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矢野
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カオス理論による組織分析の成果の一つが「組織における戦略行動ゆらぎのカオスモデルによる解釈(ブレークスルーのスキーマ理論)」という論文ですね。これはある大手企業が液晶ディスプレイという新事業に進出するに当たり、社内が消極的行動や積極的行動で右往左往しながら(カオス状態)、ついに液晶ディスプレイの選択という戦略行動に至る過程を、カオスモデルで理論的に分析したものですね。
その内容を僕なりに理解すると、新しい戦略行動というものは古い考え方や行動パターンを捨てて導き出されるのではなく、古いやりかたを徹底的に積み重ねて行く中からこそ生まれてくるのだと。その過程にカオスが介在するということでよろしいでしょうか(笑)。
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阪井
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長期にわたって活動している企業では、外部環境に急激な変化がなくても、特定の時点を境に戦略行動のパターンが劇的に変化する例が見られます。よく言われるイノベーション(技術革新)やブレークスルー(躍進)ですね。私の目的は、企業の戦略行動の自発的な変化がどのようなメカニズムでもたらせるかを明らかにすることで、東京都立大学の経営学・組織論の研究者である桑田耕太郎教授の研究成果「戦略行動と組織のダイナミクス」(『組織科学』、Vol.
21、No.4、1988)を土台にしています。
桑田教授の研究論文を偶然見つけて、そこにカオス理論で解析できるぴったりの現象を発見したわけです。桑田教授は大手企業A社の数十年に及ぶ21件の戦略行動を詳細に調査研究なさってまとめられたのですが、その内容は私にはまさにカオスそのものに見えました。
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矢野
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桑田教授はカオスについては何も言っておられないのですね。
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阪井
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そうです。それどころか桑田教授は論文の中で、液晶ディスプレイの選択は「非常に常識的で単純な過程を経て結論に到達した」、「驚くべきことにそこには『ゆらぎ』も『突出』もない。非常に当たり前の、A社として『自然』な過程を経て液晶への進出が決定された」と結論づけています。つまり、桑田教授は既存の組織文化にのっとった秩序だった判断の連続の結果、組織文化の変容が起こったというわけです。
桑田論文では、液晶ディスプレイへの進出にいたる21件の戦略行動を、(1)事業領域、(2)既存事業との関連性、(3)製品市場、(4)事業機会、(5)技術、(6)国産化の6つの属性で分析していますが、私は各属性ごとの戦略行動を、古い考え方に基づいた消極型(Aタイプ)と、新しい発想による積極型(Bタイプ)に分類して、時系列に展開してみました。
すると、12番目の戦略行動まではAタイプが多く、その中にBタイプが時おり登場するゆらぎが見られました。ところが、13番目の戦略行動を境にBタイプが多くなり、明らかに組織文化の変容が起こっている。自然科学では、系がある状態から他の状態に移ることを「遷移」と呼びますが、これはまさに「カオス的遷移」です。遷移の前には行動がAタイプやBタイプにゆらぐのですが、遷移がいったん起きると、決して古いAタイプには戻らない。このゆらぎはカオスそのものです。桑田教授も13番目の戦略行動が変容の転換点であると書いておられます。だから、桑田さんの分析をカオス理論で読み解くと、そこにはやはり「ゆらぎ」としてのカオスと、その結果としての遷移があり、それがブレークスルーに結びついたことになります。
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矢野
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カオスというのは、戦略行動を時系列で分析してはじめて見えてくるわけですか。
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阪井
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そうです。ゆらぎやカオスは戦略行動の結果をマクロな時系列として並べてみて、はじめて姿を現すのです。意思決定プロセスを丹念に追っかけている限りでは、カオス的挙動は観測できないんですね。
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