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矢野
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一つの井戸を掘り続けているうちに、カオスが生まれ、ふと気づくと別の新しい井戸にたどりついていると。これまで組織論でそうした研究はされていますか。
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阪井
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直観的にはわかっていた部分もあるでしょうが、研究論文としてまとまったものは見たことがないですね。あちこち探していますが、まだ調査不足かもしれません。
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矢野
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なぜカオスの研究者が企業の組織行動に興味をお持ちになったのですか。
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阪井
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私が人間と社会に興味があるからということと、明治大学でリバティタワーの情報コミュニケーション環境を構築するプロジェクトを立ち上げたとき壁となって立ちはだかったのが組織だからです。組織というのはどうしてこんなにやっかいなのか。そう感じるのは、組織をよく理解していないからだと気づいたんです。しかし、いきなり個人と社会の問題をカオスで扱うのもテーマが広すぎます。個人が組織に属し、組織が社会を構成しているなら、まず組織を分析する必要があると考えたのです。
これまで人間一人が何をしようと社会全体には影響がないと思われていた。一人の人間など社会から見れば小さな存在というわけです。ところがカオスの考え方では、一人の人間のちょっとした行動が社会全体に波及する可能性があるのです。小さなズレが拡大し、システム全体に影響を与えるのがカオス理論ですからね。つまり個と社会は双方に影響を与え合う存在なのです。
それを証明するには、企業の戦略行動を分析するのがわかりやすい。個人の考え方や行動の変化によって企業組織はどのように変容するのか。通常、組織の戦略行動の変容は環境など外的刺激による変化か、自発的な変化によってもたらされますが、できるならば自発的変化の事例の方が面白い。自己組織化にもつながりますからね。そうした問題意識をもっていたところ、桑田教授の論文に運よく巡り会ったわけです。
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矢野
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個人の考え方や行動が組織全体を変えることを、阪井さんは数理モデルとしての「方略スキーマ」を使って明らかにしたわけですね。方略とは敵をやっつけるための計略、スキーマというのは認識のフレームワークのようなものですか。
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阪井
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その通りです。問題解決のプロセスには、何らかの枠組みで問題が定義される必要がある。その定義の仕方はまさに個々人のクセであり、それをスキーマといいます。正確に言えば、認識や思考の自動処理装置ですね。私たちはふだん一定のスキーマによりかかってものごとを認識しています。それは認識や思考を効率化するメリットをもたらしますが、一方で、自動化されたスキーマは変化する環境との不適合ももたらします。環境がゆっくり変化するときは、その不適合には気がつきませんが、その不適合が大きくなると、スキーマの再構成が必要になります。その再構成、すなわちブレークスルーを起こすには、従来のスキーマから逃れるプロセスが必要であり、方略スキーマモデルは、従来のスキーマからカオス状態を経て新しいスキーマを発見、それに乗り移る過程を数理的に明らかにしたわけです。
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矢野
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現象や問題をとらえるときには、よく多角的に見ろといいますね。それと同じで、企業もたくさんのスキーマを持てということですか。とはいえ、どのスキーマを選ぶかはアトランダムになされるわけですよね。
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阪井
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通常、ブレークスルーをもたらすような新しい戦略を手にするためには、一度、古いやり方のプロセスを逆戻りして否定し、捨て去る必要があると言われます。これを「アンラーニング」と呼び、ブレークスルーに関する多くの本にはアンラーニングが新しい可能性につながると書いてありますが、カオス理論で考えると、そうならない。
むしろ、古いやり方をどんどん突き詰めて、使い倒す(これを「強化学習」と言いますが)うちにカオス化し、同時に別のやり方を考えながら進んでいけば、アッという間に組織全体が新しいやり方に飛び移って(遷移して)、状況が解決される。過去に戻らず、複数のやり方も意識しながらパラレルに進むことでブレークスルーを手にすることができるというのが私の考え方です。複数のスキーマを同時に追い求めれば、カオス化して、自動的に解決にたどりつくわけです。
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矢野
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カオス化するとは、どういうことですか。
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阪井
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それはなかなか難しい(笑)。A社のケースでいえば、古い消極的なスキーマ同士は確固とした信念で結ばれているわけです。その結びつきが強いほどカオス化、つまり不安定化していく。それはカオス理論でも簡単に導き出せるんですね。強化学習してスキーマの結びつきを強めればカオス化する。
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矢野
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そのカオス化とはどういう状態ですか。
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阪井
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カオス化する前、スキーマの結びつきが弱い状態というのは、ある戦略行動を組織が取ろうとするとき、ゆっくりかつ整然と考え方が広がり、個々人のスキーマが立ち上がってくる。ところが、カオス化してスキーマの結びつきが強くなると、どこかを軽くコーンと突くと、組織全体にアッという間に振動が伝わり、全体が興奮してしまう。わずかな刺激でも全体が影響を受けるわけです。しかし、興奮するスキーマがある一方で、それを抑えようとするスキーマも出てくる。興奮と抑制が混沌としてくることがカオス状態といえます。
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矢野
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カオスが起こらなければブレークスルーも起こらない。しかも、そのときに乗り移るべき新たなスキーマが用意されている必要があるわけですね。その辺の事情がカオス理論できちんと説明されると。
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阪井
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そうです。難関を突破して革新的な飛躍をとげるブレークスルーは、ある時点からすでに存在していたのだが認識できないでいた解決策を「発見」することでもあります。だから見つければ、あっという間にそちらに飛び移る。これが「カオス的遷移」です。
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