる日が早く来ることを願わずにはいられない。硯の墨を貯める凹みを「海」と言う。自らの仕事で海を彫る硯師が津波に負けるはずがない。

益田文和(ますだ・ふみかず)プロフィール

1949年
東京生まれ。
1973年
東京造形大学デザイン学科卒業
1982年〜88年
INDUSTRAL DESIGN 誌編集長を歴任
1989年
世界デザイン会議ICSID'89 NAGOYA実行委員
1991年
(株)オープンハウスを設立
1994年
国際デザインフェア'94 NAGOYAプロデューサー
1995年
Tennen Design '95 Kyotoを主催
現在
(株)オープンハウス代表取締役。近年は特にエコロジカルなデザインの研究と実践をテーマに活動している。
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