
明治以来、西洋の宣教師や外交官に愛された避暑地軽井沢は、すっかりその姿を変えてしまった。久しぶりに訪れた軽井沢で、かろうじて往時の面影を残すという万平ホテルに泊まる機会があった。部屋に置かれた古びた軽井沢彫のカップボードやライティングビューローを飾る桜のレリーフを眺めていると、それらを彫った彫刻師の楽しげな仕事ぶりが目に浮かんできて飽きることがない。
日光彫の流れだという写実的で達者な彫刻刀(かたな)さばきには、桜やぶどうなどの定番柄をひたすら彫り続けても倦(あぐ)むことがない勢いがある。百年以上にわたって求められ、喜ばれてきたからこそ引き継がれる若々しさがある。
その万平ホテルの家具を手掛けてきた一彫堂は旧軽井沢銀座通りにある。帰りに寄ってみることにした。家具を持って帰るわけにはいかないので、一階に置かれた小物類の中からカトラリースタンドと木のスプーンを選んだ。
カトラリースタンドは底が高くて柄の長いものは入らないから、果物用の小さなフォークなどを入れるものなのだろう。こんな小物にも、外国人が日本土産に持って帰るのにふさわしい満開の桜が惜しげもなく、力強く、くっきりと彫り込まれている。キッチュであるが安っぽくない、避暑地趣味のおおらかさがある。
木のスプーンにも大胆な桜とぶどう。帰国した外国人がこれを見るたびに、どのような思いで日本での暮らしを思い返したのだろうか? そして今、我らは彼らの目を通して、そうした古き善き時代を懐かしく思っているのである。
- 1949年
- 東京生まれ。
- 1973年
- 東京造形大学デザイン学科卒業
- 1982年〜88年
- INDUSTRAL DESIGN 誌編集長を歴任
- 1989年
- 世界デザイン会議ICSID'89 NAGOYA実行委員
- 1991年
- (株)オープンハウスを設立
- 1994年
- 国際デザインフェア'94 NAGOYAプロデューサー
- 1995年
- Tennen Design '95 Kyotoを主催
- 現在
- (株)オープンハウス代表取締役。近年は特にエコロジカルなデザインの研究と実践をテーマに活動している。