キヤノン(株)MRシステム開発センター 所長
 兼(株)エム・アール・システム研究所専務取締役

 




矢野 1995年に僕は『DOORS』というインターネット情報誌を創刊しましたが、インターネットにとっても、節目の年でしたね。ブラウザ「ネットスケープ」の日本法人ができ、マイクロソフトの「インターネット・エクスプローラ」との間でブラウザ競争が展開されます。1月に阪神大震災が起こって、既存の通信網に比べて、インターネットの有効ぶりが話題になりました。
田村 オウムの地下鉄サリン事件もありました。
矢野 そうでしたね。3月に、雑誌『DOORS』のホームページ『OPENDOORS』の立ち上げに、朝日新聞一面に社告を出しました。読者の方から「アクセスとか、インターネットとか、カタカナが多く、わからない言葉がやたらと出てくる。けしからん」とお叱りをいただきましたが、短い社告でインターネットをわかりやすく説明するのは至難です(笑)。インターネットという言葉自体はまだ普及していませんでした。ところが11月にマイクロソフトの基本ソフト、Windows95が出て大騒ぎとなり、テレビCMにもインターネットという言葉が登場、暮れには流行語大賞に選ばれるほど普及しました。
田村 1995年が決定的な年だったのは間違いないですね。これが5年ずれて2000年だったら、話はもっとおもしろかったんでしょうけどね(笑)。
 映像がらみでもエポックメイキングな年だったんですよ。フルCGでつくった長編映画『トイ・ストーリー』が製作された記念すべき年です。バーチャル・リアリティとCGは双子みたいなもので、世の中にCGの威力を示したといえます。パリでリュミエール兄弟がはじめて映画を公開したのが1895年ですから、こちらはちょうど100年。まさに映画の第2世紀の始まりでした。
 なぜインターネットがかくも短期間で普及したかというと、私は参入障壁が低かったからだと考えています。その前に「情報スーパーハイウェイ」が話題になり、世界各地で高速ネットワークでのマルチメディア実証実験があった。ところが、これを実用化しようにも、ATM交換機やルーターは高いし、高速の専用回線はもっと高かった。そこに登場したインターネットはぐっと簡便で、電話回線とパソコン、モデムがあれば、ウェブを閲覧するためのブラウザは無料、プロバイダに月額料金を支払うだけでよかった。初期のコンテンツはほとんど文字や簡単な絵だけでしたが、曲がりなりにも世界中のホームページが見られて、そのうえメールもできる世界は、やはり一般の方にとっては入りやすかったんだと思います。
 もう1つは、コンテンツが驚くほど早く出揃ったことでしょう。アメリカでホワイトハウスのホームページがあると聞いたと思ったら、すぐ首相官邸のホームページができていました。あれは村山首相のときでしたね。各企業も会社案内のページを続々と立ち上げ、個人で情報発信する人も増えて、まるで、ホームページをもってないと時代遅れであるかのような風潮になりました。
 普通なら、行政府がどんなプロジェクトを推進しても、NTTさんがどれだけ頑張っても、簡単にコンテンツは揃わないですよ。あれだけのコンテンツが自然発生的に出てきたのは、メディア史からみても驚異的だと思います。それがワッと広がった。非常にプリミティブなレベルから始まり、それがどんどん便利になっていった。これからはブロードバンドになり、映像も音もどんどん取り入れられてきますよね。

矢野 インターネットの普及で、これからの私たちは、現実世界だけでは生活できなくなり、サイバースペースの構造や特徴をよく理解して、それを上手に利用していくことが大切になってきます。田村さんのご専門の「ミクスト・リアリティ(Mixed Reality=MR)には、だからたいへん興味をもっています。
田村 従来の映像メディアは、ほとんど入力と出力が1対1の対応だったんです。例えば写真。カメラを使って、フィルムに記録して、現像してプリントして、アルバムに貼っておくというふうに、最後に印画紙に出すことを前提にしている。映画は、映画撮影用のカメラで撮って、映画館で映写機で映して、みんなが見ることが大前提。テレビも、スタジオで収録して東京タワーから電波が送られてきて、テレビ受像機があって、それをみんなが見る。入口から出口までほとんど1対1ですね。
 情報をデジタル化することで、保存し、変換し、伝送し、編集・加工することが容易になり、ものすごく自由度が増えた。入口と出口が固定されていない世界がコンピュータ内につくれるようになったんです。しかも大容量ディスクが安く手に入り、高速ネットワークでつがながる。
 こう考えたら、サイバースペースはこれからもどんどん伸びることは間違いない。となると、正しい使い方ができるのか、楽しい使い方をするのか、困った使い方になるのか。矢野さんのおっしゃるリテラシーの問題があります。自動車で言えば、「モータリゼーション」という言葉がはやったころもそうでしたね。サイバースペースを便利なものにしていくには、正しい健全な使い方をしていくしかないわけです。
矢野 ミクスト・リアリティの研究に取り組まれたきっかけは?
田村 広い意味でのサイバースペースを、私たちの生活=現実世界につなげない手はない、と考えたからです。「第1のCS」のバーチャル・リアリティは、たしかに現実には存在しないような世界をコンピュータ内につくり上げることができます。ゲームがそうでしょ。おとぎ話のような架空の世界にひたるロールプレイング・ゲームがあるかと思えば、競馬やF1やサッカーのように本物を下敷きにしているものがたくさん出てきた。『電車でGO!』もそうですね。普通の人では簡単にやれないことを仮想世界でやらせてくれる。現実の生活や人間社会をなるべく忠実に置き換えたいという欲求の上での仮想世界、私たちの生活に密着した使い方ですね。ここまで来たら、もう少し積極的に、現実と仮想の関わりを研究していきたいと考えたわけです。
矢野 拡張現実感と訳される「オーグメンテッド・リアリティ(Augmented Reality=AR)」も、その1つですか。
田村 そうです。バーチャル・リアリティがフル・バーチャルだとすると、オーグメンテッド・リアリティは、現実世界を電子的に増強・拡張する技術です。あくまで私たちが住んでいる現実世界をベースに、そこに電子的に生成されたデータをもってきて、プラスアルファしようじゃないかという考え方です。その基本となるのは、シースルーHMD(Head Mounted Display、 頭部装着ディスプレイ)です。ふつうのHMDは目の前が塞がれ、外界と完全に遮断されている。だから没入感も高まるわけですが、シースルーの場合は、目の前の外界が見える。現実世界をメガネ越しに見ながら、そのメガネ上に仮想物を重ね合わせる。
 展望台に行くと望遠鏡があって、その横に周囲の風景の写真や金属プレートが張ってあり、そこに山とか川、ビルの名前が書き加えられていますよね。そんな場合、シースルーHMDをつけて景色を眺めると、山、川、ビルの名前が、現実の光景に重なって見えるわけです。あるいは、ビルの建設現場に立つと、その場にまさに完成したビルが見える。今は、あらかじめ撮った現場の写真にCGのビルを合成していますが、これが現地で、目の前でやれるわけです。
矢野 その逆が「オーグメンテッド・バーチャリティ(Augmented Virtuality=AV)」ですか。
田村 ARが現実世界をベースにしながら仮想データで補強するのに対して、AVはその逆で、人工的に作られた仮想世界になるべく現実世界の生のデータを取り込もうとする発想です。CGでつくり上げた街並みに現実のビルの写真をはめ込むといったやり方です。ARとAVの境界は実はあいまいで、技術的には連続です。現実9割、仮想1割の場合もあるし、逆に現実1割、仮想9割の場合もある。フィフティフィフティで対等に混ざり合わせてもいいのです。このように現実と仮想を上手に融合させる技術のことを、私たちはミクスト・リアリティ、MRと呼んでいます。
矢野 MR=AR+AVですね。
田村 私たちのプロジェクトでこれを「複合現実感」と呼んで以来、この訳語が定着しつつあります。ミクストなら「混合」のほうが直訳かもしれませんが、「複合」のほうが語呂がよくて、高級感もありますからそうしました。もっとも、「複合」ではやったのは「複合汚染」とか「複合不況」ですから、あんまり縁起はよくないのかしれませんが(笑)。



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