矢野 そういう状況下で、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers、アイキャン)をめぐるリンCEOの改革提案が出てくるわけですね。全体が雲をつかむような話なんですよね。
会津 本当にそう。僕だって、全然知らない話がいっぱいあると思います。
矢野 とにかく、初の理事選挙で矛盾が露呈した。何とかしなくちゃいけないというので善後策の協議がはじまった。
会津 ICANNそのものが事前に選挙後その見直しをすると決めていましたが、そのトーンをだんだん変えていった。選挙に問題が多かったみたいだから、選挙のやり方を見直すというのではなくて、一般会員制度そのものを見直すというふうに、一段階格上げしたわけです。
 それは我々からすると、えっ、という話でした。しかも今までのいきさつを全部白紙に戻すと言ったわけです。選挙だけでなく、会員制度そのものを全部見直すというふうに、いわば課題を変えちゃったわけです。
 つまり改善するんじゃなくて、改革ないし否定ですね。もともと会員制度なんか嫌だと思っている人たちが理事の中に相当いるわけですから、これを絶好のチャンスとみて、問題のある会員制度をやめようという方向に流れかけたんです。我々は選挙制度の議論をしようと思ってNAIS(NGO & Academic ICANN Study)というボランタリーグループを5大陸のメンバーでつくったのですが、焦点がいわばズラされた。
矢野 会員資格の制限とか……。
会津 スウェーデンの前首相、カール・ビルトが委員長になってつくられたALSCが半年後に、こちらから見ると非常に執行部寄りの案、それこそ会員はドメインネームを持っている人に限るとか、会費をとるとか、いくつかの点でかなり問題と思われる提案をしました。それに対してNAISは会員制度をパブリック・インタレストととらえて、市民の声をできるだけ反映できる選挙はどうあるべきかという視点から報告書をつくりました。
 結果的に、執行部側のALSC(AtLarge Study Committee)と我々NAISは、いわば与党、野党という形でかなり対立もしたのですが、双方歩み寄って、やっぱり選挙はやるべきだ、一般会員制度も必要だという点で合意しました。
 ところが会員制度について結論を出す予定だった2001年11月のロサンジェルス年次総会が、9月11日のニューヨーク同時多発テロ事件を受けて、テロとセキュリティ問題一色になってしまった。僕はいまでもこれは会員制度問題の結論を遅らせてつぶすための執行部の陰謀だったと思っています。理事の中でも、テロ、セキュリティ問題だけで4日間すべて埋めるのはやり過ぎじゃないかという意見が、たとえば韓国のサンヒョン・キョンさんなど何人かから出たようだし、加藤さんもやり方が強引だと言っていたんだけど、押し切られたようです。とても意見を言えるような雰囲気じゃないわけですから。
 こうしてさらに半年間、一般会員制度についての結論がずれて、2002年3月のアクラ会議の直前に出されたのがリン提案です。ALSCとNAISでは数回の会議を重ねて、ほぼ妥協案が成立しかけていましたから、アクラ会議でその合意に沿った決定がなされるのをすっ飛ばす役割を果たしたのがリン提案でした。

矢野 唐突な提案だったようですね。
会津 リン提案は明かに一般会員つぶしだというのが私の解釈です。ALACのカール・ビルト委員長は本当に激怒して、アクラ会議をキャンセルしたというし、副委員長でカーター・センターのチャック・コステロ氏は「これは宮廷クーデターだ」とアクラ会議ではっきり発言しました。自分たちがせっかく執行部側に近い案をつくってまとめようとしたにもかかわらず、その発表の直前に、後ろから鉄砲で撃たれたわけですから、ひどいものでした。
矢野 リンという人は、もともと弁護士?
会津 いや、大学の情報システムをやっていて、インターネット・コミュニティにも関係していたようです。ただし、この提案は彼1人でつくったわけじゃないですから。たとえばジョー・シムス弁護士とか事務局の意向が大きく入っている。
矢野 事務局の構成は?
会津 フルタイムスタッフがいまは30人近くじゃないですか。その何人かが協力して改革案を書いたというのがわかっています。リンCEOは着任してまだ1年しかたっていませんから。
 選挙をやると、アメリカのカール・オアバックとかドイツのアンディ・ミュラー・マグーンなど、ICANN執行部に批判的な理事も選ばれてくるわけで、良識派と自分で思っているような人たち、技術者だけでいいんだと言っている人たちから見れば、選挙を否定したリン提案というのは「待ってました」ということになるんですね。
矢野 リン提案にはいろんな問題が含まれていますね。
会津 もう1つのねらいは財政危機の解消と称して各国政府の関与を強めよういうものでした。世界に13台分散しているルートサーバーをICANNで集中管理し、そのために国に金を出してもらう、政府に役員指名権も与えるという案です。
 国が関与するのがすべていけないというわけではなく、ソフトなお金をコントロールしないで自由に使っていいよ、というのに近いところで出したものまで否定することはないと思いますが、それと、ルートサーバーを直接管理するとか、ICANN役員に国が指定した人間を入れるとかいうのは全然違う話です。それを一緒にしちゃいけないと思う。
 この部分について、リン提案はICANN内部でも全然支持されなかった。今回の改革議論のなかで最初に否定されたのは国の関与でした。それはほとんど消えました。
 それがリン氏の辞任表明の原因ではないかと思います。任期満了に伴って来年の3月でやめると彼は宣言しました。2月に改革案を出して、自分の言っているとおりにはなりそうもないと思った5月に、「来年やめるからね」というのは非常に無責任です。
 彼が提案したニューICANNというのは、政府が金も出し、口も出して、要は五分五分でやりましょうと。逆に言うと、民間だけでやろうとしたって、企業も金は出さないし、「民主主義」だとか、わけのわからない文句ばかり言う人間が多いからもう疲れた、いい加減にしろと、こういう感じです。
矢野 一般のユーザーから言うと、ICANNの存在を知らなくても、メールやウエブが便利に使えたり、その恩恵は十分受けているわけですよね。受けているけども、それを特別感謝しているわけでもなくて(笑)。
会津 高いとか安いとか言いながらね(笑)。
矢野 そういうふうな、言ってみれば空気に近いものにまでインターネットが普及したときに、その空気があることについて、どうするんだという話ですね。
会津 そう。
矢野 その中からガバナンスを考えたときに、国があるじゃないかと考えるのはわかりやすい話でもある。従来は、そういうふうに国ごとに組織されていたけれど、インターネットは国というものを壊していく。
会津 壊れるのかどうか、僕はそうは思わない。オーバーレイはすると思うけど、国単位で成り立っているシステムの上に違うものが乗っかってくるかもしれませんけど、それが国そのものを壊すことにはならないと思う。
矢野 壊すという表現は……。
会津 ちょっと誇張だと思います。
矢野 誇張にしろ、国単位の法律もそうだけど、やっぱり国境がスースー抜けるようになっていくわけですね。そういうときにインターネットは、国、まず国民として生きていくよりも、地球の市民として生きていくような、そういう時代をもたらすという意味で、インターナショナルじゃない、まさにグローバルだと言っているわけでしょう。リン提案はむしろそれに逆行しているわけですね。
会津 彼は国だけとは言ってないんですよ。国は半分、残りはプライベート。全部国でやってくれとは言ってない。そこは大事なところです。国営でやろうなんていうことは一言も言ってないんです。国も参加して、民間も参加してというのは、逆に国の側からいっても、やりにくいと思います。国だけでやってくれといったら簡単で、じゃ、わかったとやりますよ。
矢野 なるほど。国際連合ですね。
会津 国連機関をつくればいいんだから。でも国連であれ、何であれ、最近そうは言わなくなってきて、いまは政府、産業界、そしてNPO/NGOの3つのセクターでというのが、国連のサミットやG8のDOTフォースなどでの議論の新しい流れですから。
 市民が選挙で選んだ代表が政府と議会の根拠なのに、そのほかに何で市民代表がいるのという議論がNPOに対して向けられたりしますが、世界的にみて、市民の政治参加、行政参加がどんどん増えているわけです。
 なぜ議員がいるのに市民なんだということについて、OECDの「市民の政治参加」についての報告書で、うまく説明しています。1つは各国とも選挙の投票率が下がっています。現実には選挙に市民みんなが参加しているわけではない。この現実をどうするんだという問題です。もう1つは、政党そのものの組織率も落ちている。議会制民主主義の2つの柱である選挙と政党制度が両方とも基盤が壊れてきて、参加率が落ちている。そこで、政党でもない人、NPOの人たちの意見も聞く、その上で決定は議会がすればいいとOECDでは言っています。
 そうした国際社会の新しい流れが、リン提案では全然理解されていない。だから政府を入れれば国民の代表になるというような極端に20世紀型の構造をもってきちゃったわけです。しかも彼は、それを市民を敵にしながら言うから、すごく問題が多い。
 僕は改革案を検討・実現するためのアシスタンスグループというのに入って、新しいAtLarge(一般会員)案の仕組みについて、案の下書きをいっしょに書きましたが、それはAtLargeアドバイザリー・コミッティでいいという提案です。つまり一般会員代表が直接役員にはならなくていいと。これは現在の理事の過半数が反対している以上、せめてアドバイザリーでもという、1つの妥協です。
 リン提案のもう1つの問題点は、ICANNがルートサーバーのコントロール権を持つということですね。ルートサーバー運用管理に当たっていたIANA(Internet Assigned Numbers Authority)という、もとからの作業グループの仕組みを事実上廃止する提案です。村井純さんがリン提案に賛成しなかったのもそのためです。
 13のルートサーバーはばらばらだからいいんです。国が金を出して一元的に管理しようとしたら、それこそテロリストがねらいますよ。民間の市民団体や大学が勝手にやっていたら、テロリストが叩く意味がなくなっちゃうんですね。やったら、逆にその大義が失われてしまう。
 技術的にも運用的にも分散させておいたほうが、予期できないリスクに対して柔軟に対応しやすい。だから、一つとして同じソフト、ハードは使わないんです。いまの体制はそういう知恵のもとにやっていると僕は見ています。インターネットが広がっていったのは、自律・分散・協調の仕組みをうまく、ソフトにつくっていったからです。しかも13のルートサーバーの運用母体は、実際にはリン提案と違って、どこもそんなには困ってないわけです。やっぱり全然インターネットの本質を理解してないと僕らは見ています。



      2000年の理事選挙で日本が突出

      韓国で新しい動き


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