鎌倉に出たついでに少し足を延ばして茅ヶ崎駅で降りる。「お六櫛本舗 大つたや」のアンテナショップがあると聞き、海とは反対方向へまっすぐ歩く。木曽川源流近くの長野県木曽郡木祖村の藪原宿まで行かなくとも伝説の「お六櫛」が手に入るのはありがたい。
妻籠のお六という娘には頭痛の持病があったが、御嶽大権現のお告げの通り「みねばり」の木で櫛を作って髪をすいたところ病が全快した、という話とともに江戸時代後期から明治にかけて全国で大いに流行った「みねばりのお六櫛」。藪原宿では享保年間から作られてきたというから300年近い歴史を持っている。
「みねばり」とは、峰から張り出すように生える様子から名付けられたカバノキ科の木であるが、やせ地でゆっくりと成長するため密度が高く、一般的な櫛材である柘植(つげ)などと比べ粘りがあって折れにくいため、細かい歯挽きが可能なのだという。
用途や形、歯の付け方や細かさなどで種類の豊富な「お六櫛」の中で、ここに紹介するのは片歯の梳き櫛。手挽きでなければ作れない細かさで並んだ歯と歯の隙間は0.3mm足らず。ここを通る髪の毛一本一本をとらえて、その表面の埃や汚れをけずり落として磨き上げる。文字通り梳る(くしけずる)道具である。
何の飾り気もない一枚の櫛であるが、素材の良さと研ぎ澄まされた手技から生まれる素直な造形は使い込むほどに味わいを増す。雪深い木曽の山奥から陽光まばゆい湘南に降りてきた、春を寿(ことほ)ぐ櫛である。
- 1949年
- 東京生まれ。
- 1973年
- 東京造形大学デザイン学科卒業
- 1982年〜88年
- INDUSTRAL DESIGN 誌編集長を歴任
- 1989年
- 世界デザイン会議ICSID'89 NAGOYA実行委員
- 1991年
- (株)オープンハウスを設立
- 1994年
- 国際デザインフェア'94 NAGOYAプロデューサー
- 1995年
- Tennen Design '95 Kyotoを主催
- 現在
- (株)オープンハウス代表取締役。近年は特にエコロジカルなデザインの研究と実践をテーマに活動している。